リリンの文化を満喫するチルドレンたちのほのぼの日記   作:nam3

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音楽
beautiful world:宇多田ヒカル


「もしも願い一つだけ、叶うなら」

 

「君のそばで眠らせて……どんな場所でも良いよ」

 

……碇シンジは教室の掃除中、小さな声で歌を口ずさんでいた。

 

箒を手に持ち、埃をはわきながら、どこかご機嫌な様子である。

 

「………………」

 

それをすぐそばで見ていたのは、同じく箒係の綾波レイであった。

 

ずっと黙って彼を見つめているだけだったが、とうとう彼女は尋ねてみることにした。

 

「碇くん」

 

「ん?どうしたの綾波?」

 

「それ、何の歌なの?」

 

「何が?」

 

「今、碇くんが口ずさんでいた歌」

 

「え!?僕……口に出てた?」

 

「ええ、小声だけど」

 

「うわあ、恥ずかしい……」

 

どうやら、彼は知らず知らずの内に歌が口をついていたようである。

 

こっ恥ずかしそうに赤面しながら、シンジは彼女の問いかけに答えた。

 

「えーと、今の歌はね?beautiful worldっていうんだ」

 

「beautiful world……美しい世界」

 

「うん。僕も昨日、偶然ラジオで流れているのを聴いて、それで知ったんだ」

 

「そう」

 

「すごく良い歌で、ついついレンタル屋さんまでCDを借りに走っちゃったよ」

 

「………………」

 

綾波は数秒考えた後、シンジへこのようなお願いをしてみた。

 

「私も、聴きたい」

 

「え?」

 

「碇くんが好きな歌、聴いてみたい」

 

「そ、そっか!じゃあどうする?帰り際にうちに来る?」

 

「ええ、そうするわ」

 

「分かった!了解!」

 

シンジは先程よりさらにご機嫌になって、掃除を楽しげに進めていた。

 

たぶん、誰かとその歌を共有できるのが嬉しかったのだろう。

 

ニコニコ楽しげな彼の様子を、綾波はじーっとまた見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……放課後。

 

シンジは綾波を連れて、家へと帰宅した。

 

「ただいまー」

 

「お邪魔します……」

 

まだ家には誰もいないので、彼らに向かって返事が来ることはなかった。

 

「綾波、こっちだよ」

 

シンジが手招きして、自室へと迎える。

 

綾波はそこへ入ると、彼の部屋の中を見渡した。

 

ぴしっとベッドのシーツはシワなくひかれ、モノは出しっぱなしにされることなく、必ず所定の場所に置かれ、整理整頓がきちんとされていた。

 

実に彼らしい几帳面さを感じられる部屋であった。

 

(碇くんの匂いがする……)

 

他人の家にあがる時の、あの妙に“自分の家とは違う匂い”。

 

それがレイの鼻先をつっついた。

 

「綾波、取り敢えず座りなよ」

 

そうシンジから言われた彼女は、ベッドの上に腰かけることにした。

 

「これがその歌だよ」

 

シンジは勉強机にあるラジオとCDプレイヤーを兼用した機械に、例のCDを挿入した。

 

椅子に座り、音楽を再生させる。

 

 

 

『It's only love……』

 

 

 

透明感のある出だしによって、その場の空気が一気に変わった。

 

 

 

『寝ても覚めても少年マンガ』

 

『夢見てばっか』

 

『自分が好きじゃないの?』

 

 

 

独特なメロディラインが、部屋中に響き渡る。

 

大して歌を聴いたことがない綾波としては、その曲のリズムは実に新鮮であった。

 

 

 

『言いたいことなんかない』

 

『ただもう一度会いたい』

 

 

 

柔らかながらも、次第に曲は盛り上りを見せてくる。

 

そして……

 

 

『言いたいこと言えない』

 

『根性なしかも知れない……』

 

 

 

『それでいいけど』

 

 

 

 

 

 

 

『もしも願い一つだけ叶うなら』

 

『君のそばで眠らせて。どんな場所でもいいよ』

 

『beautiful world』

 

『迷わず君だけを見つめている』

 

『beautiful boy』

 

『自分の美しさ、まだ知らないの』

 

 

 

 

……綾波の胸の内に、とある感情が沸き上がっていた。

 

(……なに?これは。この感情はなに?)

 

それは彼女にとって初めてのモノだったため、言葉にして表現のが非常に困難だった。

 

肌全体がピリピリと、或いはチリチリと反応し、胸の中は不思議な高揚を感じさせる。

 

(とても綺麗な歌……。でも、綺麗なだけじゃない。何か……これは、寂しい?)

 

(……いいえ、違う。もっと違う表現が適切……)

 

(……でも、ダメ。私には分からない。言葉にできない)

 

自分の表現力がここまで拙いものだったのかと、彼女はある種の驚きを覚えていた。

 

 

 

『もしも願い一つだけ叶うなら』

 

『君のそばで眠らせて……』

 

 

 

……歌が終わった。

 

「うん、やっぱりこの歌良いなあ」

 

シンジは満足げに笑っている。

 

「どうだった?綾波」

 

「………………」

 

「?綾波?」

 

「……もう一度」

 

「 もう一度?」

 

綾波ははっきりと、シンジへ告げた。

 

「もう一度、聴かせてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

そう言って帰ってきたのは、アスカであった。

 

「ああ、アスカお帰り~」

 

台所で晩御飯の準備中だったシンジが、彼女へ言葉を返す。

 

「シンジ、今日は何なの?」

 

「今日はね、豚丼にします」

 

「ふーん」

 

素っ気ない返事をするアスカであったが、そのお腹はメニューを聴いた瞬間にぐうと鳴り始めた。

 

「ん?」

 

