顔も知らない愛しい人と珈琲を飲む夢。
痛みと愛おしさが綯交ぜになったその夢を
僕は俯瞰から眺めて、口に運ぶ。
耐え難いほどの苦味と臭み、そして命を洗うような甘味と旨み。
まるで人肉みたいだ。
甘い香りがして、金木は目を開けた。
焦点が合っていないのか、蛍光灯の明かりと天井の白に
酷い夢でも見たのか、びっしょりと枕を濡らし、呼吸が乱れているのを自覚する。
「目が覚めたかい。」
どことなく祖母に似た声がした方へ顔を向けると、リカバリーガールが呆れ顔でこちらを見ていた。
リカバリーガール。
本名は
雄英高校に最も長く勤務する女性看護教諭にして、雄英の屋台骨とも評される彼女。
彼女がそうまでに評価を受ける理由のひとつが、治癒力の活性化という希少な個性だ。
「これでもお食べ。」
まだ思考が停滞している金木は、リカバリーガールからアメリカンな色合いのお菓子を受け取りながら、ここにいる経緯を思い出そうとする。
(たしか、僕は……)
「外傷無し。貧血気味だったから、あんたが貯血してた血を輸血中さね。」
「…!!相澤先生たちはっ!?」
こちらの意図を汲んだように、的確に現状を教えてくれたリカバリーガールに、金木はガバッと身体を起こして問いかける。
思い出した。
全身を筋肉で覆った脳丸出しのヴィラン…
脳無と呼ばれた怪人の脅威を思い出し、一気に汗が噴き出る。
「落ち着いて寝てな。事件は解決したよ。」
金木の額を優しく押してベッドに寝かせ、リカバリーガールは金木が気を失った後の
自分が倒れた直後にオールマイトや増援のヒーローたちが現れ、脳無はオールマイトが制圧した上で捕縛、主犯の2人は逃走。
相澤は重症だったものの命に別状はなく、クラスメイトも全員軽症で無事だという。
(また僕は途中で……)
去年、自身を襲ったヴィランの事件を思い出す。
自分は、誰かを救ったつもりで、結局最後は誰かに救ってもらっている。
一人で何でもできるようになれるとは思わないが、このままでいいとも思えない。
「…その思い詰めた顔……。思い出すねぇ。」
「おおかた力不足を悔やんでるんだろうけどね。その悔しさを力に変えるための施設が学校だよ。悔しいなら力をつけなさい。あんたの母親、シアンセーゼのようにね。」
リカバリーガールの言葉にハッとする。
自分の母親のヒーロー名がその口から出たからだ。
「あの子の個性も治癒だったからね。昔、何度か現場で会ったことがあるよ。あの子に起きた悲しい事件も知ってる。それでもね、あの子はどんな時でも前を向いてたよ。」
思わぬ母との繋がりに驚いたが、考えてみれば確かに自然な関係かもしれない。
「…リカバリーガール。母の話ありがとうございました。僕も、強くなります。」
「発破かけておいて悪いけど、個性は使い方をよく考えなさい。父親のことはよく知らないけど、あんたの個性は母親のものとも父親のものとも違う。単純な身体活性じゃないだろうからね。」
「…はい。ありがとうございました。」
リカバリーガールの言葉で、脳無との戦闘中に発現した触手のことを思い出した。
自分の知らなかった個性の使い方。
あれは個性の暴走だったのだろうか。
戦闘中の曖昧だった思考の中で、あの触手のことを『
今まで存在さえ知らなかったのに、なぜ
強くなりたいという決意とともに、少しの心の
ややあって、オールマイトが病室に現れた。
思わぬNo.1ヒーローの登場に金木は身体を起こして挨拶しようとするが、オールマイトは片手でそれを制しつつ、口を開いた。
「金木少年、もっと早く助けられなくて本当にすまなかった。無事で本当に良かった。」
「いえ、助けていただいたのに謝られることなんて…。」
ビシッと頭を下げるオールマイトは、いつものように力強い筋肉に包まれているにもかかわらず、いつもよりも弱々しく見えた。
脳無との戦闘の疲れなのか、申し訳ないという気持ちのせいなのか。
どうあれ謝ってもらうことなどないのだ。
「僕が倒れたのは自分の個性を十全に発揮できなかったからです。誰の責任でもない、完全な自己責任です。だからこそ、これからもご指導よろしくお願いします。」
「君は……緑谷少年と似ているな。…君がいなければ相澤くんは無事ではなかったかもしれない。他の生徒にも被害が出ていたかもしれない。君の勇気と
オールマイトは慈愛に満ちた優しい表情から一転、濃さが上がったいつもの笑顔で金木にサムズアップを送る。
「オールマイト。そりゃ違うよ。」
だが、それをリカバリーガールがピシャリと静かに否定した。
「この子は中学生の時にすでに人を救ってる。今回のは一歩目じゃなく二歩目さね。」
「…!そうか、君が『中学生ヒーロー』だったのか。すまんね、推薦組の方は直接試験を見ていないから経歴までは知らなかった。」
