プリンセス・アート・オンラインRe:Dive   作:日名森青戸

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6/5:アスナの台詞を少し追加しました。


『棺桶の影』

その日の夜、ユイは最前線の主街区の街の広場に来ていた。

ベンチに座り、誰かを待っているようだ。

30分もの間、夜空を見ながら待っていたユイの元に転移門を使って誰かが現れる。

 

「よう、待たせたナ」

 

そこに現れたのは、フードに鼠のヒゲのようなペイントを頬にした女性プレイヤー、アルゴだった。

 

「オレッチを呼んだって事は、キー坊の件か?」

 

「はい。キリト君のことで話したくて」

 

ユイの言葉にアルゴも神妙な顔持ちになる。

恐らく彼女の質問に察しがついたのだろう。『【月夜の黒猫団】MPK潰滅事件』から始まった、一部のプレイヤーを除いた全プレイヤーのキリトの集中的なバッシング。今では大分収まったものの、今だキリを敵視する者も少なくない。

アルゴはその事件に違和感を感じ、今もなお調査を続けている。ユイ自身も、キリトと会った時からアルゴに会えるタイミングを絞って訊ねていた。

だが、彼女らは刑事でもなんでもない。そもそも死体も痕跡も現れないこのアインクラッドでは、当人から話を聞くしか手がかりを掴むことはできないのだ。

 

「進展はどう?」

 

「……正直手掛かりゼロ。何度もあの場所を見に行ったけど、一切の手掛かりは全くナシ。キー坊はあの事件を忘れたいらしくて話す気もゼロ。正直八方塞がりもいい所ダヨ」

 

「そう、ですか……」

 

「「――だったら(だから)……。えっ?」」

 

アイデアを出したユイと、続きを言ったアルゴの言葉が重なった。

2人とも重なった声に面食らった顔をする。

 

「……えっと、どしたの?」

 

「あ、いや。だったら別の方向から調べたらどうかなって思って……」

 

「……こりゃ驚いた。オレッチも同意見ダヨ。まずはこの写真の経緯を辿ってみる。案外、真犯人が自分で撮ったのかもしれないし、新聞の情報源を辿れば真相に近付けるかもしれないしナ」

 

気合を入れ直す様に深呼吸をすると、踵を返して転移門へと向かう。

 

「――あのっ!」

 

ふと、転移しようとした時にユイが彼女を呼び止めた。

 

「ところで……キリト君の様子はどうでした?」

 

「どうもこうもねぇヨ。顔には出てないけど、あの事件の事をまだ引きずってるのが見え見えだったヨ」

 

やれやれと言わんばかりに首を横に振るアルゴの表情からは諦観の色が見えた。

それを見たユイも、キリトの説得は無理と胸中で悟った。

 

「ま、それでもキー坊はなんだかんだ言って情報提供してくれるのはありがたいんだけどナ」

 

じゃーな、と転移門の前に立ち、最前線へと転移するアルゴ。

転移の光に包まれ消えた後、ユイもまた転移して《始まりの街》へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

2024年も8月のはじめに差し掛かり、現在攻略済みの階層は70。解放まで残り30層に差し迫った。

デスゲームから2年目に突入して色々な変化も生じた。

まず、アスナたちの努力の結晶たる調味料の開発を、3人を交えた【ゴスペル・メルクリウス】立ち合いの話し合いの元レシピを公開。それに目を付けた小型ギルドのいくつかに《料理》や《養鶏》を主軸に置き、販売を手掛けるギルドが設立したのだ。彼らは【エリザベスパーク】と連携し、彼らから野菜や酪農品を、【エリザベスパーク】は肉類や果物を売買して、商品開発に取り組んでいる。

お陰で生存しているプレイヤー達の士気も上昇し、犠牲者も最初の年に比べれば著しく減少していた。

【ゴスペル・メルクリウス】もポーションだけでなく、ウィスタリアが突如「花火と言うものを作れませんの?」と言い出した際に《火薬調合》を応用したならなんとか行けるんじゃないかとレインが試してみた所、数週間の試行錯誤の末に線香花火を完成させた。時期外れとはいえ売り出したところ、意外な趣向品と言うことで受けたらしく、パーティでの余興として一定の客数の獲得に成功している。

