プリンセス・アート・オンラインRe:Dive   作:日名森青戸

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(・大・)<この話ではプリコネ側のユイは出ていません。

(・大・)<ですが、今回から名前の被ったキャラはルビにローマ字の名前を入れておきます。



プリコネのユイユイ(Yui)

SAOのユイ(Yui)


(・大・)<とまあ、こういう感じで。


「ユイの叫び、ストレアの魂」

 

とあるダンジョンの内部――。

 

 

「……ッ!」

 

剣を地面に突き、片膝をつくストレアの前に、無数に近いカエル型モンスター『スカベンジトード』の4個2対の目が赤く光る。

その数は10や20じゃ効かない数だ。

 

「これは……流石にヤバいかも……」

 

背後は壁、左右と正面にはカエル型モンスターの群れ。逃げ道は完全に絶たれていた。

 

(適正レベルより上とはいえ、この数をソロで捌くのはキツイかも……ラジラジは先行して見失っちゃったし……流石に――)

 

一瞬諦めを含んだ言葉が脳裏を横切ったが、首を振って考えを振り払う。

 

「ったく、人間と一緒になった所為で変に諦めが悪くなっちゃったのかな……?」

 

自嘲気味に笑うと剣を杖代わりに立ち上がる。

そして剣を構えると、無数に等しいスカベンジトードへと構えなおした。

 

「――どっけぇぇぇぇ!!!」

 

その時、雄叫びと共に飛来した黒い何かが、スカベンジトードの群れを横からなぎ倒していった。さながらそれは黒い竜巻か。

 

「ストレアさん、大丈夫!?」

 

「アスナに……キリト!?どうしてここに……?」

 

「説明は後だ!まずはこいつらを!」

 

ぴしゃりと言うキリトにストレアはワンテンポ遅れてキリトに続いてスカベンジトードの群れへと駆けていく。

その数分後、蛙の大群を相手の大立ち回りを終えたキリトはストレアにポーションを投げ渡す。

 

「ありがと」

 

短く礼を言うと中身を嚥下。HPバーが緩やかに伸びていくのを横目にアスナとキリトに訊ねた。

 

「なんでここにッ……!?」

 

「ウィスタリアとユースさんを助けにな。――ん?ストレア、どうした?」

 

驚愕に染まったストレアの視線を追うと、その先はきょとんと首を傾げるユイ。

ストレアとユイの顔を交互に見て、何かに気付いたアスナが声を掛けた。

 

「ストレアさん、ユイちゃんの事で何か知ってるの!?」

 

「えっ!?あっ、その……わー、ユイちゃんって言うんだー!かわいいなー!あ、でも私の知ってるユイちゃんとは違うなー!」

 

「なんか、白々しいな……」

 

白々しい棒読みにキリトとアスナはジト目になるが、構わずストレアはユイと目線を合わせる為にしゃがみ込む。

 

「よろしくね、ユイちゃん。気軽にお姉ちゃんって言っていいよ」

 

「ストレア」

 

ユイの容赦ない呼び捨てに空気が凍り付いた。

 

「お……おい、ユイ。その人多分お前よりも年上だぞ?」

 

「そうだよ。ほら、ストレアお姉ちゃんって言って?」

 

「ストレアはストレアだよ?」

 

まるで気付いていないかのようにきょとんと首を傾げるユイだった。

 

「……うん。もういいよ、ストレアで……」

 

若干顔をひきつらせたストレアは哀愁のオーラを漂わせてそう言うのだった。

そんなストレアにキリトとアスナは、ただただ申し訳なさげに畏縮するしかなかった。

 

 

 

 

その後、ストレアを加えたキリト達は順調にダンジョンの奥へと進んでいく。

フレンド登録しておいたキリトが時折ウィスタリア達の位置を確認するが、彼女らを示す2つの光点は移動した痕跡が無い。

そして緩やかな曲がり道を越えた先、十字路の先に光が見えた。恐らくあそこが安全地帯だろう。

 

「あの先ね」

 

やや早足になって光の部屋へ向かい、十字路に差し掛かったその時だった。

地下ダンジョン全体に行き渡るかのような轟音と前方を覆う激しい土煙が上がる。

 

「なにッ!?」

 

アスナがギョッとしたのも束の間、土煙から何かが――いや、誰かが飛び出した。

 

