あの人の匂いもしない。
それなのになぜかこんなにも心が踊る。
あの人に少しでも近づきたくて
一緒に己を磨いた。
その成果を今、叩きつけられる。
私は別に人を救けたいとは思わない。
ただ、私はあの人になりたい。
だから私も、人を救ける。
ついにこの日がきた。
今日は雄英高校一般入試の実技試験の日だ。
ある種の開放感を感じながら、渡我は雄英高校を見上げていた。
金木とトレーニングに励む日々は楽しかったが、勉強漬けの日々は苦痛だった。
(…勉強教えてくれてる時のケンくんは怖いです。)
問題を何度間違えても、
もう嫌だ!と何度
金木はニコニコと微笑みを絶やさなかった。
だが、勉強から逃げることは絶対にさせなかった。
金木の推薦入試が終わってから数日間はトレーニングも無しで、さらにドップリと勉強ばかりさせられた。
しかも、なぜか一般入試の筆記試験が終わっても勉強会は続行された。
渡我は金木の新たな一面を
その仕返しとばかりに、渡我は金木に推薦入試の結果を見ることを禁止した。
一緒のタイミングで見たい、と何度も駄々をこねた結果、金木が折れたのだ。
(まぁケンくんが落ちるなんて万に一つもないでしょうし!)
少し
まさか自分が雄英を受けるとは考えていなかった。
でも今は、金木との誓いのためにも、
純粋に金木と一緒に学生生活を楽しむためにも、
揃って合格したいと思う。
さて、と顔を前に向けると、眼前でモサモサ頭の地味な少年が
先日の筆記試験では、終始苦悶の表情を浮かべ続けていた渡我だったが、今日は実技試験。
説明会が始まると、期待に胸を膨らませ、ニコニコと微笑みが溢れていた。
どうやら実技試験は、仮想ヴィランを倒してポイントを稼げばいいらしい。
(1P、2P、3Pの仮想ヴィラン、そして0Pのお邪魔虫ですか。)
(…ワクワクしますっ!)
説明が終わり、実技試験の行われる会場へと移動する。
受験者たちは今か今かとスタートを待ち構えていた。
同じ会場内で一人、ヒーロー志望とは思えないほどの殺気を放っている少年が目に止まった。
渡我は名前を知り得ないが、彼の名前は
爆豪は少しの緊張も感じていないような顔で、獰猛な笑みを浮かべてすでに臨戦態勢に入っていた。
(あの人強いんでしょうねェ…)
と、急に「はいスタート」と軽い口調で試験開始が伝えられた。
実技試験が始まったのだ。
爆豪は急に始まったにも関わらず、受験者の群れから
そして、個性を使ってすでに仮想ヴィランを破壊し始めていた。
渡我を含め、受験者はまだ遭遇すらしていない。
にも関わらず、大きな爆発音を上げながらどんどんポイントを稼いでいるようだ。
(負けてはいられませんねェ…私も、ちょっと本気でいきます!)
渡我も負けじとその身体能力を生かして仮想ヴィランを探して縦横無尽に会場を駆け回る。
…いた。1Pのやつ——!
爆豪の爆破によって倒壊したビルの残骸から鉄パイプを拾う。
そして、そのまま仮想ヴィランへと迫る。
機械仕掛けの仮想ヴィランに対して意味があるのかは分からないが、まず死角へと潜り込む。
その勢いのままに下から鉄パイプで突き上げる。
そして後ろへと回り込み、鉄パイプをメインカメラのある頭部と思しき箇所に叩き込む。
少し手が痺れたが、どうだろうか?
