プリンセス・アート・オンラインRe:Dive 作:日名森青戸
(・大・)<1万字いっちゃったよ。
剣戟が所々で響き、悲鳴と共にプレイヤーがポリゴンとなって消える。
ダンジョンの大部屋のあらゆる場所で、悲鳴や絶叫が響き渡る。
「ククク……ハァーッハハハハハハ!!!素晴らしい!素晴らしいじゃないか!!」
その中でただ一人。狂ったように笑いを上げる女性プレイヤーがいた。【血盟騎士団】の副団長クリスティーナ。狂気の争乱の中で、彼女はただ一人その表情を愉悦に歪ませていた。
「血みどろの――と、まではいかないが。鬼気迫るプレイヤー達!狂気に光る刃!散りゆくポリゴンの輝き!最高だよ!私の中でくすぶっていたものが、瞬く間に煉獄すら生温い業火へと燃え上がってるようだ!」
「何でそんなに余裕なんですか副団長!!」
剣戟を紙一重でかわし、反撃の刺突で武器を砕いた後、背中合わせに立ったアスナがツッコミ交じりに叫ぶ。
「なぁに。最近はモンスターとプレイヤーの殺し合いばかりだったからな。こういう刺激は大歓迎だよ!」
向かってくる【笑う棺桶】の攻撃を剣を払っていなす。
「刺激って……相手は殺人ギルドですよ!なんでそんなことを言えるんですか!?」
「人聞きの悪い。いたずらに、そして無抵抗の相手を嬲って殺すというのは私自身の趣向には合わん。どうせ殺すのなら、鬼気迫る勢いで激しく死合うべきじゃないのか?今のこの状況と同じように!」
手斧、片手戦槌を手に迫るプレイヤーを、武器破壊というシステム外スキルという技術で得物のみを破壊する。
「だが安心しろ。ギルド間で決定された仕事は十分にやるつもりだ。まぁ、事が済んだたらメインディッシュを頂くつもりだがな?」
「メイン?」
「ほらほら、ぼさっとしている時間も無いぞ?早くしないと、君を悩ましている黒い坊やが死んでしまうぞ?」
余裕を崩さないクリスティーナが指したのは、地獄と化したエリアのど真ん中にも拘らず、某立ちしたまま動かないキリトがいた。
この地獄のど真ん中で棒立ちなんて、相手からしたら「殺してくれ」と言っているようなものだ。
彼だけでも死なせまいと駆け寄った――次の瞬間だった。
「――あああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
「キリト君!?」
突如裂帛の咆哮を上げ、正面の【笑う棺桶】のプレイヤーへと駆け出す。
「!?キリト君、待っ――」
予感したアスナが叫ぶも、キリトは手にした《エリシュデータ》で【笑う棺桶】のプレイヤーの一人の首を撥ね、もう一人の胴体に剣を突き刺し、ポリゴン片へと消滅させた。
「……!」
目の前で起きたことに、アスナは一瞬凍り付いた。
キリトがプレイヤーを――人を殺してしまった事に。
†
――ガキィン!