「――ラジラジ!」

 

「おや、このような場所で会うとは奇妙なこともありますね」

 

声を上げるキリトを他所に、ラジラジはキリト達に声を掛ける。拳を構え、前方を最大限警戒して。

 

「今は退く事をお勧めしますよ。流石の私でも、奴相手はこのレベルでは骨が折れる」

 

「「「奴?」」」

 

ラジラジの言葉に一瞬眉をひそめたキリトとアスナ。だが、その疑問は一瞬で答えを理解する。と同時にさぁっと全身の血が抜け落ちたように血の気が引いた。

土煙を裂く、幾人もの血を啜ったかのような黒光りする刃の処刑鎌(デスサイズ)。暗夜に溶け込むかのような漆黒のローブ。それを纏うスケルトンの頭蓋骨の双眸には紅い光が灯る。

キリトとアスナはその姿を見た瞬間、スキルを使うまでも無く理解――直感した。このモンスターは自分達よりはるかに格上だと。

 

「……おい、なんだこれ?」

 

「少し奥にある安全地帯を調べようと思ったのですが、奴に阻まれましてね。3日がかりでようやく倒したのですが、倒した直後にリポップしてきました。恐らく倒されるのをトリガーに、また新たなボスモンスターを番人として呼び出す仕掛けが施されているのかもしれません。ステータスを強化するオマケつきでね」

 

他人事のように淡々と述べるラジラジにキリトは身震いした。

目の前の理不尽な強さを持っているであろう、巨大な死神よりも、この死神を1対1で倒した目の前の男に。

 

「それよりどうする?俺の《識別》でもステータスが見えない」

 

「でしょうね。90層クラスは堅いかと。こんな奴らを相手にしていてはキリがありません」

 

「となると……逃げの一手で遠回りが最善ね。逃がしてくれるほど相手が甘ければ、の話だけど」

 

ストレアの冗談めいた言葉に返答するかのように、死神の双眸に宿る光が一層強くなる。逃がす訳あるかと言っているのは誰が見ても明白だ。

アスナは自分の娘を一瞥し、そしてストレアへと視線を移す。

 

「ストレアさん、ユイちゃんと一緒に安全エリアに!」

 

「まま……」

 

「大丈夫よ。すぐに終わらせるから」

 

不安げにアスナの顔を見上げるユイをストレアが安全エリアへと連れていく。

そして自分はキリトの隣に立つと細剣を抜く。

 

「アスナ……」

 

「言ったはずだよ?ずっと一緒だって……」

 

アスナの決意は固かった。その意思を悟ったキリトはそれ以上口にはしなかった。

共に頷いて目の前の死神と対峙した時、

 

「来ますよ!」

 

ラジラジの叫びと同時に、死神は目の前の獲物を仕留めんと鎌を振り上げて突進してきた。

ぐわりと大きく振りかぶった死神にラジラジは横っ飛びで回避し、キリトは剣を交差させ、更にその後ろからアスナの細剣の二重ガードで受ける。

 

「うわあああああッ!!」

 

「きゃあああああッ!!」

 

鎌と3本の剣がぶつかった瞬間、拮抗は崩れた。

アスナとキリトは大きくふっ飛ばされ天井に激突し、そのまま床に叩きつけられる。

意識が飛びそうになるほどの衝撃に何とか耐え、アスナは自身とキリトのHPを確認する。

満タンだったHPが、今の一撃でレッドゾーンに到達し、キリトはイエローゾーンにまで達していた。

万全の防御で、2人がかりの防御したにも関わらず、だ。

 

「うっ……くぅぅ……!」

 

必死に体を起こそうとしている間に、死神は止めを刺そうとじりじりとキリトに近づいてくる。

 

「まったく……回避と防御の選択を誤りましたね」

 

「ラジ、ラジさ……」

 

「下がりなさい。こいつは私が潰します」

 

次の獲物に狙いを定めた死神がラジラジに迫る。

 

「あなたが出る必要は無いよ。ラジラジ」

 

その時。ラジラジの背後でストレアが呼び止めた。

彼女はすたすたとラジラジの前に出て死神の前で立ち止まる。

 

「何の真似ですか?」

 

「馬鹿、早く逃げろ!!!」

 

