3.強くなくていい
鼻につく薬品の匂い。次いで体を覆う暖かいシーツの白が視界を占領する。オウロが運び込まれたのは、最寄りの医務室だった。修練場の近くに大抵病院がある。
徹底的に敗北して、意識を失い寝台の上で目覚める。起きると傍らには妹がいて、「お兄ちゃん。大丈夫?」と覗き込んでくる。
……止めよう、恥ずかし過ぎる自分の妄想をオウロは頭を振り、払いのけた。妹なんていないし、朝起こしに来てくれる幼馴染も存在しない。全身が砕けんばかりの激痛に苛まされながら寝台の上に寝っ転がり、雨音を一人室内で聞く。
「・・・ぅうああ」
ごろりと左の窓の方に体を転がすと、苦呻が漏れた。
笑えるほど痛い。
痛すぎて笑える。
けれども、到底笑う気にはならなかった。
徹底的で、決定的すぎるこの敗北を、自分は一体何で埋めればいいのだろうか?勁量においてはこれ以上伸びる様子もなく、技術は幾ら磨いても生来の差を埋めるにはあまりにも物足りず、かといって禁じられた増幅薬に手を出す気にはなれない。薬に手を出しては負けなのだと思う。投薬の果てに勁脈を壊し、廃人になっては本末転倒もここに極まっている。たしかに一瞬、一度だけの強化で済むのならそれでも一向に構わないが、しかしこの荒廃した世界から汚染獣が消えることは千年たってもないだろう。
ジクジクと、折られた肋骨から鈍い痛みのシグナルを受け取って、オウロはあお向けに寝転がり直した。
「何だろう?」
唐突に降って湧いた疑問は輪郭すら定かでなく、幾重にも質問を当ていくごちゃごちゃとした思考の果て。混乱も頂点に達したころに空白が頭を支配する。
なんで強くなる必要があったんだろうか。どうあがいてもどうにも武芸者としての才能に乏しすぎる自分が強き者を目指す必要がどこにあったのだろうか?
「・・・ああ」
何を言っているんだろう俺は。けれども否定する漆黒の想いはとどまらず、頭の中で囁き続ける。
無意味だった。十年間は全くの無意味だった。強くなれると一人合点して無邪気な能天気さで無限の可能性を肯定して………。
……それは、そんなことは言っちゃだめだろう自分。
けれども遅い。崩壊に晒されたアイデンティティーは要所を抜かれた石壁のように崩れ落ちる他なく、オウロはそれを止める術など持っていない。
いつしか双眸を熱い液体が満たし始めていた。
「・・・く、くぅうぅぅぅ」
畜生が。
行き場をなくした涙が顔の左右を零れ落ちていく。拭えども拭えども液体は尽きることなく、際限のない感情は止まるを知らない。
強くなりたかった。強くなれると信じていた。
けれど、もういい。
…もう、いい。
「・・・強くなくて、いい」
擦れてしまった嗚咽の海でぐちゅりと臓腑を抉り出す。
朝夕の鍛錬に費やされたオウロの十年、その全てはただの一言で無に帰った。
鬱鬱鬱~(^^♪。ああ、スッキリした。しかしここまでは一話でよかったんじゃあないか、と感じたり。