はるか遠い先にあった壁。
いざその壁を目の前にした時
その高さにきっと僕は絶望する。
でも、やっとだ。
やっと絶望できるところまできたんだ。
「かっちゃんはきっと一人で来る。で、僕だけを狙う。…だから僕が囮になって、その隙に金木くんが…」
「なるほど。緑谷くんが言うならそうかも。……でも、相手は3人だし、仮に爆豪くんが一人で突っ走ったとしてもあと2人いる。」
「たしかにそうだ…。僕がかっちゃんを足止めできたとしても、金木くん1人で残り2人を相手にしなきゃいけなくなる……。」
「それに、瀬呂くんがいる以上おそらくトラップがある。たぶん緑谷くんも身体強化系の個性だよね?現状では僕らは
「「爆豪くんを(かっちゃんを)2人がかりで倒す!」」
だいたいの作戦が決まった。
セッティング時間である5分が過ぎ、金木と緑谷は建物の中へ潜入する。
瀬呂が相手にいる以上、入り口にもトラップがあるはずだと警戒していたが、トラップはなく、すんなりと潜入できた。
トラップがなかったことで安心したのか、二人は雑談に興じていた。
「そういえば僕ら『カネキで』、『デクで』って言い合ったのにお互いに呼んでないね。」
「あっ…ホントだ!まだ馴れなくて…。」
「僕も同じく。でも、それ以上に“デク”っていうのは呼びにく…」
ふと、金木は気配を感じて足を止める。
気配というより、殺気だろうか。
急に会話を止めた金木の視線を追うように、緑谷も同じ方向を見る。
そこに、爆豪の姿があった。
個性でブーストをかけて超スピードで緑谷に襲いかかってきている。
空気が破裂する音が連続し、最後に轟音をたてて攻撃に転じる。
が、事前に襲撃に備えていた緑谷は、危なげなく避けることに成功した。
爆豪は掌から個性を発動し、ボッッッ!!!と壁を爆破する。
「…!…デクこら避けてんじゃねえよ。」
読み通り、一人で来たようだ。
爆豪の一撃を避けた2人は、スッと腰を落とし、戦闘態勢に移行する。
「中断されねぇ程度にブッ飛ばしたらぁ!!」
爆豪は
が、緑谷は重心を下げて、その右腕を取る。
「……っ!!」
そしてそのまま、振り向きながら爆豪の体を背負い投げの要領で叩き落とす。
「うぅ…あぁっ!!!!」
「ガハッ…!!」
「…ハァ…かっちゃんは、たいてい最初に右の大振りなんだ。どれだけ見てきたと思ってる…。すごいと思ったヒーローの分析は全部ノートにまとめてるんだ!君が爆破して捨てたノートにっ…!…ハァ…いつまでも、“雑魚で出来損ないのデク”じゃないぞ!」
「…僕は“『頑張れ』って感じのデク”だ!!」
———どこかぎこちないが、一見すると流れるような体捌きだった。
おそらくずっとシミュレートしてきたんだろう。
きっと、緑谷くんにとって爆豪くんは一番身近にいた“すごいと思う人”だったんだろうから。
ずっと超えたいと思ってきたんだろう。
それにしても…
(頑張れって感じのデク、か………)
「っビビりながらよぉ……!!そういうとこが……っ!?」
「爆豪くん、僕らは2人だ。君はヴィランで、僕らは君を捕らえるためにタッグを組んだヒーロー。“デク”にばっかりかまけていると…すぐ捕まっちゃうよ?」
素早く死角に動きながら、確保証明のテープを大きく開いていた爆豪の口にひっかける。
緑谷はデクと呼ばれたことを喜びながら、「っナイス、“カネキ”!!」と喜色溢れる顔で笑った。
先程の緑谷の一撃で頭に血が上っているのか、喋るのを阻害されたことへの純粋な苛立ちなのか、爆豪は荒々しくテープを爆破しながら目を吊り上げてこちらへと向き直った。
「……ぶっっっ殺す!!!!!!!」
爆豪が急に右手の
籠手についた突起を動かし、ピンのようなものに指をかけている。
———あの籠手の形と、爆豪くんの個性……
グレネードか!
そう気づいた瞬間、個性を全開にして思いっきり左に跳ぶ。
ゴァッ—————————!!!!!
