プリンセス・アート・オンラインRe:Dive   作:日名森青戸

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(・大・)<ええ、ようやくここまで来ました……。

(・大・)<オモイカエセバナガカッタ……



「プリズン・ブレイク:前編」

 

「プリズン・ブレイク:前編」

 

 

10月16日。《始まりの街》。

 

 

「みんなーっ!ありがとー!」

 

すり鉢状の観客席が広がる野外劇場のステージから、ノゾミが満面の笑顔で声を張り上げる。

が、返ってきたのは、まばらな力無き拍手だった。ステージを見に来たプレイヤーの全体から見れば圧倒的に少なかった。

 

「……」

 

静寂にノゾミの笑顔もだんだんと薄れ、沈黙のままステージから降りる。

気まずいほどの沈黙の理由はノゾミもよく知っている。

2ヶ月前に結成を宣言した殺人ギルド【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】。彼らの人数はまだまだ少ないが、プレイヤーキル――実際の殺人を宣言し、宣言前の《挨拶》で十数人ものプレイヤーを手に掛けた。

まだ本格的な活動はしていないとはいえ、彼らに出会うことを極端に恐れ、または『園内に居れば安全』と考えたプレイヤー達が声を上げたので一時期は園外への外出がほぼゼロになったという。

次は自分の番かもしれない。そんな恐怖の中では、ライブを楽しむ余裕なんてあるはずがなかった。

 

(……私じゃ、ダメなの……?)

 

ライブを行っても、観客たちのリアクションはノゾミを胸の内に空虚な感情に包まれた。

ライブをしてくれた自分に失礼のないよう取り繕った笑顔と拍手。けど、表情からは明らかに無理に取り繕っている。

この2ヶ月で行われたライブは、ノゾミが今までに応じたライブの中で最も虚しい結果になってしまっている。

そんな時だ。メッセージ受信のアラートが鳴り、ウィンドウからメッセージを開く。

 

「……ユナ?」

 

ユナから少し話がしたいとメッセージが届いたのだ。それには待ち合わせ場所も指定しており、この後の予定の無いノゾミは一言ギルドに連絡を入れるとその場所――48層主街区《リンダース》の喫茶店へと向かう。

 

「ノーチラスが2軍落ちですって?」

 

「うん……こっそり聞いちゃってたんだ」

 

呼び出した人物、ユナは表情から見て取れるように元気が無かった。

 

「それで、エーくんがNFCを患っていたってのも知ったのよ」

 

「は?えぬ……ぴー、しー……?」

 

聞いた事の無い言葉に目を点にして首を傾げる。

その返答に呆れたユナは首を横に振って訂正する。

 

「違う違う。フルダイブ不適合症状発症者(ノンフルダイブ・カンファレンス)の略よ。視界がぼやけ気味になったり、声を出せなくなったりとかって奴よ」

 

「な、なるほど……流石重村教授の娘さんね」

 

ユナの話によると、ノーチラスのNFCはまだはっきりしていないが、彼と共に訓練をした団員達の証言を基に彼女が独自に推測したところ、『恐怖に関する感情感知の突出によるアバターの硬直』らしい。

彼は訓練でも度々その症状が発症し、同行していたプレイヤーに迷惑を掛けていたそうだ。その話を聞いた副団長補佐のアスナが団長であるヒースクリフに相談。その結果が2軍落ちということだ。

攻略組から見れば、彼は「ただの腰抜け」と罵るプレイヤーもいるだろう。しかし、ノゾミからはそんな言葉は出てこなかった。

 

「……案外、彼の感性は私達寄りなのかもしれないわね」

 

「え?」

 

「だってそうじゃない?いきなりこんな目に遭って、攻略していこうなんて早々思いつく人なんていないわ。自分のことで頭がいっぱいになるし、そのまま一生帰れないって勝手に決めつけて……自殺した人だっている」

 

ノゾミの脳裏に浮かぶのは、あの日に鋼鉄の城から身を投げ出した名も知らないプレイヤーの後ろ姿だった。

助けられたかもしれないのに、救うことができたかもしれないのに……救えなかった。小さくなっていき、そして消滅した姿は今でもはっきり覚えている。あの時点で、現実のどこかにいる名前も知らない誰かの命が絶たれてしまったと実感してしまったという自分の心理状態も。

存外、【ゴスペル・メルクリウス】の活動理念もその時の失敗を二度と繰り返すまいという、信念の炎が今も燃え盛っているのかもしれない。

 

「……ひょっとしたら、私達のギルドにいたほうがよっぽどマシな結果になっていたのかも」

 

「そうかもね。けどエーくん、『君を絶対に死なせない』って言ってたから、責任を感じて自分の手で私を現実に戻したかったのかも」

 

「あんの頑固者め。昔っから変に頭の固い所があったわね」

 