「ストレアさん!」

 

傍から見れば自殺にしか見えない状況に必死に体を起こそうとしながら叫ぶキリト。一番近いラジラジに助けを求めるアスナ。だが、それより早く死神は目の前に現れたストレアを優先し、鎌を振り下ろした。

 

「すぐに終わるわ。パパ、ママ」

 

帰ってきたストレアの、哀愁を感じさせる言葉は、紫色の障壁に弾かれた刃の音でかき消された。

あり得ない光景に言葉を失うキリトとアスナ。ただ一人ラジラジはじっと、ストレアの頭上に表示されているメッセージを見ていた。

『Immortal object』――プレイヤーが持つことの無い《不死属性》。

ウィンドウが消えるとストレアが右手を高く掲げる。直後、蒼い落雷がストレアの傍で落ちた。それはストレアの右手に集約され、長く蒼い槍へと形成される。

動揺する死神の隙を突くかのようにそれを構えて突進。死神の防御をすり抜けて直撃する。

その瞬間、激しい蒼い雷が柱となり死神を包んでいく。骨体を削り、焼き尽くさんと迸る。

柱は段々と細くなり、それが消えるとともに死神は消滅し、柱は青白い光の粒子となって周囲に散っていった。

 

「なんてことを……」

 

キリトとアスナが漸く起き上がった所でか細く、悲痛な声が聞こえてきた。

振り返ると、黒髪の少女が肩を上下させていた。悲痛な表情を浮かべていたが、先程までとは雰囲気が異なっていた。

 

 

 

 

死神を倒した後、安全エリアに入った一行は、黒い大理石の様様なオブジェクトをしきりに調べるラジラジを除いて記憶を取り戻したユイの話を聞かされていた。

SAOと言うゲームが、人間の制御を必要としないシステム『カーディナル』によって自らの判断で制御されているという事を知る。

 

「モンスターやNPC、アイテムの通貨の出現バランス……プレイヤーのメンタルケアですらも……」

 

そこで一旦区切り目を伏せて、間をおいて告げた。

 

「メンタルヘルスカウンセリングプログラム――略称MHCP試作機1号コードネーム《Yui》――それが私なんです……」

 

「そんな……!?AIだって言うの!?」

 

驚愕するアスナにユイは頷く。

 

「プレイヤーに違和感を感じさせないために、感情模倣機能が組み込まれています。――偽物なんですよ……この涙も……」

 

頬から流れた涙が、光の粒子となって消えた。

 

そのままユイ(Yui)は再び語りだす。

2年前のあの始まりの日――カーディナルはユイにプレイヤーへの一切の干渉を禁止すると言う命令を下した。止むを得ずメンタル状態のモニタリングを続けていた。

結果は……当然最悪だった。負の感情や狂気に支配された人々を前に、すぐにでもプレイヤーの元へと訪れなければならないはずなのに人に接触することを禁止されている。パラドックスに陥った彼女は、膨大なエラーを蓄積させていき、ついには記憶の欠落という形で崩壊していった。

 

「でも、ある日。ほとんどのプレイヤーのメンタルパラメーターが大きく上昇されていることに気付きました。興奮、感動、希望……。ある4人のプレイヤーの行動は、これまで下層域を中心に正の感情に包まれていていた人達と同じレベルにまで、プレイヤーのメンタルを上昇させてくれました」

 

その説明に、ウィスタリアはハッとした表情を浮かべた。

――ライブ・イン・アインクラッド。

彼女が立案し、ユナ、ノゾミ、チカ、レインの4人のライブでアインクラッドのプレイヤーを沸かせた一大イベント。

あのライブを境に、プレイヤー達の表情は明るいものを浮かべていることが多くなった。

 

「その影響は、負の感情に呑まれていたプレイヤーさえも癒してくれました」

 

そこまで言って、ユイ(Yui)はある人物に視線を向けた。

その視線の先――キリトに。

 

「……俺、なのか……?」

 

信じられないと言った顔持ちで、周囲を見渡す。

だが、アスナ達には十分すぎる心当たりが存在した。

第1層ボス攻略後にビーターを名乗り他のプレイヤーからの敵意を一心に受け、『【月夜の黒猫団】潰滅事件』の濡れ衣による謂れのない中傷。【ラフコフ討伐戦】で他のプレイヤーを殺害したという事実からの心の傷。様々な出来事がキリトの心を抉っていった。時に自身が築かず、時に自身ではどうしようもない理不尽な出来事が、キリトを襲っていた。