これで倒せた?まだなら次は————
と、次の動きに入る直前、仮想ヴィランはその動きを完全に止めた。
(ふむ、見た目ほど強くはなさそうです。)
そう判断した渡我は、次の標的を視界の端に捉え、素早くその身を
開始から数分。
次々と仮想ヴィランを発見し、破壊していくうちにその動きは洗練されていく。
死角に潜り込んでから一撃で破壊し、その動作の中で次の標的を見つけて動く。
渡我の近くで試験に挑んでいた受験者は、その流れるような動きに圧倒されていた。
彼を含め、多くの受験者にとって、そもそも試験とはいえ実戦は初めてだ。
それに自分の今のポイントで合格できるのかどうかも分からない。
そんな不安からくる苛立ちで、彼は内心で渡我に悪態をつく。
(あいつマジで中学生か?なんだよ
(てかさっきから何ポイント稼いでんだよクソっ)
そんな彼の背後から3Pの仮想ヴィランが腕を振り上げて近づき————
「あぶないですよ?」
全く視覚で捉えられないまま、すれ違いざまに渡我に声をかけられる。
その声を認識するのとほぼ同時に、背後で仮想ヴィランが倒れる音がした。
少し離れた場所では、爆発音が絶え間なく鳴り響き、爆炎が轟々と上がり続けている。
(あ、これは受ける高校間違えたな…)
なぜか達観した表情で、彼は合格を諦めた。
試験終了の合図が響く。
渡我はようやくその動きを止めた。
少々張り切りすぎたせいか、呼吸は荒れている。
Tシャツを破らんばかりに
汗をぬぐう。
……
そそくさとトイレに移動し、身につけていたボディバッグから着替えを取り出す。
そして、
実は、試験が始まる前に、渡我はあらかじめ変身の個性を使っていた。
試験の対策として、金木の協力のもと金木の父の同僚だという警察の武闘派の方に頼んで血液を提供してもらったのだ。
もちろん、試験前に雄英高校にも申請済みである。
血は金木のものと違って不味かったし、見た目も全くかわいくない!と何度も金木にごねた渡我だったが、贅沢は言っていられない。
こうでもしなければ、ここまでポイントは稼げなかっただろう。
何ポイント稼げば合格なのかは分からないが、まぁこれだけ稼げば大丈夫だろう。
問題は筆記試験の結果のみ……。
トガヒミコ 敵ポイント67 救助ポイント10
数日後。
雄英高校からの届いた郵便物を手に、金木と渡我は金木の自室で向かい合っていた。
おそらく合否通知だろうその郵便物。
金木の分は随分前に届いていたものだ。
どうせなら一緒に見たい!という渡我の意見に押されて、封を開けるのを自ら禁止してきたのだ。
目の前に結果が分かる手段があるのに、それを見られないというのは中々に酷だった。
金木の精神力が試された期間でもあった。
そして今ようやく合否を確認する。
中に紙以外のものが入っている感触があるが、なんだろうか?
「いよいよですねェ…緊張しちゃいます。」
「うん…僕も面接でのミスがあるから、ちょっと不安。」
「じゃあ、いっせーので、で開けましょう!!」
「よし……………いくよ、いっせーの————」
「「でっっ!!」」
二人の掛け声とともにビリビリと封書の破れる音が鳴る。
そしてすぐに、コロンッと何かがテーブルに落ちた音がした。
『『 私が投影されたっっ!!!!!! 』』
「「いひぃっ!!!」」
思わぬ機械の出現と、思わぬボリュームと、そして思わぬ人物の登場。
全てにおいて予想の斜め上を行く合格発表に、金木と渡我の声帯からはおそらく生まれて初めて出たであろう音階高めの奇声が上がる。
まさかのオールマイト登場で驚いたが、直々に試験の寸評を聞かせてくれているようだ。
2人は各々に小型プロジェクターを持ってその寸評に聞き入った。
結果は二人とも合格。
この数日間の心労から解放されて、なぜかドッと疲れた気がした。
「まさか、オールマイトが教員として来るとは…」
「そんなことより!ケンくん、合格おめでとうございます!!」
「ありがとう。トガさんも、おめでとう!」
「お祝いしましょう!!!」
金木と渡我は家族に合格を伝えたあと、目標と誓いの達成を祝し、2人だけの小さなパーティーを開いた。
すぐに金木の祖母や渡我の両親、そしてどこで聞きつけたのかクラスメイトたちまで金木家に集合し、ドンチャン騒ぎになってしまったので、二人だけのパーティーだったのは数分間だけだが。
渡我にとっても合格したことは嬉しい。
もう勉強を強制されることがないのも嬉しい。
トレーニングの成果を発揮できたのも嬉しい。
金木と同じ学校に通えることは一番嬉しい。
でも、こうしてみんなが合格を一緒に喜んでくれるのは、その次に嬉しかった。
高校受験に来たはずなのに。
目の前に広がる光景は
爆発音が鳴り響き、倒壊していくビル。
暗殺者みてぇな洗練された動きで舞うようにロボを破壊しまくるムキムキのヒゲ男(中身はトガちゃん)。
世紀末かな?
途中登場した名もなき受験生は落ちました。残念。