サイハーデン流刀争術焔斬りが崩し――――雷鳴閃・虹。
この世界では終えて久しい技術を用いた一刀はオウロの肉体(ボディ)を瞬時に音の七倍まで加速させる。大地を灼き、大気を焦がしながらオウロは体勢を崩すことなく目標に突進した。音速の七倍に達する加速。人体に備わった歩脚では到底なしえない速さの代償に、この技は途中でその軌道を変えることが出来ない。
だがそれでいて何の不便も存在しないのだ。
本来のこの技はカウンターとして用いられるものであり、またいかなる生物であろうとも音の七倍で射出されるオウロの姿を回避するのは不可能。人の脳がもつ処理速度では光学繊維の神経でも持たない限りどうしたって間に合うはずもない。
刀はおまけの様なものだった。
紫電を纏いながらの突進を行うオウロという質量。そこには莫大なエネルギーが発生し直撃すれば必殺、仮に躱しえたとしても同時に付随するソニックビームが掠めただけで敵目標をボロ雑巾に変える。
必殺。必中でなくとも必殺。それは生身の脆さを克服した錬金鋼の肉体にしか放ちえぬ殺戮の絶技(アーツオブウォー)だった。
サイハーデン流の焔斬り――――あるいはそれに関わる何か。斬撃の基点はその後如何なる軌道を辿ろうとも必ずオウロの左から発生する。
それがオウロの構えを見たサヴァリスの予測だった。この予測はとある天剣授受者を知るサヴァリスには必然。だがしかし、サヴァリスの予測を裏切るかのようにオウロはくるりと転身する。左半身から右半身へとこちらに背を向け一回転した彼の切っ先が示すのは………
(迂闊………………)
斬撃―――居合いではない。あれは……刺突!!
直後オウロの身体から膨大な勁が爆ぜ、しかしサヴァリスは勝利を確信する。
その日、グレンダンが揺れたと街の人々は噂した。
耳を聾する大音声が地下闘技場を埋め尽くす。白亜の舞台は木端微塵に砕け散り、いまや巨大なクレーターに姿を変えていた。その中央、一つの移動都市を揺るがすほどの大破壊の中心にはうつ伏せに動かない男の姿があった。
そしてもう一人、長い銀髪の男が満身創痍の歩みでクレーターの中央に近づいていく。
「何を……した、」
不可解。そう言いたげな表情で穴の底からオウロは対敵を見上げた。
「先に仕掛けさせて貰いました」
応えるサヴァリスの指先から勁で練られた10の糸が現れる。糸はその全てがオウロの体に直結していた。
「勁糸。本来この技は対象に打撃を伝達するために使います。勁の増大と同時に感知がおろそかになった二度目のダウンの際に仕掛けました」
そう前置きしてサヴァリスが手を振ると軽い衝撃がオウロの鳩尾に発生した。釈然としない相手の顔をみてサヴァリスはなおも説明を続けた。
「ですが、勁の動きからして打撃程度では止まらないかもしれなかった。そこで私はあなたの勁と私の勁を同調させ―――現実に対する認識をずらしました」
そこまで聞いてオウロの目が驚愕に見開かられる。
「ルッケンス投術―――天地開闢あなたを敗った技の名だ」
つまりオウロはそれと知らぬ内に先手を取られていたのだ。サヴァリスの勁糸から放たれた微細な勁はオウロの認識を狂わせ、勁道を滞らせ、来るべきはずの現実を塗り替えた。そして目標を捉え損ねたオウロの向かう先は虚ろな大地。速度と質量はオウロに反射する。
「負けたか、」
完全な敗北。力は元より勁で負け、そして技で負けた。だというのに敗北したにしてはやけに心地よかった。
負け、ですか……。
しばらくして、ふとサヴァリスの顔から笑いが消えた。
「ああ。俺はサヴァリス=ルッケンスに負けた」
その様子に首を捻りながら、心地よくオウロは明言する。
「だが、この勁糸をつかった認識阻害の技法は、オウロ。あなたが使ったものだ」
「なんだと?」
「オウロ。小太刀と掌の達人。勁量は一般的ながらも、奇異な技で老成体をも屠るサイハーデンの外れ者。そして彼は……40年前に老衰でなくなったと記録には残されている」
戦いの最中、サヴァリスの脳裏を不意によぎった書の一ページ。一字一句鮮明なそれをかいつまんだサヴァリスの説明にいつしかオウロの顔から表情が消えていた。
「さて。……オウロ。あなたは一体何者だ?」
いまやオウロの目は限界まで見開かれ、焦点を失ったまま宙を彷徨っていた。オウロ、オウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロオウロおうろおうろおうろおうろおうろおう………。
「ああ、アアアア。あああああああアアアア!!」
俺は、俺は、俺は!?