爆発の破裂音。
建物を
鉄筋コンクリートの施設を焦がす音。
様々な音が混ざり合って、まるで形をもった音が圧として鼓膜に叩き込まれているようだ。
ただ避けただけなのに、息が上がっているのを感じる。
緑谷は右に跳んで避けたようで、金木と緑谷の間には凄まじい破壊痕が刻まれている。
おそらくはコスチュームで個性を強化したのだろうが、それにしても行き過ぎた過剰戦力。
金木はその威力に肝を冷やすが、破壊痕をよくよく見てみると、自分たちが立っていた箇所ならば避けずとも直撃はしなかっただろうことに気づいた。
なおさら厄介だ。
「…そんなん…アリかよ……」
「個性使えよ、デク。…そこのもやし野郎も。全力のてめぇらを、ねじ伏せる!!」
一方、地下のモニタールームでは、爆豪に対して非難の声が集まっていた。
「先生っ!止めた方がいいって!爆豪あいつ相当クレイジーだぜ、殺しちまうぜ!?」
「いや…」
『爆豪少年、次それ撃ったら…強制終了で君らの負けとする。屋内戦において大規模な攻撃は守るべき
「チッ…ああ〜〜〜!!じゃあもう……殴り合いだ!!」
オールマイトからの注意に舌打ちをしながらも、
金木と緑谷は一瞬でアイコンタクトを取り、互いに頷いた後、臨戦態勢をとった。
その直後、爆豪は一瞬にして個性でターボをかけ、緑谷との距離を埋めた。
そして、左腕を振りかぶったかと思えば、その左手から
さらにその爆風に乗るように空中で身を翻し、両掌からの爆破で慣性を殺しつつ背後から一撃を加える。
「オラァッ!!」
「ぎっ…!?」
その隙をついて金木も背後にまわり、左腕にテープを巻き付けようとする。
だが、爆豪は金木を見ることもなく右手から爆発を起こし、距離を取る。
金木と緑谷はまたも目を合わせ、頷き合う。
特に戦闘に関してプランがあったわけではないが、なぜだか互いの考えがわかった。
((別々でダメなら同時攻撃…!))
またも爆豪は緑谷へ仕掛ける。
と見せかけて、拳の間合いギリギリまで距離を詰めて急停止し、両掌を地面に対して斜めに構えて個性を発動。
爆破によって掘り起こされたコンクリート片が爆風にのって飛んでくる。
金木と緑谷は、表情を険しくしながらもそれを避け、左右から同時に仕掛ける。
緑谷も金木も右腕を同時に振り上げて、顔面を狙う。
その狙い箇所まで左右対称にピッタリと合った同時攻撃。
それを、爆豪はその身を空中に投げ、バク転を決めて回避。
さらに、そのバク転の
そして着地するやいなや超加速し、緑谷に渾身のストレートを叩き込んだ。
「!?ぁがっ……ぐっ!!」
(…っ!戦闘のセンスが桁違いだ…!)
殴り飛ばされた緑谷をチラリと見ると、どうやらまだ動けるようだ。
正直2vs1ならどうとでもなるとタカを括っていた。
だが、今自分たちの目の前にいるのはエリートの集まる雄英高校の中でも、紛れもなく天才のようだ。
(爆豪くんをなんとかできてもまだ2人もいる……。)
(でも、このままじゃ勝てない。)
(……まだ温存したかったけど、使うしかないか。)
金木がそう決めた直後。
圧倒的優位にたって笑っていた爆豪も、
焦りの表情を浮かべて金木へと視線をおくっていた緑谷も、
金木の姿を見失った。
いや、モニター越しとはいえ、オールマイトを除く全てのギャラリーが一瞬、金木の姿が消えたと思った。
それほどに速かったのだ。
爆豪が「どこだ…!?」と左右を見渡そうとして、顔を左に向けた瞬間———
左から頰を押し返された。
否、渾身の力で殴られたのだ。
爆豪は顔を歪められて吹き飛びながらも、ようやく金木の姿を視界に捉える。
金木は右拳を振り抜いた姿勢から、スッと拳を降ろし、軽くその場で2度ほど跳躍したかと思えば、また消える。
体勢を立て直した爆豪の背後に現れ、足を払う。
その間、僅か数秒……。
モニタールームでは誰もが唖然としていた。