クラディールの両手剣とノーチラスの片手剣がぶつかり合う。
「おいおいおいおいどうしたんだぁ?別の攻略ギルドに入ってたくせに、前より弱くなったんじゃないのかぁ?」
「うぐっ……!」
現状、クラディールの猛攻に防戦一方のノーチラス。
レベルや技量の差、というだけではない。ノーチラスの後ろにはマコトが倒れており、下手に踏み込んで大ぶりの攻撃をすれば隙を突かれて彼女を手に掛ける可能性を考慮した故に、相手の攻撃を弾く防戦一方の戦い方を強いられている。
「お前、なんでラフコフに入ったんだ!?」
「なんでだと?テメェがやったことをもう忘れちまったのかぁ?」
「はぁ?何のことだ?」
「忘れたのか?お前が最後にヘマをした40層の件だよ!」
言われずとも、ノーチラスには見当が付いていた。
自分が【血盟騎士団】を抜けるきっかけとなった、40層の救出作戦。【血盟騎士団】を脱退する際に、アスナの護衛をユナにしてもらえないかと副団長のクリスティーナに相談した。彼女もそれを聞き入れ、前任だったクラディールのストーカー紛いの護衛状況が決め手となり、ノーチラスの要望は受諾された。
「アスナを長い時間かけて俺好みの女にしようって計画が、テメェのせいで全部パーだ!!あの時ほどテメェをぶち殺してやりたかったって思った事は無かった!」
「その時か?ラフコフに誘われたのは?」
「ああそうさ。ヘッドと会ったのはその時だったよ。情報を横流しにする見返りに、アスナ様をものにできるチャンスが来たら俺に必ず伝えるってな。人を殺す瞬間の充実感ときたら、やっぱ入るギルド間違えたかなって思った……よッ!」
「うおっ!?」
不意討ちの真一文字を咄嗟にバックステップで回避する。
その時、懐からことりと何かが転がり落ちた。
「うん?」
ノーチラスの懐から落ちた立方体の結晶を拾い上げる。その途端2つの小さい丸が立方体の前に現れる。
妙だと思い片方の円形をタップする。
『はッ!ノコノコこんな所に疑いもせずに来たお前も、相当マヌケだよ!仲良く奴と一緒の所へいかせてやるからなァ!』
「――!《録音結晶》!てめぇ、さっきのを録音してやがったのか!」
「しまっ――!」
怒りに身を震わせたクラディールは手にしたそれを地面に叩きつけ破壊する。
「生意気な真似しやがって……!このッ、ガキがぁ!!」
「ぐああああッ!?」
怒りに任せて手にした両手剣をノーチラスの身体を貫いた。
「まぁいい。どのみちテメェを殺して密告の濡れ衣をユナにかぶせてしまえば問題は無い……!」
「ユナ……だと……?」
「ああそうさ。テメェがチクった所為で俺はアスナ様の護衛を降ろされたんだぞ!」
「ふざけやがって……!ンなもんテメェの逆恨みだろうが!」
「黙れ!――奴が追放されるネタはもう用意してある。あとはテメェを始末してしまえばそれで終いだ。あとは……」
刺し貫いたノーチラスに止めを刺さず、標的を動けないマコトに向ける。
「テメェ……!よくもテンカイさんを……!」
「あのバカの事か?あの野郎、俺が【血盟騎士団】のメンバーだって知ったらあっさり警戒を解きやがったよ。それでソードスキルで吹っ飛ばして、2撃目でリングアウト。吹っ飛ばされた奴のマヌケ面、テメェにも見せたかったよ」
「このッ……!」
けらけらと思い出しながら笑うクラディールに対し、マコトはふつふつと怒りを滾らせていく。
「……しかし、随分良いカラダしてんなぁ?」
一頻り笑った後、ねっとりとマコトの身体を舐め回すように見る。
「な…、何する気だ……?」
「知ってるか?普通に異性のプレイヤーに過剰に触れた場合、アラートが鳴ってそのプレイヤーを牢獄送りにすることができる。だがなぁ、これには裏ワザがあるんだよ」
「裏ワザ……?」
「倫理コードだよ。それをオフにすれば幾らべたべたに引っ付いてもアラートは鳴りはしない。つまり……」
「コードを切れば、ヤれるって事なんだよ」
がしりと、マコトの手首を掴む。システムの都合上ウィンドウは出した本人しか操作することができない。睡眠PKも同じように、標的の手を操作して決闘に持ち込ませてからという手口である。
「てめっ、放し、やがれッ……!」
「放せだと?はっ、あの男の事をまだ引きずってんのか?アイツは死んだんだ。もういない奴なんか気にしたって、生き返るはずがないだろ?テメェはもう俺らのアソビ道具になるか殺されるかのどっちかしか残ってねぇんだよ!!」
麻痺した腕で力が入らないながらも、必死に抵抗を続ける。しかし、力の入らない腕ではいかんせん抵抗らしき抵抗は続けられない。
次第に腕を操作させられ、倫理コードのボタンに触れそうになる。
(畜生……こんな奴一人殺せないなんて……!テンカイさんの仇すら、取れないなんて……!)
