プリンセス・アート・オンラインRe:Dive 作:日名森青戸
(・大・)<1回だけだと思った?
(・大・)<残念だが2話連続投稿だ。
「本当に良かったの?」
帰る途中でノゾミがウィスタリアに訊ねる。
理由は恐らく、テンカイとのやり取りだろう。
「ええ。強引に事を進めるとかえって今後の交渉で不利になってしまいます。今は考えを纏めることもあって、今は離れておいたほうが賢明だと思いましたのよ」
「割と考えてるんだね」
「割とって……まあ、こんな状況では否応なしに冷静になってしまいますわよ」
ぼやくウィスタリアだったが、それも事実。
SAOに捕らわれたプレイヤーの内、大半が下層域で暮らしているとはいえ、疑心暗鬼は付き纏うもの。無条件で信用しろなんて無理な話だ。
この交渉は言わば賭けのようなもの。賭けに負ければまた種や苗からやり直しである。
「それで、これからどうする?街に戻る?」
「ちょっと早いんじゃないでしょうか?まぁ、何日も泊まり込んでいたから早々に戻らなければなりませんけど……」
「あたしはちょっと残ろうかな。外で牛を狩れば牛肉が出るかもしれないし」
転移門の前でマコトの提案した牛狩りに4人が返答しようとした時だった。
――――ひぎゃあああああああああッ!!!!
「ッ!?何今の!?」
「なんか、悲鳴みたいなのが……」
突然上がった悲鳴に一同が周囲を見渡す。
悲鳴の上がった場所は東の先。つまり園外。
もしあれがモンスターに襲われたプレイヤーのものだったら……?
そんな不安を感じ取った5人はいてもたってもいられずに駆けだした。
その場所へは数分と掛からずに到着して目に入ってきたのは、一頭の牛型モンスターとへっぴり腰ながらも両手槍を向けている少女と、彼女の後ろで怯える年少プレイヤー数人。
どちらも自分から攻撃することはない膠着状態だ。
だが放置しておくわけにもいかない。目の前のモンスターが暴れだしたらあのプレイヤー達では太刀打ちできないのは明白だ。
「危ない!」
ノゾミが1人と1頭の間に、少女のほうに助太刀する形で割り込む。
「お、オメェらは!?」
「いいからあなたは下がって!ここは私達が止めるから!」
曲刀の切っ先を向ける。
相手は2層のモンスターだ。油断をしなければこの数で負けるはずがない。
いや、勝つ必要はない。彼女らを園内に入れるまでの時間稼ぎして、退き気味に自分らも先頭から離脱をするだけでも構わない。
「……あれ?」
異変に気付いたのはチカだった。それが次第にノゾミやユイ、マコトにウィスタリアにも通じてくる。
――肝心のモンスターから
「……あの、何があったの?」
「そ、それが……この子たちが外に出たいって言ってオラもこの子も連れて行ったんだべ」
実際、槍を構えていた少女の後ろで怯えているのは若干10歳にも満たない子供数人。
こんな危ない場所に連れ出さないでよとノゾミは内心彼女に毒づいた。
「それで、クエスト報酬で干し草を貰った帰りに、モンスターの群れとかち合って……何とか隠れてやり過ごしたのは良いけど、その1匹が現れて、干し草でやり過ごそうとしたんだべ。そしたら……」
つまり、彼女はその干し草でモンスターの気を逸らして逃げようと思ったのだが、逆にこっちに注目してしまってこの状況になってしまったということか。
それでもモンスターは攻撃どころか威嚇すらしてこない。ノンアクティブモンスターでも、こんなこと普通ならあり得ない。
その時だ。
「……まさか!ねぇ、君たちの中に変なウィンドウが出てる人っている?」
何か思い立ったユイが周囲に呼び掛ける。
子供たちもウィスタリア達は首を横に振る。
「……なんだべ、これ?『トレイリング・オックスのテイムに成功しました。名前を決めてください』?」
その中でただ一人、少女だけが答えた。
答えを聞いた途端やっぱり!と興奮気味に思わずユイが叫んだ。
「それ、テイムイベントよ!そのモンスターをテイムしたのよ!」
「て、ていむ?つまり……もう襲ってこないって事べか?」
「端折って説明すると、そうなるね。でも信じられない……あるにはあるって聞いたけど、ベータじゃ誰もできなかったのに……」
「はぁ……」
敵ではないことを知った少女は改めて牛型モンスターに恐る恐る手を伸ばす。
「オ……オラ、マヒルってんだ。よろしく」
若干震えながら触れた手に、牛型モンスターも答えるように嘶きながら頬を寄せた。
ノゾミ達ももう戦う必要はないと剣を納める。
「そうだ。マヒルちゃん」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
†
野菜の様子を見ながら、テンカイは考えていた。
