プリンセス・アート・オンラインRe:Dive   作:日名森青戸

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前回までのあらすじ

ある時、ノゾミはユナからノーチラスが2軍落ちしたことを知らせる。
その翌日、ノゾミはユナが死ぬ夢を見てしまう。現実味を帯びていて気がかりになっているノゾミは直談判するも、ウィスタリアに一蹴されてしまう。
渋々自由時間を過ごしていると、ノーチラスとユナを含んだ集団を見かけ、その集団と共に40層のフィールドダンジョンに突入した。



(・大・)<連続投稿です。


※あとがきを修正しました。


「プリズン・ブレイク:後編」

40層:主街区《ジェイレウム》

 

 

「そっちは見つかりました?」

 

「いいえ、まだ見つかってません」

 

「こっちもだ」

 

転移門広場では、ウィスタリア達が姿を現さないノゾミを探していた。

既に時間は帰還する10時をとっくに過ぎており、それでもノゾミの姿は見えない。

今現在辺りを探しているものの、全く見当たらないのだ。

 

「……あら?」

 

ふと、チカがゲートの隅に置かれている石に敷かれたメッセージの紙を見つける。

それを拾い上げ、内容を見たチカはさっと顔を青ざめた。

 

「うっ、ウィスタリアさん!ここ、これ……!」

 

「どうなさいました?」

 

ガタガタと震えながらウィスタリアにもそのメッセージを渡す。

そのメッセージには『ごめんなさい。私行きます』という簡素な一文が添えられていた。

 

「ま……まさか……!」

 

その意味を知ったウィスタリアも、普段の赤尽くしの衣装とは正反対に顔を蒼くする。

周囲がその様子にどよめいていると、すぐにウィスタリアが彼らに指示を飛ばした。

 

「皆さん!すぐに攻略組や上位ギルドに連絡を!大急ぎで!」

 

その言葉に、プレイヤー達は弾かれたように散開していく。

 

「でも、大丈夫なんですか?3時間っていうと、まだ攻略の真っ最中のはずなんじゃ……」

 

「確かにその可能性はありますわ。けど、このまま手をこまねいていては、助けられるものも助けられませんわ……!」

 

視線を落とすと、ウィスタリアの手がいつの間にか力強く拳を握っていた。現実であれば、爪が掌に食い込んで血を流しているだろう。

 

(ノゾミさん……どうか、無事でいてください……!)

 

この場にいないノゾミの無事を願う。

今のチカには、それ以外できない自分を嘆きながら願った。

 

 

 

 

40層:フィールドダンジョン内。

 

 

事の発端は、フィールドダンジョンに閉じ込められたパーティの1人が救助を要請したことから始まった。

最悪なことに、その日は攻略組のフロア攻略と重なってしまったのだが、大型ギルドから2軍メンバーなどをやりくりして人員を何とか10人そろえることができた。

ノゾミが合流したのはその集団であり、取り残されたパーティも加えて、現在は計16人となった。

そして西門を出て8分、ダンジョン最深部の戦闘開始から8分もの時間が経過。

ダンジョンボス『フィーラル・ワーダ―チーフ』のHPは救助隊の勢いの前に、ついにレッドゾーンにまで差し掛かった。

 

「行ける……!」

 

ノゾミも雑魚敵の処理と言う役割を任せられ、着々と取り巻きモンスターを倒していく。

遠目から苛烈な勢いでHPを削るノーチラス達を見て、討伐に至れるのではないのかと確信した。

 

 

 

――ガゴン!