じりじりと指にタブが迫る中、唇をかみしめて悔しさをにじませるマコト。指がタブに触れる数ミリにまで近づいた瞬間――クラディールの後頭部に何かがぶつかった。
「ぐへっ!?――なんだ?」
傍に転がっていたのはこぶし大の石だ。後頭部に直撃していたが、大したダメージは無いが、問題はそこじゃない。誰がこの石を投げたかだ。
マコトは今自分の目の前。ノーチラスは動けない。他の連中は全く関係の無い場所を捜索しているはず。
「誰だ!誰がこんなことをした!?」
苛立ち交じりの荒げた声がダンジョンの中に響く。
その数秒後。ダンジョンの通路の奥――クラディールのいる位置から丁度真後ろ――から、一人のプレイヤーが現れる。
「どうやら、餌に掛かってくれたようですね」
東洋人を思わせる褐色の肌。灰色に近い銀髪。自分と違い、装備品は極力自分の身体の動作を阻害しないような最低限の軽装。そこから露出するしっかりと筋肉が付いた細くともがっしりとした体格。
「ったく、遅すぎですよ……!」
そのプレイヤー、ラジラジの登場にノーチラスはやっと自分の胴体に突き刺さっていた剣を引き抜いて、安堵の声を漏らす。
「お前は【ブレイブ・フォース】の……ふん、負け犬のギルドのリーダーが何出しゃばってきやがる。とっとと失せろよ」
「お言葉を返すようですが、私はあなたに用があるんですよ」
「用だと?」
「ええ。【笑う棺桶】の『蜥蜴隊』。もう調べは上がっています」
「と、とかげ……?」
聞きなれない単語にマコトは疑問符を浮かべる。
「今の【笑う棺桶】は、殺人ギルドとしてプレイヤーを襲う、本隊とも呼べる集団の他に下位組織として2つのグループを従えているのです。ひとつは補給や情報収集を主とする『蝙蝠隊』。もう一つはグリーンギルドに潜入し、虚偽情報を流し錯乱を行う諜報部隊――それが『蜥蜴隊』です」
「ほぉ、良く調べたな」
「情報屋として名の知れている方が追っていた事件と関わりがあるかもしれないと、調べていく内に行き当たったんですよ」
「だがな、ノコノコ出ているお前も相当馬鹿じゃないのか?」
自分に有利な状況は変わりない。揺らがぬ確信を持ったクラディールは短剣をマコトの首筋に付きつける。
「動くな。この女とそこに転がってる奴はどのみち殺す予定だが、お前も消さなきゃならないようだな。少しでも動けばまずはこの女を――」
刹那。ラジラジの姿が一瞬で肉薄する。
瞬いた瞬間、眼前に指が迫っていた。
「……は?」
「言っておきますが、あなたでは私を殺す事はできません。本気の殺し合いなら、確実にあなたが死にますよ」
「……」
挑発紛いの言葉ではあったが、言い返せないのも事実。
実際、あれがもし《エンブレイサー》であったなら、確実に首を撥ねられていたか、顔を貫かれていたかもしれない。
あり得た事実にクラディールが戦慄する。
「――ですが、私もあなたに死なれては困る理由があります。どうでしょう?ここはひとつ、決闘風に勝負を着けてみては」
「決闘風だと?」
眉を顰めたクラディールに、ラジラジは「少々こちらにハンデを入れますけどね」と加えてノーチラスが胴から引き抜いた両手剣を彼に投げ渡す。
受け取った拍子に力を入れ損ね、両手剣の切っ先が地面に当たって甲高い金属音を上げる。
「ルールは簡単。私はあなたが降参と言わせる事。あなたは私を行動不能にするか殺す事が勝利条件です。そして私は攻撃と防御の際、片手か片足しか使いません。あなたは好きに戦って構いません。私が勝てば大人しく捕まり、あなたの知る限りの情報を洗いざらい吐いて頂きます。私が負けたら、そうですね……。あなたの自由となり、彼女の身柄もあなたに委ねます」
