プリンセス・アート・オンラインRe:Dive 作:日名森青戸
(・大・)<今回は回想からスタート。
第13層【大口の断崖】。
27層のダンジョンから脱出したキリトは、直後にケイタからメールで呼び出された。
ギルドホームを購入する為に一人だけ別行動をとり、トラップを免れていた。
しかし、ケイタ以外のギルドメンバーは全員27層のトラップで死亡してしまった。そのことをそう易々と口にすることはできない。けど、このまま黙っていてもいずれ気付かれる。
どうやって切り出したら良いのか、キリトの足取りは次第に重くなっていった。
結果、約束の時間から2時間より遅い時間になってしまった。
「ケイタ……」
「……」
「どうしてこんなところに呼び出したんだ?」
「……」
「……ケイタ?」
約束の場所に来てもケイタは一向に話さない。
崖際まで進んだ時、ケイタが動いた。
「――らぁッ!!」
「ッ!?」
振り返り様に片手斧をキリトの首目掛けて振るってきた。
咄嗟の不意打ちはキリトの持ち前の反射神経で空振りに終わった。
ケイタの手には使い慣れた両手棍ではない。
弓のように弧を描いた、刀身が赤黒いペンキをぶちまけたようなペイントを施した片手斧。まるでペイントが、返り血のように夕日に照らされた刀身が赤黒い光となって反射する。
「何のつもりだ!?」
「うるさい、この卑劣な人殺し!」
「なッ!?」
「俺達からレアアイテムを奪い取る為に、あいつらを殺したんだろ!?」
怒りの形相で捲し立てるケイタにキリトは面食らった。
突拍子もない動機もそうだが、それ以前に自分しか知らないことを何故知っているのか。
問い質そうにもケイタは興奮状態で、とても話を聞けそうにない。
落ち着かせるにしても、ケイタから武器を叩き落すしか方法はない。
キリトは背中に差した剣を引き抜こうとして――抜けなかった。
(……!?)
頭では理解していた。なのに身体が――剣に伸ばした手が動かない。それに一番驚いたのはキリトだった。
ケイタを一刻も早く止めなければならないのに、剣を抜く腕が硬直したように動かない。
(……まさか)
異変の直後、キリトはその異変の原因に見当がついた。
(……恐れているのか?俺がケイタに剣を向けることが?)
実際、【月夜の黒猫団】との交流はたった1ヶ月程度ではあったものの、キリトにとって大切な仲間として認識していた。
その仲間に剣を向ける。無意識のうちに、その行動を拒絶しているということだ。
無理も無いだろう。ビーターなどと呼ばれてもキリトはまだ15の少年だから。
その間にも回避を続け、じりじりと崖際まで追い込まれた。
「どうしたんだよ人殺し!サチたちは殺しといて俺には手を出せないってのか!?」
「ま、待ってくれケイタ!話を聞いてくれ!」
「話?話だって!?お前と話す事なんかねぇよ!」
「良いから聞いてくれ!確かにサチたちは死んだ!けど、そこは俺がちゃんとみんなを引き留めることができなかったんだ!!俺が……俺が引き留めなかったから、みんなあの罠に掛かってしまったんだ!」
「……!」
キリトの必死の叫びを聞き入れたのか、ケイタは振り上げた斧をゆっくりと降ろした。
落ち着いてくれたのか、キリトも胸を撫で下ろし――、
「やっぱり、お前が殺したんだなッ!!」
「――なッ!?」
ケイタの攻撃を避け、足を踏み外した。
はっきり言って、キリトの今の手段は悪手でしかなかったのだ。
今の言葉でケイタは、キリトが迷宮区の罠を利用してサチたちを始末したということを確信してしまったのだ。
キリトが「確かにサチたちは死んだ」というワードは、彼からすれば「自分で彼女らを殺した」という自白とも取ってしまう。「あの罠」というワードも、「みんなが死んだあの迷宮区の罠の存在を知ったうえで、自分達に情報を提示しなかった」と解釈してしまったのだ。
総じてあの場面でのキリトの言葉は、ケイタにとって「追い詰められて何もかもべらべらと喋る殺人犯」でしかなかったのだ。
足を踏み外したキリトは、片手だけなんとか崖を掴んで転落を免れていた。
この13層は比較的峡谷や崖が多く、当時は転落による落下ダメージで消滅したプレイヤーもいたほどだ。
「漸く追い詰めたぞ……!」
そこに、見下ろす形でケイタが身を乗り出す。
ここで「助けてくれ」なんて叫ぶのであれば、本当に救いようのないバカだろう。流石にキリトもそこまで馬鹿じゃない。
今のケイタはキリトを助けてくれる友人でも、【月夜の黒猫団】リーダーでもない。
目の前のキリトを地獄に叩き落す、執行人だ。
「ただ自分の私利私欲の為にサチたちを殺しやがって……!」
獣のような荒い息遣いで、猛禽類のような眼光をぎらつかせて、キリトを見下ろす。
後は振りかぶった斧でキリトの手を切断してしまえば、そこで復讐のカタは着く。
「あの世であいつらに謝り続けろ、この裏切り者!!」
――やられるッ!