それだけでなく、中層、下層域を中心に何者かが主街区の掲示板にその層のダンジョンの詳細なマップが記されていた。おまけにそのダンジョンの細かな注意も添えられている。最初は誰もが疑ったのだが、いざマップを写してそのダンジョンに突入すると、すんなり攻略できたことが証拠となった。

情報を提示したプレイヤーは誰も心当たりが無く、情報屋が気まぐれに出したのだろうとと言うことで完結したとのこと。今では中層域の死者の減少に大きく貢献している。

閑話休題。

 

 

「……」

 

幼年プレイヤーの保護を続けているサーシャは、とある楽譜に頭を悩ませていた。

 

「こんにちはー」

 

「ノゾミさん、いらっしゃい」

 

そこにひょっこりとノゾミが顔を出す。

頭を悩ませているサーシャとは別のシスター服の女性、アイリーンが迎え入れる。

 

「あっ!アイドルのねーちゃん!」

 

「おうたすごかったよー!」

 

「またうたってー!」

 

「おお、良い乗りだね~?よっし!シークレットライブを始めちゃうよ~!」

 

毎月2度にわたって行われるミニライブの後、たまに彼女も消化不良を起こす。そんな時は大抵外で歌ったり、この保護区で子供たちに追加のライブを披露するのだ。

 

「サーシャさん、ピアノお願いできますか?」

 

「――えっ?ああ、ノゾミさん来てたんですか?すみません気付かなくて」

 

「えーっ?サーシャ先生は無理だよ~!急にピアノへたっぴになったんだもん」

 

子供の一人が文句を垂れる。

ノゾミはその言葉に訳が分からないと首を傾げる。

 

「最近サーシャさん、その楽譜を使ってるんですけど、全く引けないんですよ」

 

「そうなの?」

 

「はい。この間ここに来たチカさんが忘れていった楽譜なんですけど……実際に聴いたほうが早いでしょう」

 

百聞は一見に如かずとサーシャはピアノを弾き始める。

 

 

~♪~♪ ~♪~♪~♪ ~♪

 

 

「んがっ!?」

 

曲の初めの辺りで急に大きく音程を外して思いっきりずっこけた。

 

「ちょっと、何ですか今の?ちゃんとやってるんですか?」

 

「楽譜通りにちゃんと弾きましたよ。この楽譜、最初から音程がズレたまま記されているみたいです」

 

「そうなんですか?私、楽譜を読むなんてできませんし……」

 

「私は読めるよ」

 

サーシャの言い分に首を傾げながらも、ノゾミが試しに受け取った楽譜を見てみることに。

 

「えーっと……本当だ。ここに、ここ。あとここも……。何これ?音程外しのオンパレードじゃない」

 

改めて見ると楽譜としては滅茶苦茶だった。譜面としては成立しているものの、異様なまでの音の乱高下は実際に引けば不協和音のメロディとしかならない。はっきり言って、メロディとして全く使えない。

変な楽譜にサーシャとアイリーンが一緒に首を傾げていると、チカも教会にやって来た。

 

「こんにちは、サーシャさん。――って、ああっ!そんなところにあったんですね」

 

「チカさん?これを知ってるんですか?」

 

「知ってるも何も、その手紙は私がユナさん宛てに書いたんですから」

 

「「手紙?」」

 

チカの口から出た単語に思わず素っ頓狂な声を上げるノゾミとサーシャ。

とてもじゃないが2人――もとい、チカ以外にはこれは楽譜にしか見えない。

眉をひそめてチカと楽譜を交互に見るノゾミを見てようやくチカも、自分の言った意味を理解できないことを知る。

 

「ほら、ト音記号を鍵盤の右端から数えて27番目まで、ヘ音記号は左端から数えて27番目までをアルファベットに置き換えているんです」

 

「なるほど。道理で譜面通りに弾いても調子っぱずれの音が出る訳ですね」

 

「でもどこで覚えたのよ?ユナと筆談してたりとか?」

 

「あ、いえ……」

 

妙に口ごもって目を逸らすチカ。3人の頭上で疑問符を浮かべる中、おずおずと切り出してきた。

 