 

 

 

その確信は、数秒で砕かれた。

HPが赤に差し掛かった途端、抑えていた者とは異なるモンスターが現れた。その数――15体。

20体ものモンスターの群れは1パーティではとても対応しきれない。すぐに数に圧され、雑魚敵を処理したパーティの陣形が崩れだした。

 

「ダルルァ!!」

 

取り巻きモンスターに気を取られていた間にボスの大振りの両手斧の攻撃が繰り出される。

直撃は免れたものの、雷のようなマークが出たプレイヤーの様子がおかしい。距離を取らなければならない状況なのに、動こうとしない。

 

「ちょっと、どうしたの?」

 

「ありゃ【麻痺】だ!600秒は動けないぞ!」

 

600秒――10分という長すぎる時間にノゾミは呼吸が止まる思いだった。

10分も行動不能になれば、モンスターからサンドバッグにされてしまうのは下層組でもすぐにわかる。

向こうも硬直しているが、すぐに動けるようになるだろう。

 

「ぐあっ!」

 

「沈黙をッ、喰らっ……!」

 

「今度は何!?」

 

湧き出た増援が放ったブレス攻撃を受けたプレイヤーの悲痛な叫びが不自然に途切れる。

今受けたのは状態異常【沈黙】。読んで字のごとく声を発せられない状態異常だ。

このSAOの中では【麻痺】に次ぐかなり厄介な状態異常の一つであり、結晶系アイテムが軒並み使えなくなるということに直結する。

【麻痺】に加えて大半のプレイヤーが【沈黙】。気が付けば討伐はおろか、逃走すら絶望的な状況に瞬く間に追い詰められていった。

 

「や……ヤバいんじゃないの、これ……?」

 

脱出したくても開閉レバーの周りには陣形が崩れた傍から抜け出たモンスターが陣取り、転移結晶も【沈黙】で使えない。【麻痺】しているプレイヤーはそもそも動くこともままならない。

攻略組ほどの場数も経験も無いノゾミからすれば、突然現れた絶望に思考停止に陥りかける。

 

(……私、死ぬの?ここで?)

 

思わずファルシオンが手から滑り落ちそうになる。

目の前には覆しようのないモンスターの数。猛威を振るうボスモンスター。ロクに動けないメンバー達。

この状況を絶体絶命以外のなんと呼称できるのか。

 

その時だった。一人の剣士ばかりのパーティの中で、唯一吟遊詩人風のプレイヤーが飛び出したのを目撃したのは。

 

(ユナ……?)

 

集団から離れつつ、歌うユナ。こんな状況とは不釣り合いな済んだ歌声が響き渡る。

歌が続くにつれ、取り巻きモンスター達が次第に歌につられるようにゆったりとした歩調で歩き出す。

 

「え?何?何なの?」

 

「た、助かった……?」

 

次々とモンスターがユナへと集まっていく。

まるでユナがボス以外の全てのモンスターのヘイトを集中させたかのように――。

 

「…………ま、まさかッ!?」

 

《歌唱》の中には、自分や味方への強化支援を持つ効果のほか、相手に与える弱体化効果なども持っている。上位派性の《吟唱》ともなれば、範囲も効果もさらに上を行くだろう。

そして今、ユナが使っているのは敵モンスターのヘイトを集中させるスキルだ。その対象は、スキルを発するプレイヤーやアイテム。この場合――ユナ自身が対象となる。

同時に戦慄する。今ユナがしようとする行動に。

 

「自分を……犠牲に……!?」

 

その方法ならノゾミを含めたメンバーは助かる。だが同時に、確実にユナは死ぬ。

止めろと叫ぼうにも、友を喪うかもしれない恐怖と絶望に染まった彼女の口から声が出てこない。次第にユナの周囲に集まって来たモンスターが、彼女に攻撃を仕掛けてくる。

 

――駄目。やめて。あなたが死んじゃうよ。

――誰か助けて。ユナを止めて。

――お願い死なないで。約束はどうなるの?

――どうしたらいいの?どうすれば助けられるの?

 

パニックに陥る頭でぐるぐる思考が巡る。視線が下を向き、ふとファルシオンが視界に入った。

 

――これが……これがあれば、ユナを助けられる?

