王のビレイグアカデミア   作:INANO

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古びたバーの一室に、
綺麗に折り畳まれた新聞紙がポツリと置かれている。
『オールマイト雄英の教師に!!』
黒背景に白抜き文字でデカデカと紙面を飾る文字。
顔に付けられた手の隙間から、
チラリとそれに目をやって死柄木は口を開く。

「見たかコレ?教師だってさ…」
「なァ。どうなると思う?」


「平和の象徴が……ヴィランに殺されたら。」




USJ編
矛先


 

 ある日の午後。

次の授業はヒーロー基礎学だ。

初回の戦闘訓練は、自分の課題を見つける上でとても為になった。

2回目となる今回は、どんな内容になるのだろうか。

そんなことを思いつつ、金木は教室で次の授業に想いを()せている。

そんな午後。

朝、登校してすぐに八百万さんに借りていた本を返して、逆に貸していた本を返却されて、午前に普通の授業を受けて、お昼には食堂で渡我に駆け寄られ、それを見た峰田から血涙を垂れ流しながら怨嗟(えんさ)の声を頂戴して、これから始まる午後の授業に備えている。

そう、そんな、いつもの午後。

だが、この日の午後を境にして金木の人生は大きく変わることになる。

 

 

 

 

 

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の3人で見ることになった。」

 

 相澤の言葉に、金木は自分が懸念していたことが当たっていると直感した。

———先日のマスコミ騒動。

校門のゲートが何者かに破壊されており、そこからマスコミが入ってきた。

だが、いくらマスコミが横暴だとはいえ、校門の破壊などするだろうか。

オールマイトの教師就任も相まって、テロにも似た反対運動のように金木は感じたのだ。

有名ヒーローの台頭以降、一般市民はヴィランに怯えつつも脳内のどこかには“ヴィランは考え無しに暴れるだけの雑魚”、“ヒーローにやられるかませ犬”という印象が、少なからず存在する。

だが、ヴィランもヒーローも同じ人間だ。

賢しい者も、強大な者も、思想をもつ者も、いる。

先の騒動はそんな思想をもったヴィランによる反対運動なのでは、というのが金木の推測だった。

とはいえ、雄英のセキュリティはゲートだけではないし、プロヒーローもオールマイトだけではない。

この相澤先生だってプロヒーローなのだ。

今は、対応は学校に任せ、自分がしっかりと成長することを考えるべきだ。

 

 

 

「訓練内容は災害水難なんでもござれ。レスキュー訓練だ!」

 

相澤の言葉を脳内で反芻(はんすう)する。

レスキュー訓練。

人の命を救う訓練。

戦闘訓練よりも、何よりも、金木が一番学びたいと思っていた訓練内容だ。

相澤からコスチューム着用は自由という話があったので、コスチュームの改良点を見つけるにも良い機会だ。

 

(よし!頭切り替えて、ちゃんと訓練しなきゃ!)

 

 

 

 

 コスチュームに着替えた金木たちは、訓練場に向かうためにバスに乗り込む。

委員長になったことで張り切っている飯田に苦笑しつつ、金木はバスの後ろの方で2人掛けの席に1人で座った。

バスが走り出してすぐに、蛙吹が金木の方を見て口を開く。

 

「カネキちゃん。私思ったことを何でも言っちゃうの。」

 

「ん?なに、梅雨ちゃん?」

 

「カネキちゃんのコスチューム、体操服と変わらないわ。」

 

「………っ!!!!!」

 

「たしかに。って、梅雨ちゃん!!…金木くんめっちゃ凹んどる!」

 

喩えるなら銃で撃たれて倒れたところに矢が飛んできて刺さった感じだろうか。

蛙吹の素直な意見に胸を(えぐ)られ、麗日の同意でさらに凹む。

ははははは、と尚も笑い続ける麗日にも、ケロリとした表情で金木を見つめる蛙吹にも、悪気はない。

 

「……今回の訓練でコスチュームの課題見つけて考えようと思ってたとこなんだ。一応これも耐熱、耐寒、防塵とか性能はあるんだけど…」

 

「作業服のキャッチコピーみたいな性能ね。」

 

「………っ!!!!!」

 

「蛙吹さん!!金木泣いてるから!!やめたげて!!」

 

梅雨ちゃんは、本当に思ったこと何でも言っちゃうんだなぁ。

そして、切島くんは優しいなぁ。

 

 

心を抉られたが、訓練の施設は目前。

金木はこれから行われる訓練に意識を切り替える。

ただ、コスチューム改善の優先度が少しだけ上がった。少しだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練施設は広大だった。

想定していた10倍くらいはあるだろうか。

水難事故、土砂災害、火事…など、あらゆる事故や災害を想定して作られた演習場。

ウソの災害や事故ルーム、略してUSJ。

略すくらいなら救助演習場でいいのでは、と無粋なことを考えてしまうが、広さより名前より金木の興味を(そそ)ったのは、これを作ったのが目の前にいるスペースヒーロー「13号」だということだ。

災害救助で活躍するヒーローで、個性は『ブラックホール』。

吸い込んだものをチリにする個性で、瓦礫や炎、水など何でも除去して人を救けられる。

だが、その強い個性もさることながら、13号の良さは他にもある。

 

「僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます。」

 

「その個性で、どんな災害からも人を救い上げるんですよね。」

 

「ええ…しかし、簡単に人を殺せる力です。」

 

「一歩間違えれば容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないで下さい。」

 

「君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな。」

 

これだ。

生で聞くその言葉に感動すら覚える。

いつか、どこかの雑誌に掲載されていた、インタビュー記事で読んだのと同じ。

この考え方に感銘を受けて、金木は彼女のファンになった。

明らかに殺傷力の高い個性でなくても、他人を害そうと思えば誰にだって容易に人を傷つけられる。

 

人を傷つけるためでなく救うために。

そのために自分を磨きたい。

 

父の話を聞いて、実際に人を傷つける者と対峙して、その想いが膨らんだから、ここにきたのだ。

今日はどうやらオールマイトは授業に来られないようだが、雄英の教師陣は本当にすごいヒーローばかり。

こんな人たちに教わることができるのは、本当に僥倖だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズズ ズ ズズ

 

 

 

金木の感動をよそにして、遠くの方で微かな衣摺れのような音がした。

その音と共に、演習場の中央・噴水の前にドス黒い雲のような(もや)が現れる。

最初に気づいたのは相澤だった。

 

「ひとかたまりになって動くな!!!」

 

血相を変えて、そう叫ぶ相澤の声が響いても、誰も脅威に気づかない。

それはそうだ。

ここはヒーロー養成の名門である雄英高校で、オールマイトもいる学校で、今この場だけでもプロのヒーローが2人もいる。

そんな学校なのだ。

誰だって、そんなことは考えない。

 

 

ヴィランが攻めてきた、なんてことは。

 

 

 

 

靄の中からは続々と人が姿を現す。

禍々しい装束に身を包み、薄ら笑いを浮かべている。

そして、その中心にいる細身の男。

身体に幾つも人の手の形をした何かを付けている。

見た目もそうだが、何か、言い表しようのない禍々しい狂気を()ねて固めたような、その身から溢れる悪意に晒されて、金木は心臓が早鐘を打つのを感じる。

 

「動くな!!あれはヴィランだ!!!!」

 

未だに脅威に気づかない生徒たちに向け、相澤が再度注意を促す。

 

 

 

「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…オールマイト…平和の象徴…いないなんて………」

 

「子どもを殺せば来るのかな?」

 

手を付けた細身のその男は、ポソリとそう言い放った。

 

白昼堂々、雄英高校に乗り込んできたヴィランの集団。

そして、狙いは平和の象徴(オールマイト)

マトモじゃない。

 

「これは用意周到に画策された奇襲だ」と轟が言う。

金木も内心でそれに同意する。

センサーが作動しないこと、ここが隔離空間であること、オールマイトがこの時間にここにいるはずだと知っていたこと。

それらが示すのは計画性。

そして、ここまで綿密な計画が立てられるということは。

オールマイトが相手でも“勝てる”算段があるということだ。

 

 

 

 

 

「13号!任せたぞ!」

 

 相澤は13号にそう声を掛けると、ヴィランの集団に単独で迫る。

多勢に無勢にも程が有る。

はやく増援を送らなければ万が一もありうる。

金木の脳内で、思考は目紛(めまぐる)しく加速し始める。

 

だが、その焦りを宥めるかのように、相澤はヴィランの集団を圧倒していた。

疾い。

駆け出した初速の速さ、身のこなしの無駄のなさ。

小さな動きひとつひとつから、プロの凄さを感じる。

そうだ、相澤先生はプロなのだ。

多勢を相手にしたことがないわけがない。

ゴーグルで目線を隠し、個性を消し、相手の連携を崩しながら捕縛布と肉弾戦で流れるようにヴィランを倒していく。

 

 

「早く避難を!」

 

相澤の戦闘に見入っていた金木と緑谷に向けて、飯田が声を上げた。

13号を先頭に、生徒たちは避難すべく演習場の入り口に向かう。

 

「させませんよ。」

 

その鼻先に、どこからともなく先程の黒い靄が現れた。

 

「初めまして。我々はヴィラン連合。」

僭越(せんえつ)ながら…この度ヒーローの巣窟(そうくつ)、雄英高校に入らせて頂いたのは」

「平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして。」

 

その言葉の意味を正しく理解できたのは、果たして何人いただろうか。

オールマイトを殺す。

その言葉は果てしなく荒唐無稽で、だからこそ、不気味だった。

 

「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ…ですが、何か変更あったのでしょうか?まぁ…それとは関係なく…」

「私の役目はこれ。」

 

ズズっと黒い靄が広がる。

生徒たちの足止め。

それが眼前にいるこの男の役割。

 

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

 

靄が広がりきる前に、切島と爆豪の2人が黒い靄の男に攻撃を加える。

 

「ダメだ!どきなさい、二人とも!」

 

二人の攻撃はここしかないというタイミングだった。

だが、まるでダメージを感じさせない様子で、黒い靄の男はユラリとその姿を現し、その靄を広げる。

13号の忠告も虚しく、金木たちは全員その靄に囚われてしまった。

 

 




ついに来ました。
序盤の見せ場。
単行本だと2巻の内容。もう21話。
おかしいなぁ。10話くらいでやる予定だったのになぁ。

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