4、強くなくていい4
退院から一週間が経っていた。
強くなくていい、そう決意したオウロが手始めに行ったことは過去の封印だ。
「…しょっと、」
今までに集めた伝書の類を段ボールの箱に詰め、幾重にも縄を巻いて封印する。もう二度と触ることがないように、目に障ることがないようにきつくきつく縛り上げて、屋根裏に放り込んだ。
オウロには親はいない。まさか木の股から生まれたなんてことはないだろうから、自分にも両親はいるはずなのだと役所に事情を聞きに行けば「汚染獣に喰われて死んだ」等々、要約すればそんなことが書いてある文章を見せられた。まあ、そういうことなのかと特に驚くこともなかったのは、きっと親の顔を知らないからだろう。
汚染獣の襲撃で次々と代わっていく親の顔なんて覚えている暇もなく、また、なんだか自分が呪われているような気もして十になるころには武芸者として一人暮らしを始めた。都市の支援金と支払われる報酬はオウロの実力からしてそう高いものでは無かったのだけれども、それで生活に困ったということはとくないのだから、かなり待遇はよかったのだと思う。
次に錬金鋼を樹脂製のケースにしまい、これまた屋根裏に放り込んだ。これで全て終わりだった。
後は役所に報告を書いて提出すれば、それで武芸者としてのオウロは完全に終わりを迎える。お金の問題はそれなりの蓄えがあるので当面の間、困ることはない。いや台所に並ぶおかずの質が少々ランクダウンするだろうけれども、それはまあ仕方のないこと。
「あ~、どするかな」
しかし、やはり迷う。生活だって苦しくなるだろうし、隊の人達にも挨拶しにいかなければならない。場合によっては二、三発殴られるかもしれないし、オウロが同じ立場だったら、やはりそいつを殴るだろう。
まったく気が重いったらありゃしない。何て面倒くさいのだろうか。
オウロが年少の武芸者だということで唐揚げや野菜を安くしてくれた人たちの気持ちも蔑ろにすることになる。それを想うとオウロの気は途方もなく重い。
武芸者というだけで付いてくる数々の恩恵。そういうものの為に武芸者を続けるのも、人によってはありだと思う。そのことを目的に武芸者になったのならそれで良い。
けれどもオウロはその道を選びたくなかった。初志は貫徹してしかるべき、貫けぬのなら折れることもこれ是なり。オウロが武芸者を志したのは生活の為という一面もあっただろうが、しかしその本質はあくまでも強さの探求にある。その目標を諦めた以上、これ以上武芸者を続けることに対して意味を見いだせはしない。
窓を開けて、空気を入れ替えると抜けるような空の蒼さがエアフィルター越しに目を貫く。まったくもって、最高の気分だった。
オウロ・スミスの名前を知らないものは、この尖殻都市においてそうはいない。道行く人に尋ねれば4人に1人はああ、あいつかと頷き返してくれるだろうし、面識もないのにあいつとは友達なんだよね、などといいだす不届き者もいるだろう。これはけしてオウロが実力ゆえに認められているということではなく、むしろ十の頃から戦場働きををしているあの少年武芸者ね、という程度のものだ。
全くもって面白くの無い日だった。
「オウロが武芸者をやめたってか?」
再度、わかりきった事実を聞き返す自分が馬鹿らしくなってくる。つまりそれだけ認めたくないということか。別に大した実力の持ち主だとは思わないが。第六小隊隊長ソウジンは深く息を吐き出す。
「まあ、実力もたいしたことなかったからね。本人だって辛かったんじゃないの」
目の前の女の残酷な言葉。
とは言えどそれは真実。武芸者と言うのは実力がすべてだ。金とコネで得た免状など汚染獣相手にはなんの効力も発揮しない。
「実力か……」
女、ハクアの言う通り確かに強くはなかった。けれども、牽制役としては有能だった。戦闘中に一歩下がって全体を見直し、欠けている部分を埋めに走る。戦闘を鳥瞰的に見渡す才はかなりのものだったと、思う。ソウジンがそう思い込んでいるだけで実際は大したことがなかったのかもしれないが。
そのことを目の前の女に告げてみる。
「ああ、言われてみれば・・・そうね」
どうやら彼女も納得らしい。だとするならばこれは損失だ。尖殻都市の武芸者は二百四人。一つの隊が十五人を基準にして、十三の隊が設けられている。隊をつくるのは大規模な防衛戦の際にきちんと組織立って動けるようにするためだ。
一人でも欠けることはやはり、隊の生存能力を随分と下げることになる。
この件に関しては、やはり、話し合いが必要だった。
数字については突っ込まないで下さい。けど現実問題として200人でレギオスを守り切れるかな?