プリンセス・アート・オンラインRe:Dive   作:日名森青戸

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(・大・)<ここであのギルドの登場。そしてあっさり手に入れたあのスキルの公開です。



「月夜の黒猫とEXスキル」

 

6月8日。

20層。3層ほどではないものの、深い森に包まれたこの層の北に離れたフィールドで、4人の少女が1匹のモンスターと対峙していた。

 

「ギシャアアアアアァァァァァァァ!!!」

 

「タックルが来るよ!左右に避けて!」

 

ユイの指示の直後に巨大な芋虫型モンスターが、その巨体をうねらせながら突進してくる。

それより早くノゾミとツムギ、カオリが左右に避け、それぞれの鞭と曲刀、片手戦爪のソードスキルを叩き込む。

 

「ギギャァァァァッ!!」

 

ダメージを受けてぶんぶんと胴体を振り回す。

牛や馬と同等とも思えるサイズにまで巨大化している芋虫は見るだけでも不快感が沸き立つが、それでも彼女らは怯まない。

 

「――ッ!糸を吐いてくるよ!」

 

「よっし、任せて!」

 

芋虫型モンスターの口がもぞもぞと動き、次の行動を予測したユイの指示に、ノゾミが指笛を吹く。

ピュウッ!と軽快な音に反応した芋虫型モンスターがノゾミへと注意を向け、直後に無数の糸が、散弾のようにばら撒かれる。それらに捕らわれれば巨体に潰されてしまうだろう。

最も、今のノゾミには数メートル先から放たれた糸はさほど脅威ではない。素早いサイドステップで回避し、弾かれるように肉薄していく。

 

「ギギィッ!」

 

チャンスと見たのか、芋虫型モンスターは巨体を武器にノゾミに圧し掛かろうとする。

その巨体に潰されれば、彼女のHPは半分以上削られるだろう――。

 

「せりゃあッ!」

 

――それより早く、ノゾミのソードスキルが芋虫型モンスターの胴体目掛けて《ディバルチャー》を放つ。吸い込まれるようにソードスキルが胴体に直撃し、鍔元まで深々と突き刺さる。突然の攻撃で芋虫型モンスターに一瞬のラグが生じる。

そしてカオリの体術スキル『水月』を芋虫型モンスターの腹の部分に当たる場所に蹴りを叩き込み、追撃にツムギが鞭のソードスキル『スラップ』の直後にユイの投剣スキル『シングルシュート』が横っ腹に命中。3人のコンビネーションでぐらりと体勢を崩す。

 

「たあぁぁーーーッ!!」

 

すかさず、ノゾミの追撃が炸裂する。

ステップインから回転斬り上げの『デウォート』。上段から下段へ、三日月を描くような斬撃『ダブルムーン』。左右の斬り上げと斬り払いを繰り返し、斬撃のエフェクトが円を描く『ダルード・ルーネイト』。

3連続のソードスキルを受けては流石にひとたまりもない。断末魔のような悲鳴を上げると、ポリゴン片となって消滅した。

 

「ツムギちゃん、どう?」

 

「えっと……あ、ありました!11個目の絹糸です!」

 

リザルトウィンドウに目を通すと、目当ての素材である『上質な絹糸』を手に入れたことを確認する。

今までと合わせて3つのアイテムを確保。

 

「さて、これで後は『グレイウルフの皮』を今日は5つです」

 

「うぅ……結構ハードね。服の素材集めってこんなに苦労するものなの?」

 

「だらしないですよノゾミさん。服飾関係に限らず、生産系の準備にも結構体力がいるんです。素材持ち込みってのもありますが、ストックくらいは持っておかないと」

 

「ツムギの言う通りさ~。私も25層まで攻略ばっかりだったし、こういった採取系は気を張り詰める必要も無いからちょっと気に入ってるよ~」

 

「あなたのは単にストレス発散したいだけでしょう?」

 

まだまだ素材が必要となる現実にノゾミは思わずその場にへたり込む。ツムギの素材収集にはかれこれ3日前から付き合っており、これまでに『クラウディウールの綿』が16個、先程の『ラージキャタピラー』から取れた『上質な絹糸』が11個。