瞬間に起きる自分の最後にキリトは目を瞑った。
「……?」
が、その一撃はいくら待っても訪れることは無かった。
不思議に思ったキリトが見上げると、振りかぶったまま硬直したケイタが、ぐらりとこちらに――崖から身を乗り出す形で倒れてきた。
「――ケイタッ!……んぎッ!」
咄嗟に落下するケイタの手を掴んだ。その時に一瞬だけ見えたが、彼の右肩には投擲用ナイフが深々と突き刺さっていた。
(投擲ナイフに毒を仕込んだのか!?一体誰が!?いや、そんなことよりケイタと一緒に引き上げないと……!)
一人分でも崖が崩れかねないのに、ケイタの分も合わさって腕に尋常じゃない負担が掛かる。このまま崖が崩れ、2人纏めて転落なんてことになるのも時間の問題だ。今もパラパラと砂礫が崩れ落ちている。
(俺一人なら、落下しても《
自分が落ちてもキリトには生き残れる算段があった。軽業のスキルは文字通りアバターを身軽にするだけでなく、落下ダメージを軽減するスキルもある。
ケイタを上げて、自分は落下し、崖の出っ張りに捕まれば事なきを得る。そうすれば2人とも生き残れる――はずだった。
「……!?」
不意に、身体が軽くなった。
いや、軽くなったというより……ケイタを掴んでいた手の感覚が消えたと言っていい。
――まさか。
予感した事実に恐る恐る掴んでいた手の先へと視線を移した――。
手首から先が、無くなっていた。
「――ッ!ケイタッ!ケイタァァッ!!!」
崖から飛び降り、3メートル下の台地へと着地、そこから数メートル下の台地を次々と飛び移ったり、システム外スキルの《壁走り》を多用して崖を下りていく。
時間にして約1分。ついに崖の底へと到達。そこで見たものは……。
「……!!」
そこにケイタはいなかった。落下したと思われる場所には、ついさっきまで自分の命を奪おうとした斧が墓標の如く突き刺さっていた。
キリトは理解してしまった。あの斧が、ケイタの死を知らしめていることを――。
「…ぁ……ぁぁ……」
理解した瞬間、キリトは崩れ落ちた。
認めたくはない。認めたら自分は――。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
目の前の『事実』に目を逸らさんと、剣士はただ絶叫を上げるしかなかった――。
†
「――ッ!!?」
不意にがばりと起き上がった。
荒い呼吸をしながら、キリトは周囲を見渡す。現在、2023年の12月24日の朝8時。場所は49層のダンジョンの
記憶を辿るように思い返すと、今朝の4時までこのダンジョンで狩りを続け、周囲のモンスターを殲滅した後この安全域で倒れるように眠ってしまった。もし現実の肉体だったら、彼は脂汗に塗れていただろう。
「……最悪だ」
忘れたくても脳裏にこびり付いた記憶が悪夢となって蘇り、ここ数日キリトは碌に眠れていない。疲弊感や倦怠感はここの所慢性的に続いているが、今の彼には関係の無い話だ。
キャラステータスとは別に、疲弊は休息をとらなければ解決しない。精神的なステータスはガタガタといっても差し支えない。
誰か一人でもその異変に気付いていたら、押さえつけてでも止めていただろう。最も、その人物が攻略組のようなハイレベルプレイヤーに限った話だが。
「……いよいよ今日か」
ストレージから干し肉とパン、サラダを取り出して早々に朝食を平らげたキリトは一人呟く。
今の彼には時間が無い。今のチャンスを逃せば、自分は正気を保てなくなるだろう。
「サチ……みんな……」
仲間だった一人の名を呟き、少年はダンジョンの出口へと向かっていく。
†
1層《始まりの街》
「なぁ。一つ良いか?」
「なーに?」
「俺らのギルドって今までレベル上げ頑張ってきたよな?」
「そーだねー」
「商人たちの護衛とか素材収集がメインだったけどさ、実践も結構慣れてきたよな?」
「そーだねー」
「で、昨日お前らのギルマスに呼ばれたよな?」
「そーだねー」
「で、その内容が……」
「なんっっっっっでクリスマスの飾りつけなんだよっ!?!?」