現実の彼は農業に勤しんでいたのだが、彼自身農業に熱を持っているかと言えば違った。農業なんてくだらないとさえ思っていたくらいだ。
田舎を出て、都会での暮らしに子供の頃から憧れていたのに、皮肉にも彼には叩き込まれた農家の知識が身体に染み付いてしまっていた。
SAOに入れば自分も冒険者になれる。そう思っていた矢先にこのデスゲームに巻き込まれてしまった。
(何やってんだかなぁ……)
元々、この畑で野菜を育てようと思ったのは自分の食い扶持をつなぐ為だ。
始まりの街にいた頃、他のプレイヤー達との争奪戦が酷かった。
街中に生えている街路樹に、日に数個生る程度の木の実。
始まりの街周辺の園外にいるフレンジーボアから確率でドロップする猪肉。
最安値1コルで売られている黒パン。
その争奪戦に敗れたテンカイは、長い時で3日は3食黒パンの生活を余儀なくされた。
その後、攻略組が第4層を攻略した時にこの畑の話を聞きつけ、《農耕》のスキルを手に入れたのだ。
だが同時にこれほどの皮肉は無いと、今テンカイは思っているだろう。今まで嫌っていた農業を、自給自足の為とはいえ手に入れるのだから。
「おー、おめぇがテンカイって人だべか?」
突然後ろから声を掛けられて反射的に振り返ってギョッとした。
そりゃそうだ。そこには園内に入れるはずの無い牛型モンスターと、それ連れたプレイヤーがいたのだから。
「ああ、待った待った。この子は敵じゃないべ。オラがテイムしたエリザベスってんだ」
「おぉう、そうか。で、何の用だ?」
「さっき助けてくれた人たちに、おめぇの様子を見てくれって頼まれたんだべ」
余計なことしやがって。
テンカイは内心毒づいた。
「で、おめぇここで何やってるべさ?」
「何って、そりゃ自分の食う為の野菜を育ててるに決まってるだろ」
即答した途端、マヒルが「えぇーっ!?」と驚嘆する。
「そんなのもったいねぇど!どうせなら他のみんなにも分けられるように――」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!こんな状況じゃ、一人分作るだけで精一杯なんだぞ!」
「……けどもおめぇ、ちっとも楽しそうに見えねぇだよ?」
まるで見透かされたかのようなマヒルの一言に思わずテンカイもぴたりと口を閉じた。
「……なぁ、あんちゃん。これからどうするんだっぺ?」
「どうするって?」
「このままここで暮らしていくべか?」
マヒルの言葉は、まるで現実に戻った時の自分に対しての言葉にも聞こえた。
「……逆に聞くけどよ、おめぇはやりたい事あるのかよ?」
「え?そりゃあるっぺ!オラ、地元は道産子だべども、お笑い芸人になろうって高校で一人暮らし始めたんだど!」
「……そうか」
テンカイの問いは、図らずも現実の話になっていた。マヒルも現実の話と勘違いをしていたが、それがテンカイに響く。
よくよく考えれば、自分は都会に暮らしたいと言っていた。
それだけだ。何をしたいかなんて今まで想像したことも無かった。
「それに、こんだけいい野菜を作れるんだったら、みんなの為に使うほうが良いかもしんねぇだよ」
あるのは結局、故郷で叩き込まれた農耕のスキルだけだった。
「……」
「あれ?どうしたっぺ?」
沈黙したテンカイに思わず疑問符を浮かべるマヒル。
呼びかけた瞬間テンカイは走り出した。
「あんちゃん!?どこ行くだ!?」
「アイツらん所へだよ!」
「あ、でも何か伝えるんだったらオラその人達とフレンドしただよ」
「本当か?」
畑を後にしようとしたが、マヒルからの引き留めの言葉にすぐにUターン。
彼女が出したウィンドウなのでテンカイ自身は操作できないものの、マヒルが代役としてたった一言、メールを打ち込んだ。
――『話に乗る』と。
†
それから1ヶ月経った2月の某日。
攻略組の攻略ペースは1/4にまで届かんばかりの破竹の勢いで進んでいた。
しかし、それとこれとは始まりの街でクリアを待つ者とは関係の無いことだ。
「……不味いですね。これは」
帳簿を見て、顔をしかめるのは《ギルド
リーダーのシンカーが信条とする「下層プレイヤーの均等分配」の為に、今ギルドが保有している料金で買える黒パンに換算しても、下層域で暮らすプレイヤーに分配するとしても持って数日といった所の量だった。
(やはり、目減りしている……)
食料の数はあからさまに減っている理由は配給する市民の数だけではない。
数か月も前から食料だけでなく、偶然手に入れたドロップアイテムも見つかっていない。
まるで誰かが持っていったように……。
(ギルド内の誰かが持っていった?まさか。食料だけならまだしも、使い道のないドロップアイテムまでもっていく必要がどこにある?)
