フォルグストンは高塔がひっきりなしに建てられているレギオスだ。その姿はまさしく尖殻都市と称されるに相応しく、遠目からみると削り終えたばかりの鉛筆を亀の甲羅に立てたような、そんな姿をしている。その設計思想は、恐らく、限られた空間を広く使おうというところから来ているのだろう。頭の尖った高塔同士がそれぞれ連絡路で結びつき無数のネットワークを作り上げている。連絡路の在りようはそれこそ多彩で、公式の立派なコンクリート製のものから太めのロープで各階をつないだだけものさえも存在する。また、近年になって老朽化が進む下層区域の修繕をすべきか否かが選挙の当選結果を大きく左右することも多々あるとか。
馬鹿な話だとオウロは思う。元武芸者の視点で語らせてもらうならば高塔などさっさと打倒して、高く堅牢な外壁を持つ街を作り上げた方がいいに決まっている。第一あの高塔は捕食者に目立ちすぎるのだ。高楼から索敵を行うなどと言う本来のコンセプトは勁操作や念威がまだ未成熟だったころの話のことで、常識的に考えて汚染獣が目に見える距離に来ていたらレギオスの足ではまず逃げられないと言っていい。まあ幸いにして念威操者によって索敵は出来るようになったのだから一刻も早く外壁を作り直せよということなのだ。
ほかにも武芸者の足場確保等々諸問題はあるが、しかしどうして俺はこんなに武芸者を止められないんだろうとオウロは頭をひねった。思い当たる節は元隊長の呼び出し、ぐらいしかなく必然怒りならぬ恨みの矛先は今日の呼び出しへと向かう。
しかし、なんでこんなにイラつくのだろうな。
オウロには判らない。判りたくもなった。
正規のルートを辿らずに103番通路を通り抜け、87番通路と88番が重なる十字路をレギオスの中止に向かうように歩を進める。呼び出しのあった居酒屋までは一度レギオスを横断しなければならないのでだいぶ面倒だが、オウロの健脚ならばとくに苦になる距離でもなく、長大なレギオスの直径を通り抜けれる。
……訳もなく都市を走るモノレールのお世話になって何とか指定された場所に間に合った。
権力とは無縁な外壁付近の塔はそれゆえに雑多な喧騒を来る者に享受する。そんな汚染獣との戦闘と年月の摩耗に耐え続けた一つの軌跡を体現する、食い物屋がいくつも積み重なってできたようなオンボロビルの最上階。
「なかなかいい景色だろう」
「・・・はァ」
盃を片手に佇む人物の声には覚えがあるが、その人物の視線の先は街の内側ではなくエアフィルターの先、すなわち外部の世界へと向けられていた。
荒涼とした砂塵の吹きすさぶ大地、空は暗褐色に近くとてもじゃないがいい景色とは言えない。しいて言うならばたまに出る月が本当に綺麗な時があるのだが、生憎と今夜は新月で影を空は暗褐色のままでこの景色を人に勧める前に精神科にお世話になった方がいいんじゃないかと思う。べつに美の観点は個人の自由だがそれが万人向けとは限らないのだ。受け答えする身にもなって欲しい。
「……つまらん、何か反応しろ」「甲斐性が足りないわね」
口から漏れるのは戦場で何度も聞いた声、元隊長と副隊長の声だった。
まあ、座れよ。
勧められるままに席に座ると、木製の大時代な椅子がぎい、と悲鳴を上げる。
「お待たせしました、牛肉と彩野菜のデリーヌ鍋です」
ごとごとと、音を立てて机の上に肉や野菜の盛られた大量の皿が置かれ、中央にはガスの燃焼を利用した携帯式調理器具が胡坐をかき、その上に沸騰した湯がはられた土鍋が置かれた。だからどうしろと言うのだろう。そんなオウロの気を読んだのかソウジンが景気をつける。
「とりあえず、一杯」
くい、と先輩二人が杯を持ち上げたのでオウロも茶の入ったグラスでそれに応じた。
「武芸者ってのは、止めようと思って止められるものじゃないんだ」
ひぃっく、と酒もだいぶ進んだ頃に要約ソウジンが本題を切り出す。副隊長のハクアはとうに酔い潰れている。それぐらいの時間帯。この隊長は何気に意気地がないので、部下に何か説教するのは酒がはいってからと決まっていた。
レギオスの動力源はセルニウム、隊長の動力源はアルコール。そんな言葉を思い出す。
