王のビレイグアカデミア   作:INANO

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こいつは地味で大人しい奴だ。
こいつは物静かで事なかれ主義の平凡な人間だ。
人は自分の物差しでしか他人を測れない。
その想定と現実が乖離していた時に
ようやく人は自分の物差しの短さに気づくんだ。




跋濁

 

 11月の初旬、金木は自身が通う中学校の教室にいた。

現在は昼休み。

クラスメイトたちがはしゃぐ喧噪(けんそう)一欠片(ひとかけら)の興味を向けることもなく、窓際の席で只々読書に(ふけ)っている。

賑やかな若者のエネルギーと、発火の個性を持つクラスメイトがイタズラで個性を発動したことによって、教室内にはうだるような熱気が(こも)っていた。

 

「ごめん、金木くん。ちょっと窓開けてもいいかな?」

 

「あ。うん、どうぞ。というか僕が開けるよ。」

 

クラスメイトがパタパタと手で顔を仰ぎながら苦笑まじりに近寄り、金木もそれに少しの微笑みを浮かべながら応えて、窓を開ける。

少し風が強い。

例年より気温が低く、開花の時期を遅らせた金木犀(きんもくせい)の香りが、風に乗って運ばれてくる。

 

「おぉ、一気に涼しい!ていうか寒い!!金木くん顔が青白いけど大丈夫?!」

 

「僕が青白いのは最初からだよ。」

 

表情がコロコロ変わるクラスメイトに眉根を下げて微笑みながら返すと、そのクラスメイトは「たしかに!」と笑いながら、また喧噪の輪に戻っていく。

それを微笑みで見送ると、金木は本の続きのページに目を落とす。

 

物心ついた時から金木は他人と必要以上に関わらないように生きてきた。

クラスメイトとも付かず離れず、同級生らしい適度な距離感を保っていた。

 

そう、その日の下校時までは。

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、帰路につく。

金木の周囲には、同じ学校の生徒たちが何組か歩いている。

新人のヒーローの話だとか、最強のヒーローは誰かだとか、どのグループでも、とかく話題になっているのはヒーローの話だ。

個性が紛れもなくアイデンティティとなるのが、この世界だ。

そして、どんな世界でも勧善懲悪は万人に受ける。

個性を存分に発揮し、悪人を懲らしめる“ヒーロー”という存在に、憧れを持たない者の方が少ない。

金木も例に漏れず、ヒーローには関心を持っている。

ヒーロー向きの個性じゃん!と何人かのクラスメイトに持て(はや)されたこともあるが、自分に務まるとは到底思えない。

関心と志望は違うのだ。

別段、他になりたい職があるわけではないのだが。

 

 

 

 (うつむ)きながらヒーローについての思考に没頭していると、ヒーロー談義に花を咲かせていた生徒たちから鋭い悲鳴が上がった。

 

「ちょ…おいっ!!!あれ、やばくね?」

 

「……おいっ!あぶねーぞ!!」

 

ハッと顔を上げる。

数十メートル先の、十字路の中央。

そこに、少女が歩道の途中で呆然と座り尽くしている。

 

そして、それに猛スピードで迫るトラックが映る。

 

信号は歩道が青、車道が赤。

つまりトラックの暴走。

 

 

四方(しほう)から悲鳴が上がるこの状況で、金木は気がつくと少女に向かって走っていた。

周囲の人間は走る金木を唖然(あぜん)と見つめる。

 

そして、トラックの正面に躍り出た金木は、足で(すく)い上げるように少女を車線上から押し退ける。

ふと、少女の顔が視界の端に映った。

呆けた表情でこちらを見ており、1秒にも満たない刹那、少女と目が合った気がした。

 

…良かった、無事だ。

着地の衝撃で打ち身くらいはあるかもしれないが、それは勘弁してほしい。

 

ふと、そんなことを考えて、金木は知らず微笑んでいた。

そして、そのまま時速80kmは出ているであろうトラックの下敷きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………。

なつかしい においがする…。

 

——どこだ…?……

どこにあるんだ…………?