ふと、彼女はシンジの部屋から音楽が聴こえてくることに気がついた。

 

「ちょっとシンジ、あんた部屋のラジオか何かつけっぱなしじゃないの」

 

「ああ、良いんだそれは。中で綾波が音楽聴いてるから」

 

「エコヒイキが?」

 

「結構気に入った歌があってね、もう何回もリピートして聴いてるんだ」

 

「………………」

 

あの綾波レイが、音楽を聴いている。

 

彼女のことを知る人間ならば、それがいかに珍しいか分かることだろう。

 

「何聴いていんのよ、あいつ。クラッシックとかかしら?」

 

無論、アスカもそれは同様で、綾波がどんな曲を聴くのか興味を持つのは当然のことであった。

 

シンジの部屋の扉を少しだけ開けて、アスカは中を覗き込む。

 

 

『もしも願い一つだけ叶うなら』

 

「君のそばで眠らせて」

 

 

……なんと綾波は、CDプレイヤーから流れる歌に合わせて歌っていた。

 

しかも、びっくりするほどの美声である。

 

「……う、歌を?あのエコヒイキが歌ってるの?」

 

アスカはその光景に驚きすぎて、誤って扉を全開にしてしまった。

 

「!?」

 

綾波はすぐそのことに気がつき、歌を歌うのを止めてアスカを見つめた。

 

「セカンド……?いつからそこに?」

 

「……今さっきよ」

 

「……そう」

 

「……アンタも、歌なんて歌うことがあんのね」

 

「聴いていた、の?」

 

「まあ……うん」

 

「…………そう」

 

綾波は顔をうつむかせ、頬を赤く染めた。

 

ひょっとして、歌を聴かれたのが恥ずかしかったのだろうか?

 

そんな様子をみて、なんとなーく罪悪感が産まれてきたアスカは、腕を組み、ぷいと綾波から顔を反らしながらも、こう話しかけた。

 

「でも、まあ、そこそこ聴けるレベルの歌を歌えてるじゃない」

 

「そう?」

 

「そうね、カラオケだったらそれなりの点数を出せそうなくらいには」

 

「よく、分からない」

 

「何よアンタ、カラオケ行ったことないの?」

 

「唐揚げは知ってるわ。でも、カラオケは知らない」

 

「……ふーん」

 

アスカはちらりと綾波の方へ眼をやると、すぐに部屋から出ていき、台所にいるシンジへと声をかけた。

 

「ちょっとシンジ、あんた今度の日曜日は予定空けときなさい」

 

「え?どうしてさ」

 

「カラオケに行くわよ」

 

「カラオケに?」

 

「そ。だから絶対に予定入れないでよ」

 

「わ、分かったよ。でも何で急に……」

 

そう尋ねるシンジを無視して、アスカはケータイを取り出した。

 

相手はマリである。

 

『やっほー姫!どうしたの?』

 

「日曜日、アンタ予定ある?」

 

『いんや、何にもないから姫んちに襲撃しようかと思ってたとこ』

 

「じゃ、その日はカラオケ行くわよ」

 

『おお!?良いじゃんカラオケ~!行こう行こう!』

 

「オッケー。あと、あのナルシスホモも誘っといて」

 

『カヲチンね!りょーかいだにゃ!』

 

「よろしく」

 

そう言って、電話を切った。

 

アスカはシンジの部屋へ戻り、綾波に告げた。

 

「今度の日曜日、みんなでカラオケに行くから。アンタも予定空けときなさいよ」

 

「カラオケ……。なぜそこに行くの?」

 

「歌を歌うためよ。そういう施設って言うか……歌うため専用の場所みたいなとこだからよ」

 

「でも、歌はどこでも歌えるわ。山の中でも、浜辺のそばでも」

 

「もー!取り敢えず行けば分かるわよ!アンタがカラオケ知らないって言うからみんなで行こうって言ってんのよ!」

 

「……私の、ため?」

 

「………………」

 

「……ありがとう、セカンド」

 

「か、勘違いしないでよね!私が久々にカラオケ行きたいからオマケであんたを連れていくだけで!そこんとこ分かっときなさいよね!」

 

アスカは捲し立てるようにそう言葉を返すと、スタスタと部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……夜。

 

綾波は自分の家に戻り、就寝する準備を行っていた。

 

シャワーを浴び、歯を磨き、明日の学校の教材を揃える。

 

その全てが終わった後、電気を消してベッドに入り、眠ろうとする。

 

「………………」

 

だが、綾波の頭の中には、日曜日に行くカラオケのことで一杯だったため、中々寝付けなかった。

 

「カラオケ、それは知らない場所」

 

「初めての場所」

 

「歌うための施設……歌うため専用のとこ」

 

「みんなで行くのなら、みんなで歌を歌うの?」

 

「……よく、分からない」

 

「……でも」

 

「嫌じゃ、ない」

 

綾波は何やらそわそわした様子で、むっくりと上半身を起こした。

 

「歌を歌う……。なら、練習しておいた方がいい」

 

ベッドから抜け出して、部屋の中央に立つ。

 

そして、彼女は歌い始める。

 

 

 

 

「もしも願い一つだけ叶うなら」

 

「君のそばで眠らせて。どんな場所でもいいよ」

 

「beautiful world」

 

「迷わず君だけを見つめている」

 

「beautiful boy」

 

「自分の美しさ、まだ知らないの」

 

 

 

 

窓からさす月明かりが、彼女の身体を青白く照らした。

 

(碇くんの、好きな歌)

 

(私も、この歌を好き?)

 

(分からない)

 

(でも、歌いたくなる)

 

(碇くんのために)

 

 

……彼女の持つ繊細な声が、夜のひんやりとした空気に溶けていった。

 

 




つづく

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