隠された神が降臨した瞬間 作:干からび
「トレーナー……何見てるの?」
トレセン学園トレーニングルームのベンチに腰掛け、現在担当するウマ娘の様子を見ながら、時たまに携帯の画面に視線を移す。
気にくわないのか、ただ単純に気になったのか、そのウマ娘が私の方へ駆け寄り携帯を覗き込む。
そこにあったのは一枚の写真の画像であった。
赤褐色と形容するのが正しいだろう、明るい茶色をした髪色に、星の形をしたメッシュがついた青眼のウマ娘。かつて私が担当していたウマ娘だ。
長年学園に勤めていれば、担当ウマ娘が変わるという事も珍しくない。亡くなってしまう事もあれば、引退して別の未来に進んでいくこともある。
「可愛い子! 誰? この子!」
「……そうだな。一言でいえば、とにかくすごい子だ」
「……ざっくりとしてない?」
「そういう子だからな」
彼女の活躍は一言では語れないだろう。
私は当時、彼女を見てつい『神が降臨した』と呟いてしまった。いや、彼女の場合は神が憑依したのでもなんでもなく、ただ前を向いて、ひたすらに努力し、好機を得た結果の産物なんだろう。
誰よりもそれを、私が見ていたのだから。
――シンザン。
その名前は、本当にこのトレセン学園に語り継がれるべき存在だ。
***
「ねえ見て、あの子もウマ娘なのかな?」
「……結構小柄? しかも大人しそうだし……大丈夫なのかな?」
ある日の春、桜が降りしきるトレセン学園の校門を歩む。私は陰口をたたく他のウマ娘たちと同じ新入生だ。いや、先輩のウマ娘も同じような言葉を叩いていた為、同じくというのは誤りだろう。
幼い頃から私は、凱旋を見るのが夢だった。幼い頃見た夢と希望のレース、一つのゴールを戦闘のウマ娘がくぐり、晴れやかな歓声を浴びる。何とも凄いお話である。
だけど私は、昔から身体が小さかった。こればっかりは運が悪かったと言わざるを得ないが、凱旋を夢見るウマ娘にとっては致命的な欠陥だった。
小柄なウマ娘は、他のウマ娘との争いでは大抵力の勝負で押し負けてしまう。故に私は、力を鍛える為事前に訓練はしたものの、見た目に変化は見られなかった様だ。
ま、見た目は余り関係ない。大事なのは本番、ただそれだけだから。
皆がそれぞれトレーナーを見つけていくなか、私はデビュー戦が終わるまでの期間、チーム無所属かつトレーナー無しといった状態だった。この体格の小ささが災いして、誰彼見向きもしなかったのだろう。
「ふっ……ふっ……」
一人体育館で身体を解す。体力はいつ来るか分からない本番まで、あまり使いたくない主義であった為、もっぱら走るトレーニングはせずに、身体の柔軟とダンベル等の筋力トレーニングしか行わなかった。
これが正しいのかと言えば、嘘になるだろう。現に他のウマ娘やトレーナーから良い意味でも悪い意味でも揶揄われたりする。そういう時は仕方なく走るのだが、余り気が乗らずタイムも伸びない。
何故だろうか? やっぱり走った方がいいのか? ……いや、さすがにちょっと怠い。
『もうすぐデビュー戦だよね?』
『そうそう、長距離のね。サクっと1着取って、私ここにありってとこ、見せなくちゃいけないね!』
体育館の外にいるウマ娘の声が響く。デビュー戦はその名の通り、世界に自分がいるという事を知らしめるためのレースであった。私もそれに勝つ事が出来なければ、まともにレースへ参加することができない。
長距離は私が最も走りやすいと感じる距離である。理由は単純、余り本気を出さずに走れるからである(最後はさすがに本気出さなきゃいけないけど)。故に、デビュー戦に出るならこれが一番最適か。
「……あ、そっか。自分で出さないといけないんだ……」
孤独というのは、なんとも大変な話である。
雑用係のトレーナー位は一人くらいほしいものだ。いや、こんな体格の私に就くトレーナーなんて、物好きか。
ならば、次のデビュー戦で、分からせるしかない。
自分という存在を。
「目指すはゴール……目指すはゴール……」
脳に幾度と暗示をかけながら私は、デビュー戦に向けて再びダンベルを担いだ。
結局本番まで、私は走る事はなかった。