隠された神が降臨した瞬間 作:干からび
一周通過、未だ後尾についている。体力は温存している分走りやすいが、一周目で皆が勢いよく走った為か、地面に凹凸が至る所に見られる。これは実に面倒くさい。
体格が小さいのを利用して、損傷が激しくない細い道を走りスピードを落とさないように注意する。それは先頭についているヴィクトルハッタンなるウマ娘も同じ考えのようだった。
「走りづらいよーっ!」
「……まだ、まだ……」
中腹にいるウマ娘が若干根を上げているように聞こえたが、とりあえずスルーを貫く。レース中にゴール以外の事を考える等愚の骨頂だ。
しかし、その事が災いしたのか、他のウマ娘を今のスピードでも抜きやすくなった。今になってようやく6番目まで上がってきた。
『1200mを通過。未だヴィクトルハッタン先頭。どうでしょうこの展開』
『彼女の脚質には合っているようですね』
『シャインルーズも少し上がってきている様です。おっと、シンザンも少しづつだが順位を上げてきています!』
ようやくだ。ようやく先頭のウマ娘が私の方を見た。だが表情は一貫して変えず、直ぐに視線を前に移した。ああいうウマ娘の方が私は好きだ、レースの事をよく知っている。
だけど私も、負ける気はない。ずっと先頭に立っているという事は、逃げウマなんだろうが、絶対に逃げさせてなるものか。最後に差すのは、私なんだから。
***
「順位は上げてきた……が」
ヴィクトルハッタンはコース取りも良く、常に内側をキープしている。となれば必然的に後続のウマ娘は外側を走らざるを得なくなる。
しかも外側となれば損傷の激しいコースに入ってしまう。そうなってしまった場合、もはや勝ち目なんてものは0に等しいだろう。
隣で見ている私の元担当ウマ娘も、かつてはその対策に苦労した物だ。
「……私の顔に、なにかついてるか?」
「や、別に?」
「? さては何か嫌な事考えてたな?」
「どーだかな。ほら、今はこっちに集中しろ」
こいつのあしらい方にも慣れた物だ。気性が比較的荒く、プライドも高いウマ娘というのは何とも扱いずらい物だと彼女から教わった。
それはさておきシンザンって子、スピードを一向に変えるつもりはない。追い込んで最後に差す子にしては慎重に好機を伺うような子だ。
……いや、この凸凹したコースなら、ここで一気に追い込んで、先頭に立つべきなのではないか? なぜまだ本気を出さない。
***
『800mを通過、間もなく最終コーナーです! ヴィクトルハッタン先頭! 次いでシンザンとシャインルーズが競り合いを見せています!』
『ここからが本番ですね』
(
突然先頭のヴィクトルハッタンがスピードを上げた。最終コーナー直前でそんなスパートをかければ、外側に逸れていくのは必然な筈。
態々ここでスパートを上げるというのも、自殺行為に等しいのではないか? ……いや? こいつまさか。
(私に外側を走らせる気か)
凹凸した場所に私の足を踏ませる事で、先ほどの愚かなウマ娘のように足を躓かせてスピードを落とさせる魂胆だろう。敵ながら天晴といった所か。
……でも、寧ろ好都合といったところか? 外側を走らせるには、少しコーナリングを外側に寄せなければならない。となれば、必然的に内側にわずかな隙間が出来る。
しかし、さすがのコーナリングといった所か。その隙間はわずか、普通のウマ娘なら通れる筈もない。
……だけど。
「……甘い!」
「ッ!?」
『最終コーナー! シンザンが上げる! 迫る、迫るぞヴィクトルハッタン!』
最終コーナーに入ってすぐ、私は今まで温存してきた体力を解放し、先頭の内側にできたわずかな隙間を通過する。
私は生まれながらにして体格が小さかった。他のウマ娘には余り見られない弱点を持っている。
しかしどうだ、それはつまりわずかな隙間でも通りやすいという事だ。
「……体格が小さくても、勝てるんだ――ッ!」
『シンザン抜いた! 先頭シンザン! 残り400m! 速い、速いぞシンザンッ!』
「馬鹿なっ――!?」
徐々に速度を上げていく。もはや私が見るべき物はゴールだけとなった。後続のウマ娘は、体力の都合で私に追いつく事なんてもはやできないだろう。
疲れた相手を差し、先頭を突き放す。隙間と言う隙間をくぐりぬけて全力で走るトリックスター。それが私、シンザンというウマ娘だ。
『残り200m! もう1着確定です!』
『素晴らしい追い上げです、感服ですよ』
私はそのまま、先頭を突き放してゴールを抜けた。最後まで温存していたとはいえ、全力を出してしまえばさすがに疲弊する。もはやクタクタだ。
下を向いて息を切らす。私は1着でゴールしたんだ。
***
「……まさか、本当に差し切るなんて……」
「最後まで好機を見逃さなかった。それが彼女の勝因だろう」
「これは、期待の新生だな? トレーナー」
「ああ、と言うかそれ以上だ」
周囲ではシンザンに向けて激しい歓声が沸き上がる。それもそうだろう、全然期待もされなかったウマ娘が注目株に一矢報いたのだから。
シンザン……俺はこの時、彼女に対して凄い興味を持ったんだ。この子ならば、どこまでも高見を目指せるのではないだろうか、と。
ここまで次なる担当ウマ娘を見つけなかった俺は、なんという幸運なんだろう。いや、これも神の御導きか?
「? 決めたのか?」
隣のウマ娘がフッと笑う。
「……ああ」
俺は、彼女の道を最後まで見届けてやりたい。頭の中は、ただそれだけで埋め尽くされてしまった。
***
夕刻。デビュー戦も終わり、ウマ娘たちがゾロゾロと競バ場から出ていく。
その中には、見事一着で抜けたシンザンも当然にいた。先ほどのレースとは見違えるように、腑抜けた表情をしていた。これが彼女の素なのか?
「初めまして」
「……?」
一歩、足を止め、シンザンは無言で俺を見つめる。が、首にかけた『トレセン学園関係者』の名札を見て、自分が何者なのか直ぐに悟ったようだった。
ふう、と一息つき、ようやく彼女は口を開く。
「初めまして。トレーナーの方ですか?」
「まあそうだな」
「誰の? ヴィクトル?」
「じゃない。というか、前担当していたウマ娘が引退してね。前回の有馬を1着で通過した、わかるな?」
「……知らない人はいないと思います」
ふわわ、と彼女は口を開き欠伸をする。ウマ娘にも表裏っていう物があるのだろうか? その時の彼女はどこか愛おしく感じてしまう。
まるで自分の娘みたいな感覚だ。
「……シンザン」
「?」
「お前、トレーナーいないんだろ?」
「……ええ」
「じゃあ」
「俺が、お前のトレーナーをしてもいいか? お前の未来、お前の凱旋を、見届けてやりたいんだ!」
「……私の、凱旋?」
「ああ」
「……」
彼女はフッと苦笑した。
「そんな熱血に語るトレーナー、あまり聞いたことないけど」
「そうか? 普通だと思うが」
「そう。……でも、なんだろう。ちょっと、悪くないって感じる」
「……」
「……いいよ。私もトレーナー探してたし」
「ああ、ありがとう……」
「よろしくな、シンザンッ」「……こちらこそ」
これが、俺とシンザンの出会いと始まりだった。
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