「……笑わないでくれますか?」

 

「うん?」

 

何か解らないが、とりあえずといった感じで頷いたノゾミの後、チカはおずおずと口を開いた。

 

「実はその手紙、ある探偵のアニメがきっかけだったんです。なんでも25年以上も前に放送された内容のリメイクで、その中に登場するのが……」

 

「その手の暗号だったと」

 

事情を察したアイリーンの指摘にチカは静かに頷いた。

 

「えっ、じゃあ先生がピアノ弾けなくなったんじゃないの?」

 

「はい。この間ここを訪れた時にここで手紙を書いてて、その後でストレージに入れ忘れたのかと……」

 

「いくら考えても弾けない訳ですね……」

 

「でもこれ、まだ書きかけなんだよね?なんて書くの?」

 

「そこまで教える必要はありませんよ!――ただ」

 

再び口ごもるチカ。ちらりと傍らの子供たちに視線を移した。

その視線に気付いたサーシャが子供たちに聞こえないようにボリュームを絞って囁く。

 

「奥の部屋を使ってください」

 

「ありがとうございます」

 

サーシャの言葉に礼を言いつつ、ノゾミとアイリーンと共に奥の部屋に入る。

扉を閉じ、一呼吸した後で2人に告げた。

 

「【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の活動が、活発になってきたのです」

 

 

 

 

【ゴスペル・メルクリウス】ギルドハウス。

 

 

「以上が、情報屋を通じた【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】と思われる被害報告です」

 

「ありがとう」

 

シンカーから受け取った報告書に目を通したユースは、溜息と共に額に手を当てた。

去年の大晦日から本格的に活動の開始を宣言した【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】。その一報はアインクラッド中を震撼させた。

この8か月間、彼らは多種多様にわたるPK(プレイヤー・キル)――殺人方法を思いついた。

例えば、半損決着の決闘で決着ギリギリまで温存させた状態から、強い一撃で合法的な殺人を行う決闘PK。

例えば、モンスターの群がるエリアに置き去りにするダンジョンPK。

例えば、先の合法PKを応用して睡眠中に決闘を申請し、相手の指を使って《完全決着》を申請して決着をつける睡眠PK――。

本隊は数十人程度のギルドだというのに、被害者の数はこれまでで構成員の10倍近くにまで上っている。つまり――300人以上が殺人によって命を落としたという事実に、全プレイヤーが震え上がった。無論攻略組も下層組も、例外なく。

 

「現状、攻略組がラフコフの殺人方法を解明して規制し、ラフコフがまた新しく殺人方法を思いつくというイタチごっこ……外に出たくないという方々もいらっしゃいますわ」

 

「確かに、ただでさえ外に出れば凶悪なモンスターに襲われかねないというのに、殺人プレイヤーに鉢合わせる危険性も含めるとなると……」

 

「おかげで他の軽食販売ギルドでも売買に支障が出てますわ」

 

「販売を開始して外に出れば、彼らに目を着けられる可能性が高い、ということか……」

 

妻のティアナ、ギルドマスターのウィスタリアから告げられて、ユースの眉間にしわが寄る。

そのギルドの重要なライフラインでもある商売が断たれる以上、ギルドの維持も厳しくなる。

攻略組の【血盟騎士団】や【ALS】が攻略の傍ら犯罪者の取り締まりを行い、かつラフコフの情報を集めている。しかし、それでも本拠地らしき場所の情報はつかめていない。

こればかりは、流石に彼らの報告を待つしかない。

 

「本当に、待つだけというのはもどかしいですわね……」

 

 

 

 

そのころ、【エリザベスパーク】の商人プレイヤーとマコト。そして【ブレイブ・フォース】のノーチラスと他数人。合計13人弱の人数だ。

彼女らは19層で今日も軽食の販売に勤しんでいたが、今日はちょっと都合が違う。

 

「……他の連中は来てないのか」

 

「ああ。そろいもそろってラフコフが怖いんだと。安全域でも外に出たがらない奴らが多いからな」

 

「……大丈夫なのかよ?」

 

柄にもなく心配そうな声を掛けるマコト。【エリザベスパーク】の商人プレイヤー達も心なしか、普段より士気が低いようにも見える。

 

