照準越しに見えるのは林立する高塔を長虫のように蠢く巨大生物。岩盤の様な体表に覆われた体長は30メートルを超え、体高も比例するように高い。それは所謂汚染獣だった。けれどもただの汚染獣ではなかった。齢を経てついには胴の歩脚を捨て去り、通常の汚染獣とは一線を画する変化を遂げた生命の異形。
老成体。
未だに脱皮直前の通常の面影を残している区分における第一期。汚染獣の本質から変化する脱皮を終えたばかりの彼らは最も飢餓感を備えており、単なる武芸者が徒党を組んで挑んだところで、到底かなうものでは無い。
都市が半滅するのを覚悟してようやく一匹。
塔の谷間に蠢く胴はそれぞれ僅かずつ異なる色と形状を持ち、二匹には歩脚が確認されることから雌性体か雄性体と判断出来る。。
一匹目の老成体が確認されたのは今から五日前、逃げ切れる位置にないと判断が下され七つの隊が合同で事の収集に当たるも、結果は無残なまでの壊滅だった。都市防衛戦に備えて距離を稼いでいたレギオスの索敵範囲に突如として二つの反応が追加されたのがその翌日。
しかし、残る隊と、貴重な質量兵器の使用も認められた迎撃戦で切り抜けることが可能だとされ、防衛戦が断行されたのが三日前のことになる。
その結果は一言でいえば人災だろうか。
経年劣化で不具合を起こした砲身はまともに作動しなかった。
放たれるはずの勁羅砲の剛撃は、変換器の不具合なのかただ沈黙を続けていた。
外壁を守る武芸者たちは足止めも敵わずに蹴散らされ、混乱する市民にいつの間にか襲来した二匹の更なる汚染獣が襲い掛かる。
運よくシェルターに逃れたし市民は、多くて全人口の五分の一程度だろうというのが現時点でのオウロの推測だった。あれから三日。シェルターの外殻の強固さも飢えに飢えた汚染獣には諦める理由にならないようで、ひっきりなしの体当りを知らせる重低音が睡眠不足のオウロの頭蓋を反響する。
けれども、本当に眠れないのはシェルターの中の人々だ。
そして恐らくまともに戦える武芸者はオウロの他にいないだろう。居たとしても近接攻撃を頼りにする武芸者ではまずもって戦いにならないのは、五日前の討伐隊が示している。とは言えど、オウロの勁力で放たれた弾で、成体した汚染獣の硬皮を貫けるわけがない。
だから、三日待った。
殺勁で気配をコロシ、耳をつんざく戦友の声を気付け代わりに、悲鳴が駆り立てる激情を勁に変換して、ただひたすらに時が訪れるのを待ち続ける。
そしてついに、三つめの弾倉が赤熱化し、何度も何度も濃縮を繰り返した勁が限界まで溜まったのを確認する。
一射一殺。
言うは安く、行うは難し。けれどもこれを行う以外に生き残る道はない。だからやる。これは出来るか出来ないかを問う段階では、最早ない。
やるのだ。
それ以外は、いや「やるのだ」という意思すら越えなければならない。
最後に深く勁息した後、西の端の高塔から街の中央部に位置するシェルターへと跳躍を繰り返し最寄りの塔の屋上へと出た。
幸いなことに目の前の餌に夢中な奴らは、それ以外の動きなど気にも留めないだろう。
殺勁で身を隠し距離で身を隠し、最後に守るべき人々に隠れる。これ以上ない隠密の中で深く勁息する。
活勁で細分化された身体は、既にただ銃を保持するだけの器物へと成り代わっていた。弾倉に籠めた勁が体の一部のように深く脈打つ。
まずは左サイドの雄性体から。
……距離一五〇〇、……風東南より微風……、
……よし。
内力系活勁変化・照星眼。
ポツリと、汚染獣の後頭部に光点が記されるのは一瞬。力を抜いて、引き金を絞り込む。
大気が爆ぜた。弾丸というよりはレーザーのような一撃が大気を引き裂きながら目標へと到達、コンマ何秒の内に容赦なく貫通し、内容物は蒸発して宙に散る。
空前絶後の一撃はその反動も凄まじかった。
それと引き換えに経験したこともない衝撃が、軽錬金鋼製の狙撃銃を透ってオウロの全身へと分散されていく。
ショックに視界が暗転すること一瞬、汚染獣が大地に墜落する音で意識を取り戻し、即座に移動を開始した。汚染獣がこちらを向く前に塔の屋上から、隣のビルの最上階へとガラス窓を粉砕して突入、転がるように手近な机の裏へと隠れた。
「は、は、ふう、はあ……」
呼吸が荒かった。
今になって汗が体中を湿らせていたことに気付く。とたんに全身を覆う服が煩わしく思えてくる。
だが、殺した。
確実に一匹。これほど興奮したのは三年前の初狙撃以来だろうか。
ほころぶ顔を鳥肌が自制する。
背骨を氷柱に変えられたような恐怖。
見られている。そして恐らく勘付かれただろう。
だが、それも計算の内だった。
ゆっくりと辺りを伺うように割れた窓ガラスから侵入してくるトカゲと蟲を足して割ったような顔は、疑惑と警戒の念で埋め尽くされている。
だから弱い。
疑うということはオウロに先手を譲ったも同然なのだ。相手を知ろうとする行為は戦闘において相手に一歩先を譲るということになる。
机越しに標的を捉え、引き金を絞る。
再び返ってくる衝撃に息が詰まる。余波に煽られ室内の家具が木の葉のように舞い飛び、衝勁の進路上は削り取られたように何も残っていなかった。
ずるずると、首を分かたれた汚染獣の胴体が重力に引かれて地上に落ちていく。
残るは一匹。
というところで書き足し