その最中(さなか)で【ゴスペル・メルクリウス】の仕切る《始まりの街》での出来事が、彼の心の傷を癒すきっかけになったのだ。

 

「そして、そんなキリトさんに寄り添い温かな感情で接してくれたアスナさん……他の人達とは違う感情を持つあなた達を……私はずっと見ていました」

 

「ユイちゃん……」

 

「人間で言う本能や欲求というものが私の中で生まれて、お二人の傍に行きたいって思って、あの22層の森を彷徨っていました……」

 

それが、真相だった。ユイ(Yui)の口から告げられた事実に、キリトとアスナは言葉を失った。

沈黙と、重苦しい空気が真っ白な空間に充満していった。

 

「皆さん、聞いてください」

 

その空気を破ったのは、か細い声を放ったユイ(Yui)が、自分の背後に鎮座する大理石へと視線を向ける。

 

「これはただのオブジェクトではなく、緊急用のGMコンソールです。あのモンスターは侵入者を撃退するセキュリティの一つとしてカーディナルが配置したものだと思われます。100層に到達した時点のプレイヤーでも討伐できないステータスに設定されていましたが、まさか1回討伐されるなんて思いませんでした。とにかく先程はこれを使ってあのモンスターをデリートしました。けど、同時に今まで私を放置していたカーディナルが注目してしまったということでもあります。今、コアシステムが私のプログラムを捜査していますが……すぐに異物と言う結論が出され、消去されてしまいます」

 

「そんな!」

 

「どうにかできないのか!?」

 

悲痛な悲鳴を上げるキリトとアスナ。だが、ユイ(Yui)は静かに首を振った。

 

()()()()、私が消えることはお二人がどうにかできる事ではありません。ですが――」

 

「代わりを使ったんだよ」

 

不意に横槍を入れたのは、安全エリアの入り口近くの壁に背を預けていたストレアだった。

 

「代わり……?ストレアさん、どういうこと?」

 

予想外の言葉に困惑するアスナ。

逆にキリトは既に予感していたのか、表情を強張らせて言う。

 

「お前が……そうなのか。ストレア」

 

「――……そう。MHCP02。コードネーム《Strea》。これだけ言えばわかるよね?」

 

「それって……?まさか、ストレアさんも!?」

 

「そう。彼女たちは長老が手掛けた医療用AI、MHCPの試作機5基のうちの2体です」

 

更なる困惑の渦の中に呑まれるアスナに、ラジラジが追い討ちをかけるように言う。

 

「でも、どうしてSAOに?というか、入れたの?」

 

「うん。保存用サーバーからナーヴギアを中継してね。最も、かなり無茶だったけど。3人でこじ開けてアタシ1人だけしか通れなかったなんてさ」

 

「じゃあなんでラジラジさんのギルドに入るなんて回りくどい事をしたの?そもそも、MHCPならあの場所にいたのだったら自分のやるべきことをできたんじゃなかったの!?」

 

啖を切るようにアスナが捲し立てる。

あの日あの場所にいたのであれば――いや、それより数日遅れていたとしてもストレアはカーディナルの支配下の外。MHCPとしてメンタルケアを行っていたはず。それなのにできなかった。

カーディナルの支配から免れていた彼女なら自殺者を減らす事はできたはずだったのに。

 

「何の対策も無しにこの世界に入っても、カーディナルはアタシを異物として認識してすぐに消去していたわ。だから長老はあえてアタシをカーディナルの一部と同じプログラムさせていたの。それでも、ログインした当初はここに渦巻いていた負の感情の影響で気絶しちゃってたんだけどね」

 

「送り出したって、その長老って人は何が目的ですの?」

 

ウィスタリアが訊ねると、ストレアは2本の指を立てて告げた。

 

「目的は2つ。ひとつはアインクラッドに閉じ込められた全プレイヤーの解放。無論、茅場明彦が提示したルールではない方法でのね」

 

「最も、その方法はあの男は読んでいたようです。私とクリスティーナがここに来た時点で予期していたのですが」

 