思い出そうと探る記憶はあてどなく浮遊し、出来の悪い人形にも似た継ぎはぎだらけの曖昧な根拠となってオウロを蹂躙した。柱の抜けた家屋のようにオウロをオウロたらしめていた根拠が音を立てて崩れ落ちた。
対手の崩壊には光も音も発生しなかった。いつのまにか黄金の液体に変わったそれはぽこぽこと二、三の泡を表面に浮かべたあとサヴァリスの足元で最早いっさいの動きを見せようとしなかった。
先程の投げ技。勁が同調した刹那、サヴァリスの脳裏に映し出されたのはまったく異なる四人の武芸者の生涯だった。彼らは剣士であり、弓士であり、槍士であり双銃の使い手であった。あれが一人の人物の生涯を辿ったものとは考えにくい。何故ならば、彼らの生涯の最後には必ず死亡場面が付いて回ったからだ。
思うに、とサヴァリスは足下の白金の液体に目をくれる。
ここにいたオウロと四〇年前のオウロとはまるで別の人物で、いましがたサヴァリスが戦った彼は四人の出鱈目な記憶を一人の人生として繋ぎ合わせる役目をもった、第五の人格なのかもしれない。
彼は人生のある地点まで仮想の人生を過ごし、そしてなにかをきっかけに目を覚ました……いや、違う。目を覚ました時点で仮想の人生を造り上げたのだ。目の前の現実に対抗するために。
だが本当のところはもはや誰にも分からない。なにせ、彼の過去を知るものなどどこにもいないのだから。
我、在り。
我、在り。
崩壊した混沌の世界から彼は目を覚ます。苛烈な内部分裂と統合の果てに新たに生まれた彼はもう過去を顧みない。
彼に残されたのは今この時と、そして身に備わった苛烈な戦闘技術を役立てるための人と場所を求める心だけだった。
だが無情にも時は過ぎる。安穏とした闇の中で眠る様にしていつしかそれは自らを忘れていく。心地よいまどろみの中で過ごすのはいく時か、時折浮上する統合前の記憶は既に擦り切れて久しく、覚醒に役立つようなものは既に自らの内には存在しない。
故にか一層鮮烈なそれは、まさに落雷となって彼の脳天を直撃した。
(助けて……。力を貸して下さい)
それは無垢なる少女の祈り。だが、彼を目覚めさせたのはそんなものではなかった。
彼を目覚めさせたもの、それは……、祈りの主から無造作に流出するおぞましいほど莫大な勁。だが莫大な勁のその持ち主には少しの武芸の心得もないようで、自らの力を知らぬが故に矮小な外敵に怯えている。
いいだろう。
彼は今や完全に覚醒していた。
より苛烈な戦に赴く覚悟はあるか?
祈りの主は、突如降り注いだ声に戸惑いしかし確かな声で返答する。
力を下さい、たとえ悪魔に魂を売ってでも私には守りたいものがある。
力強い返事と共に指向性を与えられた勁に応え、彼は体を変形させる。未熟なる相棒のために。このおぞましいほどの勁を効果的にに運用するために。
祈りの主―――少女の目の前にあらわれたそれは無数の宙に浮かぶ装甲だった。
いざ!!
「応!!」
二人は呼応し、装甲が記者な少女の肉体を覆いその身を屈強な巨人に変える。
さあ、さらなる闘争へ。
戦いは終わらない。
ぼろぼろな話ですが一応終わらせるなきゃと思い終わらせた次第。なんかおしいというか素材を生かしきれなかった……。