「ちょっ!?」
いきなり自分の身柄が決闘の成果で決まってしまうことにマコトが声を上げる。
だがそんなマコトの気持ちなどどこ吹く風と言わんばかりにラジラジは続ける。
「先に言っておきますが、逃走はお勧めしませんよ。その時は有無を言わさず殺します」
「……確かに、この条件なら受けざるを得ないみたいだな」
【転移結晶】でも使えばその前にはたき落されるか殴り飛ばされそのまま滅多打ちになるのが目に見えている。
ただ勝てばいい。それで自分は自由になり、残る2人も始末できる。この男を始末してしまえばすべて解決だ。
(馬鹿が。決闘で白黒つければ良かったものを。俺には《
自分に負けは無いと内心にやりと笑いつつ、両手剣を構えなおす。
「さて、では潔く決闘でも――」
言葉を遮るかのようにラジラジが肉薄し、振りかざした拳に光が宿る。
「うおっ!?」
咄嗟に身を引き、体術スキル《閃打》を剣で防ぐ。
続けて下段を狙った蹴りは右脚で防ぎつつバックステップで距離を取る。
「おまっ、攻略組が不意討ちしてんじゃねーよ!?」
「
「くそがぁッ!」
悪態を吐きながらも両手剣を振るう。
ラジラジは両手剣の間合いでも既に見切っていると言わんばかりに、紙一重の距離で避けていく。首を狙った上段の真一文字を避け、回し蹴りを胴に見舞う。
「ぐはぁ!?」
蹴りを受けてよろめきながら数歩下がる。
どかりと壁に背を預け、荒い呼吸で肩が上下する。
(こ、コイツ……負け犬ギルドの癖に滅茶苦茶強いじゃないか!?なんだってこんな奴がノーマークだったんだ!?)
ラジラジはこのような状態の自分に追撃しようともせず、待ってやると言わんばかりの態度だ。
その態度にクラディールの苛立ちは募らせていく。が、すぐにハッと我に返ってあることに気付く。
(いや待て、これは決闘じゃ無い。何をしても許される殺し合いなんだ……)
何かを確信した途端、急に口角が上がる。
(なら殺せる!この手で確実に殺せる方法が!)
「どうかしましたか?万策尽きた、と言う割には呆気ないですね?」
未だに反撃してこないクラディールにそんな言葉を投げかける。
漸く動いた彼に拳を構えたが、次の瞬間クラディールは自らの両手剣を捨てる。
「……?」
「なんだ、剣を捨てた……?」
「……いやあ、驚いた。途中脱落のギルドだから、存外舐めていたよ」
そう言ってストレージを操作し、スクロールを自分の足元に放り投げる。
「アンタの知りたがっていた情報は、全てそのスクロールに書いてある。勝手に持って行ってくれ」
「……そうですか。ではありがたくいただきましょう」
警戒を解き、クラディールが投げたスクロールを取ろうと近付く。
「――喰らえッ!!」
その時、懐から取り出した瓶の中の液体を振り撒く。唐突な不意討ちに対処が遅れ、もろにその液体を浴びる。
「うぐっ……あが……っ!?」
「ラジラジ!?」
「ひひゃははははは!マヌケが引っ掛かりやがったなぁ!!」
身体が痙攣し、突如倒れ込む。
「テメェ、汚ねぇぞ!!麻痺毒を使うなんて……!」
「あぁ?こいつは決闘風って言ったんだぞ。正式な決闘じゃないんだし、こういうのもアリだって言ったのと同じだろうが」
「野郎……ッ!!」
溢れてくる怒りを何とか堪え、右手を握ったりして感触を確かめる。
(……まだ多少痺れは残ってるけど、今から不意討ちで奴の背中を貫くくらいはできる……!これで、テンカイさんの仇を――)
両手剣を構え、背を向けているクラディールに狙いを定めんと切っ先を向ける。
ぐっと脚に力を籠め、静かに剣に光を宿す。
(この一撃で……!)