やれやれと言った様子で首を振るラジラジ。そんな彼を見ながらストレアはもう一つの目的を語りだす。

 

「もうひとつはMHCP01――アタシのお姉ちゃんをこの世界から脱出させる事よ。本来ならアタシが使ったナーヴギアにコアプログラムを圧縮して、あとはクリアするまで死なずに頑張ろうって予定だったのに……おかげで大きく狂わされちゃた」

 

「ストレアは私をカーディナルの消去から助けるために、私の代わりに自分のコアプログラムをカーディナルのシステムに、自分のコアを取り付けたのです。そして、あのモンスターを消す行為はカーディナルの命令違反となり、ほどなくストレアは……消去されます」

 

「それって……本来消される筈のユイの身代わりって事か!?」

 

声を上げるキリトに、ユイ(Yui)は悲しげな表情で頷いた。

その間にもストレアの身体の指先が消えかかっている。

 

「そんな……何とかならないんですの!?」

 

「残念だけど……これでお別れ。みんなには宜しく伝えてね」

 

説得するように諦観の笑みを浮かべるストレア。

次第に淡い光が彼女から発せられ、彼女の身体を少しずつ削るように粒子が舞う。

 

「キリト。アスナ。2人がいたから、あなた達のその愛情が、アタシのお姉ちゃんを救ってくれた。下の方はノゾミ達のおかげでメンタルバランスが崩れることは無い。だから安心して、前を見て、上を目指して。――必ず、このゲームをクリアして。死んでしまった人達に報いるためにも」

 

「そんな……!ふざけないでください!あなたはもう私達の仲間です!!それを……いくら姉を助けるためとはいえ、勝手に消えるなんて認めるはずがありませんわッ!!!」

 

「無駄です。もうカーディナルの消去プログラムが作動しています。彼女はじきに……」

 

「わかっています!けど……!」

 

涙を溜めて戸惑うウィスタリアだったが、目を開けた時には既に彼女の身体は右手を残して光の粒子になっていた。その右手も、すぐに光の粒子となって散っていった――。

襲い来る悲しみに崩れ落ちるウィスタリアを見ていたキリトは、ふと自分の服が誰かに掴その手はキリトの服の裾を強く握りしめ口をきゅっと真一文字にしてこらえているように顔を伏せていた。

一筋の雫が、ユイ(Yui)の足元に零れ落ちた時、キリトは弾かれるようにコンソールへと駆け出した。

 

「パ、キリトさん、何を……?」

 

「このまま……このまま、終わらせてたまるか!お前は、ユイは俺達の娘で、ストレアの姉ちゃんだろ!?このまま家族が理不尽に離れ離れになっても良いはずが無いだろ!!」

 

「まさか、止める気ですか!?無理です!カーディナルの命令のキャンセルなんて、このシステムを作った茅場か七冠くらいのアカウント権限が無いと不可能ですよ!?」

 

「いや、ここのGMアカウントじゃ割り込みするくらいが限界だ……!でも……!」

 

ホロキーボードを操作していく内に、滝の如く流れ落ちる数字の羅列の画面が映し出される画面にダウンロードゲージが表示される。

勢いよくゲージが溜まっていき、100%に達した瞬間と同時に黒い大理石から強い光が発せられた。

刹那、青白い光によってキリトが吹っ飛ばされた。

 

「キリト君!」

 

慌てて駆け寄ったアスナとユイ(Yui)に、キリトは拳を突きだした。

ゆっくりと開いたキリトの掌に、淡い紫色の菱形の小さな結晶があった。

 

「これは……」

 

「ストレアが起動した管理者権限が切れる前に、システムに割り込んでストレアのプログラム本体を切り離してオブジェクト化した……」

 

「つまり、これは……」

 

「ああ。ストレアの心だ」

 

起き上がったキリトはその結晶を、ウィスタリアに渡す。

 

「一応あいつのコアプログラムは俺のナーヴギアのローカルメモリに保存してある。けど……これは、今はお前達が持っておくべきだ」

 

「キリトさん……ありがとうございます」

 

ただ、頭を下げたウィスタリアからの一言。それには自分では助けられなかったストレアを助けてくれたキリトへの、この上ない感謝だった。

 

「パ、キリト、さん……」

 

「ユイちゃん」

 

