王のビレイグアカデミア   作:INANO

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また、あなたは血塗れ。
あなたの血は、私の心を掻き乱す。
狂おしい程に美しくて
愛おしくて、儚い。
今、私は初めて血が怖い。
あなたから流れる血が
私のこの想いまで流してしまいそうで。




血掟

 

 ヴィランが白目を剥いて倒れる。

それを見て、金木は全身の力が抜けていくのを感じる。

よろり、と身体が揺れる。

 

どうにか渡我へと向き直り、その無事を確認する。

未だ虚ろな目をしているが、どうやら怪我はないようだ。

覚束(おぼつか)ない足取りで渡我のもとへ歩みを進めるが、そこで完全に体力が限界を迎えた。

渡我の横にパタリ、と倒れ伏してしまった。

 

「………トガさん。もし先に起きたら…助けを呼んでくれないかな。」

 

刃物で刺され、血を吸われた相手に言うセリフでもないが、他に頼む相手も、打てる手もない。

少し微笑みながら金木は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————べちゃり。

 

 

べちゃり。

べたべた、べちゃり。

 

ひやっと冷たい何かが顔面を往復している。

 

……なんだ…これ。

すごい不快っ……。

 

 目を開けると、ぼやりと霞む視界の中で、どうやらここが屋内だということに気づく。

そしてさらに、べちゃりと顔面の上を往復しているのが生肉(・・)だということにも。

 

「ケンくん!起きましたかっ!!生肉をどうぞ!!」

 

「トガさん…?あの?えっと……なんで起き抜けに生肉なのかな…?」

 

ここが病室であることは理解できる。

妙に生々しい、というか生の肉の感触からして夢でもなさそうだ。

病室にいるのは自分と渡我だけで、窓の外は暗くなっている。

 

「ケンくんは生のお肉食べると回復するのでは?」

 

「あぁ、あの事故の時の………いや。それより、あの、現状を教えてもらってもいい?」

 

 

 

“生肉を食べると消化するまで個性がパワーアップする”

 

これは、金木自身も、トラック事故の件で初めて知った。

そもそも生肉を食べる機会などなかったのだから仕方のないことなのだが、自分の個性が単純な肉体強化と少々の怪我の自己治癒だと思っていた金木にとっては驚きの事実だった。

 

「現状の把握よりも、体調の復活です!どうぞ!生肉食べてください!」

 

「………はい。」

 

病院なのにこの生肉はどこで用意したんだ、とか

さっきまで僕のこと殺そうとしてたよね、とか

たぶん貯血してた分を現在進行形で輸血してもらっているから生肉は不要だ、とか

生で肉を食べるのはだいぶ気持ち悪い、とか

そんなことは、目の前でキラキラと瞳を輝かせて満面の笑みで生肉を差し出してくる少女に言えるはずもない。

金木研は押しに弱いのだ。

 

金木は、グイグイと押し付けられる生肉を涙目になりながら完食した。

そして、さらに瞳のキラキラを倍化させた渡我にたじろぐ。

 

「やっぱり生肉食べると左眼赤くなるんですねェ。」

 

「ん?左眼…?」

 

 何の味付けもない生肉を食べるという苦行で、たしかに涙目になっているのは自覚している。

そんなに充血しているのだろうか?

おもむろに渡我が手鏡を渡してくる。

そこには左眼を赤く光らせている自分が映っていた。

白目を黒に、黒目を赤に光らせ、その赤を中心に血管のようなものが広がっている。

 

「なっ…なんだこれ!」

 

「あれ?知らなかったんです?ケンくん、事故の時も生肉食べて左眼赤くなってましたよ?あと一昨日の事件の時も。」

 

 手鏡に映る自分から目を離せず、渡我の言葉に返事も忘れて左眼をまじまじと観察する。

この左眼を表現するなら、ただ一言「(おぞ)ましい」。

なるほど、生肉食べて再生してこの左眼じゃあ化け物とも呼ばれるか、とトラック事故の後の周囲の反応を思い出して妙に冷静に納得してしまった。

 

 

 

 

 

 その後、渡我から事件後のあらましを聞いた。

(いわ)く、あれから数分後に、最初にいたヒーローが仲間を連れて現れたそうだ。

そして、救急車の手配とヴィランの拘束などをしてくれたらしい。

渡我は搬送中、病院に着く前に動けるようになり、今はもう元気だという。

突然の不調の原因は、精密検査でも分からなかった。

 