「正直、俺らも怖い。いや、誰だって理不尽に殺されるのは嫌だ」

 

「だったらなんで危険を冒してまで……」

 

「んー……俺らが作った野菜がただ消えちまうのを見てくのは嫌だったんだよ。作った側の人間としてはな」

 

空を見ながら答えたテンカイにマコトも思わず沈黙。

 

「そんじゃ、行くか」

 

テンカイの一言で彼らは東の園内へと足を進めていった。

一歩主街区から出ると、そこは数メートル先が深い霧に包まれた枯れ木だらけの森。まるで死者が手招きするような鬱葱とした雰囲気に奥へ進むのも躊躇いそうになるが、それでも彼らは歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

19層の園内村。そこは今のテンカイ達の目的地であり、園内の東の端にはベランダやテラスのような広場があるのが特徴の村というには広い場所。そして19層の特徴ともいえる深い霧も、当然の如くこの園内村を包んでいる。

 

「……それにしても、やっぱり物々しいね」

 

到着と同時にちらりと横目で見たユイの視線の先には、物々しい様子の【血盟騎士団】の団員が往来していた。恐らくは【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の被害を抑えようと見回りをしているのだろう。

 

「貴方達、どこに行くの?」

 

そんな時、一行に女性プレイヤーが声を掛けてきた。その声に反応して振り返ると、ユイ達にとってお馴染みの白い団員服の女性プレイヤー、アスナだった。

 

「アスナさん。見回りですか?」

 

「んー。まあそんなところかな。今回ばかりはユナさんを同行させるわけにはいかないから、彼女には別行動させてもらってるけど。そっちは販売?」

 

「ああ。売りに行くって聞かないからな」

 

呆れ半分、諦め半分と言ったリアクションでマコトが親指でテンカイを指す。もはや言っても聞かないと判断したのか、言葉もため息交じりだ。

 

「そう。最近はグリーンのままで殺人を行う方法も見つけたって噂もあるから、油断しないようにね」

 

アスナの注意を聞いた一行は彼女と別れ、その村で商売を始めるのだった。

 

 

 

 

「ふぃ~」

 

商売を終えたテンカイは深く息を吐いた。

売り上げは上々で、売れ残りも無く完売。ただ、買いに来たプレイヤー達の表情は誰も不安げなものだった。

 

(全員顔を見ただけで不安になるほど、【笑う棺桶】の凄まじさが良く分かった。あんな連中がいたんじゃ、おちおち買い物もできねぇからな……とはいえ俺らは攻略組でも無いし)

 

「そういうのはアイツらに任せておくべきか」

 

一息吐いた後、黄昏るのを終えてみんなの場所に戻ろうとした時だった。

パキリ、と枝が折れる音が背後から聞こえて振り返った。

 

「誰だ!?」

 

警戒を厳にして両手鎌を装備する。しかし、その両手鎌は誰から見ても安物だとわかる代物だ。いや、そもそも高性能な鎌を手に入れたとしても、テンカイのレベルでは装備できないのが関の山だ。

 

(流石に……ラフコフじゃねぇよな……?)

 

ロクな戦闘経験も無い彼が相手では、【笑う棺桶】どころかこの層のモンスター相手にも勝てないだろう。

テンカイの緊張の糸がこれほどまでにないほどに張り詰めていく中、姿を現した。

 

「……ん?なんだお前か」

 

現れた人物を見た途端警戒を解いたのか、両手鎌もストレージに仕舞う。

安堵の溜息と共に【エリザベスパーク】の面々の元に戻ろうとした時だった。

 

 

――ドガッ!