同じ推薦組の轟や八百万でさえ、金木がここまでやるとは思っていなかった。
だが、その光景を目の前で見ていた緑谷の驚きはそれ以上だった。
(かっちゃんが誰かに負けるところなんて初めて見た……。正直、カネキがここまで強いとは思ってなかった。推薦組だもんな、当たり前か。それにしてもあの動き、もしかしてオールマイトと同じくらい速いんじゃないか?いや、スピードで言うならエッジショットか。身体を強くする、って意味では僕とカネキの個性は似通ったところがあるかもしれないけど、練度が大違いだ。パワーは驚くほどの威力でもなさそうだけど…いや、相手がクラスメイトだからパワーは抑えてるのかも。それにしても、あのスピードと体捌きはすごい…あと、気配を読んだり、戦闘面での思考も冷静で冴えてる。正直、シンプルな強化の個性だからこそ、欠点が見つからない。」
「…デク?あの、デク?おーい!!緑谷くーん!確保証明のテープ!!」
いつもの独り言モードに突入してしまっていたようで、金木の声でハッと我に返る。
爆豪は金木に固められながらも、視線で人を殺せるのでは!?と思わせるような鬼の形相でもがいている。
金木も必死にそれを抑えているが、急がなければまずい状況だ。
訓練の最中に呆けてしまったことを大いに恥じながら、緑谷は確保証明のテープを取りに走る。
ビッ
と、そこへ金木と緑谷それぞれに向けて確保証明とは違う透明のテープが飛来した。
金木も緑谷も間一髪で躱すが、爆豪の拘束は解けてしまった。
「爆豪!大丈夫か!?つかさっきの音なんだよ!まじビビったわ!」
「ッ瀬呂くんか……!」
「カネキっ!ごめん!僕…」
「反省は後にしよう、デク。今は…」
「……デク。てめぇは後で殺す。でも今は、てめぇだ!!もやし野郎!!!!」
助けにきたであろう瀬呂に目もくれず、またも爆豪は金木に向けて突貫する。
瀬呂は現状が把握できたのか、少し呆れた顔をしながら「なら俺は緑谷の相手だな。」と緑谷に向き直った。
なかなかの理解力だが、これは悪手である。
そもそも数の有利があるにもかかわらず、わざわざ1対1の構図にする意味はないのだ。
ヒーローチームにとっては願ってもない展開だった。
(…これは好都合だ。でも1人で爆豪くんを抑えられるか?……)
邪悪が服を着たような怒りに満ちた表情で、爆豪は金木に対して拳を振るう。
血管が何本か切れてしまったかのように怒りを撒き散らしているが、動きは冴え渡っている。
細かいフェイントに、個性を使った予備動作なしの踏み込み、連動した攻撃……先程使った奥の手を使う暇がない。
無理矢理に距離を取ろうと下がった瞬間、離したはずの距離は爆速ターボによって詰められる。
そしてその隙をついて、爆豪はさらなる猛攻をかけようと腕を振りかぶった。
「っさせない!」
爆豪の攻撃が射程範囲に入る寸前、緑谷は金木の前に出て爆豪の猛攻を凌ぎながら叫んだ。
「かっちゃんは、僕が抑える!」
「っ!デクてめぇ…っクソナードがァ!!ムカつくなァァアッ!!!」
爆豪は標的を緑谷に変え、なおもスピードを増しながら攻撃を加えていく。
緑谷はその攻撃をガードしながらも、押されていく。
だが、苦悶の表情を浮かべつつ、緑谷はなおも叫ぶ。
「っカネキ!!行って!」
奇しくも最初の案の通り、緑谷が爆豪を抑える囮役になってしまった。
だが、緑谷は金木の戦闘力をその目で見た上で、現状、瀬呂と飯田が別々の場所にいるならばチームとしての勝ち筋はあると踏んで、自分が爆豪を抑える役割にまわったのだ。
(あとは僕がどれだけかっちゃんを抑えられるか、だ。)
(なら、やってやる…!勝って、超えたい……!)
緑谷の覚悟の咆哮を受けて、金木は微笑みで応えた。
攻撃をギリギリで躱しながら、強敵を引きつけてくれているバディを頼もしく思いながら、再度個性を発動した。
カネキくんチート。
デクもチート。
でも一番のチートはかっちゃん。