残りは昨日狩りに行った『グレイウルフの皮』が5枚。それをドロップする『グレイウルフ』の群れは、23層か28層に生息している。しかし、ノゾミ達の現在の平均レベルは26。28層はおろか、この20層でも主街区付近での活動がやっとのレベル帯である。

 

「あ、待って。もうポーションのストックが尽きそうだし、一旦お昼も兼ねて休憩する?」

 

「賛成~。もうへとへとだよ~……」

 

「こんなんでアイドルなんてやってられるんですかね?」

 

弱音を吐くノゾミだったが、彼女へのツムギの皮肉に、思わず言葉を詰まらせるのであった。

 

 

 

 

20層でのアイテム収集に一区切りをつけ、主街区へと戻ってきた一行。

道具屋で不要なアイテムを売り払ってポーションを買い込み、レストランへと向かおうとしたユイがある一行を目撃する。

 

「あれは……キリト君?」

 

彼女らが向かうレストランとは別の通りへと向かったプレイヤー達の中に、黒コートの少年を見かけた。

が、そこに待ったをかけたのは元攻略組のカオリだ。

 

「ちょっと待ってよ。最前線はもっと上(ゆくうぃー)なはずだよ~。なんでこんな所にいるんさー?」

 

「た、確かにようだよね。見間違いだったかな……?」

 

「なら見に行ってみますか?」

 

「おぉ、それは賛成さ~」

 

さらっと告げたツムギにカオリも納得したようにポン、と手を叩く。

 

「え?でも大丈夫なの?」

 

「似た装いの別人だったらまだしも、もし本人だったら文句の一つでも言ってやりますよ」

 

「私も面白そうだし、行ってみるね~」

 

そう言ってツムギはカオリを連れてキリトらしき人物が向かったであろう街道の通りへと向かっていった。

一足先にレストランに入店した2人は、窓辺の席へと案内された。そこの椅子に座るとすぐには料理は注文せず、提供された飲み水を飲みながらツムギとカオリを待つ。

 

「……あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「なんか知らないスキルが出てきたんだけど……」

 

「スキル?」

 

通知と共にノゾミの目の前に突然現れたウィンドウをユイも覗き込む。

ウィンドウにはたった1行。『《連刃剣舞》の解放条件が全て満たされました。【十戒の寺院】のクエストが解放されました』とだけ書いてあった。

ノゾミは勿論、ユイもベータ時代でもそんなスキルを使ったプレイヤーがいた記憶はない。

 

「どうやって手に入れたの?」

 

「知らないわよ。水飲んでただけだったし、何が起きたのかわからなかったもの」

 

「条件は?少しはそのスキルが解るかも」

 

促されてウィンドウを操作すると、条件の記されたページを発見する。

その条件を目にした途端、2人は思わず言葉を失った。

 

「え?これが条件……?」

 

「まさか、その条件をノゾミちゃんが無意識に……?」

 

「いや……でもこんなの知らなかったわよ?」

 

「こういう類のスキルは、知らないうちに所得できるものが多いの。多分ノゾミちゃんも、このスキルの条件にあった行動をしていたから……ソロ限定なんて書いて無いし」

 

「う~ん……だったら、この情報を攻略組に売るってのは?」

 

「どうなんだろう?もし先着限定なら自分で、複数人で所得ができるなら情報を公開するってのはどうかな?もし条件だけなら所得した途端に出るだろうし」

 

「じゃあなんで私はここに着いた時に通知がきたの?」

 

余りにも特異なスキルに2人とも周囲に聞こえないようボリュームを絞って会話する。

そもそもEXスキルの解放される条件は様々で、曲刀の熟練度をある程度達することで解放される【(カタナ)】。2層に存在する特定のクエストをクリアすることで解放される【体術】など、今だ未開の地が多い。そもそもこのスキルの発動の条件が偶然そろっていたとはいえ、なぜクリアした瞬間に表示されなかったのか。公開しようにもその点をはっきりしなければ。

 

 

――コンコンコン。

 

 