 

 

「ぐあっ!?」

 

いきなりテンカイの身体が吹っ飛ばされる。モンスターの攻撃ではない。そもそも園内はモンスターが余程の特別な状況でもない限りは入り込むことはない。

それなら先程の攻撃は即ち――、

 

「ぬおっ!?」

 

更なる攻撃で吹っ飛ばされ、手すりに背中を打ちつける。手すり越しに見える景色は――辺り一面霧と雲海が広がる天空。

急いで起き上がろうとするも、衝撃を受けた身体では動かすのもままならない。

その隙を当然見過ごすはずの無い人物は、手にした得物でソードスキルを放ち、手すりの外へと吹き飛ばした。

 

 

 

「――うぅぅわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!」

 

 

テンカイはそのまま重力に従って鉛色の雲海へと落ちていった――。

 

 

 

 

「……は?」

 

アスナからの報告を受けたマコトは、まさに呆然自失だった。

 

「……残念だけど、事実よ。今、ラジラジさんが《生命の碑》を確認しに行ってきた所よ」

 

「そんな……!何かの冗談だろ!?なあ!!テンカイさんが……あの人が殺されるはずないって!!」

 

アスナの言葉を信じられず、彼女に掴みかかろうとするマコト。だが彼女の手を横から掴み、振り払う男が横やりを入れてきた。

 

「気安く触れるな!」

 

「あぐっ!?――何すんだテメェ!」

 

「クラディール、貴方……!」

 

「アスナ様、こんな下層域で燻ぶる屑共が触れて良い方ではありません!」

 

クラディールの見下した言葉に逆ギレしたマコトが喰いかかろうとするが、その前にラジラジが彼女の肩を掴んで止める。そして彼女を下げて代わりに話を聞く。

 

「それで、あなた方は彼が死んだと言っていますが、根拠はあるのですか?」

 

「ああ、あるとも。ここから東の広場で悲鳴を聞いて、駆け付けたら3人の影が見えたんだ。呼び止める前に霧の向こうに消えてしまったがな」

 

「こんな霧があるのに?」

 

「私はちゃんと見たのだ!奴が両手剣で吹っ飛ばされて落ちていったんだ!」

 

「落ちてった、だと……!?それってつまり、テメェは突き落とされるのをただ黙って見てたって事じゃねぇか!!?」

 

クラディールの証言にマコトが怒りを露わにして食いかかる。必死にユイが抑える。

そんな様子のマコトを気にすることも無く、ラジラジは続ける。

 

「しかし妙ですね。ラフコフの構成員の装備はそれなりに目立つ。あんな格好なら誰かに声を掛けられても可笑しくないのでは?」

 

「奴らの装備品は【隠蔽】と【忍び足】のスキルを持っている!それだけじゃない、《隠遁の包帯》というアクセサリで更に【隠蔽】系のスキルが強化されている!それだけ装備していれば通行人でも見逃すのは当然のことだ!」

 

声を荒げて反論するクラディールにラジラジも反論することなく沈黙する。

沈黙の間に霧も晴れていく中、マコトが呟いた。

 

「……キリトだ」

 

「なんですって?」

 

「アイツをここに連れてくるんだよ!」

 

「どうしてキリト君を呼ぶの?」

 

「あいつが持ってる蘇生アイテムを使ってテンカイさんを蘇らせるんだよ!そうしたらきっと――」

 

「――もうやめてよッ!!」

 

縋りつくように叫ぶマコトを、カオリの張り裂くような叫びがぴしゃりと止めた。

 

「かっ、カオリ……?」

 

「あの時……キリトのストレージから盗み見ちゃったの……そのアイテムの効果……」

 

「ああそうだろ!?だったらなんで――」

 

「……あの蘇生アイテムは、死んでから10秒以内のプレイヤーにしか使えない――」

 

告げられた残酷な言葉に、マコトが膝をつく。

これでもかと顔色を絶望の色に染まった彼女は、「嘘だ……そんなの……」と壊れたプレーヤーのようにそう繰り返し呟くだけだった。

 

「……とにかく、私は本部に戻って計画を練り直します。あなた達はすぐにギルドホームに帰って大人しくしていて」

 

「アスナ様、私も同行します」

 

「一人で十分よ。あなたは他の団員を招集して」

 

鋭いアスナの一言に思わず押し黙るクラディール。だが、すぐに食い下がるように反論する。

 

「お忘れですか?貴女は我が【血盟騎士団】の副団長補佐。あなたの身にもしもの事があったらギルドにとって大きな損失ですよ?」

 

「貴方こそ、もう私の護衛を外された身であることを忘れないように」

 

クラディールに鋭い視線を向けたアスナはそれだけ言うと転移門へと向かい、本部のあるグランザムの名を叫ぶと光に包まれ転移された。

 