 

「――おい!どこに行く!?」

 

プレイヤーの声で気が付いた時には、既にユナの元へと駆けだしていた。

何故ノゾミがこの行為に走ったのかは、彼女自身わからなかった。無意識だった。ユナを失いたくないという思いだけが彼女を突き動かしていた。

群れまで4メートル。その時点で《ディパルチャー》を放つ。ユナを囲んで攻撃していたモンスターの1体の背中に命中し、同時に攻撃を受けたモンスターと一部のモンスターのノゾミに気が付いて振り返る。

 

「ノゾミ!?どうして――!?」

 

「どうもこうもないよ!!なんで自分から死のうとするの!?」

 

困惑するユナにノゾミは一喝で黙らせる。

その間にも群がる取り巻きモンスターに範囲攻撃の《カットダウン・シックル》を絡めたソードスキルで次々とダメージを与えていく。

 

「おい、どうする?」

 

呆けていたノーチラスに、オブトラが駆け寄る。

全滅の危機は去ったものの、まだボスは健在。ソードスキルの硬直も解け、再びプレイヤーを葬らんと咆哮を上げる。ボスを斃さない限り取り巻きモンスターは出続ける。

 

「――動けない奴らを後衛に下げて回復を急げ!終わったら前衛の半数――いや、3分の2はボスに集中攻撃!もう赤に入ってるからすぐに倒せるはずだ!残りは彼女らの助けに入るんだ!」

 

すぐさま我に返って指示を出しつつ、動けないプレイヤーを後方へと下げる。

そして自分も手を開いたり握ったりして、手の感覚を確かめると、「――よし」と頷き、ノゾミとユナのいるモンスターの群れに突撃する。

 

「ノーくん、もう大丈夫なの!?」

 

「大丈夫なわけないだろう!君は何をやって――」

 

必死に叫ぶノーチラスを他所に襲い掛かる取り巻きモンスターの1体が剣を振るい、話を中断させる。

 

「伏せて!」

 

ノゾミの声でノーチラスやユナを含む、取り巻きの掃討を担当するプレイヤーが一斉に伏せる。

普通なら自殺行為に等しい行動に、取り巻きモンスターの1体が最上段から振りかぶって剣を振り下ろそうとして、がら空きの胴体を切り裂かれた。

 

「ハアアアアアァァァァァッ!!!」

 

《カットダウン・シックル》の3連撃。周囲のモンスターを纏めて切り裂いた。

攻撃に怯み、伏せていたプレイヤーが追い討ちに攻撃を仕掛け、倒していく。が、このダンジョンのボスの取り巻きモンスターはボスが顕在である限り一定の数以下になれば自動で増援が追加される。

現に、倒した傍から次々と鉄格子が上がった牢屋から湧き出てくる。

 

「グラアアアァァァ―――……!!」

 

その時、ノゾミ達の背後でボスの断末魔と弾ける音が聞こえてきた。同時に鉄格子が下がる。

 

「ボスを倒したぞ!!」

 

「後は取り巻きだけだ!」

 

「一気に潰してやれ!」

 

ボスを討伐したプレイヤー達が残る取り巻きモンスターへと向かう。

ここまでくればもう数の差なんて関係ない。士気が高揚したプレイヤー達を止める方法など、データの塊であるモンスターは持ち合わせていない。

程なく取り巻きモンスターが全滅し、ボス戦の終了を告げるかの如く鉄格子が上がるのだった。

 

 

 

 

無事死者0で終わらせた救出戦。しばし戦闘の疲弊を落ち着かせようと休憩している最中、どたどたと入り口のほうから足音が聞こえてきた。

襲撃を予感して武器を構えるが、正体を見てすぐに全員安堵に包まれる。

 

「おーい!みんな無事かー!?」

 

集団の先頭を走っていたのは攻略組ギルドのリーダーであり、昨日の交渉相手でもあった【風林火山】リーダーのクラインだ。彼に続き、ぞろぞろと12人近いプレイヤーが雪崩れ込んできた。

 

「あっ……」

 

同時にノゾミが声を漏らす。思わずユナの後ろに身を潜めるように隠れてしまう。

 

「――あっ、ノゾミさん!貴女、こんな所で何をやっていたんですのッ!?」

 

怒気を孕んだ声でノゾミに詰め寄ったのはウィスタリアだ。

 

「ごっ、ごめん!一応メッセは送ったんだけど……」

 

「それを見たからこうしてここに来ているんですのよ!」

 