「……ん?ツムギ達かしら。2人ともどうだっ――」

 

ふと窓からのノック音に思考を止め、窓のほうへと振り返る。

確かにノックしたのはツムギだった。

最も、2人が確かめに行った相手――昏い微笑を浮かべているキリトに襟首を掴まれながら涙目ながらに助けを乞うツムギとカオリという異様な光景だったが。

 

「「――――ッッ!?」」

 

半秒後、2人の悲鳴がレストラン中に響きわたり、店内にいたプレイヤー達はおろか、付近を通っていたプレイヤーすら思わず足を止めてしまうという事態が起きたのは言うまでもない。

 

 

 

 

「ったく、人様の昼食風景を覗き見なんてマナーが成ってないんじゃないのか?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「私からも謝らせて。もっとしっかり2人を止めてくれればよかったんだけど……」

 

「ああ、大丈夫ですよ。なんかキリトが一人で暴走しちゃっみたいで」

 

何とか落ち着いた2人は、キリトと共に彼が入団しているギルド【月夜の黒猫団】を誘ってレストランに招き入れた。

幸い彼らも食事前だったらしく、彼らも快く承諾してくれた。

 

「いきなりキリトがナイフ取ったと思ったら投剣スキルを使っていきなりそちの2人を捕まえたみたいで……」

 

「捕まえてって、あの投剣スキルを使った時の目は本気で殺す気の目でしたよ!?」

 

「あの時の目、本当に怖かったさ~……」

 

当時を語るカオリもツムギも、生きた心地もしない様子で追いかけたことを語りだす。

茂みに隠れて見張っていた2人だったが、突如キリトがナイフを持つや否や、茂みにナイフに投剣スキルを発動。彼女らの頬を掠めたと思いきや最初から知っていたかのように腰を抜かした2人を捕まえたという。そこからカオリが思わずレストランにいる2人の事を話してしまったらしい。

 

「ストーカーは褒められるものじゃないけど、キリトもそんなに殺気立つことも無いでしょ?」

 

キリトに怯える2人を宥めながら、彼に事情を促す。興味本位とはいえ反撃で本気で殺つもりで攻撃したのはやりすぎかもしれない。

するとキリトは苦い顔をしながら、嫌々と言った様子で語りだした。

 

「……4年位前、かな。その時の下校時間になって家に帰る途中に、決まって誰かの視線を感じていたんだ……獲物を狙うような、それでいて襲うことをせず、舐め回すような視線を」

 

(……今から4年前って、大体11歳くらいの時?)

 

――そんな年齢でストーカー?まさか?

ノゾミは内心信じられない様子だったが、黙ってキリトの話を聞くことに。

 

「親や教師に話をしても全く信じられず、大半のクラスメイトからは嘘吐き呼ばわりされて、孤立無援の状態になってな……その後でも舐め回してじっくり味を堪能しようって目線が2年間続いたんだ……。幸い、小学校を卒業したらその視線はぱったりと止んでな。あれほど安心したって気持ちは他にないかもしれない……」

 

キリトに掛ける声が見つからず、一気にレストランの――特にノゾミ達のいるテーブル付近――の空気が重くなる。当事者からすれば、ある種の地獄だっただろう。

話題を変えようと踏み込んだのは咳払いしたツムギだった。

 

「それで?そんなストーカー被害者さんがなんでこんな人達と一緒にいるんですか?」

 

「こんなって……俺らは【月夜の黒猫団】っていうギルドです。俺はギルドリーダーのケイタ。こっちがメンバーのダッカー、テツオ、ダッカー、ササマル、サチ。それから新しく加入したキリトです」

 

ケイタの紹介からユイたちも軽い自己紹介を済ませると、カオリが質問してきた。

 

「ところでさ、キリトって確かこうりゃ――」

 

カオリが口を出した途端、ライフル弾でも飛んできたかのような風圧を巻き起こして何かが突き刺さった。

持ち手が小刻みに震えるフォークがテーブルに突き刺さっていた。

 

「……プレイヤーがどんなギルドに入るかは本人の自由、ですよね?」

 

