もはや自分の一部とも言える者を亡くした時。
人は人を憎むことでしか立っていられなくなる。
人を憎むことを何よりも嫌っていた彼女を喪い、
俺は我が子を憎んでしまった。
いつだって過ちに気づくのは手遅れになってからだ。
この世界には「ヒーロー」が実在する。
人口の約8割が「個性」という超常の力を手に入れ、その個性と共に生きる世界だ。
ある者は口から火を吹き、またある者は腕が8本もある。
それが当たり前で、人それぞれ違う能力を一括りに「個性」で認めてしまう世界。
しかし、そんな便利な個性も、公共の場で使用すれば違法となる。
そうした世界の法の下、
個性を使って悪事を働く者を「ヴィラン」、
個性を使ってヴィランを排し、弱きを助ける者を「ヒーロー」と呼ぶ。
基本的に個性を公共の場で使用できるのはヒーローだけだ。
だからこそ、この世界において警察は「ヴィラン受け取り係」と
警察は組織内での連携に重きを置いているため、個性の使用を許可していない。
では個性のなかった時代の警察と比べ、業務が楽になったかと言えば、さらに多忙を極めるのが実態だ。
いかにヒーローが活躍していても捜査を丸投げにすることなどできない。
自由気儘に個性を駆使して犯罪を行う者を個性無しで追わなければならない。
どれだけ多くの人材がいたとしても、迅速な解決など到底不可能なのだ。
————そして、ここにも日々の業務に忙殺される警察官がいる。
「金木警部補!今朝捕まった銀行強盗のヴィラン…あれ警部補が追ってたホシですよね!?」
「あぁ。」
息を切らせて駆けつけてきた部下に溜息まじりに応える。
「警部補がずっと張ってたのに手柄は新人ヒーローが総取り、っておかしいですよ!」
家にも帰らず、何十日もかけてヴィラン予備軍として追っていたホシを、今朝、事件発生から10分もかからずにヒーローが捕らえたと聞かされた。
しかし、こんなことはもう日常茶飯事であり、誰が捕らえたかなど問題ではない。
そうは思いつつも、徒労感を感じてしまうのは職務怠慢にあたるだろうか。
「それより次の捜査だ。今朝のヴィランの拘留は任せてある。次こそ俺らで捕まえるぞ!」
「…はい!」
儘ならないことなど、この世界にいくらでもあるのだ。
それでも、自分にできることは仕事だけだ。
仕事だけが唯一、自分を呪いから解放してくれる。
金木警部補と呼ばれた男は、
「でも警部補、いいんですか?研くんに全然会えてないんじゃないですか?」
「…義母に預けてある。大丈夫だ。」
本当に心配そうに尋ねてくる部下に核心を突かれて、あまつさえそれを不愉快に感じていることを自覚する。
そんな自分に
研のことを考えると喪ってしまった妻のことを思い出し、当時、あろうことか我が子に憎しみを抱いていた自分自身を殺してしまいたくなる。
13年だ。
もう13年も経ったというのに、この呪いはタールのようにこびりついて離れない。
本当に、儘ならないものだ。
金木研は、この世界で13年生きてきた。
“この世界で”というのは、金木研が転生者だからである。
普通に大学生として生き、ある日突然、人を喰らう化け物にされてしまい、大切な人を守るために戦い続け、そして死んだ。
そんな前世を持つ少年。
しかし、幸か不幸か、前世の記憶は現在失われている。
姿も名も、そして内に眠る力も記憶も、全て前世と同じ「カネキケン」であるが、今の金木はどこにでもいる13歳の少年だ。
これはそんな少年がヒーローになるまでの物語だ。
「研、たまには外で遊んだらどうだい?」
「いや、いいよ。僕、家で本読んでるのが好きだから。」
僕は祖母との2人暮らしで、父とは別居状態にあり、ほとんど会話がない。
祖母は穏やかな人物で、読書を好み、争いを好まない。
そんな祖母が好きだし、僕が生まれる前に他界していた祖父の蔵書を読み
僕には親しいと言える友達もおらず、外で遊ぶこともない。