ユリエールは内部に犯人がいるのかもしれないと考えるが、今は配分の問題が先だ。犯人捜しは後回しにしようと頭を振る。
「それより、分配をしないと……」
自分の仕事を取りかかろうとした時、壁の向こう側で賑わった声が聞こえてくる。
「何事です?」
「それが、広場からあんなのが……」
ギルドメンバーの一人に連れられてユリエールも外に出ると、転移門広場に人だかりが集まっていた。
何かに群がっているようだが、今いる場所では距離や人ごみの密度で奥が見えない。
仕方なしに人ごみをかき分けてやっとの思いで人ごみの内側に出て……とんでもない物を目撃した。
行列の並ぶ先には荷車を改造したかのような屋台が3つも横並びで鎮座して、それぞれ寸胴鍋が3つも並び、その前で大人のプレイヤーが忙しなくスープ皿に寸胴鍋に盛り付け、子供プレイヤーは行列の整理を、中学生くらいのプレイヤーと共に行っている。
スープ皿に盛られているのはジャガイモをふんだんに使ったポタージュだ。それが器に盛られた途端に香ばしい匂いが立ち上る。
「こ、これは……?」
「おぅ、ユリエールじゃねぇか。横入りは関心しねぇな?」
「いや、そういう訳じゃ……というか、何これ!?」
「それは――」
「カイカーイ!スープ皿が足りなくなってきたっぺ!」
テンカイの話に割り込んだマヒルの悲鳴に、話を中断して急いでスープ皿の補給に回る。
「あら、ユリエールさんも彼らの料理を堪能しにきましたの?」
「ウィスタリアさん。いったい何が起きたのですか?」
「あれは彼らの協力を得ましたのよ。その前にギルドクエストの達成に助力しましたの」
「あれは、ひょっとして……」
「ええ、そのまさか。あの屋台を共同で作って、その寸胴鍋に大量のポタージュを作っておきましたのよ。幸い、こちらにも無効にも《料理》スキルを拵えている方はいらっしゃったから」
《料理》。生産系スキルの一つで料理に関するスキルの総合を指す、いわゆる趣味系スキルだ。
攻略組の間では不要スキルの筆頭格ではあるが、下層域で暮らす彼らにはまさに純金と同等の価値に見えるだろう。
「待って下さい。それってつまり、彼らに対して販売をしているということですか?初心者の所持金なんてたかが知れてる。そんな彼らからむしり取ろうなんて――」
「あら、言ってませんでしたっけ?あの店で売られるポタージュは試作品。彼らから評価を得られれば上の階層で本格的な販売を進められる為に、あの料理はタダですわ」
最も、1人1杯という制約付きですけどね、とウィスタリアは人ごみを眺めながら続ける。
久々の食事に誰もが1杯のポタージュにありついていて、中には涙を流しながら食べているプレイヤーもちらほらいる。
「ですがッ、下層域には何千人もいる。たった数十人で養えるとはとても思えない!」
「ええ。ですからこれを用意しましたわ」
そう言って差し出す様に一枚の紙を見せる。
それはチラシ――メモ機能を使った文字だけの紙でしかないが。
『
【エリザベスパーク】ギルド加入者募集!
みんなでおいしい野菜を作ろう!
《農耕》の手に入れ方、やり方を教えます!
詳しくは第2層《ウルバス》の北区へ。
』
「ギルド募集のチラシ……こんなものまで」
「私達の戦う力は、攻略組と比べると大きく劣ります。それなら私達は、攻略以外の方法でこのゲームを生き抜いていくことも重要だと思いますわ」
その言葉は、解放を目指して攻略を進めていく攻略組とは異なっているとはいえ、下層域で暮らすプレイヤーにとってのこれからの暮らしを示しているかのようだった。
全員が全員死の恐怖に克てる筈がない。必ず誰かは攻略に参加したくないと言い切るだろう。職人になる人だっている。
しかしウィスタリア達が選んだのは、この2つに属していない。直接的に攻略には貢献はしていない。しかし、彼女らはこの世界での自分達の生き方を見つけたのだ。
ただ屍の如く日々を暮らすのではない。
解放を目指してモンスターとの戦いに身を投じるではない。
攻略組に貢献するような逸品を作り上げるでもない。
日々擦り減っていく心を、精神的に死なせない為の生き方を。
「さあ、私達も商売に励みますわよ!」
その後、生産ギルド【エリザベスパーク】は新たに解放された22層の、アクティブモンスターが出現しない情報を聞き出して本部を移し、更に広い畑を使ってSAOの中で最初の食材生産ギルドとして名が知られていく――。
次回「崩壊」