投げた張本人であるキリトは満面の笑みを浮かべていた。ただし、溢れるオーラは「事実を喋ったらぶった斬る」と語っているように見える。

これ以上下手に話したら殺される。そう感じた4人は話題を変えようと思考を巡らして……思いついた。

 

「ねぇキリト君、【十戒の寺院】について何か知ってることはない?」

 

「【十戒の寺院】?」

 

「確か10層の南にある寺でしたよね?そこに何かあるんですか?」

 

「え?あ、その……」

 

「ちょっとした観光だよ!商談に言ってた人達が話してたからそれで気になってね」

 

ケイタの一言にしどろもどろになるが、ユイのフォローで何とか切り抜ける。

 

「だったら昼食を食べ終えて行ってみる?」

 

ササマルの一言に【月夜の黒猫団】の面々も例のフィールドに興味深々だ。

その時、NPCウェイトレスが注文した料理を次々と運んでくる。

ひとまず、寺院の探索は昼食を済ませてからにしよう。

 

 

 

 

10層 南。

 

 

昼食を終えた一行は、すぐに10層の南へと向かった。

南へ南へ。歩くこと10分。先頭を歩いていたキリトが目的の場所を発見した。

 

「おっ、あれじゃないのか?」

 

石造りのインド調の寺院は、所々自生している苔や雑草はあるものの、人が住める程度に整備されている様子がある。それがまるで3階建ての建物のように、一番下の階に3つ、中段の階に3つ、最上段の階に2つ。計8つの扉がある。入り口を示唆しているようだが、それらはまるで侵入者を拒むかのように固く閉ざされている。

何と言うか……ノゾミとツムギ、ユイの初見の感想は『場違い』だった。この階層は三国志時代の中華と江戸時代前期を思わせる建物やモンスターが多い。この階層で石造りの寺院は案外場違いと思うのも無理はない。

 

「【十戒の寺院】……間違い無い、ここだ」

 

「ここに何かがあるんだね」

 

「何かって言っても、なにも無いですよ?だってここ、攻略当時はうんともすんとも言わない場所だって言われてるし」

 

ダッカーが寺院の正面から見て右下の扉を押してみるが、動く気配はない。

この寺院は攻略当初から全ての扉が固く閉ざされており、【ALS(アインクラッド解放隊)】や【DKB(ドラゴンナイツ・ブリゲート)】を中心に色々試してみたものの、結局開かれることは無かった。攻略組はこの寺院に関しては運営のバグか何かと判断し、それ以降この寺院を訪れる者はいなくなった。

 

「ひょっとして、アルゴさんが言ってたことと関係あるのかも……」

 

「アルゴが?」

 

「うん。なんでも試練の失敗っていう死因が刻まれたプレイヤーがいるって……」

 

このことに気付いたのは、【MTD】の一人だった。ふと【生命の碑】を見てみると、最近死亡したプレイヤーの中で、死因が『試練クエストの失敗』と記されていたプレイヤーがいたのだ。それも一人だけでなく、調べてみたら3人はいたらしい。

他のプレイヤーにははっきりと死亡原因が記されているはずなのに、このプレイヤー達は妙にあやふやな死因に誰もが頭を捻った。アルゴもこの原因については見たことが無いと口にしており、結局は答えも見つからず放置していた。

その後も【月夜の黒猫団】と共に寺院を調べまわっているが、どの扉も固く閉ざされ、うんともすんとも言わない。

 

「何にもないわね……えっ?」

 

中段の階を調べていたノゾミが扉に手を掛けた瞬間、からりと軽い音を立てて開いた。引き戸式だった。

他の誰の手でも開くことの無かった扉が、ノゾミが触れた途端に開いてしまったのだ。

 

「どういうことだ……?」

 

「俺らが調べてもなんともなかったのに……」

 

「他は……駄目ね。こっちは私には開けない」

 

試しに他の扉を調べてみるも、ノゾミが触れた扉以外の扉はどれも同じように固く閉ざされ、全く反応は無かった。

 

「一体何があるんだ?」

 