「あはは。確かにそうかも。あーなんか久々にノゾミと話ができてすっきりしたわ。ありがとう」

 

それから2人は昔話に会話を弾ませて、気が付いたら午後の2時になっていた。

 

「うわっ!もうこんな時間!じゃあ私、そろそろギルドに戻るね!」

 

「――ユナ」

 

料金を払って足早に喫茶店を後にしようとした時、ノゾミが不意に声を掛けてきた。

 

「何かあったら遠慮しないで相談してよね」

 

「……ありがと」

 

その一言だけを聞いたノゾミは頷き、走り去るユナの背中を見届けるのだった。

 

 

 

 

 

翌日の夕刻。40層《ジェイレウム》。

 

 

今回の商談は、主街区から出ないとはいえ危険な場所だ。

何せ現在の攻略階層は40層。°つまり、攻略組が攻略の真っ最中の層である。今回は場所が場所であって絶対に園外に出ないようウィスタリアも出発前には釘を刺していた。

 

「最前線用のポーションを幾つか購入したいって言うのは初めてですね」

 

攻略組からの交渉は初めてだったが、相手もそれほど高圧的ではない。下層域の【ゴスペル・メルクリウス】に属する商人プレイヤーでも気兼ねなく話ができそうと商売に出るプレイヤー達に余計なプレッシャーを与えないよう、向こうも配慮したらしい。【風林火山】も人当たりが良い事は事前に聞いている。

今日は販売交渉の後、この層の宿屋で一泊。午前10時まで物資調達を兼ねた市街地探索。そして10時に帰還という流れだ。

 

「相手は【DKB(ドラゴンナイツ・ブリケード)】から名を改めた【聖竜連合(DDA)】と、【風林火山】の方々ですわ。いつも通りの取引をしていれば失敗はありませんから、無駄に緊張なさらないように」

 

見渡せば、緊張で身体が強張っている商人たちの緊張をほぐそうとウィスタリアが声を掛ける。

その言葉でいくばくか緊張がほぐれたのか、商人たちの表情も柔らかなものとなる。

 

「さあ。まずは【聖竜連合】の現本拠地へと向かいますわよ!」

 

「その前にウィスタリアさん、指した方向が反対ですよ?」

 

明後日の方向を指したウィスタリアをぐるりと反転させ、チカが訂正した。

 

 

 

 

夢を見ていた。どこまでも暗く、どこまでも広い中、立っていた。

何かが正面に見えていた。小鬼と3メートル台の鬼が群がっていた。

音がした。何かを硬いもので殴っているような、そんな鈍くて、生々しい音。音は、鬼たちが群れている所からした。

嫌な予感がした。一刻も早くその場所へ向かいたかった。

できなかった。目の前に突然、鉄の棒が何本も降りて私の道を阻んだ。

見てしまった。鬼の群れの中に誰かがいた。白い団員服に、吟遊詩人のような風貌の女の子――。

もう動かない、虚ろな目をした女の子――。

 

 

 

 

「――ユナッ!!」

 

ガバリと起き上がったノゾミが見たのは、最早見慣れた自室だった。

呼吸を落ち着かせて周囲を見渡すと、40層の宿屋の一室だった。隣にはウィスタリアが未だ熟睡しているように緩やかな寝息を立てている。

 

「ゆ……夢……?」

 

もし今のが現実の出来事だったのなら、今頃体中汗でぐっしょり濡れていたことだろう。

それにしても嫌な夢を見た。まるでユナが死ぬような……。

 

「……」

 

夢にしては生々しい。すぐに忘れたい気分だ。

しかし残念なことに、その夢はそう易々と消えてたまるかと言わんばかりにくっきり鮮明に覚えている。

こんなにも憂鬱な気分は初めてだ。さっさと朝食を食べてこの気分を払拭してしまおう。そう思い至ったノゾミはそそくさと着替えを済ませて宿の部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

「なりませんわ」

 

起きて早々ウィスタリアに直談判した結果がそれだった。

 

「ばっさり言ってくれるわね……まぁ、こっちも大概予想してたとはいえ」

 

「当然ですわ。私達の目的は生活や攻略の支援。最前線にギルドメンバーを送り込む訳にはいきませんわ」

 

ウィスタリアの言うことも最もだ。

現状、攻略の最前線は【血盟騎士団】を筆頭にした時は死傷者ゼロで進んでいったが、それでも危険はつきものだ。それも、ノゾミが経験したことの無いレベルの。

 

「大体、アナタたちのレベルでは厳しいのではなくて?」

 

2回目の指摘に再び言葉を詰まらせる。

現状、彼女の正確なレベルは38。最前線で戦うには心許ないのは言うまでもない。

オマケにノゾミは居残り組の住む始まりの街ではちょっとした有名人。そんな彼女が最前線で死んだとあれば、居残り組のプレイヤーが受ける精神的ダメージは計り知れない。それこそ、デスゲーム開始直後のような飛び降り自殺を実行するような凄惨な事態になりかねないし、ウィスタリアも、再びそんな状況をノゾミ抜きでは自分でも不可能と語る。そうなってしまえばウィスタリアからすれば詰み同然。