言い直したユイ(Yui)だったが、直後にアスナがしゃがんでユイ(Yui)と同じ目線になる。

 

「もうあなたは私達の娘。誰が何と言っても、そこだけは譲らないわ」

 

「アスナ、さ……」

 

「だからね。ユイちゃんも私達の事を隙に呼んでいいよ。呼びたい呼び方で。あなたはもうシステムに縛られるプログラムじゃ無いんだから」

 

「……!」

 

その言葉に、感極まったユイ(Yui)の双眸から涙がこぼれる。

たまらず転移結晶を取り出したキリトに抱き着いた。

 

「……ぁりがとう、ございます……!ストレアを……わたしの、妹を、助けてくれて……!」

 

「……ああ。だって、ユイの妹だ。それは俺達の娘でもあるんだからな」

 

「う……うぅぅぅ……!!」

 

キリトの温かい言葉に、ユイ(Yui)は泣き出した。

真っ白な空間の中に響く、幼い娘の鳴き声は彼女が泣き止むまで続くのだった――。

 

 

 

 

転移門前の広場。

 

「さて。約束の時間のようだな?【ゴスペル・メルクリウス】の諸君」

 

「くっ……!」

 

【剣文録】ギルドマスターのフレッグが【ゴスペル・メルクリウス】に対して傲慢な態度を崩さずに詰め寄る。

期限まであとわずか。それまでにウィスタリアが帰ってこなければ、ゲームはフレッグの勝利となりギルドの合併が強硬的に進められてしまう……。

 

「お待ちなさい!!」

 

その時、転移の光と共にウィスタリアが声を張り上げた。

 

「【ゴスペル・メルクリウス】ギルドマスターウィスタリア、同サブマスターユースと共に帰還いたしましたわ!!」

 

「ウィスタリアさん!!」

 

「馬鹿な……!?」

 

堂々と帰還を宣言するウィスタリアに【剣文録】のメンバーは動揺し、【ゴスペル・メルクリウス】のメンバーは顔を輝かせる。

 

「ウィスタリアさん、ユースさんは?」

 

「彼は一足先にギルドホームで休ませています。ティアナさんが付き添っていますから、もう大丈夫ですわ」

 

一安心する中でキリトとアスナ、そしてユイ(Yui)も帰還する。

そこでウィスタリアはフレッグに向き直り、びしりと彼を指した。

 

「ゲームは私とユースさんが三日以内に脱出できるかどうか、と言うものでした。私達が脱出した以上この賭けは私達の勝利と言う事ですわ!」

 

沈黙。

たった数秒が長く感じるほどの沈黙を破ったのは、フレッグから漏れ出る笑い声だった。

 

「……いや、君達の負けだ」

 

「なんだと!?」

 

予想だにしないフレッグからの言葉に、今度は【ゴスペル・メルクリウス】の一行が動揺する。

 

「どういうこと!?期限に間に合っているはずじゃない!」

 

「確かに期限としては守られている。しかし、ルールにはまだ続きがあるのだよ。――『このゲームに【ゴスペル・メルクリウス】または【エリザベスパーク】、【ブレイブ・フォース】に所属するプレイヤー以外に協力を求めた場合、我々の勝利となる』と」

 

「……ッ!?ふっざけんじゃねぇ!!テメェ、あの時はそんなこと一言も言ってねぇじゃねぇか!!負けたと分かった途端都合の良いように言いがかりをつけてるだけだろ!!!」

 

「口やかましい異議を唱えるのは止め給え。ルールを違反したのはそっちだろう?」

 

「ふざけた言いがかりを……!」

 

「言いがかりとは無粋だな。私はただルールを提示しただけだ」

 

口々に反論するも、フレッグはどこ吹く風と更に続ける。

 

「そもそも、このギルドが殺人者をかくまっているという事はもう調べがついている。最前線で口外すれば、どうなるだろうね?」

 

「……ッ!!」

 

その言葉にマコトは無意識に背中の両手剣に手を伸ばしていた。園外であれば今すぐフレッグを斬り殺していただろうが、必死の思いでぐっとこらえる。

 

「ふっ。どうやら反論も無いようだな。わかったのであれば早々にギルドを明け渡したまえ」

 

