ジャンルは恋愛にしましたが、タグは控えました。
【恋愛】
『男女が互いに相手をこいしたうこと。
また、その感情。こい』
広辞宛より
あの夜の約束を、もう覚えていないのだろう。
『大人になったら、結婚しようね』
笑う彼女は、空に咲く華よりも、美しかった。
◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇
「好きな人が出来たんだ」
その言葉を聞いた時、自分の耳を疑った。夕暮れの教室にいるのは俺と彼女だけ。椅子に座って向かい合い、スマホの電子小説を読んでいた俺は、そこから彼女へと視線を向ける。彼女はほんのりと頬を窓から差し込む茜に似た色に染め、恥ずかしさからか、俺から目を逸らしている。無論、同様しまくる俺の心情など気にも止めずに。
「……スズ、冗談だろ?」
俺は、ほぼ無意識に口から漏らしていた。認識したくなかった故の、本心からの言葉。だが17年と言う年月の付き合いで喋り慣れた彼女に対しての返答は、笑み交じりの言葉に聞こえたのだろうか。彼女は真面目に返答しなかったのに怒りもせず、唇を尖らせる。
「ほんと。………隣のクラスの武川に、告られた」
「は…は……マジ、で?」
「マジ」
笑うことしか出来ない。脳が思考を停止して、認めることを拒否し続けて。それに構わず、彼女は続ける。
「告白されて……なんか、この辺が熱くなって、
『この人、好きなんだなぁ』って、思って。
……………付き合うことになった」
「そ、そうか、良かったじゃん」
胸に手を当てて、頬を更に朱くする彼女に、思わず
吐きそうに、なった。
胃の内容物が急激に逆流を始める。頭の中をグシャグシャに掻き回される感覚に感覚が一瞬狂い、それが更に胃内容物を持ち上げる。鳩尾辺りが凹み、肺から空気が押し出される。喉奥から熱く気持ちの悪いものが這い上がってきて。
「…ッ!げほっ、げほっ!!ごめ………」
なんとか、咳で誤魔化す。喉元まで上がってきたせいか、ビリビリと強い刺激が喉を刺す。それに彼女は目を細めて立ち上がる。
「ちょっと………大事な話してんだけど」
「げほっ……悪いって、ビビっただけだ」
「酷くない?」
そう言ってにへら、と笑う彼女。いつもなら可愛いな、程度で軽く流すが、今日は表面だけでそれをした。胸がギリギリと締め上げられ、凄まじいほどの頭痛が、未だ残る嘔吐の気配が、死にたくなるほどに襲ってくる。
────無理だ、耐えきれない。
そう判断する。この場にいれば、間違いなく吐く。涙を堪えられなくなる。即座にスリープに入ったスマホを起動して液晶画面に映る時刻を覗くフリをする。
「っと、買い出し忘れてた!
俺が恋愛話苦手なの知ってんだろ?
別の女子とでもしててくれ、じゃな!」
バッグを取りながら足で向かい合わせた椅子を戻す。そして顔を向けずに教室の床を蹴った時、後ろから声がかかる。
「え、ちょっと!教室の鍵持ってってよ!?」
「ヤだね!」
そうして、教室から全速力で走り出る。
階段を駆け下り、靴を床に叩きつけて雑に履き、校舎から逃げるように、帰路につく。
途中から、涙が溢れてきた。
◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇
「………………あんな約束、覚えてるハズないもんな」
何度も拳を叩きつけ、亀裂の入った壁を睨んで息をつく。そして、その場に腰を下ろす。自室の窓は学校と同じ色を未だに差し込ませている。
ぼうっと視線を動かし、白い天井を見上げる。胃は、まだ気持ちの悪さが消えていない。空っぽになるまで吐いたが、まだ。少し視線を落とすと、棚の上に飾られている一枚の写真が目に入ってくる。大きな花火を背に映る少女の写真。何度も何度も見た写真は、今は、ただ苦しいだけで。
「……………っ!!」
思わず立ち上がり、写真を掴み取る。そして、その腕を振り上げて。
「……う、ぐ………っ、くそ、くそ……っ!!」
振り下ろそうとして、彼女の笑顔が脳裏に走る。地団駄を踏み、再び拳を壁に叩きつける。血管が破裂し、血が傷口から噴き出す。だが、その痛みよりも、胸の疼きが止まらない。心臓の辺りを掻き回し、爪を立てて毟り掻く。
「なんで………なんで忘れてんだよ……馬鹿……!!
ざけんなよ……っ……!!」
涙が溢れて止まらなくなる。思い出せるのは、もう俺だけなのだろうあの日の夜を、想起する。
◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇
俺(
生まれた病院から同じで、早くに母親を亡くし、父は単身赴任で家にいないことが多い俺は何度も鈴花とその家族に世話になっている。
スズ、という愛称で呼ぶのも彼女の家族と俺だけ。小さい頃から公園で遊んだり、ゲームをしたり、本を読んだり、旅行に行ったりして。
もう彼女は覚えていないであろう思い出。
7月7日、小学生の時に地域で開かれた夏祭りの夜。
彼女は忘れているのだろう。だが俺は………………………一度たりとも、忘れることはなかった。
空に咲く花火の下での、約束を。
昔の話だ。子供の戯言だ。それでも、忘れることはどうしても出来なかった。
意識したのはその日からだった。
彼女を、好きになった日は。
だが、幼馴染みという立場。
親友から、それ以上へと進むのは気が憚られた。
そして、高校生活も2年が過ぎた今日に至る。
分かっている。
どうせ過去の話だ。子供の頃の話だ。
この感情は自分のエゴでしかない。
彼女の気持ちは尊重するべきものだ。
誰かを本気で好きになれたのだ。
その気持ちは本当に分かる。
その恋という名の感情を誰が止められようか。
だが、きっといつか俺も忘れる時が来るだろう。
幼馴染みとして、この感情は切り捨てて。
これからも、彼女の友達として。
彼女を、応援しよう。
「……………あぁ、さよならだ」
跡形も残さぬよう、写真を破き捨てる。