プリンセス・アート・オンラインRe:Dive 作:日名森青戸
同刻。【血盟騎士団】執務室。
「……はぁ」
ギルドメンバーのリストを見て編成を考えあぐねていたアスナが溜息を吐く。
「最近根詰めすぎじゃない?」
そんな彼女にシズルが声を掛ける。
「シズルさん。あなたも攻略組のタンク隊に選ばれた自覚を持ってくれたらどうなんですか?」
「それ以前に私はリノちゃんのお姉ちゃんだぞ♪」
場違いな返答にアスナは頭を抱える。
「……でもさ、無理をしてるのは当たってるよね?」
「……どういうこと?」
「だって最近、オフの日はキリト君の事を話してたでしょ?」
「えぇっ!?」
流石のアスナも緩む時はあったらしい。ピンポイントに指摘された台詞にアスナは目に見えて動揺する。顔を赤くして。
そんな彼女にシズルは、やれやれ、といった表情を浮かべるとアスナに歩み寄る。
「アスナちゃん。その仕事私がやっとくから、キリト君の所にでも行って来たら?」
「えっ?でも……」
「今は大変な時期なんだし、上からは私が言っておくよ。他人の厚意は素直に受けるのも大事な事だぞ♪」
「……ありがとうございます」
一言礼を言ってアスナは執務室を後にする。
「……はぁ。良いなぁ……。会いたい人に会えるなんて」
†
ノゾミが気分転換の外出をして早1時間。歌詞の内容は未だに思い浮かばない。
もやもやした気分で街を散策していると、視界の端に黒い影が横切る。
「……今のって」
もしやと思いその影が向かったであろう方向へとノゾミも歩いてく。
主街区の喧騒が遠ざかり、園外のフィールドに出る。雑木林の入り口に差し掛かった時、ノゾミの横の木の幹に黒剣が深々と突き刺さった。
「――――!?!?!?」
驚きのあまり悲鳴も出なかった。
腰が抜けたノゾミに黒い影がうんざりした様子で声を掛ける。
「――お前、アイドルからストーカーにでも転職したのか?」
「き……きりひょくん!?」
すっかり血の気が失せた蒼白した顔で叫ぶ。
本当なら「なにするの!?」なんて一言怒鳴ってやりたい所だが、呂律が回らない。そりゃそうだ。あと左に少しだけズレていたらノゾミの顔にエリュシデータの刀身が深々と突き刺さり、このゲームとこの世から退場する羽目になったのだから。
「こんな所でレベリングか?」
「違うよ。歌詞作りに行き詰って気分展開して来いってみんなに言われて」
「園内だったら間違いなく【ALS】か【聖竜連合】に突き出してたよ」
据わった目で言うキリトにノゾミは背筋が凍るような思いがした。
――絶対に冗談じゃない、本気だ。
1度、深く深呼吸をした後でようやく落ち着いて来たのか、眼鏡とマスクを外してすっと立ち上がる。
「……聞いたよ。攻略が滞ってるって」
「……そっか」
「そっかって……まさか、参加してないの?」
頷いたキリトにノゾミは目を丸くする。
攻略組の話は【MTD】の新聞でしか見たことがなかった。しかし階層ボス突破記事には必ずといって良いほどキリトがラストアタックを決めたと記載されていた。今のリアクションから察すれば、69層と70層の攻略には手を着けてないということになる。
よく見れば、キリトも様子がおかしい。かつて60層に飛ばされた時は、勝手な行動でパーティメンバーを死なせかけたウィスタリアに烈火の如く怒りをぶつけていた。
しかし今はどうだ?まるで死人というには大げさすぎるが、それほどまでに消沈し、あの時に――そして、最初に出会った時とも――出会ったキリトとは大きくかけ離れている。
「お前には関係無い話だ。とっとと消えてくれ」
「消えてって……ちょっと、それっは無いんじゃないの?」
「勝手に付いて来たのはそっちだろ?」
「でも……まさかこのまま脱落、何て言うんじゃ無いよね?」
去ろうとした時、ノゾミは反射的にキリトの手を掴んだ。
「聞こえなかったのか?お前らには関係ない話だって」
「……確かに、確かに関係無いよ。だけど、そんな君を放っておけるほど薄情じゃないよ!」
「哀れみとかそんなのいらねぇんだよ!ンなもん俺からすりゃ鬱陶しいだけなんだよ!お前らはこのSAOに捕まってる奴らを全員救えると思って調子に乗ってんじゃねぇのか!?命がけの攻略だけ俺らに押し付けて自分達は美味しい思いをしてるってのか!?」
手を振り払い怒りをぶちまける。
ウィスタリアを叱った時以上の怒りに晒され、ノゾミの言おうとした言葉は喉に出る前に完全に消え失せる。
「死ぬのが怖いんだったら1層で大人しくしてればいいのに!商売とか支援とか他の連中に任せておけばいいだろ!出しゃばった真似をして殺されかけて!いったい何がしたいんだよ!!」
「……」
「1層のアイドルだか何だか知らないけど、他のプレイヤーにちやほやされたいからって理由でユナやレインと一緒にくだらないアイドルごっこをして、調子に乗るのも大概にしろよ!!」