「落ち着けよ。とりあえずお互いの事情を説明したほうが良いんじゃねぇか?」

 

「あ、じゃあ俺が説明を……」

 

詰め寄るウィスタリアを宥め、お互いの状況を説明することを提案したクラインに、救出されたパーティのリーダーが代表して説明に入った。

無論、ユナの行動やその後のノゾミの行動、そこから怒涛の追い上げなども一字一句洩らさずに。

 

「ノゾミさん……あなたって人は!!」

 

「ごっ、ごめんなさい!でも、あの時はユナを死なせたくない一心で夢中だったから……」

 

「だからって、貴女が死んだら元も子もありませんわよ!!」

 

事情を全て知ったウィスタリアが噴火した火山の如く怒号を上げる。

 

「おい落ち着けって。俺らはアンタらの連絡でフロアボス討伐から大急ぎでここに来たのに、先に行った連中は全員無事だったんだから良いじゃねぇか」

 

「……それはただの結果論です」

 

宥めるクラインに対して、ぴしゃりと言い放った言葉に思わず言葉が詰まる。

その声を発したのは、今まで黙っていたチカだった。

 

「チカ……?」

 

「幾ら幼馴染が死になせまいと死に物狂いだったとはいえ、上位プレイヤーや攻略組でもないプレイヤーが1人で戦うなんて。あまりにも、危険すぎたのではありませんか?もし万が一あなたが死ぬようなことになったとしたら、沢山の人々が悲しみます」

 

「それは……」

 

「それに、一番に頭を冷やすべきはユナさん。あなたです」

 

「えっ?」

 

「混乱の状況を解決する為に、自らの犠牲を前提としたヘイト集中のスキル。あなたのしたことは、傍から見ても無謀以外の言葉が見つかりません。なぜそんな馬鹿な真似以外の方法を思いつかなかったのですか?」

 

「でも、あの時はあれ以外方法が……」

 

「言い訳は結構です。もし本当に死んでしまったら私やノゾミさん、あなたのファンの方々だけじゃない。現実で生還を願う家族。慕っていた先輩や後輩。そして……彼の心に、それだけの多くの人々の心に、永遠に消えない暗い影を刻みこむ――。そういうことをしたのです」

 

チカからの言葉に次第にユナもノゾミも言葉を失っていく。周囲も彼女を止めようとする声すら上がらず、ボスエリアは沈黙で包まれる。

 

(この子、マジだ。マジで怒ってやがる……。人間感情を爆発させる奴より、こうして静かに起こるタイプのほうが、相当来るからな……)

 

それはつまり、チカが2人に対してどれだけ心配していたかに直結していた。肩を見れば、僅かに震えていて今にも爆発しそうな感情を言葉に変えて必死に押し殺しているのが分かる。

事実、クラインを含めた大人達もこの空気に言葉を発せられない。

だが、そろそろ説教を終わらせないといつまでも園外に居ては危険すぎる。

 

「ところで嬢ちゃん、さっきのは何だったんだ?」

 

クラインが口を開こうとした途端、救助メンバーの一人が横やりを入れてきた。

その相手、ノゾミはやはりかと言いたげに表情を曇らせる。

 

「なんだよ突然?」

 

「いや、この子の使ってた《連刃》が妙なことになっててな。普通は2回か3回くらいしか使えないのに、この子、見た感じ5回は連続で使ってたぞ」

 

興奮気味に語るオブトラに対し、クライン自身は今一ピンとこないのは無理もない。

彼が曲刀を使っていたのは10層までで、そこから手に入れた【刀】にロマンを感じて得物を曲刀から刀に変更。それ以前に剣舞系のソードスキルはあまり使った経験は無いし、《連刃》も使った経験は片手で数えるほどしかない。

だが、他のプレイヤーは剣舞系を使っていたらしいのか、オブトラ同様にノゾミからの答えを首を長くして待っている。いきなりそんなことを言われてもクライン自身に凄さは感じられなかったが、他のプレイヤーを見るからに相当強いスキルなのだろう。

 