限界まで溜められた圧力を解き放つように、地面を蹴りだす――前にノーチラスに肩を掴まれる。
「……!?ノーチラス、てめっ、何の真似だ……?」
「良いから大人しく見てろ」
何故止めるのかマコトは信じられなかった。何故止める必要がある?奴の言葉の意趣返しで癪に障るが、これは決闘ではない。不意討ちすれば確実にクラディールを殺せるはずなのに……。
「相手は人殺しなんだぞ!あんな奴殺しても――」
「それ以上は言うな。言い切った途端、お前も同類になるぞ……!」
「……!」
その頃、倒れて動かないラジラジを見下ろすクラディールは、捨てた剣を拾い上げる。
「言いざまだなぁ、負け犬さんよぉ。このまま甚振って、情けない命乞いや悲鳴を聞きたい所だが、すぐにお前のを始末しなきゃ俺の立場もヤバい。このまま首を撥ねて楽にしてやるよ!その後はあの女とノーチラス、そしてユナだ。ノーチラスを殺してユナの部屋に証拠があるとチクれば、奴も終わりだ。そこの女は俺達がしっかりと有効活用してやるから……安心してくたばりなぁ!!」
狙いをラジラジの首に定めて剣を振り下ろそうとし――直後に左側に衝撃を受けた。
「――ぁえ?」
視界を動かすと、自分の顔の左側に蹴りが入れられていた。視界を降ろすと、動けないはずのラジラジが鯱のように身体を逸らして蹴りを自分の顔にめり込ませているのが見えた。
刹那、その体勢から更に逆立ちになり、回し蹴りを食らって吹っ飛ばされる。
「――くだらない。この程度の不意討ちで勝った気でいたとは」
「てめっ、どうやって……!?」
「石を投げた後で【耐毒ポーション】を1つ。最前線の素材で作った最上級品です。性能はあなたが仕込んだ毒よりは上のようでしたね」
「あ、あれはフリだったのか……!?」
「ちゃんとアイコンは確認しておくべきですよ。この程度の不意討ちに気付かないとは、余程【笑う棺桶】の中でも下っ端なのでしょうね。彼を殺した気にもなって、高が知れてるって奴です」
「なんだとッ――!?……ん?ちょっと待て、殺した気になった?誰の事を言っている?」
先の一言にクラディールは耳ざとく訊ね返す。
同時にマコトにも聞こえていたようで、彼女も目を大きく開く。
「お、おい……まさか……それって……?」
「クラディール。あなたに一つ聞きますが、文字を消すにはどうすればいいですか?」
「は?なんだ急に?「良いから早く。なるべく思い当たる物を答えて」……二重線を引く。塗りつぶす。修正テープを貼る。あとは文字そのものを……――」
唐突で明後日の方向を向いた質問にクラディールは訝し気に応える。そしてあらかた言った途端、クラディールが何かに気付いたように眼を見開いた。
「そう。私は彼の『
もっとも、『生命の碑』に行って確認しようにも『ブレイブ・フォース』が封鎖しているので見ることはできなかったのだが。
「馬鹿な……!?」
「それじゃあつまり……あの人が……生きてるって事か……?」
「ええ。今頃はあなたの所属している――失礼、所属していた【血盟騎士団】に報告しているでしょうね」
マコトもクラディールもラジラジの言葉に愕然となる。だが、驚愕と共に表れた感情は前者と後者で全く異なる物だった。
前者は喜びを交えて目じりに涙を浮かべている。そして――。
「――ふざけんなああああああぁぁぁ!!!俺は確かに奴を突き落としたんだぞ!!それが生きてる!?冗談を抜かすのも大概にしやがれ!!」
「この状況で嘘を言うメリットがどこにあるんですか?」
「お前、言ってたことを忘れたのか!?突き落としたって言ってるんだよ!!アインクラッドの外周は空中、空を貫く豆の木も雲の足場なんてのも無い!!ほんの十数秒の間もあれば確実に死ぬ状況でどうやって助かったって言うんだよ!?フーディーニですらこの状況を脱するなんて不可能だ!!」