100歩譲って生き残れたとしても、見たことの無いスキルを使った際には様々な情報屋やプレイヤーに詰め寄られる可能性も否定はできない。

それらを考えると、彼女を最前線に出しても、デメリットのほうが高すぎるのだ。

 

「そのノーチラスさんやユナさんと言う方の為に、わざわざ攻略に出る必要性は無いのですよ。相談に乗るだけならまだしも」

 

「……」

 

ド正論ばかり並べられて、ノゾミは返す言葉すらない。

 

「兎に角、こちらも仕事があるのでその話はこれでおしまいにしましょう。そのスキルは、きっともっと別の場所で使う時が来ますわ」

 

「……はーい」

 

渋々、ノゾミも問答を終わらせる。その表情は、決して晴れやかなものではなかった。

 

 

 

 

街の散策を兼ねた物資の補給は、ノゾミからすれば商人プレイヤー達による自由行動であり、ノゾミにとっては手持ち無沙汰な時間である。

観光にしても、牢獄のような街並みは気分を萎えさせるには十分だった。先に転移門に行って待っていようかと思っていた矢先、転移門から次々とプレイヤー達が転移してくる。

 

「な……なんなのいったい?」

 

思わず近くの樽の影に隠れたノゾミ。陰から様子を伺っていると、全員切羽詰まった様子だ。一瞬ノゾミは攻略組と鉢合わせたのかと思ったのだが、人数とメンバーを見てそれは違うと判断できた。

 

(ユナとエイジ……じゃなかった。ノー……チラス、だっけ?あの2人がいるって事は攻略じゃない……でも、なんで?)

 

「……だ……牢獄……」

 

「……早く…助け……殺され……」

 

何やら彼らは会話――と言うより簡易的な説明を行っている様子らしい。

聴覚を集中させてその会話を聞こうかと試みるも、断片的なワードしか出てこない。

 

(……えーっと。これってつまり、誰かが牢屋に捕まって外に出られないのを知って、外にいるプレイヤー達とその人を助けに行くって事でいいんだよね?でも、キリトやアスナさんの姿はない……場所は迷宮区じゃないって事?)

 

断片的なワードを組み立てて推測はしてみる。

つい数日前にユナの口からノーチラスが2軍落ちしてしまったのを聞いて、攻略とは無関係だということは理解できた。それに今朝は大体的な人数が園外へ向かっていく所も目撃したのでその線は無い。

あれだけの大人数で『牢獄』と『殺され』、そして『助け』の3ワード。考えを巡らせているうちに、一行が園外へと足早に駆け出すのが見えた。

 

「あっ……」

 

普通なら我関せずと流していただろう。だがノゾミにはまだ一抹の不安が残されていた。

 

――もしあの夢が、現実になってしまったら?向かった先で、彼女が死んでしまったら?

 

ぐるぐると渦巻いていた不安はノゾミの手を無意識のうちに動かし、メッセージを記していた。

やがて一文を書き記した紙に飛ばされないように重石を乗せ、集団の向かう先へと駆けだしていった。

 

 

 

 

駆け足で目的地へと目指す集団を追いかけるノゾミ。道中モンスターが現れても彼らは無視して突き進み、ノゾミも必死になって回避を続けて前を進む集団に食らいつくように後を追いかけて、やがて正面に巨大な監獄のような建物が見えてきた。

一行はそのダンジョンに乗り込み、道中はモンスターの邪魔も入らず速度を落とすことなく進んでいく。最奥部前が見えてきて、集団鉄格子が上がり、次々と部屋に入っていく。

鉄格子が閉じる直前、ノゾミがヘッドスライディング滑り込む。ガチャンと鉄格子が後ろで再び出入り口を塞いだ。身体を上げると、10人以上のプレイヤーが呆然とこちらを見下ろしていた。

 

「……セーフ」

 

「のッ、ノゾミ!?なんでここに!?」

 

「あ、あはは……なんかあると思ってついてきちゃった」

 

「お、思ってって……」

 

乗り込んできたノゾミに、ノーチラスもユナもあんぐりと開いた口が塞がらない様子である。

だがすぐに頭を振って気を取り直すと、目の前の顔面を布で覆い隠した鬼人型モンスターの群れが残らずこちらに顔を向けている。直後に敵と認識したのか、武器を構えて唸り声をあげる。

 

「……話は後だ!今は救出を優先するぞ!」

 

ノーチラスの一言でノゾミを含めた全員が戦闘態勢に入る。

 

「戦闘……開始ッ!」

 

 






次回「プリズン・ブレイク:後編」
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