剣を引き抜いたキリトがゆっくりと扉に近づいていく。

残り1メートルにまで近づいた途端、唯一開け放たれていた扉がガシャンと激しい音を立てて閉じた。

急に閉じられた扉に驚きつつも扉をこじ開けようとするが、再び固く閉ざされてうんともすんとも言わない。

 

「この扉、ノゾミ以外を通さないのか?」

 

「えっと……あ、開いた」

 

キリトが離れて再びノゾミが扉に手を掛けると、再び軽い音と共にすっと開け放たれた。

キリトはノゾミに視線を向けると、彼女は頷き、曲刀を抜いてゆっくりと扉の奥へと向かっていく。

 

同時にその姿を見たユイの脳裏に、嫌な予感を感じた。

条件を達成した直後にノゾミにメッセージウィンドウが届かなかったのは、誰かがこの寺院での試練を受けていたとしたら……?

その試練に失敗した先が、確実な『死』だったら……?

 

「ノゾミちゃん、止まって!」

 

「え?」

 

振り返った途端、まるでハエトリグサが獲物を食らうかの如く扉を閉ざした。

 

「え!?ちょ、ノゾミさん!?」

 

「おいどうした!?ノゾミ、返事しろ!おい!!」

 

突如閉ざされた扉を叩いて声を張り上げる一行。

次の瞬間だった。

 

 

「いやああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

――!?

 

 

「い、今の悲鳴ってノゾミさんの……?」

 

突然の悲鳴に全員が凍り付く。

まるで内部に彼女の手に負えないようなモンスターが現れたような――。

 

「ノゾミ!どうした、返事をしろ!!おい、聞こえてるのか!?」

 

どんどんと激しく扉を叩くが、当然の如くビクともしない。

 

「下がって!」

 

その時、カオリの右手――片手戦爪が光を宿す。次の瞬間、左薙ぎ2連から斬り下ろし、そこから勢いを乗せて飛び、勢いを乗せた回転斬り落とし『アズーレス』。

普通の壁なら今の攻撃で破壊できずとも、亀裂は入ったはず……。

 

「……!?」

 

が、煙が晴れた先には傷一つ付いていない扉だった。

 

「こンの……ッ!」

 

「よせ!《破壊不能オブジェクト》は破壊できない!」

 

「破壊できないって……助けられないって事!?」

 

《破壊不能オブジェクト》――。

基本的に建物やダンジョンの壁や床などにはどんな攻撃を受けても傷一つつけることができないようシステムで保護されている。

この扉が開かない以上、外からの救出は……。

その間にも扉の奥からノゾミの悲鳴が断続的に続く。

 

「ノゾミ!聞こえるか!?ノゾミ!!」

 

「何よ!?こっちは急にモンスターが出てくるし閉じ込められるし、転移結晶も使えないしでもうわけわかんないわよ!!」

 

「転移結晶が使えないだと!?」

 

転移結晶はいわばプレイヤーの命綱だ。ポーチに一つ以上ストックしておけばダンジョンやフィールドから園内村へと一瞬で移動できる。非売品でモンスタードロップに頼るしかできないのが玉に瑕である点を除けば、常備しておきたい優秀なアイテムだ。

それが使えないということは、既にノゾミは自発的な脱出が不可能な状況に追い込まれているという事に相違無い。

 

「良いから落ち着け!いいか、この門を開けるにはその中で起きてるクエストをクリアするしかない!そこで敵の情報をできる限り伝えてくれ!」

 

「伝えてくれって、こんな訳分らない状況で伝えるも何もないよ!!」

 

扉の向こうのノゾミは完全にパニックに陥っている。声からしてモンスターか何かに襲われているのは解るが、全く見えない状況でアドバイスを送るには、彼女からの伝言に頼るほかないが、当の彼女を落ち着かせなければそれもままならない。

 

「ノゾミちゃん!落ち着いて!」

 

「なんなのよユイまで!?こんな状況で落ち着ける訳無いでしょ!?今にも殺されそうなのに!!」

 

「じゃあユナさん達との約束はどうするのよ!?」

 

 

 

 