「例えば、今お前が食っている鍋。わかるか?」
「……はい、」
というか展開が読めてしまった。
「こいつはな、武芸者(おれたち)じゃない、まあ、普通の人達の手を渡っていまここにある」
それはオウロにも判る。
「お前。これ作れるか?」
少し躊躇う。
「無理ですね…」
相手の誘いにオウロは乗った。
「だろう?持ちつ持たれつってやつなんだよ人類は。はっきり言えば余裕がないんだ」
レギオスの中で過ごしていると判らないかもしれない。年に二回来る程度の汚染獣を相手に戦っているとわからないかもしれない。
「お前、戦争って知っているだろう?」
「三年に一度ある。鉱山の奪いあいですよね?」
ああ、やはりこの程度何だろうとソウジンは思う。そうだ、確かオウロは年齢制限でまだ参加していなかった。
「そうだ、生きるか死ぬかの…戦いだよ」
それは、まだオウロの知らない世界だ。汚染獣の相手は兎も角、戦争は知らない。
「老生体って知っているか?」
それも、聞いたことはあるが知らない存在だ。オウロの交戦経験は雄性体の二期が精々だし、それだって直接戦闘に参加したとはいえ、重要な役割は背負わされていない。
「知りません」
「だろうな、でもな。世の中には知っていようがいまいが関係なく領域を犯し、平穏をぶち壊すとんでもなく邪悪な存在が、確かにいる」
いる、とソウジンは断言する。
「武芸者ってやつは、それに抗うことが出来るもっとも直接的な才能…天職、天から与えられた才能なんだよ」
ソウジンの低い声が夜の闇に響く。
そうだろうか?本当にそうなんだろうか?この今の位置が天から与えられたものなのだろうか?
「ど、んなに弱くてもです、か?」
「おお。お前弱いのか?」
ひぃっく、ひぃっくとソウジンはオウロの問いを問い返す。
嫌なことを聞いてくる上司だった。
言葉を選びたい。
しかし、誤魔化せるものでもなかった。
「…弱いですよ。勁量もない。才能もない。一昨日ですか。模擬戦やったら点刺勁をただの衝勁に止められました」
「弱っ。はっ、はははは…なにそれ?」
ひぃっく、ひぃっく。
端的に言って、今のソウジンはむかつく奴だった。
「それは、言いすぎですよ…ソウ」
くすくすと、酔い潰れたはずの副隊長までもがささやかな笑い声を付け足しす。他人勝手な笑い声。
悪意がないゆえに、不愉快になる仕草。
これだよ、だから強い奴って嫌なんだ。
だから、弱いってのは嫌なんだ。
お前らには、判らないだろうな。そうやってズケズケとものを言えるってことが。
ふざける。
「笑うなよっ‼」
きょとんとした、二人の顔がただ異様に痛くて。
「笑ってんじゃねーよ‼ お前ら悩んだことがあるのか!?勁量の不足で!生まれ持った性能の差で鍛錬の差を踏みつぶされたことがあるのか!」
くそ、くそくそくそくそ!
「武芸者の底辺ってやつが判らねーだろうな!……武芸者で!弱いってのは!最低なんだよ!」
最低なんだ。
下を見れば、下はいるといえばいるが、上を見れば数えきれないぐらいいる。だからと言って、下に奴に八つ当たりなんて出来るわけがない。そんなことはオウロの根源理由が許さない。だから、上に噛み付くより他はないが、そんなことをしたらどうなるか?
……情けないことこの上ない。ちょちょぎれる涙は自己憐憫。まき散らす罵詈雑言は弱者のやっかみだ。
その後、何を言ったのか分からないような滅裂な言動を繰り返して、言葉の備蓄が足りなくなり息が詰まる。
言葉が足りないのに、頭を揺らめく感情はもう置き場もない。
くう、ああ!
剥き出しの感情を叩きつけられてなおを半笑いを浮かべる二人の顔を見続けるのがつらかった。不様な活勁を暴走させながら店を飛び出し、走る。
最早一刻たりともあの場所には居たくなかった。
走る、走る。
剣山のように並び立つ塔の頂点を蹴って、跳ぶ。一つ間違えれば高所落下を免れない行為を激情のままに執行する。
走って走って、跳んで跳んで、
そうしてようやくたどり着いた自宅の前には、ソウジンとハクアが立っていた。
感想いただきました。本当にありがたいです。というわけで補足及び修正なのですよ。おいおい話していきます。