プリンセス・アート・オンラインRe:Dive   作:日名森青戸

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黒夜の聖夜(ブラック・クリスマス):黒の剣士の休日(2)」

「さっさと行こう」

 

教会を後にしたキリトはさっさと荷物を回収しようと広場へと足を運ぶ。

 

「そろそろお昼にする?まだ食べてないでしょ?」

 

広場に到着した途端、レインに言われて漸く、自分があのイブの夜から何も口にしていないことを思い出した。それ以前に、一昨日まで食事を可能な限り切り詰めていたのだ。現実であれば命を落とす危険はまだしも、身体に悪影響を及ぼしていただろう。

返答する前にレインがウィンドウを操作し、紙に包まれたものを差し出してきた。

包みを開くとバンズに挟まれたレタスとトマト、そしてパテの代わりの円形のかき揚げのような揚げ物と飴色の液体。見た感じはハンバーガー風カツサンドといった所だろう。

ロクに食事をしていなかった為に出るはずの無い涎を飲み込み、かぶりついて――驚愕した。

 

「んぐっ……!?」

 

思わず吐き出しそうになって、堪えて飲み込んだ。

 

「こ……これって……!?」

 

「おぉ、気付いたんだね?」

 

握り潰しそうなのを必死にこらえ、油の切れた機械のように首を動かす。

パテや野菜、バンズに問題は無い。問題はパテ替わりのカツに掛かっている液体だ。

 

「……ソースか!?」

 

「大・正・解!」

 

キリトが驚いている理由はそれだ。SAOの中には味覚再生エンジンというものがあり、それが口に含めた料理やポーションから、酸味、甘味、苦味、辛味、塩味――いわゆる五味で感じられるイメージを脳に与えさせるシステムで動いている。

ただこの味覚再生エンジン、食料アイテムに設定された味をパラーメータとして算出。五味どれかに近いものに感じさせるというだけであって、現実の味に相当するという訳ではない。それ故にSAOで手に入る調味料自体、醤油やマヨネーズと言った馴染みの味が存在しない。

ところが彼が今さっき食べ、今もかぶりついているカツサンドもどきには現実で食べたものと相違ない味が口の中で広がっていた。

 

「これアスナさんとユイちゃん、マコトちゃんらが中心に作ったものなんだ。2人もそうだったけど、アスナさんもアインクラッドの調味料に不満を持ってたみたいでね」

 

「アスナが?」

 

マコトとユイが関わってるのも意外だが、アスナも関わっているというのがもっと信じられなかった。

あの攻略の鬼とまで呼ばれる彼女がここに来て、居残り組とまで揶揄されるプレイヤーと一緒に味覚の研究をしている姿が到底思い浮かべない。

 

「ま、かなり苦労したのに出来上がったソースは偶然の産物で、今もできた調味料はそのソースだけ。今も開発の為に研究中よ」

 

レインの説明を横目にカツサンドモドキを平らげた。

久しぶりのまともな食事を終えて一息つくと、目の前の広場に人だかりができていた。

奥の方を見やると、ノゾミがマイク替わりの短剣型の木剣を手にして何かの準備をしていた。

 

「なんだ?」

 

「ライブの始まりね。月一で開催されるのよ。よかったら聞いてく?かなり評判よ」

 

若干置いてきぼりな気持ちのキリトを他所に、ライブが始まった。広場というだけのストリートライブに集まったファンたちの歓声がけたたましい。

歌のジャンルは5人のスクールアイドルの結成までの道のりを描くアニメのオープニング曲だ。キリト自身、アニメは見ないほうで詳しくは無かったものの、ノゾミの歌に合わせるように録音結晶に記録された演奏が相まって、遠くにいるキリトも聞き入ってしまっていた。

 

「……嘘、()いてたんでしょ」

 

レインからの一言で、キリトは呼吸をも忘れる思いをして思考を遠目のライブから引き戻された。

あの事は誰にも話していない。第一、あの時あの場にレインはいなかった。なのに何故あのギルドの事を――自分が吐き続けた嘘に気付いた?