「……曲刀専用スキル《連刃剣舞》。10層の寺院のクエストで手に入れたのよ。私達は(ハイパー)EXスキルって呼んでるわ。情報屋にもそのスキルは伝えたから、多分あるかもしれないよ」

 

その言葉に、ほとんどのプレイヤーが感嘆の声を漏らした。

試しにクラインも《連刃剣舞》という名前をスキルリストから探してみると、確かにその名前はあった。

 

「解放条件もあるな。何々……『1:自身のレベル差10以内のモンスターに対し、《連刃》で繋げた剣舞系ソードスキルの命中した回数が300回以上かつ、その戦闘で総与ダメージトップを獲得』、『2:1.の条件取得まで盾を装備せず、盾系及び投剣スキルを使用しない』、3『1.及び2.の条件達成までに、継続ダメージを除く総合ダメージが200未満(規定ダメージ数を超えた場合、条件1の回数はリセットされる)』『4:1.2.3.の条件を達成したプレイヤーが《TheTrialStatue:Saber》を討伐する』か。割と簡単そうだな?パーティでも行けるんじゃねぇのか?」

 

「確かにその通りですわ。現にノゾミさんも、3つの条件をパーティで解決しましたわ。けど、問題は最後にありましたの」

 

「問題?」

 

「うん。そのモンスターってのがとんでもなく強かったのよ。ソードスキルを模倣や幻影効果による錯覚のフェイント、こっちがダメージを受ける度にその回数分ダメージを無効化するスキル……。挙句の果てにはアイテムの使用不可と来てるわ。結晶系どころかポーションもね」

 

今度はどよめきが走った。結晶アイテムはそこそこ貴重なので余程の緊急でなければポーションを使うのは周知の事実。

だが、ノゾミの言う事が本当ならそのボスを倒すにはアイテム縛りと言うSAO(デスゲーム)では無茶ぶりと言っても差し支えない。

転移結晶で逃げることも、ポーションで回復することもできないエリアに閉じ込められ、どちらかが消えるまで試練から逃れられない。

意気揚々と乗り込めば、想像以上の強力なモンスターとアイテム使用不可、脱出不可のコンボでパニックに陥り、最終的には惨殺という結末が待っている。

 

「……それを考えるとこのクエ相当えげつないな。パーティでも解決できる条件を餌にして、最後はソロ限。初見殺しもいいとこだぜ」

 

「そうならないためにも、情報屋には私の知りうる情報を全部はいておいたわ。けど、私が戦ったパターンで固定されているのか、プレイヤーごとに変えているのか良く分からないけどね」

 

「なるほど。初見殺しでパニくって殺されるよりかまだましだな。自信がねぇなら最初っから挑まないのが正解だし」

 

実体験したノゾミが言うのであれば納得だ。死ぬかもしれない状況で必ずしも平静でいられるとは限らない。攻略組とてそこは同じだ。

十分な情報を得ていたとして、あの仏像がノゾミと同じパターンで動くとも限らない。ノゾミもあの時キリトのアドバイスとツムギの一括が無かったら死んでいただろう。

ともあれあの【十戒の寺院】は未だEXスキルと同様未開の地だ。これからも余計な死者を出さないように、あの場所でスキルを得たプレイヤーからは事細かに詳細を聞き、攻略ガイドに記していくだろう。

 

「ともあれ、【風林火山】の皆さん。救出隊の皆さん。今回は無理に応じてくれて本当にありがとうございました」

 

「とりあえず彼女はこちらがゆっくりと話をしておくので」

 

最後にウィスタリアが会釈するとチカと共にノゾミの両脇をがっしりと掴み、ずるずると退散していった。

 

「じゃ、私達も……」

 

「……」

 

「エーくん?」

 

「……ああ、そうだな……」

 

彼女らの帰還を機に、次々とダンジョンを後にする。

彼らの殆どは生還できたことと、死者を出さなかった勝利に喜んでいた。

ただ一人を除いて――。

 

 

 

 

34層:【血盟騎士団】現ギルドホーム。

 