「……!」
「もういいだろ。とっとと――」
言いたい事は言ってやった。あとはとっととこの面倒な女の前から失せるだけだ。
そう思った次の瞬間、乾いた音が響いた。
「……て」
一瞬、キリトは理解が追い付かなかった。
気が付いた時には頬を叩かれたようなじんわりと感じる電気信号を感じるだけだった。
「――取り消してッ!!」
ビンタを放った本人、ノゾミがキッと怒りを宿した瞳をキリトに向けて叫んだ。
「私は、私がちやほやされたいなんて下らないことだけでアイドルをやってる訳じゃない!私の思うアイドルって言うのはそんなことの為にあんなに輝けるはずがないんだよ!!それに、私どころかユナやレインまで馬鹿にするのは止めて!!!」
琴線に触れたノゾミの反論が、今度はキリトを黙らせる。
沈黙の中、キリトが気付いた。ノゾミの頬に一滴の雫が流れ落ちたことに。
涙と思ったそれが再びノゾミの頬に落ちる。見上げると雨が降り出しそうな曇天になっていた。
「雨……」
参ったことに、雨宿りする場所なんて木の影くらいしかない。
急いで周囲を探すと、小さな洞窟を見つける。
「あそこに行くぞ」
†
ぽつり、ポツリと降って来た雨はいつの間にか本降りになった。
雨粒が雑木林の葉や水たまりに落ち、自然のBGMを奏でている。
洞窟の中で雨宿りすることになったキリトとノゾミだったが、先の事を引きずってか、いかんせん会話が出てこない。
「……さっき、みんなを救えると思ってるって」
漸く切り出したのはノゾミだった。
「……そうだな」
「そりゃあ、私もできれば助けられる人は助けたい。けど……どうにもできない事って誰にもある事なんだよ」
それからノゾミは、最初の日、デスゲーム宣言後の方針の話をした。当然、あの時浮遊城の外に身を投げたプレイヤーの事も。
「それからしばらくは、同じようにこの城から飛び降りたプレイヤーが日に何十人もいたよ。まるで、私の歌が自分の人生の最期を飾るに相応しかったってみたいな顔で……」
ノゾミの脳裏には今でもはっきりと覚えている。
外周に身を乗り出し、自分に向けた悲しい笑顔。次の瞬間には浮遊城から落下していく姿――。1層が攻略されるまでの2か月もの間、嫌と言うほど目にしてきた。
「何度も見せられて……嫌になったこともあったよ。折れそうなこともあった。歌えなくなったこともあった」
遠方を見ながらのノゾミの独白に、キリトは「そうか……」と相槌を打つだけだった。
いや、それしかできなかったと言ったほうが正しいだろう。キリト自身、《始まりの街》へは去年のクリスマス以降足を踏み入れてない。それ以前に、それほどの苦労を彼女らが経験してきたこと自体知らなかったのだ。
料理の屋台を見かけるようになった10層解放後。見かけたキリトは「こんな所で何やってるんだ?」という程度しか思っていなかった。改めて当事者の話を聞いたキリトはそんなことが起きていたとは思っていなかった。
「ウィスタリアさんが起ち上げたギルドの方針も、最初はうまくいかなかったんだよ。最初の時なんて話を聞いてくれる人もいなかったし、野菜の苗は枯らしちゃうし……ポーション作りには失敗しちゃうし。ほんと、大変だったなぁ……」
「そうか……大変だったんだな」
当事者ではないキリトは他人事のような返答しか返せない。だが彼女を見る目は、決してこれまでの彼女たちの軌跡を軽んじる事は無い。
「……一つ、質問して良いか?」
「なに?」
「もし、組んでたパーティが何かのトラップや、逃げられない状況になって……自分も生き残るのが精いっぱいの状況だ。そんな中で、自分だけが生き残って……それからどうればいい?」
「……難しい、質問だね」
「そうか?」
「うん。多分答えられるのは自論だし、実際そうなった時にその通りに行動するとは限らないよ。泣き崩れてそのまま引きずっていったり、やるせない気持ちでいっぱいになっちゃうって私も思うから」
「それでも構わない。教えてくれ」
思わず前のめりに身を乗り出してノゾミに訊ねる。
ひとまず押し退けて落ち着かせるとゆっくりと答えを語りだした。
「私は、その人達の想いを受け継いで前を向いて、進んでいかなきゃって思うの。この世界じゃ誰のせいにもできない死が突然襲ってくるよね?それが原因でも誰に怒りをぶつけて良いか分からないと思うよ。薄情かもしれないけど、怒りをぶつける為に立ち止まっても、何も解決しないと思う」
「……もし、そいつが最前線の攻略プレイヤーで、そのトラップに気付いて言い出せなくてもか?もし、言い出せる勇気が、覚悟があったのならあんなことには……」
ぎゅっと、腕を掴む握力が強くなっていく。キリトの脳裏に、あの忌まわしい光景が浮かびあがっていく。
「うーん……多分、あんまり変わらないんじゃないかな?」