 

「あの時の話をしてたユイちゃんたちの話でね。最前線組で有名なあなたが中層ギルドにいるって聞いたら、私なりに憶測を立てたら大体それに行きついたのよ」

 

「……そうか」

 

「あー言わなくていいわ。こっちが勝手にしゃべって、あなたが勝手に聞いてて」

 

ライブが続く中、レインの独白が始まる。

ノゾミのライブを邪魔しないように、ある程度声のボリュームを抑える。キリトだけに聞かせるように。

 

「あなたがどういう理由で嘘を吐いたかは私達は知らない。けど、嘘を吐いてできた場所に居続けると、その居場所を守りたいが為に嘘を重ねて、どんどん白状する勇気も機会も失っていくものなの。私も、そういう経験があったから……」

 

「嘘、か……」

 

「私も最初は攻略組になろうって考えていたのよ。ウィスタリアさんが提案した『この街に留まって治政を取りつつ、中層のプレイヤーのサポートをしていく』なんて馬鹿げているって思ってね」

 

空を見上げて思い返す。デスゲームの数日後、始まりの街周辺での狩りを終えたあの日。

初日から居残り組のプレイヤー達に片っ端から協力を仰いでいたウィスタリアを見かけた。

レインから見たウィスタリアの第一印象は――「頭がおかしくなった人」。

このデスゲームを協力して生き抜こうとか、この始まりの街の治政とか、レインにとってはどうでもいい事だった。死にたくなければここに残ればいいだけの事。周囲のプレイヤーも、自分と同じ考えなのは解っている。

どうせ、数か月もすれば無駄だとわかって本性が出てくるに違いない。冷めた目でウィスタリアを見ていたレインはそう思っていた。嘘を吐き続けて周囲から孤立していった自分と同じように――。

 

「けど、あれから何日かした雨の日にまた見かけたのよ。土下座で宿屋の人たちに頼んでいたのをね。傘も差さずに、地面に頭を付けて。プライドをかなぐり捨ててまで必死にせっとくしてたのよ。そこでやっとわかったの。始まりの街(ここ)に居る人たちや、自分達の手の届く場所にいる人だけでも命や……心を守ろうとしてるんだって」

 

思い返す様に語るレインのその言葉に、キリトは無気力に自分の右手へと目線を落とす。

 

「だからかな。攻略を止めて、あの人たちと一緒にここに残ろうって決めたのは」

 

「……そうか」

 

「これで私のお話は終わり」

 

ライブの方もほぼ同じタイミングで終わったらしく、歓声がこちらにまで聞こえてくる。丁寧にファンに対応するノゾミを見ていると、レインが【永久保存トリンケット】を差し出してきた。

 

「最後はここのライブの終わりに渡してって」

 

無言で受け取ると、三度中身を確認し、自分のストレージに移す。すべてのアイテムを取り戻したキリトは「じゃあな」と一言レインに告げると、転移門へと歩みを進めていく。

 

「楽しめましたか?」

 

その時、ウィスタリアが声を掛けてくる。

 

「……まぁ、それなりには」

 

消え入りそうな声で頷く。

 

「あんたは、なんで俺に構ったんだ?」

 

キリトの直球な質問に目を丸くするウィスタリア。

暫くして「ふふっ」と軽く笑うと、ライブ会場でもある広場に目を向けて答えた。

 

「今朝方に会議を開きましたのよ。色々反対意見も多かったのですが、あなたを失った場合、攻略組全体のペースを落としてしまうという結論に至りましたわ。あのまま放置しても自殺しかねないとラジラジさん――【ブレイブ・フォース】のマスターも言っていましたわ」

 

「そりゃ俺ら攻略組は、アンタらからすれば雲の上の存在みたいなもんだろうな」

 

「そんな大げさな……私もあなたも、ここでは対等な人間(プレイヤー)ではなくて?」

 

その言葉を聞いたキリトは目を伏せた。

あの日を境に、プレイヤー達が自分に向ける目は侮蔑と偏見。一方的な罵詈雑言だった。

 

「あんたらも、腹の底じゃ俺が殺したって思ってるんだろ?」

 

「あら。こう見えて私、人を見る目は自信がありますわよ。あなたが嬉々として殺人に手を染める方には思えなかったのですわ。もちろん、あなたが所属していたギルドも犯罪者(オレンジ)ギルドだったとも思えませんわ」

 

「……そうか。世話ンなったな」

 