 

おいしそうな におい。

 

………………………………

……………………あった。

 

——————……あぁ、おいしい。

 

まるで かあさんの てりょうりのような

やさしいあじがする…。

 

 

 

 

…?

 

かあさん の…?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!!?」

 

 頭が割れるようだ。

鈍く、それでいて鋭い痛みだ。

形容しがたい痛みに、金木は意識を取り戻した。

 

痛みを堪えながら、無意識に自分の体に視線を落とす。

 

血。血。血。

一面の血。

 

自分を含めて辺り一帯は血に(まみ)れている。

まるで赤の濃淡(のうたん)のみで描かれた、一般人には価値のわからない高額な絵画のようで、どこか混沌(こんとん)とした美しさがあった。

 

(なんだこれ…?血…?……誰の?)

 

ふと左に目をやると大きな破壊痕が残る壁と、トラックが見えた。

リヤドアはひしゃげ、積荷が散乱している。

食肉業者のトラックだろうか、映画でしか見たことのないような大きな塊の生肉が、幾つかコンテナの中で吊るされているのが見える。

その塊ほどの大きさではないが、周囲にも生肉は幾つか散乱している。

自分の手元にも一つ転がっているのが分かった。

徐々に思考が鮮明になっていく。

 

(…っ!そうだ…事故は!?…僕はあのトラックに轢かれ…て……?)

 

慌てて自分の身体を確認する。

しかし、傷が見当たらない。

血の海と表現するのが妥当なほどの出血であるにも関わらずだ。

少し貧血気味ではあるが、先程の頭痛も治まったようで、まったくの無事と言えた。

 

困惑する金木は、トラックの反対方向から、ふと視線を感じた。

そちらに顔を向けると、多くの同窓生たちが恐怖に彩られた目でこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金木が目を覚ます数分前。

周囲の人間にとって、暴走トラックから少女を救った少年は数秒の間だけヒーローであった。

 

著名なヒーローは学生時代から逸話(いつわ)を残す。

そして、その多くが“考えるより先に身体が動いていた”と言う。

 

金木の行動はそれと同じだったからだ。

走る金木を見て、誰もが、いや彼自身でさえ、あのスピードでも間に合わないと思ったに違いない。

その上で思考し、その身を(てい)して少女をかばう。

これをヒーローの行動と言わずに何と言うのか。

 

だが次の瞬間、眼前の惨劇を見て、誰もが絶望した。

トラックは少年を跳ね飛ばし、吹き飛んだ少年の身体を轢き潰していく。

 

 

 

車体が人体を壊す音、舞い散る血液や肉片。

 

あまりにも酷い光景に、自己防衛なのか(人を轢いた車ってあんなに跳ねるのか)と場違いな思考に(おちい)る者もいた。

先程まで自分たちが熱く語っていたヒーローという存在と、その根源たる自己犠牲の精神というものが、一歩間違えばどういうことになるのかを理解してしまった。

 

あちこちで悲鳴があがり、誰もがその目を見開いて青()める。

 

そんな阿鼻叫喚の地獄の中、やがて激しい衝突音がした。

十字路を斜めに横切って民家の壁に突っ込んだトラックは、コンクリートの壁を半壊させ、コンテナから積荷を撒き散らし、横転して停まっていた。

 

誰もが心の中で名も知らぬ少年の命を諦める。

あまりの惨劇に動ける者はいない。

 

その中には金木のクラスメイトもいた。

本の虫と呼んで差し支えない彼がヒーローのような行動をとったことに、そして今目の前に広がる悲惨な光景に、驚愕と恐怖で言葉が出ない。

だが、それでもクラスメイトたちは叫んだ。

 