「中学生ヒーローっていうのはマスコミが勝手に言ってるだけで…もう高校生ですし、あの時も今回も無我夢中だっただけで…むしろあの時から成長できてないんじゃないかって自省していたところです。」
「君は本当に緑谷少年と似ているな。
金木の肩にポンっと優しく手を置き、オールマイトは続けた。
「中学生ヒーローっていう名前が気に入らないなら、自分で考えたヒーロー名をしっかりみんなに覚えてもらうといい。もうすぐその恰好の舞台がやってくる。」
「では、私はこれから行くところがあってね。お先に失礼する。金木少年、しっかり休んでから帰るんだぞ!」
オールマイトにお礼を言って、リカバリーガールと少しの雑談をしていると輸血はいつの間にか終わっていた。
輸血が終わるとすぐに帰宅させられたり、最後にリカバリーガールから「個性の使い方は慎重にね!」と釘を刺されたり、家に帰ってしばらくすると大慌てで帰ってきた渡我にえらく心配されたり、事情を説明させられたりと、慌ただしい一日はようやく幕を閉じた。
そして翌日は臨時休校となり、「昨日心配させた罰です」と言われて朝から渡我にデートに連れ出されたのだった。
事件から2日後。
学校に着いた金木が教室を開けると、クラスメイトが一斉に押し寄せる。
「カネキー!大丈夫だったか!?」
こういう時に一番に声をかけてくるのは、決まって切島くんだ。
「おはよう。大丈夫だったよ、ありがとう。ちょっとした貧血だったみたい。」
「貧血って…カネキ、本当に大丈夫だったの?」
「あぁ、デクもおはよう。そっちこそ怪我したって聞いたけど大丈夫?」
首肯する緑谷の後ろから、上鳴たちがさらに声を掛けてくる。
「俺らと別れた後、すげー活躍だったんだろ?」
「ウチは後で聞いただけだけど、ヤオモモがさっきまでめっちゃ興奮しながらアンタの活躍っぷりを語ってたよ。」
「耳郎さん!興奮なんてしてませんわ!」
押し寄せるクラスメイトたちの言葉にひとつひとつ答えながら、金木は自然に心がほどけていくのを感じた。
ああ、やはり友達って素晴らしい。
机に足を乗せて不貞腐れたように前だけを睨んでいる爆豪と、興味なさげに窓の外を眺めている轟、そして照れる八百万を見ながら金木に呪詛の言葉を呟く峰田を除いたクラスメイト全員が、金木の労を労い、心配してくれている。
それを純粋に嬉しく思う。
「みんな!!金木くんを労うのもいいが!!そろそろ朝のホームルームが始まる!!席につけーーーっ!!」
飯田の委員長らしい一言に苦笑しつつ、みなそれぞれの席に着いていく。
金木もそれに
「おはよう」と、いつもの覇気のない声とともに担任である相澤が登場した。
心配していたほどの怪我ではなかったようで、よかった。
クラスメイトたちからも心配の声が上がるが、それを
「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ。」
(戦い。)
(そうだ、まだ襲撃犯たちは捕まっていない。)
(いつまた襲ってくるか……………)
「雄英体育祭が迫ってる!」
「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!!」」」
雄英体育祭は、日本のビッグイベントの一つに数えられる催しである。
個性の発現や人口の収縮によって形骸化したスポーツの祭典に代わって、日本で最も注目を集めるイベントとなった。
ヒーロー科がある学校は他にもある。
その中で、これだけ国民に期待されているのだから、さすが雄英高校といったところだろう。
雄英体育祭は、ヒーロー科はもちろん普通科、サポート科、経営科も総当たりで、学年別に様々な競技を通して競う。
人々は次代を担うヒーローの卵たちの活躍に熱狂し、優秀な人材を求めているヒーロー事務所はスカウト目的で卵を値踏みする。
つまり、ヒーローを目指す者にとって自分を売り込む恰好の機会なのだ。
ヴィラン襲撃があったとはいえ、学校側としても中止するわけにはいかない。
むしろ、警備を従来の5倍に強化した上で、学校の危機管理体制を示すということらしかった。
「まぁともあれ雄英体育祭は予定通り開催される。お前らが本当にプロのヒーローになりたいなら、ここで結果を出せ。以上だ。」
「あぁ、あと……金木、昼休みに職員室に来い。」
「?…はい。」
彼らしい檄を飛ばした後、相澤は一言告げて教室を去って行った。
リカバリーガールと金木ママの関係性は特に意味がありません。
書きながらライブ感で設定を追加してしまいました。すみません。
こんなことするからストーリーがなかなか進まないんですね。
さて、ようやく体育祭の直前まできた。
しかし、体育祭開催までにあと1話補足回が入るんじゃ。
そして書き溜めてた分が終わったんじゃ。