もう話す事は無いと、キリトは喧騒から逃げるように転移門に向かい、青白い光に包まれて消えた。

 

 

 

 

再び最前線へと戻ったキリトは、ダンジョンの安全域で休憩を取っていた。

 

あの場所は、キリトにとって優し過ぎた。暖かすぎた。ヒリヒリと肌を焦がす、いや、火傷しそうなくらい――。

【月夜の黒猫団】と同じような温かさ。その感覚にキリトは惹かれるどころか、逆に恐怖心を感じた。

ビーターであることをひた隠し続け、罠の危険性を説得することができずに一人、また一人とメンバーが消滅するのを目の当たりにして、最後に心を開いていた少女さえ――。

あのまま居続けたら、また喪ってしまう。また死なせてしまう。今度こそ、二度と這い上がれないほどの暗闇へ――堕ちてしまう。

 

「……ん?」

 

早くトリンケットの中のアイテムを全てストレージに移してとっとと寝ようと捜査したところ、アイテム欄から2つ、ギルド共通ストレージから1つのアイテムを見つけた。

ギルド共通ストレージには音声を録音する【録音結晶】。【ケーキ】。そして【クリスマスカード】。

この3つはキリトに身に覚えがない。指で額を小突いて記憶を辿ってみると、あの時しかない。

 

「アイツらか?」

 

始まりの街で目を覚ました時、アイテムを【永久保存トリンケット】に移された。仕込めるのはそれくらいしかない。

あの中に彼女らが仕込んだ3つのアイテムを入れ、それを何事も無かったかのように渡す。あの時帰るまで開けるなと言ったのはこれに気付かれない為と納得できる。

だが、共通ストレージは同じギルドメンバーにしか中身を見ることも操作もできない。あえて手付かずにしたのか、それとも単に気付かなかっただけか……。

ともあれ3つのアイテムを取り出すと、正八面体の結晶とフルーツケーキ、二つ折りのクリスマスカードがオブジェクト化される。

2つ折りの表面はクレヨンで描いたサンタの絵。開くと「クラインから、あなたは生きてくれと伝言されました」とラジラジの名前入りメッセージが書かれていた。

クリスマスカードを懐に仕舞うと今度は結晶に――一瞬躊躇ったが触れる。

 

『メリークリスマス。キリト』

 

「っ!」

 

その声に一瞬呼吸すら忘れてしまった。

記録された声の主は、かつてのキリトの仲間の声。【月夜の黒猫団】の紅一点であり、彼が心を開こうとした相手――サチ。

今はもういない、彼女の声に一瞬驚いたキリトは、再び表情に影が差した。

自分の正体を隠したことへの恨みか。それとも彼女の前で守ると言った手前、見殺し同然に死なせてしまった事への憎しみか。

しかし、聞いていく内に録音の音声はキリトの予想を裏切った。

 

彼女は、既にキリトが自分達以上のレベルに達していたこと。その強さを知って、嬉しくて、同時に安心したこと。自分が死んでもキリトに生きて欲しいということ。この世界が生まれた意味、自分がここに来てしまった意味、キリトとサチが出会った意味を見つけてほしいということ。

締めくくりの赤鼻のトナカイを歌い終えると、結晶は光を失い地面に転がり落ちた。

 

最後に残ったのはケーキだけだ。ひょいと持ち上げて、かぶりついた。

もうやけ食いの類だった。獣のようにケーキを貪り、クリームやフルーツがべしゃり、べしゃりと地面に落ちて服や床を汚すのもお構いなしに食らいつく。

 

「なんだよ……ひっでぇ味だな……」

 

平らげた所で、零れるような感想を呟いた。

 

「砂糖と塩を……一緒にぶちまけやがったな……」

 

口に出た感想は嘘であって本当だ。

今まで食べた中で――現実で食べたものも含めて、今さっき平らげたケーキは最高に美味だった。それなのに、余計な塩味が混じっていた。

ボタボタと双眸から流れる涙と共に、闇の中に消え入りそうな嗚咽が無人のダンジョンに虚しく響いていった。

 




次回「【血盟騎士団】の問題児」

(・大・)<次はシリカ編。

(・大・)<実を言うと次の話は書きたかったシーンがある一つです。

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