その日の夜、【血盟騎士団】副団長クリスティーナはある人物に呼び出され、執務室へと入った。

 

「意外だな。君に呼ばれるなんて」

 

「お手数を掛けます」

 

呼び出した相手、ノーチラスは執務用の机の傍に立っていた。

数歩ほど歩いたクリスティーナはあることに気付く。

 

「……それの意味を知ってて、そうしたのか?」

 

「はい」

 

「……それだけ覚悟があるなら止める必要もあるまい。それで、それからはどうする?」

 

「下の方にギルドがあるのを聞きました。そこで一から鍛え直そうかと」

 

「そうか」

 

ノーチラスの言葉には決意が感じられた。クリスティーナは静かに彼の言葉を聞き、ふふっ、と静かに笑みを浮かべた。

 

「君が自分の弱さを認めたのは良い成長だ。いずれ最前線に上った時、再びボス討伐で相見えるよう楽しみにしているよ」

 

その言葉を最後にノーチラスは執務室を後にする。

扉を開けた所でふと立ち止まり、尋ねる。

 

「そうだ。最後にひとつ良いですか?」

 

「なんだ?」

 

「ユナの件について、一つアイデアが……」

 

 

 

 

救出作戦から1週間後。

アスナとユナ、そしてもう一人が執務室に集められた。

 

「さて、集まってもらってくれたな」

 

「副団長、いったい何の用ですか?」

 

30代の男性で、伸びきった髪を後ろでまとめ、前衛特有の白い鎧に身を包んだプレイヤー、クラディールが何も問題は起こしていないといった声色で尋ねてきた。

その言葉に一瞬アスナが睨むような視線を彼に向けるが、クリスティーナは気にせず告げた。

 

「……本日をもって、クラディールを副団長補佐アスナの護衛の任を解き、攻略隊への移籍を命ずる」

 

「……なぁッ!?」

 

「そして、その後任にユナを指名する。以上だ」

 

予想だにしなかったのか、言葉を失ったクラディールに坦々と告げる。

 

「ま、待って下さい副団長!なぜいきなり私がアスナ様の護衛の任を解かなければならないのですか!?」

 

「1週間貴様の護衛としての活動を見てきたが、どうにも貴様は活動に積極的すぎる。自宅にまで入ろうとしていたな?」

 

「それが何なのです?護衛として忠実に任務をこなしていて――」

 

「彼女のプライベートに片足を突っ込むほどにか?それは最早護衛ではない。ただのストーカーだ」

 

「すと……ッ!?」

 

「半面、ユナならば同性で歳も近い。話しやすいし気を貼る必要も無いからな」

 

「馬鹿な!彼女のレベルは中域程度、とても護衛は務まりません!」

 

「ハイレベルのストーカーに付き纏われては、護衛対象も疲弊するだろ?」

 

次々とクリスティーナの並べる正論に、クラディールの反論もどんどん減っていき、ついに押し黙ってしまう。

 

「いったい、どこの誰ですか……?」

 

「何がだ?」

 

「一体誰がッ!この私を護衛から引きずり下ろしたと言っているのですよ!!」

 

ダン!と床を踏み、声を荒げて怒鳴る。

その様子にクリスティーナはまるで子供のようだと内心思いながらその名前を告げる。

 

「ノーチラスだ。彼の提言で調べてみた結果、こうなった」

 

「ノーチラス……あいつか……!」

 

名前を呟くや否や、クラディールは踵を返し、扉のノブに手を掛けた。

 

「奴を痛めつけようとするのなら遅かったな」

 

扉を開けようとした直前のクリスティーナの言葉に、クラディールはおろか、アスナとユナも彼女の方へ顔を向けた。

 

「……どういうことですか?」

 

「奴は先週、自主脱退をした。先週の無茶な作戦の責任を負うという形でな」

 

「えっ……?」

 

今度はユナが言葉を失った。

クリスティーナの話によれば、件の救出作戦の際、ダンジョンボスの行動パターンを見誤り、幾多のプレイヤーの命を危険に曝したことに責任として、自ら【血盟騎士団】を去ったという。それが1週間前の夜の事だ。