 

 

 

【ゴスペル・メルクリウス】本部。

 

 

「……」

 

【ゴスペル・メルクリウス】に戻ってきた一行は、ウィスタリアに全てを報告した。

テンカイの死は【エリザベスパーク】だけでなく【ゴスペル・メルクリウス】にも大きな衝撃を与えてしまい、その話は《始まりの街》全域を駆け巡ってしまう結果になってしまった。

その夜、緊急会議を開いた【ゴスペル・メルクリウス】のギルドホームでは陰鬱な空気が場を支配し、誰一人言葉が出てこない。

 

「あの……ラジラジさん。彼は本当に死んでしまったのですか?」

 

いたたまれなくなったティアナはラジラジに訊ねる。

 

「はい。《生命の碑》で確かめた所、確かに彼の名前は消されていました」

 

僅かな希望に縋った問いも、ラジラジは容赦なく粉砕した。

 

「……マヒルさん」

 

そんな空気の中、ようやく口を開けたウィスタリアがマヒルに言う。

 

「今後の【エリザベスパーク】の方針ですが、テンカイさんの跡を継いでギルド活動を行ってください」

 

「う……分かっただ。あんちゃんが死んじまったなんて、オラまだ信じらんねぇけども……残ったギルドのみんなの為にも、オラ達が頑張んねぇと」

 

一瞬だけ言葉に詰まったが、頭を振って改めて決意する。彼の遺したギルドがこんな形で解体なんて、彼自身も望んでいないはず。そう思っての決断だった。

 

「ありがとうございます。今後の活動としては、他の飲食販売ギルドの為に食材の生産と売買を中心に行ってください。調理品の販売は主街区のみ。外周付近に接していない場所を限定してください。他のギルドにも連絡を入れてください」

 

「わかっただ」

 

早速連絡を入れに出ていったマヒルと入れ違いにノゾミが部屋に入る。その表情は当然の如く暗いものだった。

 

「ノゾミさん。マコトさんの様子はどうでしたの?」

 

「どうもこうも……部屋で泣きっぱなしよ。ストレアとユイちゃんがつきっきりで見てるけど……やっぱりショックが大きかったみたい」

 

「園内でこのような事件が起きて、住民にも不安が広がっています。ここも、場所的に言えば一番まずい場所ですからね」

 

窓越しに外をちらりと見るアイリーンの言い分も最もだ。

この《始まりの街》も外周に隣接していて、デスゲームを宣告された初日には1000人近いプレイヤーが解放されると思い果ての無い蒼穹に身を投げ――死んでいった。

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の面々は犯罪者プレイヤーで普通なら入ることはまず無い。だが、テンカイの事件を見るに一般プレイヤーが潜り込んで彼を突き落としたということもあり、必然的に《始まりの街》も絶対安全と呼ぶことができなくなったのだ。

 

「――アスナさんの話では、攻略組も事態を重く見ているそうです。攻略を一時中断し、【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】を捕縛すべく情報屋と共に全力でアジトを捜索しているとのことです」

 

再び重苦しい空気に潰されそうになる中、ラジラジだけは何事も無く報告した。

 

「そうですか。もし発見された場合は――」

 

「我々は捕縛戦に参加する気はありません。連中がやる気だったとしても、PvP(対人戦)PvE(エネミー戦)では体感すると聞くではその事実は大きく異なる。ノゾミさんも体感したでしょう?」

 

「……うん。あの時は本当に怖かった。向こうは私達を殺しに来てて、殺されるんじゃないかって思ってうまく動けなかったわ。でも、今なら分かるかもしれない。あの時まともに動けなかったのは、殺されるって感情だけじゃなくて――」

 

「人を殺してしまうかもしれない――」

 

僅かに震えるノゾミの言葉を遮り、ラジラジが続きを感情を感じさせないような口ぶりで続きを語った。

攻略組は解放の為に階層を攻略し、ボスに挑む。それはつまり全員がモンスター狩り専門と言っても良い。対人戦の機会があったとしてもそれは訓練か、初撃決着のデュエルでしかない。対して【笑う棺桶】を筆頭とした犯罪者プレイヤーは他人を攻撃することに何の躊躇も無く武器を振るえる。それが例え、殺めてしまう結果になったとしても――。