ノゾミの何気ない一言にキリトは思わず我に返る。
「変わらないだと……?」
「ああ、待って待って。別に助けられなかったって所を言ってるわけじゃないの。私はそのプレイヤーがパーティに惹かれたのは事実だし、そこで一緒にいた思い出は変わらないんでしょ?」
「……!」
「運よく助かって、その後で正体がバレたとしても、多分その人達はそのプレイヤーを責めないと思う。むしろ、その人の人柄を知れてラッキーだって、私は思うよ」
「……悪かった。調子に乗ってるとか、アイドルもどきとか言って」
「こっちこそ、いきなりビンタしてゴメンね。――あ。雨が……」
いつの間にか雨は止み、澄み切った晴天が広がっていた。
洞窟から足取り軽く出たノゾミはくるりと洞窟にいるキリトに話しかける。
「ありがとう。なんだかすごい歌詞が作れそうな気がしてきた!」
先程の事でどう切り出せばいいのだろう。元々口下手でコミュ障な所もあるキリトだったが、ノゾミは彼の言葉が出る前に洞窟を出て言う。
「アイドルはね、みんなの悲しい気持ちを吹き飛ばしてあげることが仕事なの。君ばかりが辛い思いをして悲しい気持ちになっても、私は君を笑顔にしたい。それに、
振り返って、陽光を背に受けたノゾミは、固い決意を秘めた笑顔でキリトに言う。
「だからこそ、必ず成功させたいの。だからキリト君、ライブにはちゃんと来てよね!」
「……ああ。ふざけたライブだったらぶった斬ってやるよ」
死人の様な雰囲気は消え失せ、生気と活力が戻った顔に戻ったキリトが言い放ったジョークを背に、ノゾミは駆け足で去って行った。
後に残ったキリトは、蒼穹を見上げていた。
「……前を向いて、か……」
かつて、自分が気まぐれで助けたギルド【月夜の黒猫団】。自分が打ち明けなかった所為でその命を散らし、残ったケイタに殺意を滾らせ、殺される一歩手前まで追い詰められた。その正体は【笑う棺桶】のメンバーの一人が流したフェイクに踊らされた結果だった。
初めてグラスを交わした日の事、レベリングに付き合った事、恐怖に潰れそうなサチの独白を橋の下で聞いた事――そして、彼女の最期のメッセージの事。
それらがキリトの中で自覚の無い呪縛として残り続け、あの討伐戦で真相を聞かされ、激情に駆られるままに10人も殺してしまい、その呪縛はさらに強まった。正直に言えば討伐戦の傷はまだ癒えていない。
「キリト君!」
その時、不意に聞きなれた声が耳に響いた。
その方へ振り向くと、白の騎士鎧に赤のミニスカート、そして腰にレイピアを差した栗色の剣士がこちらに駆けていくのが見えた。
「アスナ……」
「や、やっと見つけたぁ~……」
肩を上下するのを見ると、相当走ってきたことが伺えた。
キリトが何か言う前に、呼吸を整えたアスナが喋り出す。
「もう、どこに行ってたの!?心配したんだよ!」
「わ、悪いって……って、ギルドの仕事は良いのか?」
「そこはシズルさんが代わってくれたのよ。キリト君を探しに行けって。……それより、大丈夫なの?」
アスナの問いにキリトは答えられなかった。
彼女の言う大丈夫とは、討伐戦の事だろう。
「……ああ、大丈夫だ。さっきノゾミと会って、少し話をしたんだよ」
「ノゾミちゃんと?……むぅ」
以外にもふてくされるように小さい呻き声を上げた。
「どうしてそんなリアクションするんだ?」と聞こうとした時、アスナの手がキリトを掴んだ。
いきなりのアスナの行動と、彼女の手の軟らかさにどぎまぎしているキリトを他所にアスナが不安を露わにした表情で、消え入りそうな声で言う。
「私、どうしちゃったのかな……?最近じゃ、君がこのまま消えちゃったらって思うと、凄く不安になっちゃって……やっと見つけた何かが消えちゃいそうだと思って……」
「……」
「……キリト君。君は誰かを巻き込ませまいと行動してる。そこをとやかく言うつもりは無いよ。けど……君はもう少し、もう少しだけ誰かに頼っても良いんだよ?」
「君の事を心配している人は、君が思っているよりも近くで沢山いるんだから」
キリトの瞳をまっすぐ見つめての言葉の後、風が吹き抜けた。
時が止まったような感覚を感じた。彼女は、自分の仕事を放ってまで自分を探しに来てくれた。その事を思うだけで胸が熱くなる。
するとアスナも自分のやったことに気付いたのか、顔を赤くしてパッと手を放す。
「あ……いやいやいや!何やってんだろ私!き、キリト君も次の階層ボスには参加してよね!絶対だよ!」
「ああ。迷惑をかけた分はちゃんと働くよ」
その言葉に少しだけ笑みを浮かべたアスナを見て、朗らかに街へと戻るのだった。
次回「ライブ・イン・アインクラッド(前編)」
(・大・)<次回はちょっと本編を停止して、番外編を執筆。
(・大・)<本編は次回辺りにライブを書きたい……。