団長だったハイア・サリンバン・ライアは言った。
フリーの傭兵など止めておけと。
天剣授受者並の腕があるならともかく、お前程度では止めておけとオウロに珍しく語尾を変えずに忠告した。それは渡世に苦労しながらも一つの傭兵団を束ねる男の経験から出た真っ当な忠告だった。
そもそも、我々少数の武芸者というものが一般人にとっては何者なのか。敬意?憧憬?神聖なる人類の守護者?いやいやいやいや。
決してそんなものでは無いとハイアは断ずる。そんな良いイメージが付くものでは無いのだ。
では。
では、なんだというのか?
「そんなもの、畏怖に決まってるさ~」
汚染獣と戦い都市を守り、治安を乱す悪党を狩る。そんな活躍の様が放送されることは少なくない。
例えば、イメージ戦略で。日曜朝の子供向けドラマの戦隊ヒーローよろしく、振り向く顔には笑顔。隣には意志を同じくする仲間。後ろには守るべき市民が居て、正面の汚染獣と睨み合っている。我々はあなた達の生活と秩序を守りこそすれ、乱す側の存在ではないと、示すために。
あるいは、為政者による都市の奥に潜む悪意への威嚇行為にも一役買っているだろう。武芸者が圧倒的な力で法を守護する様を見せつけられたなら、吹けば飛ぶような悪意の種はおのずと踏まれて路上に消える。
武芸者とは有益であり、無害である。けっして我々を損なうような存在ではないのだと、知らしめることで共同体へ参加する許しをえるのだ。
その宣伝はある意味事実を突いている。いかに超能の戦闘能力があれど、武芸者はそれ単体では存在できない。食物を作り、寝床を提供し、語り癒してくれる存在なしには武芸者と言う形の職種はなりたたない。錬金鋼がなければ全力は発揮できず、兵糧と声援無しには虚しい殺戮の夜を過ごすだけだろう。武芸者が武芸者足りえるのは周囲が武芸者という職種の有用性を認め、共同体に組み込んだからに他ならないのだ。
けれども、まともな思考を持った一般人はきっと気付いているに違いなかった。
この世界において、武芸者は夜道を歩く処女の護身の剣だ。剣とは諸刃であり、対敵にも有用な武器になる反面、奪われれば、あるいは、取り扱いを誤れば、簡単に指を切って落とす。台所に立つ主婦が包丁の切れ味を内心では畏れているように、彼ら一般人もまた武芸者を畏れている。
その前提の上で余所者武芸者が活動を望むのならば、それはもう個人の技量レベルの問題とうよりは先先々代から築き上げて来た信頼と実績が何よりものを言う。結局、武芸者とは移動都市という構造の一部として生み出されたものであり、その中で生きるものであり、その戦いは都市に根拠を由来するという幻想によって成り立っているのだから。
ところで、
「やあ、どうも」
この男は何なのであろうか。
「見ない顔の様だけれど、売り出し中の傭兵かな?その様子では雇い主はいなかったようだけれど」
背丈はオウロと同程度、良く鍛えられた筋肉と拳だこから恐らく格闘系の武芸者だろう。優男といった風情の面立ちに、背中まで届く長い髪が印象的だった。
「僕はサヴァリス・ルッケンスと言います。よろしく」
サヴァリスの右手が差し出された。釣られたようにオウロも右手を出し手を握る……。
オウロは戦慄していた。
こいつは……。
化け物だ。先程の一合、自発的なものでは無い。言わば握手させられた形。
これは立ち合いに例えるのならばオウロは「位」=「機」を取られたということだ。その時点でオウロは運命は活殺自在。
オウロとて無防備だったわけではない。闘技場の出入り口その姿を見かけたときに、あまりにも胡散臭いので警戒はしていた。
うなじが、ぴりぴりと灼ける様な、大型の汚染獣と至近で向き合った時の様な。
一定以上の腕前ならば気付かぬ方が無理というものだった。
サヴァリスの気が自分に向けられている。面倒は嫌だった。斬らねばならない相手のために、出来るだけ力を温存しておきたい。だから自然とオウロの歩みは警戒対象=サヴァリスから遠ざかるものだった。
しかし、実際は気が付けば目の前にいて、通り過ぎる前に声を掛けられ、あるかなしかの逡巡に握手を合わせられていた。
みちり、と肉が凄まじい音を発する。ただの指と指の絡まり合いに過ぎないそれが、サヴァリスの活勁の強さを如実に物語っている。
「どうも、サヴァリスさん……」
その一言で握手は終わりで、普通は向こうも手を放すものである。向かいのサヴァリスはにこやかな顔のままだが、活勁の圧力は天井を知らない。
そのまま四、五分ほど時が流れただろうか。いい加減オウロの手が痺れて来たところで、ようやくサヴァリスは手を放す。
「嘘つきめ、」
顔には笑みが浮かんでいた。といっても先のような優男のそれでは無かった。街灯の灯に浮かび上がるのは獲物を前にした猛虎のそれ。
「先程の殺勁を使った戦いは手加減だったようですね」
可視すら可能な、夜気を震わせる闘気。
「あなたの活勁はそんなものでは無い。平均かその上をいく」
だから、どうしたと言うのだろうか。オウロの眼前の人物はその遥か上をいくだろうに。
「しかし、不思議だ。その程度の勁量で、それほどの活勁が可能なものなのか」
サヴァリスの顔に、まるで新しいおもちゃを当てられた子供の様な笑みが加わる。オウロの背筋を這い回るのは圧倒的な悪寒の濁流。悪い知らせ以外の何物でもない。
闘る気だ、と認めざるを得なかった。
「どうですか、就職先が見つからないなら僕の家が探しますよ。
男の言葉が本当ならば、オウロにとっては願ってもないセリフだった。けれども、もうここまで来れば、話の流れは予想が付きそうなものである。おもちゃを見つけた子供は壊れるまで遊びつくす。男の話はそういう類のものだろう。
しかし、オウロには思い当たる節がある。男の名乗ったルッケンスという姓は、紐解いた数多の武芸書の中で少なからず目にしたことがあるものだ。格闘術のルッケンス。槍殻都市グレンダンの銘家。ならば、これはあるいはチャンスかもしれない。
サヴァリスは続ける。
「それなりに、腕を示してもらう必要がありますが」
やはりというか、予想通りな回答にオウロは頷く。
それを見届けたサヴァリス・ルッケンスは満足気に破願した。
夜の公園で武芸者が二人。……勝負でしょう。