対人戦の経験量と殺人への忌避感の有無。それが両者を分かつ決定的な差だった。

犯罪者ギルド【タイタンズハンド】との戦闘を経験したノゾミは、人に剣を向けることの恐怖がこの場の誰よりも理解していると自覚している。

 

「我々【ブレイブ・フォース】は【ALS】と共に【笑う棺桶】傘下ギルドの捕縛に向かいます。キバオウさんのギルドで本陣強襲作戦に不参加を訴えるプレイヤーが続出して、止むを得ず捕縛に回ることになったそうです」

 

「私としてはあのギルドのメンバーがまともな感性を持ってて助かったと思ってるよ」

 

ラジラジからの報告にユースが肩を竦めながら答えた所で、緊急会議は幕を下ろした。

 

 

 

 

ギルドホームのとある一室。

小綺麗に整備されたその部屋は、暗闇と静寂が支配していた。その中で聞こえるものと言えば誰かの咽び泣く声くらいだ。

 

「マコトちゃん……」

 

ベッドに突っ伏して咽び泣くマコトに対して、ストレアもユイもかける言葉が無かった。ただ静かに見る事しかできない自分に嫌悪感を感じながら。

 

(こんなにも悲しむマコトちゃん、初めて見た……)

 

「マコトちゃんは、テンカイさんの事が本当に……本当に好きなんだね……」

 

敢えて「だった」を使わずにマコトに投げかける。幼馴染の悲しむ姿は、彼女が今まで見てきた男勝りで正義感の強い彼女ではない愛する人を喪い悲嘆に暮れる女性のそれを思わせた。

 

「……ユイ……ストレア。ありがと」

 

「少しは落ち着いた?」

 

「……ああ」

 

泣きはらした彼女の顔は、おそらく現実だったら目を真っ赤にしているだろう。

錯乱した彼女は落ち着いたものの、気が晴れた、という訳ではない。

 

「……正直、今でも信じたくないよ。ポーチに色々持たせておいたのに、それなのに……」

 

「マコトちゃん……」

 

再びマコトの目じりに涙が浮かんだ時、扉からノックが聞こえてきた。

何事かとユイが扉を開けると、そこには男性プレイヤーが立っていた。

 

「貴方は……【白鳥の抱擁】の方ですね?」

 

「マコト宛てにユナって人から手紙だ」

 

用件を伝えトレード画面を開くと、ユイ側に表示されたトレード画面を承諾ボタンを押してトレード品――楽譜と1枚のメモ――を受け取る。男性プレイヤーはトレードを終えるや否やそそくさと去って行った。

 

「……なんで楽譜?」

 

「さあ?」

 

「ひょっとしてそれ、暗号じゃないの?ほら、もう一つメモがあったし」

 

ユイの示す通り、もう一枚のメモには音階と共に88鍵盤のイラストとそれに見合った音階と合致するアルファベットが描かれている。

 

「ローマ字にして読むのかな?えーっと……『O、R、E、H、A、I、K、I、T、E、I、R、U』……。『俺は生きている』?誰が?」

 

楽譜に記されたアルファベットを順に目で追っていく。解読していくと、ある文が浮かび上がる。

 

 

『俺は生きている。25層の中心のパブダンジョンに来てくれ テンカイ』

 

 

「あの人が……生きている……?」

 

解読を終えた瞬間、マコトの目に生気が宿り始める。

 

「この文が本当なら、この25層の中心にあるダンジョンに行けばいいって事だよね?」

 

「……!」

 

ユイが推測を呟いた途端、マコトが弾かれるようにベッドから飛び出し、ストレアを押し退けて部屋を出ていった。

 

「マコトちゃん!?ちょっと待って!」

 

「行動が早すぎるわよ!」

 

ユイも慌ててマコトの後を追って外へと飛び出した。

一人残されたストレアは楽譜に眉をひそめていた。

 

(この楽譜……何か……何か、隠しきれない悪意的なものを感じる……ひょっとして……)

 

 

 

 