後者は激情と共にヒステリックに叫んで否定する。自分の殺したはずの男が生きている。そんなのは自分の犯行を裏付ける絶好の証人だ。そんな奴を生かしていてはこの場の全員を始末できたとしても、いずれ自分が【笑う棺桶】のメンバーであることが知られてしまう。
「あるんだよ。たったひとつだけ」
「何……?」
そんな彼をばっさり切り捨てたのは、ラジラジではなくノーチラスだった。
「【転移結晶】だ。外周からの落下による転落死は、ある程度アインクラッドから離れてから消えるんだ。その落下して死亡が確定する十数秒の間に転移してしまえば脱出は可能だよ。前に、迷宮区の塔をよじ登って次の層に行けないか試したどこぞの馬鹿がやったのを覚えてたらしい」
その説明にマコトはテンカイとのデートで立ち寄ったレストランでの一幕を思い出した。
その時は彼も行商に出ていて、その光景を見ていた。それを思い出して笑っていたのはよく覚えている。
「な、何故お前がそんなことを……!?」
「なんでも何も、俺が非番の時に転移してきた当の本人から聞いたんだよ」
「私も【生命の碑】を確認しようと訪れた際に知ったのです。そこで彼を死んだことにして、情報収集に専念してもらおうと提案したのですよ。ある人物から情報収集の人手が足りないと言っていたのでね」
次から次へと暴露される事実に、クラディールは次第に身体をわなわなと身体を震わせる。
「――……ふざけやがってええええッ!!こうなったら全員、地獄に叩き落してやるぅッ!!」
完全に激情に任せて両手剣をラジラジに向け矢鱈に振るう。それは先程よりも粗く、剣術と言うよりかは子供が棒を振り回すとった方が良いだろう。そんなものを避けることなど、ラジラジには容易いことだ。首を狙った真一文字を身をかがめて回避し、洞窟の通路の壁に当たって刀身が折れる。
その瞬間、ラジラジの拳がクラディールの顔に叩き込み、ばたりと仰向けに転倒させた。その状態の彼にラジラジはつかつかと歩み寄り、更に拳を顔面に叩き込む。
「……ふッ!」
「ふべッ!?」
右手を引っ込め、顔面に左の拳を叩き込む。
「……ふッ!」
「ぶがッ!?」
左の拳を引っ込め、右の拳で殴る。
右の拳を引っ込め、右の拳で殴る。
右を引っ込め、左で殴る。
左を引っ込め、右で殴る。
右、左、右、左、右――。延々と続く殴打。
引っ込める時はパイルドライバーのようにゆっくりと、殴る時は戦車の砲撃のように素早く力強く。自分が架した『攻撃と防御の際は片手、もしくは片足しか使わない』という制約を忠実に守りながら延々と殴り続ける。
「……なあ、あれって途中で死にやしないか?」
「……俺が知ってる限り、入ってた頃にはもう《戦闘時自動回復》を持ってた気が……」
「……確か何も装備してない素手の攻撃って、《体術》スキル抜きだと鎧や兜に覆われて無い所を殴っても、1しか減らないんだよな?」
「……だな」
ゆっくりとしたテンポのリンチにドン引きしてるマコトと、同じくドン引きしたままのノーチラスの間でそんな会話が繰り広げられる。
早い話、途中でラジラジが《体術》スキルを使わない限りは死なない。――違う。たとえクラディールが殺してくれと懇願しても、ラジラジが自ら架したルールで死にたくても死ねない最悪のハメ技無限ループの餌食になってしまっているのだ。
殴っても1しか減らず、それも2回目の殴打ですぐに全快。殴って、削られ、振りかぶった所で回復される。
「まっ、まべっ!――ちょっ、ぶげッ!――こッ、降ばがッ!」
「どうしました?ちゃんと降参したいなら降参と仰ってください」
このループから抜け出すには、もうクラディール自身が降参するしかない。だが、ラジラジは言葉はルールの厳守を注意しているように装っているが、確実に言わせないように的確に顔面を殴り続けている。
まるで長年のフラストレーションを物に八つ当たりすることで解消するかのように、
