路地には闇が浸食し、風の音がやけに騒がしくなる。
痩せ犬が餌を求めて徘徊し、住む家を持たないものが壁に拠りかかる―――路地裏。時折吹き抜ける風が、生ゴミの臭気を吹き飛ばすもそれは一時の虚しい除去作業に過ぎない。そのような路地裏を歩むもので、それなりの服装をしたもの―――は、つまり路地裏の住人で無しにここを通る物好きどもは、皆一様にある場所を目指していた。
一軒の酒場。暗闇の中で一軒だけ煌々と輝く其処 が、裏路地をこんな時間に歩く物好き共の終着点だった。
もし、たまたま通りかかった人が正確に酒場へ入場する者を数えたならば、確実に首を捻るだろう。数が多すぎるのである。その店には絶対に入りきらないような人数が、店の敷居を跨いでいる。
そして出てくる数は微妙に減っているのだ。
なんにせよ、そこが奇妙な場所への入り口には違いなかった。
バカが来た。
酒場の門番をする元武芸者の老人は、早い時間にやって来た男の品評を一秒で終えた。くたびれた外套に、すすけた肌と同じ色の髪。生気というものが感じられない無機質な眼差し。武芸者を名乗るにはあまりにも静かすぎる勁の錯綜。
すべてが及第点以下だが、おそらくこの酒場の奥に用があるのは間違いない。
「ここで賭けをやっていると聞いた。出場したいのだが」
この申し出も予想通り。
「にいちゃんよ。止めときな。他の都市ならどうだったか知らんが、この都市じゃ、その程度のうではは通じないぜ。何たってここはグレンダンなんだからよ」
対する男の表情に変化はない。
そんなことはどうでもいいとばかりに、黙り込んだまま立ち尽くしている。
「ダメダメそんな顔してもここは通せねえよ、つうか早くどっか行け。通行の邪魔だ」
あくまで男は怯まない。どころか真面目な顔で予想外の一言を口走る。
「つまり、実力を見せれば良いと。そういうことか?」
老人は、一瞬だけ呆けたような顔つきで男の顔をまじまじと覗き込む。今、この男が何といったのか?脳が受け付けるまで少しばかり時間をかけ、言葉の意味を理解し終わったとたんにそれは口元を歪ませる感情へと変わり、終には腹の底がよじれる様な笑いとなって路地裏を震わせる。
「何かおかしいのか?」
「ぶはははははははははははははははははっはははあはhっははっははっははあっはっははは!」
おかしいと言うほかなかった。男の内部を錯綜する勁量と来たらそこら一般の武芸者にも及ばない程度の低さで、これで武芸者として生き抜いてこれたのなら逆に関心出来るレベルだった。
こういう輩は一度身の程を知った方がいい。我ながら親切な感情が湧き出たもんだと思うが、その心は実のところ単に暇つぶしとうっぷん晴らしに丁度良い相手を見つけただけである。
「来いよ、あんちゃん。俺の額に触れたら出場させてやってもいいぜ、」
元より不可能であろうと見切りをつけた上で、あえて希望を焚き付けつような言葉を掛ける。老人とてここの門番を任されている身だ。年老いた今でもそこらの道を歩く武芸者に劣る腕では無い。
「素手対素手だ。武器は面倒だしな」
この程度の奴を相手に、万が一にも自分が傷を負うのもばからしい。男の口が躊躇うように動く。
「汚染獣は勁などなくとも強いぞ」
馬鹿馬鹿しい言葉だった。
「けれどもアンタは汚染獣じゃないだろ?」
それを最後に、老人は一切の言葉を捨て両腕を前に格闘の構えを取る。勁息は充実し、活勁の圧力は体を内側から破裂させんばかりだ。
「わかった」
一言、男の体内の勁脈が僅かに、少なくとも老人には僅かととれる程度の本気で脈打った。
え、
額を打たれていた。
まったく見えていなかった。
「これで、いいのだろう?通せ」
やることはやったという口調、下らない筋書きの劇を終えた俳優のように疲れた顔。
「ま、待て。もう一回。そうだ、もう一回だけ!今のは少し油断しただけだ!」
男の顎が僅かに引き下げられる。
それを同意と見て取った老人は、瞬間、殴りかかった。
そして今度は理解できた。
殺勁。それも超練度のもの。故に老人の脳は現実を無視し、あるというのにないという回答を出し、見えざる拳に――――――衝撃。
膝が落ち視界が揺れる。老人が最後に見たのは――――凄絶なる男の笑み、だった。
「どうだ、良いだろう?通してくれ」
声に老人は目を覚ます。どうやら意識を失っていたのは数分で、その間に男は自分の面倒を見ていてくれたらしい。
完全に負けたと老人の細胞が認めていた。これでは仕方がない。
通さないわけにはいかないではないか。
「ち、たいした殺勁だったのは認めるが。あんなものが通じると思うなよ。俺なんてここでは三番目に番弱いCクラスだ」
そうか、という男の無表情が苛立たしかった。
「……最初のは殺勁では無いぞ。二度目からはそうだが」
知ったことか、そんなことは。
「傭兵の腕を売りたいんだろうが、精々地獄を覚悟して置けよ。ここは半端じゃないぜ……あと名前を教えろ登録の為に必要だ」
「オウロだ、」
一言だけ告げて男は敷居を跨ぐ。老人は仰々しく店の奥を示し、一礼してこれを迎えた。
「賭け闘技場へようこそ、オウロ」
グラップラーオウロ、は始まるよー!
まあ、オウロさんが本気見せと針功波濤掌(笑)がその正体を現すのは、多分、二話後ぐらいですけれどね。正体の回答とかマッテマスヨー。ついでにご指摘とかあると嬉しいです。
つうか、行開けが上手く表示されていないのは何故よ?