 そして、驚愕の事実だが、あの事件からもう丸1日以上が経過しているというのだ。

金木はその間、眠り続けていた。

途中、金木の祖母を名乗る人が血相を変えて病室に飛び込んできて、医師が「輸血と点滴で身体は問題ないはず」と伝えているのを聞いたそうだ。

それでも目を覚さない金木を見て、渡我はなぜか(生肉だ!)と判断して、病院を抜け出して調達してきたという。

 

「調達って…ありがたいけど、よくそんな簡単に抜け出せたね。」

 

「あぁ、それはですねェ———」

 

思考がぶっ飛びすぎている渡我に、苦笑しつつ相槌程度にそう返す。

すると、渡我はニヤリと笑っておもむろに患者衣に手をかけ、「じゃじゃーん!」と言いながら全裸になった。

 

「ちょ!!!トガさん!!ちょっっ!!!」

 

 金木は渡我の謎の痴態に困惑する。

(そうだ裸見るの2回目だ!謝らなきゃ!)と、少し的外れの感想を抱きつつも、頬を染めながら目をつぶり、手をワタワタとさせる。

 

 

 

「ケンくん、これで分かってもらえるかな?」

 

「え?」

 

恐る恐る目を開けると、そこには服を着たおじさんがいた。

なんだこれ?

 

………いや、そういえばあの時トガさんはヒーローの人になりすましてたんだっけ?

その後にドロドロ溶けて、トガさんに———

 

そんな思考をする金木をよそに、ふっふっふーと笑いながら、おじさんはドロドロに溶けていく。

ドロドロと溶けながら、おじさんはトガさんに変わっていく。全裸の。

 

 

「いや!服着てよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 いそいそと患者衣を着つつ、背を向ける金木に渡我は自身の個性について語った。

 

「私の個性は『変身』なんです。血を摂ることでその人に変身できます!」

 

個性/変身(へんしん)

血を摂取することで、その血の持ち主に変身できる。

摂った血をエネルギーにしているので、変身時間は摂取量と比例する。

ちなみに相手の服まで含めて変身できるので、裸にならないと服が重なってしまう。

 

 

 

なるほど、と金木は頷く。

ここは病院だ。

採血など毎日行われているし、採血済みの注射器を1本くすねたのだろう。

その個性を使って変身して病院を抜け出したわけか。

 

 そして、個性は性格に大きく影響を与える。

渡我が血に固執(こしつ)するのは、やはり個性の影響に他ならないだろう。

今はなぜかフレンドリーに話しているが、一昨日は殺されかけたのだ。

 

「……いや、ていうか採血の血、とっちゃダメだよ…。」

 

「はい、私も後悔してます。なぜかケンくんの血を飲んでから味覚が少し変わってしまったようで、他人の血がすごく不味く感じるんですよねェ。」

 

「いや、味うんぬんじゃなく……。」

「…僕の血を飲んで何かが変わったのなら、それはもしかしたら僕の血が特殊型だからかもしれない。一応AB型なんだけど、血液中によく分からない成分が大量に含まれてるみたいで。医者が言うには何かの細胞らしいんだけど…。」

 

おそらく、あの時の渡我の急激な体調の変化も、その細胞を大量に口にしたことによるものだろう。

味覚の変化もしばらくすれば元に戻るのかもしれないが、少し申し訳なく思ってしまう。

自分を刺した相手にこんなことで罪悪感を持ってしまうところが、金木の金木たる所以(ゆえん)なのかもしれない。

 

 

 

「それで…、なんで助けてくれたの?」

 

「助けられたのは私ですが?しかも2回も。感謝してます。」

 

「あ。たしかに…。いや、でも僕のこと刺して……」

 

「私、好きな人と同じになりたいんです。血をとれば好きな人と同じになれますから、血を飲みたいって思うんです。」

 

「…でもケンくんは2回も死にかけながら助けてくれました。ケンくんが死んじゃったらもうケンくんの血を飲むこともできませんし、たぶんあなた以上にボロボロで血が似合う人いないと思うんです。」

 