「……なあ、止めたほうが良いんじゃねぇか?あのままじゃ死ぬ……事は無いけど、精神がヤバいことになる気がしてきたんだけど?」
「……止めたほうが良い。こっちが殺される」
その後も延々と、時間にして10分くらいだろうか。徹底的にボコった所でシズル達が駆け付けてきた。
「一体どうしたの?さっきから凄い音がしてるんだけど?」
シズルを筆頭に、次々と部ノーチラス達の所に集まっていく。
そしてやってきた全員が残らず絶句した。そりゃそうだ。いきなりプレイヤーをボコってる現場に鉢合わせれば誰だって言葉を失う。
「た、助けてくれ!こいつらがラフコフの内通者だ!!」
「!?テメッ!!」
咄嗟に助けを求めるクラディールに、マコトが叫ぶ。
「内通者だと!?」
「ああそうだ!奴らは俺達の情報を盗み取ってラフコフに横流ししていたんだ!」
「なんだって!?――貴様らッ!!」
真に受けたコーバッツが抜刀し、ラジラジに迫る。他の【アインクラッド解放隊】の面々も武器を構えてラジラジとノーチラスを取り囲む。
「――待って」
が、彼らをシズルの一括で止められる。
「クラディールさん、一つ良い?」
「な、なんだ?とっととこいつらを捕まえろ!何を躊躇している!?」
必死に叫ぶクラディールに向けるシズルの表情は彼に対する疑いが強く表れていた。
すっとひざを折り、彼に目線を合わせると一言投げかけた。
「――なんで【血盟騎士団】を出ていったの?」
「……え?」
「もし本当に彼が内通者なら、わざわざギルドを抜ける必要は無いんだよね?《聞き耳》や《隠蔽》を高めて本部の情報を横流しする方が効率が良いんじゃないかな?私が内通者だったら、多分そうしてるはずだよ」
「そ、それは……その方が都合が良いからで……」
的確な推測に、クラディールはしどろもどろに言葉を出すが、まるで焼け石に水である。
その傍ら、ラジラジがため息交じりに「こいつ、相当馬鹿だな」と言わんばかりの冷めた目を向けて言う。
「……愚かな。保身の為の嘘で、自らの首を絞めるとは。ノーチラス」
「分かってますよ」
そう言って懐から立方体のアイテムを取り出す。
「これは……《録音結晶》?」
「なっ!?それは壊したはず――!?」
「あれは最初っからお前に壊させるための囮だ。証拠を潰して油断させるためのな」
シズルが再生ボタンを押すと、ノーチラスとクラディールの戦闘時の会話が流れる。
『アスナを長い時間かけて俺好みの女にしようって計画が、テメェのせいで全部パーだ!!あの時ほどテメェをぶち殺してやりたかったって思った事は無かった!』
『その時か?ラフコフに誘われたのは?』
『ああそうさ。ヘッドと会ったのはその時だったよ。情報を横流しにする見返りに、アスナ様をものにできるチャンスが来たら俺に必ず伝えるってな。人を殺す瞬間の充実感ときたら、やっぱ入るギルド間違えたかなって思った……よッ!』
『うおっ!?』
決定的な証拠を突きつけられ、クラディールの逃げ場は完全に崩れ去り、彼自身も崩れ落ちた。
「――どうやら決定的みたいね。コーバッツさん、彼の拘束を」
「お、おう……」
崩れ落ちたクラディールの両脇を【解放隊】のメンバーが抱え、連行していく。
連行される後姿を見送ると、ラジラジは踵を返して別方向の通路へと向かう。
「それでは私はこれで。他の階層で行動している方達に連絡を入れておきたいので。それからマコトさん。ギルドに連絡を入れておいてくださいね」
「あ、ああ。本当は戻るつもりは無かったんだけど……。みんな、心配してるだろうし」
「俺も行くよ。休んでる暇は、無いからな」
マコトと、貫かれたばかりの身体に鞭打って立ち上がったノーチラスも連絡を入れる為に、ダンジョンを後にする。
後に残ったシズルだけの空間は、彼女に閑散とした寂しさをいやに感じさせた。
次回「討伐戦のその裏で:4」
(・大・)<次で戦闘パートは終了。