 

「け、けどあの時は転移結晶が人数分揃えられなかっただけで……」

 

「あのダンジョンの構造は内側から扉を開けられる仕様になっている。壁役がボスの攻撃を惹きつけ、他が開閉装置前に陣取り取り巻きを掃討しつつ、残りは鉄格子の開閉に集中。開いた所で壁役とAGIの遅い者は転移結晶で脱出し、他は鉄格子から脱出。どうだ?これも犠牲者をゼロにした救出と言えるだろう?」

 

「それは……」

 

「これで納得しただろう。改めて話は以上だ」

 

「待って下さい!話はまだ――」

 

それだけ告げるとクリスティーナは部屋を後にする。それでもクラディールはしつこく迫ったが、話す事はもう無いと彼を逆に突き飛ばして部屋を後にしていった。

 

 

 

 

その日の夜、ユナは自室のベッドに沈んでいた。

昼間の話を誰かが聞き耳を立てていたのか、ノーチラス脱退の話はすぐにギルド内を駆け巡った。

飛び交う話の中、団員たちの会話からはノーチラスの批評を嗤う者たちばかりだった。もしユナがボス攻略に選ばれる実力を持っていたのなら、すぐさまその者たちを斬っていただろう。そもそも園内でダメージは与えらえないが。

 

「ユナさん」

 

ノックの後、アスナが扉越しに声を掛けてきた。

むくりと起き上がり扉の前に立ったものの、ユナは開ける気は無かった。

目の前の相手は事の発端でもある副団長補佐。彼女の顔を見て、平静を保てるのか不安でもあった。

 

「――ごめんなさい」

 

だが、予想外にもアスナの方から謝罪の言葉を口にした。

 

「ギルドの総意とはいえ、2軍に落としてしったから、多分彼は私達に自分の実力を知らしめようと躍起になっていたのかもしれない。ボス討伐を優先したのも、きっと――」

 

「いえ。多分私のせいです」

 

扉の先のアスナの顔は見えない。だが、彼女が今の言葉に首を傾げたようなリアクションをしたのはユナには何となくわかってしまった。

 

「私、あの状況を切り抜けるには誰かがモンスターを惹きつけるしかないって、自分が犠牲になるしかないって思っていたんです。けどチカさんの言葉でやっと気が付いたんです。私のやったことは、エーくんや現実で待っているお父さんを悲しませる結果でしか無かったんじゃないかって……」

 

次第に涙が足元に零れ落ちた。無く積もりなんて無かったのに、SAO感情表現システムは彼女の悲しみの感情を読み込み、電子で作られた涙を流すのを止めることはない。

 

「私ッ……!待っている人達の気持ちを全然考えてなかった……!小さい頃からずっと一緒だった2人の気持ちを、全然汲み取ろうともしてなかった……!約束をしたのに、自分から約束を破ろうとして……!アイドル失格だ、私……!」

 

「……なら、もう一度やり直せば良い」

 

「……え?」

 

アスナからの言葉に、思わず顔を上げる。

 

「私はその約束は知らないけど、今からやり直して約束を果たせばいい。どういうやり方を選択するかは貴女次第よ、ユナさん」

 

静かに、そして強い言葉にユナの涙もいつの間にか止まっていた。ほんの少しの沈黙の後、思わずユナの方から笑いが零れた。

 

「……簡単に言ってくれますね」

 

「なんとなくあなたならできる気がすると思っただけ。その約束を果たす時が来たら、私にも教えてね」

 

「はい。その時は特等席を用意しますよ」

 

いつの間にか扉越しのアスナも笑い声をこぼしていた。

 

「それじゃあおやすみなさい」

 

「……ありがとう。おやすみ」

 

扉越しに遠ざかる足音を聞いた後、ユナは再びベッドに身体を沈めた。

あの2人に再び会える日を願い、そしてこの世界で再会した時に交わした約束を果たそうという想いを胸に秘めて――。

 

 





次回「黒夜の聖夜:攻略組からの依頼」


(・大・)<見返したら1万字行っちゃったよ。

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