ゆえにいわゆる“もやしっ子”然とした
そのことを
今時、僕みたいな草食系男子は珍しくないと思う。
「でもねぇ…。そんなことじゃあ大事な人ができた時に守ってあげられないよ?」
少し悪戯っぽい顔で微笑みかける祖母の、この表情が好きだ。
僕にとって大事な人は、ここにしかいない。
これから先、他に大事な人ができたとしても、僕が一番守りたいと思う相手はきっと祖母だ。
「大丈夫だよ!僕の“個性”知ってるでしょ?」
そう言って僕もまた祖母に自慢げな表情で微笑みを返した。
金木研、13歳。
個性/
筋肉の肥大ではなく、筋繊維の収束や腱の働きをコントロールすることで筋肉のバネを最大限に活かせる。
防御性能は常人と
そして、普通なら手術が必要なくらいの大きな怪我も再生することができる。
ただし、血液型が特殊で輸血は困難なので大量に出血すると危険。
「たしかに便利な個性だけど、危ないことしちゃダメよ?…さてと、珈琲でも飲む?」
「うん、飲む。ありがとう!」
また微笑みを一つ返すと、祖母はキッチンにあるミルを回し始める。
ミルが豆を砕く音とページを
僕は、これが自分の幸せであり、この暮らしこそが守るべきものだと確信してる。
(みんなを守る力なんてなくていい。この幸せが続けば、それでいい。)
13年前、つまり僕が産まれた時、母は死んだ。
出産直前に容態が急変して、まるで僕を産むのと引き換えるようにして死んだのだと祖母から聞いた。
『我が子のために命を
父から母の話を聞いたことはない。
僕や祖母とも、必要最低限の会話しかしない。
いつか父についても祖母が言っていた。
『あの人は未だに受け入れられないのよ……。恨んじゃいけないよ。』
『私は、あの人の儘ならない性格を
祖母が言う“恨んではいけない”という言葉は、きっと世の父親のように僕と関わりを持とうとしないことだけでなく、幼少期に向けられたあの眼のことを言っていると理解した。
この記憶が真実の過去なのか、それとも自分で作り上げてしまった虚構の記憶なのかは分からないが、父は産まれたばかりの僕に憎悪の眼を向けた。
父は、母の命を奪った僕を憎んでいたのではないかと思う。
これも聞いた話だけど、父は母の喪失を受け入れられず、たいそう取り乱したそうだ。
死因不明というのも拍車をかけたのかもしれない。
取り乱す父に、医師は善意で「死因の究明をなさいますか?」と問い、暗に解剖を仄めかすその言葉に、父は激怒して拒否し、胸倉を掴んで詰め寄った。
一緒に病院に来ていた警察の上司の方が慌てて取り押さえたそうだ。
父と顔を合わす機会は多くないけれど、憎しみの込もった眼を向けられたのはその時だけだ。
僕が物心ついてからの父は、決して態度には出さないが、僕を見ているようで見ておらず、まるで自分を罰するかのように痛々しい濁りのある眼をしているように見えた。
憎悪の込もった眼を向けられたのも辛かったが、そんな父を見るのも痛々しくて辛かった。
僕は父を恨んでない。
ただ、きっとひとつの感情を分かち合うのは不可能なほどに、決定的に深い溝がある。
僕も父もその溝を埋めようとは思わないし、それでいいと思う。
人は全てのことに正面から向き合うことなんてできない。
ただひとつ。
僕は、出生の瞬間に見た母の微笑みが忘れられない。
僕はあの時、なぜだかすごく悲しかった気がしている。
母の顔だって写真を見ているから知っているし、祖母から聞いた話のせいで、そう思っているのかもしれない。
母の微笑みすら子どもの僕が頭の中で作り上げた虚構の記憶なのかもしれない。
それでも僕は、漠然と自分の生に意味を見出さなきゃいけない気がしている。
虚構だとしても、この記憶から目を背けることなんてできない。
自分の生きる意味を見つける。
それが、父から母を奪った僕が自分の人生に課した使命だ。
何も!!!起きない!!!
2話も使って!!何も起きない!!!
次は何か起きる(予告)