雪化粧に様々なイルミネーションを飾ってクリスマスの準備万端と言わんばかりの姿に変えた始まりの街で、ノーチラスが叫ぶ。怒号は空を裂き、浮遊城の果てまで続く曇天まで届きそうな勢いだった。
その雪化粧の中でひと際目立つ、真っ赤な装いをして髪も艶を見せる赤に染めたプレイヤーが腰に手を当て尋ねる。
「なんですの?年に一度の特大イベントなのに不服でも?」
「不服と言うか、余裕かっ!って叫びたいわ!」
「だって昨年はクリスマスを楽しむ余裕なんてありませんでしたのよ!聞く所によると、攻略組も昨年は年越しパーティを開いたと聞いていますわよ」
「え?じゃあ正月もやるつもり?」
「とにかく、今日のクリスマスパーティは今年最後の【ゴスペル・メルクリウス】のイベントでもあるのです。ケーキもプレゼントも準備完了。あとは時が来るのを待つばかりですわ!」
「エグいなこの人の行動力!?」
どうやらウィスタリアは去年クリスマスを行えなかったことが不服だったらしい。
というより、12月の始まりの街の情勢はまだ混沌としており、クリスマスを計画する時間もプレゼントやケーキを用意する時間も素材も無かったのだ。
唸り声をあげるノーチラスの肩に、レインが宥めるようにポンと手を置く。
「まあ落ち着きなさいよ。ノゾミだって1週間ライブ以外自宅謹慎してたんだし」
「俺が見た時にはてるてる坊主よろしく梁から宙吊りにされてたんだが?」
「あー、その時はツムギにもばれて怒鳴りながらぐるぐる巻きにしてたっけ」
件の救出戦の後、ギルド内会議の結果ノゾミはライブ以外で1週間の謹慎が言い渡された。事情を知ったツムギも第1層に雪崩れ込んできた。
その時のチカの説明の後ツムギは感情を爆発させるかの如く絶叫を上げ、勢い任せにノゾミをす巻き宜しく縛り上げ、宙吊りにして去ってしまった。相当雁字搦めに縛ったのか、それとも逃げられないことに便乗したのか、3日はミノムシ宜しく放置されていたという。
因みにその間に新聞の一面には『40層の監獄ダンジョンに起きた卑劣な罠!』『救助隊の窮地を救った歌姫!』『超EXスキルによる30連撃の剣の舞!』などと誇張された見出しで騒がせたとか。あの時のソードスキルは合計しても半分にも満たないというのに。
「それよりウィスタリアさん。マコトちゃんとユイちゃんがケーキができたって」
「あら。それなら早速見に行きますわ!」
「俺は遠慮しとく」
乗り気なウィスタリアに対し、ノーチラスは興味なしと言わんばかりに転移門の方へ踵を返して去ってしまった。
†
「はぁ。どうしてこうなったんだか……」
2人から離れた後、ノーチラスは一人溜息を吐く。
【血盟騎士団】から脱退した後【ブレイブ・フォース】に加入。彼らは素材集めや護衛を主に置きつつも攻略組復帰のレベリングも欠かさなかったために加入初日からハードなスケジュールに値を上げそうになったが、今では慣れてしまったもの。慣れとは恐ろしいものだ。
今では毎日頻繁に起きた身体の硬直も、数日で1ケタというペースにまで落ち着いている。
しかし、今回の【ゴスペル・メルクリウス】のクリスマス計画にほとんどが乗り気だったのは完全に予想外だった。
「どうしたんですか?」
「おや、どうしました?」
「……意外な組み合わせが来たな」
彼の前に現れたのは、ラジラジとツムギと言う意外な2人という面子だった。
「私はウィスタリアさんからの招待で来たんですよ」
「私はメールから話があると来たのです。丁度手持ち無沙汰でしたし」
「話?」
「それは――」
事情を説明しようとした時、転移門に青白い光が現れる。
光が消えるとそこには赤備えの鎧に身を包んだプレイヤーが立っていた。
「どうやら丁度来たようですね。お話は落ち着ける場所でしましょうか。クラインさん」
「ああ。そうさせてもらうよ。しっかし、どこもかしこもクリスマス一色だなぁオイ」
来訪者、クラインは街並みの様子を見てぼやいたのだった。
次回「黒夜の聖夜:白い戦線」
(・大・)<この話は今日中に全部上げたい。