あるところに男がいた。男は錬金鋼技師(ダイトメカニック)だった。けれども、それ程才能に優れるところがあったというわけではない。とはいえど、熟練した腕前はその都市の多くの武芸者に敬われていた。
男の都市には奇妙な錬金鋼があった。その錬金鋼は男の住む都市の最も優れた武芸者十二人に与えられる特別なものだった。
望めばどこまでも長く、硬く、しなやかに、質量すら変わり、勁の伝導率も自由自在に操作できた。
ある日、ある時のことである。男のもとに件の特別な錬金鋼が預けられる。武芸者の課した厳しい設定要求に苦戦していたその晩、とある悪魔的な閃きが男の脳を奔った。
どこまでも長く、硬く、しなやかに、質量すら変わる錬金鋼ならば分割しても構わないのではないか?
その試みは容易く成功する。
ゆえに男は苦悩した。苦悩して、二晩考え抜いて、そうして決めた。
とある都市で、熟練の錬金鋼技師が消えた。部屋には完璧に調整された特別な錬金鋼を残して。
男の行方は、ようとして知れない。
体は……剣で出来ている。
血潮は鉄で、心は硝子。
濃霧のような砂塵を引き裂く剣風。衝勁の斬弾が汚染獣に連続して着弾し、強固な甲殻を僅かに削る。オウロの勁弾で汚染獣の外殻を貫くのは不可能だと、そんなことは判り切っていることだ。
連続する斬撃が砂塵を格子に斬り裂いて奔る。
多脚のバスを狙う汚染獣の雄性体は鬱陶しげに振り返るがそこに人影はなく、愚鈍な怪物の反応をあざ笑うかのように真逆の角度から斬撃の勁弾が飛来する。
真横からの強烈な気配に大樹のような尾が打ち振るわれた。大気が破裂し、砂塵の壁が汚染獣を中心に吹き飛ばされた。
疾影と呼ばれるフェイント技だと気付いた時には時すでに遅し。頭部に添えられた武芸者の左手に、あるはずの無い零下の温度を感じたのは、汚染獣の幻覚か。
「遅い」
身をよじって、まとわりつく死の気配から脱しようとする汚染獣を、オウロは一言で切って捨てる。汚染獣の頭蓋の厚さも強度も、それが例え老成体であろうと、この掌の前では豆腐のように意味がない。「針功波濤掌」―――その武芸者の編み出した対汚染獣用の絶技が、今、牙を剥く。数多の武芸者から身を守った頭蓋骨は僅かほども防御となりえず、汚染獣の脳はぼろきれのように消し飛ばされた。
汚染獣の頭部は原型を止めたまま大地に落下する。白濁とした眼は完全なる沈黙を証明している。
一級の戦果を挙げたというのにオウロの心は晴れなかった。都市を出て、傭兵を始めて三年が経った。もう三年という気もするし、まだ三年という気もするが現状では前者の方がオウロの心情をよく表していた。
バスが揺れる。どうやら物思いにふけっている間に、バスは都市に到着したようだ。
都市の名前など興味はない。頭の中は、ただあの老成体を屠ることのみで十分だった。その為に二年の間、傭兵団で技を磨いたのだ。
今こそ、宿願達成の時。幸運なことに、いまこの五体ただその目的のためだけに特化されている。
この都市で奴に出合える事を願って。
身を覆う黒衣を翻しオウロはビルの狭間に消えていった。
まあ、オウロがどの様な変化を遂げたのかはお楽しみということで。まあ、大方の読者は予想できていると思いますし。多分「波濤掌」の正体もばれているなーと思う次第。浸透勁ではないですけれど