「っ誰か!!治癒の個性持ってる人!いませんかっ!!」

「誰でもいい!金木を助けてくださいっ!」

 

金木とは特別仲が良いわけではない。

眼前には身も(すく)むような恐怖の光景が広がっている。

だが、身近な人間の命を諦めるような人間には断固としてなりたくないのだ。

 

彼らは周囲の人間に向けて必死の形相で叫びをあげる。

いつか金木にヒーロー向きの個性だと持て囃した者もその中にはいた。

ヒーロー向きだ、とは言ったがこんなことは望んでいない。

そもそも荒事など無縁とばかりに、ずっと本を読んでいる金木を揶揄(からか)うつもりで言った言葉だ。

 

だから、…こんなことは、望んでいない。

 

 

そんな想いも彼らの必死の願いも虚しく、治癒の個性を持つ者は誰一人としていなかった。

彼らの表情に再び絶望が落ちる。

ならば救急車を——と顔を上げた時、信じられない光景が映った。

 

 

のそり、と。

金木が動いているのだ。

 

右腕と右脚はあらぬ方向を向き、夥しい血を流しながら這いずっている。

そのB級ホラー映画のような光景に、思わず息を飲む。

しかし、それでも、生きている。

希望と喜びで、すぐさま駆け寄ろうとした。

だが、その足は動かなかった。

 

 金木は、手脚だけではなく肋骨や内臓も負傷しているであろうその傷で、よろよろと立ち上がったかと思えば、コンテナから飛び出した積荷の肉塊に(かじ)りついたのだ。

ブチリと肉が千切れる音が聞こえて、小さな咀嚼音(そしゃくおん)が聞こえる。

そして。

 

金木の肉体は再生していく。

捻じ曲がった腕や脚は嫌な音を立てながら正常な方向に戻り、細かい擦過傷(さっかしょう)も塞がっていく。

 

誰もが声も発さず、まるで行儀の良い観衆のように、その場に立ち尽くしてその光景を見守る。

固唾(かたず)を飲んで見つめる観衆をよそに、金木の肉体はその損傷をみるみるうちに再生させていく。

 

 

観衆を恐怖が飲み込み、思考はどんどん不安定になっていく。

先程、少女を助けたヒーローの記憶はもう残っていない。

 

そして、観衆は金木の左眼に灯る赤い瞳を見た。

血溜まりの一帯にあって、その瞳はこれこそが赤だと主張しているように爛々(らんらん)と輝く。

彼らの中で、英雄が怪物に変わった瞬間だった。

 

 

数秒の後、金木は瞳の色を失うと同時、仰向けに倒れた。

しかし、誰一人として動ける者はいなかった。

 

「……化け物だ。」

 

誰かが(つぶや)いた。

ポツリとれたその言葉に、周囲の人間は自分が呟いたのかと思ってしまう。

みな内心同じことを思ったからだ。

誰もがその化け物を凝視したまま動けない。

 

 

 

 どのくらいの間そうしていただろうか。

彼らが化け物と認定した少年は意識を取り戻した。

再び動き出した金木を見て、多くの人間が警戒する。

 

恐怖は少し薄れたようだ。

それでも彼を見る目が変わることはない。

化け物は、こちらを向き、自分たちを見て少し悲しそうな顔をした。

 

その顔を見て、ようやく人々の思考が現実に帰ってくる。

誰かが病院に電話を掛け始め、その声を聞いて、現実へと帰ってきた彼らは手分けしてヒーロー事務所や警察へと電話で事情を説明し始めた。

ほどなくしてヒーローと救急車が駆けつけ、少し遅れて警察がやってきたが、それまで金木に近づく者は誰一人としていなかった。

 

 




事故の細かい描写を考えれば考えるほど不自然さが際立つ。
瞬間的な出来事をスパッと端的に分かりやすく伝える才能は私にはなかったようです。
早くデクたち出せよ、と思ったあなた。
あと10話くらい出てきません。すみません。
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