ノゾミはパニックの渦中にいた。

バスケットボールコートほどの広さになっている寺院の中に入った途端扉が閉まって閉じ込められ、2メートル台の仏像のような人形《The Trial Statue:Saber(試練の仏像:曲刀)》が曲刀を手に襲い掛かってきた。

ソードスキルを放つ仏像人形に何度も攻撃を当ててみるも、全て障壁に弾かれてしまいダメージを与えられない。攻撃を受けないモンスターについにはパニックを起こしてしまう。

今ノゾミのHPは3割削られているが、仏像人形は全くと言っていいほどの無傷である。

殺される。確実に殺される――。

そんな最悪の結末がよぎった瞬間だった――。

 

「じゃあユナさん達との約束はどうするのよ!?」

 

ユイの言葉にノゾミは水を被ったように我に返った。

そうだ。次に会った時にライブを一緒にやろうと約束したのだ。

――死にたくない。

約束を果たしたい。

叶えたい夢がある。

 

「死んでたまるか……!こんな所で……!」

 

嗚咽のように漏れ出た声と共に、パニックに陥った頭が自然と冷えてきた。

扉越しとはいえ仲間がいる。声が届くなら情報を提供できるかもしれない。

 

「……相手の武器は曲刀。ソードスキルも使ってくる。バーの所に数字が出てて、今は1って表示されてる。攻撃は障壁に弾かれるわ」

 

「……数字?その数字の増減の条件はなんだ?」

 

「まだわからない。とにかく逐一伝えるから、早く攻略方法を教えて!」

 

ノゾミが話している間にも、仏像人形は止まらない。ソードスキルを織り交ぜながら攻撃を続けていく。

その攻撃の最中、曲刀ソードスキル《セレノ・グラフィー》を放とうとした仏像人形に、咄嗟にノゾミも曲刀ソードスキル《ダンス・マカブレ》を放つ。

斬り下ろしと斬り上げ、2つの剣がぶつかり合い、互いにソードスキルが失敗する。

先に硬直の解けたノゾミの斬撃がヒットした時、仏像人形に変化が現れた。

 

「!!キリト、HPが削れた!数字も無くなってる!」

 

「本当か!?」

 

「それに、硬直も長い!」

 

数字が無くなった直後に攻撃を受けて、初めてHPが大きく減少した。硬直も通常より長く、明らかに大きな隙となっている。

 

「……ノゾミ!ひょっとしたら攻略の糸口がつかめたかもしれない!」

 

「本当!?」

 

「とはいえ、とんでもない無茶ぶりを要求するけどな……」

 

キリトの言葉に思わず眉を顰めるノゾミ。聞き返す間も無くキリトはとんでもない事をノゾミに告げた。

 

「ノゾミ、奴の攻撃を死ぬ気で避け続けろ」

 

「……はぁ!?それってどういうこと!?」

 

「そのモンスターはお前が攻撃を受けた回数だけダメージを無効化してるんだ!弾くか避けるかしてカウントを増やさないようにしなきゃ倒せない!」

 

「そうさせないために攻撃を避け続けろっていうの!?」

 

キリトの憶測は当たっていた。

《The Trial Statue:Saber》のシステムには『相手の攻撃被弾数に応じた被ダメージの無効化』、更に『《投剣》、《チャクラム》に分類するスキルのダメージを無効化』というスキルを持っている。

試練を受けるプレイヤーが攻撃を受ければ受けるほど討伐の可能性は低くなり、次第に追い詰められたプレイヤーは混乱に陥って消滅の道を辿る。代償に防御力は低く設定されており、弾きなどによる体勢の立て直しまでの時間も若干長く設定されている。

このとんでもない初見殺しの攻略方法はただ一つ。回避と弾きを繰り返して倒す他無い。

 

「やってやろうじゃない……」

 

本来ならノゾミはこんな初見殺しクエストは御免被りたい所だった。しかしその退路は既に閉ざされていて逃げられず、正面の敵を倒すしかない。

この試練を突破しない限り、生きて約束を果たせない――。

命を懸けた死の舞踏の幕が上がる。

 

 





次回「《連刃剣舞》」
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