黒鉄宮の前、巨大な黒い鋼鉄の扉の両脇を【ブレイブ・フォース】のギルドメンバーの2人が門番の如く立っている。

 

「あの、通してくれます?」

 

その門の前でノゾミが門番に問い詰める。その表情から不服な気分であることが明らかだ。

 

「だから、リーダーの命令でここは通せないんだ!リーダーの許可が下りたという証書を持ってまた来てくれ」

 

「許可って……ラジラジさんはさっきこの街を出ていったのよ!行先も分からないのに、どうやって許可を受けようってのよ!?」

 

「とにかく証書を持ってないなら帰ってくれ!」

 

ノゾミの要件を突っぱねる態度を続けるギルド員にノゾミは不服を露わにしてそこから去って行く。

 

「ああもう、いったい何だってのよ!」

 

「かなりご不満ですね」

 

聞き入れないギルド員に不満を吐いていた所にばったりとチカと出会う。

 

「ああ、チカ。――見苦しい所、見られちゃったな」

 

「……ひょっとして、昼の事ですか?」

 

「……うん。実を言うと、まだ信じられなくて……」

 

「無理もありません。いきなり私達の知っている人が亡くなってしまったなんて、そう簡単に受け入れられるものではありませんから」

 

チカの表情も沈み気味だ。

SAOに捕らわれてすでに2年目とはいっても、まだ15歳になる所。親しい人間の死に、早々に折り合いがつくはずがない。

 

「歌姫2人が随分な落ち込みようね」

 

そんなとき、路地裏に通じる細道から女性の声が割り行ってきた。

 

「あ、ストレアさん」

 

「チカもいるなら丁度良かったわ。2人とも、これの事で一つ相談に乗っていいかな?」

 

そう言って件の楽譜を渡す。

見覚えのあるその楽譜を見て2人は「あっ」と声を上げる。

 

「ああ、それって今朝チカが見せたっていう楽譜の手紙?」

 

「はい。でもなんでこんなものを?」

 

「メモも同封していてマコト宛てに届いたのよ。ユナから届いたって」

 

「え?」

 

告げられた言葉にチカは虚を突かれたように言葉を失った。

その言葉にノゾミも気付いたようで、ストレアに訊ねる。

 

「ちょっと待って、それってテンカイさんやマコトちゃんが楽譜を読めることが前提じゃないの?」

 

「ええ……それに、よくよく考えたらユナさんとテンカイさんはお互い顔も合わせたこともありませんよ!?どうして顔も知らない人相手にメールを送れるのですか?大体、そのメールのやり取りの相手は私だけですよ!?」

 

一つの疑問から、次々と疑念が沸騰した湯の水面から上がる水泡の如く沸き立つ。

次々と浮かんだ疑念から顔を見合わせた3人の顔から、次第に血の気が引いていく

それはつまり――。

 

「じゃあこの楽譜って……!?」

 

「誰かがマコトさんをおびき寄せる為に使った……罠!?」

 

「――ッ!チカは急いでユナに【血盟騎士団】の奴らを引っ張って来させて!急がないとあの2人が殺される!」

 

真実に辿り着いた3人のうち、ストレアが素早く指示を出す。途端に弾かれたようにチカは大急ぎでユナにインスタンスメッセージを送り、ストレアは転移門へと走る。

 

「待って!私も――」

 

「駄目よッ!!」

 

呼び止め、同行させてくれと言いかけたノゾミをストレアは強い口調で遮る。

 

「2人を嵌めた相手は十中八九殺人者プレイヤー。冗談抜きで殺しに来るわ。こっちも殺す気で挑まないと……確実に死ぬわよ?」

 

「……ッ!」

 

脅しにも似た警告を言い放つストレアは、言葉からも表情からも酷く冷たいものを感じさせた。警告に思わずノゾミは恐怖で足を止める。

その一瞬を見てストレアは25層への転移を宣言。

 

(25層の中心……!よりにもよって、あんな場所に誘うなんて……!お願い、2人とも無事でいて!)

 

胸の内で早計な行動を起こしたマコトとユイに毒を吐くと同時に、どうか無事でいてくれと切に願いながら、ストレアは25層へと転移されていった。

 

 




次回「凶刃」。
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