 いつものニコニコした表情は鳴りを潜め、渡我はじっと顔を見つめてそう語る。

個性は良くも悪くも持ち主に影響を与えすぎる。

人類が持つには少し早すぎたチカラなのかもしれない。

渡我が血に惹かれるのも、好きな相手と同じになりたいという想いですらも、個性が影響を及ぼしていることを否定できない。

そして、それはきっと社会に受け入れられることはない。

 

それは、渡我自身も分かっていることだった。

死にかけてまで自分を救ってくれたボロボロで血塗(ちまみ)れの金木に恋をしてしまった。

そして、その狂おしいまでの想いは彼女を凶行に駆り立てた。

だが、そんな狂気で殺そうとした自分を、金木はまたも死にかけてまで庇った。

 

 その時、渡我はかつてない感情を抱いた。

ただただ、金木に死んでほしくないと思ったのだ。

 

血が飲めなくなるから。

金木以上に好きになれる相手と出会えるか分からないから。

先程口から出たそんな理由など後付けの建前にすぎない。

 

 

そして、ヴィランを討ち果たした時———

王の風格を漂わせながら人を救うと言い放ち、ヴィランにさえ情けをかける、その圧倒的なカリスマに衝撃が走ったのだ。

この人の隣なら私は自分を殺さずに自分を変えられるのではないか、と。

 

「私は結局動けず、ケンくんを助けることもできてません。殺そうとしたのも事実ですし、自分が普通じゃないってことも分かってます。受け入れてもらえるとは……思ってません。」

 

でも私は…と言ったきり俯いてしまった渡我を、金木はジッと見つめた。

普通のクラスメイトだと思っていた彼女の真実。

殺されそうになった事実。

そして、今こうして自我と常識の狭間(はざま)で葛藤している彼女。

悪人だとはどうしても思えなかった。

 

 

 

「助けてほしいってトガさんに頼んだのは僕だ。で、経緯がどうあれ、今僕は無事に生きていられる。だから、やっぱり僕はトガさんに感謝してるよ。」

「ありがとう。」

 

金木がにこやかにお礼を伝えると、渡我は眉根を下げつつも顔をあげた。

そんな渡我に対し、金木はなおも言葉を続ける。

 

「たしかに君は個性に振り回されてる。でも、現に今、踏み止まってるじゃないか。だから、異常だとかそんな言葉で君を断じたくない。好きって気持ちにはどう応えればいいか分からないけど…」

 

「……………君がどうしても血を飲みたいなら僕が提供するよ。」

 

自己犠牲。

そう断ずることもできる。

だが、これはそんな高尚なものではない。

渡我がその言葉から受け取ったのは、金木の純粋な“やさしさ”だった。

 

 

「でもね。」

「君が誰かを傷つける人になるなら、君は僕の敵になってしまう。」

「僕は僕を助けてくれたトガさんを敵にしたくないよ。」

 

 

そう言って少し悲しそうに微笑む金木に、渡我はまたも恋をした。

 

「ケンくんっ!!!」

「王サマみたいな強気のケンくんもいいですが、優しいケンくんもいいですねェ!!」

「わああああ!好きです!さっそく血吸っていいですかっ!?」

 

 

 

 

 金木研14歳。

女子から初めて受けた告白は、熱烈で、過激で、思ってたのとだいぶ違った。

 

彼女は良くも悪くも、きっと純粋なのだ。

誰かが手を差し伸べることで、共に正しい道を歩めるかもしれない。

そして、僕自身、殺されかけたにも関わらず、彼女を憎からず思っている。

今ならまだ彼女を救える。

なら、迷う理由はない。

 

「でも、その代わり約束してほしい。」

 

金木は指を1本ずつ立てながら続けた。

 

「一度に摂取するのは少しだけ。」

「身体から直接吸うのはナシ。どうせ貯血するし、その時に予備を採っとくから。」

「あと、他人を無闇に傷つけないこと。」

「個性を制限するようなこと言っちゃって悪いけど…。この約束を守ってくれるなら———」

 

「まもります!!」

 

言葉的にも身体的にも被せるように即答して身を寄せた渡我に、またも慌てながら金木は苦笑した。

こうして金木と渡我は中学生にして、人には言えない血の約束を結んだ。

 

 




トガちゃんが金木くんを救った理由に納得がいかない!
というあなた!
恋は時として人を変えるんですよ!!!!!
本当の恋、したことないんじゃないですかぁ?(煽り)
ちなみに私は全く納得いってません。
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