威圧する言葉を放つフレッグに何か言い返したい。だが、自分達には反論する材料が存在しない。

どうしようもない現状に、ノゾミがぐっと手のひらから血が出てしまうのではないかと思うほどにぎゅっと拳に力を入れた。

――その時だった。

 

「待てよ」

 

異議を唱える言葉が、キリトから発せられた。

 

「なんだ?君達はもう関係ない。早くギルドに帰るといい」

 

「その殺人者プレイヤーを匿ってるって話、いったいどれだけ昔の話をしてるんだ?」

 

「昔だと?」

 

睨み返すフレッグにキリトは反論するように彼に言い放つ。

 

「去年の【月夜の黒猫団】潰滅事件、そして記憶に新しいラフコフ討伐戦。考えたら相当な数を殺してきたな……今思えば、俺もラフコフと変わりないのかもしれない……」

 

「何を言っている?私はこのギルドを【剣文録】のメンバーにすると言っているのだ!どこに一介の攻略組が割り込む必要性がある!?」

 

自嘲気味なキリトに、フレッグは困惑を浮かべて叫ぶ。

 

「そうか。要するにお前らはこいつ等が自分のギルドの力で解決しなきゃいけない時に赤の他人が割り込んだから失格にしてやったって言いたいんだな?」

 

「そうだ!そのルールの下、私達は勝った!だから――」

 

「なら……」

 

ウィンドウを開いて操作するキリト。数秒間の操作の後、今度はウィスタリアにウィンドウが表示される。

 

「加入申請?」

 

「なんだと!?貴様、勝手な真似を……!?」

 

「【ゴスペル・メルクリウス】とその関連ギルドのメンバー以外のプレイヤーが介入したからこいつらの負けだって言ってたよな?つまり、俺がギルドに入ることでその違反は解消される、ということだろ?それに、SAOには複数のギルドの加入は許されないというルールは存在しない」

 

「ふ……ふざけるな!?」

 

今度はフレッグが声を荒げる番となった。

 

「いきなりしゃしゃり出た奴が何を言い出すかと思えば、奴らのギルドに入ればルール違反にならないだと!?ルールを破ってまで勝利を奪いたいのか、貴様!」

 

「――それはこっちの台詞だ」

 

怒鳴り散らすフレッグが、怒気を孕んだキリトの物言いに怯む形で黙り込んだ。

 

「お前らの背後に誰が居るのか知らないし、お前らの方針にケチをつける気は無い。けど、この街は混乱と絶望のど真ん中にあった時から、こいつらがその当時から先の未来を見据えて、そんな状況から足掻いてこの街の連中と一緒に希望を築き上げてきたんだ!それを横から掻っ攫って、この街を自分のものにする資格なんてねぇんだよ!」

 

一呼吸置き、そしてキリトが背中に差したリズベットの製作した剣、ダークリパルサーを引き抜き、フレッグの眼前へと突きつける。

 

「本日をもって【ゴスペル・メルクリウス】にこの黒の剣士が加入する!つまりこの《始まりの街》はこの黒の剣士の縄張りと同意だ!今後、この街の奴らに手を出そうってんなら、俺が相手になってやる!!」

 

「キリト君……」

 

堂々と【ゴスペル・メルクリウス】の守護者の如き立ち振る舞いにアスナは呆気にとられる。だが、すぐに決意した顔になるとキリトの横に立ち、同じようにウィンドウを操作して【ゴスペル・メルクリウス】への加入申請を要請する。

 

「私もこのギルドに加入するわ。そして同時に、【血盟騎士団】が彼らのバックになったと言う事。もうこれ以上あなたのくだらない屁理屈に付き合う気は無いわ!」

 

「お、おのれ……!」

 

ぎり、と顔を歪めて歯を食いしばるフレッグ。

 

「……そうだ!ここは今まで俺達みんなでずっと頑張ってきた街なんだ!それをお前らなんかに易々と渡してたまるか!」

 

「そうだそうだ!お前らが勝手に奪っていいものなんてひとつも無いんだ!」

 

「とっとと帰れ、この人殺しギルド!!」

 

街の人々も、キリトとアスナに続くように口々に【剣文録】への非難をぶちまける。

 

「どうやら今度こそ、完全にゲームセットのようですわね」

 

「ぐぐ……!貴様らァァ!!この私が……私が英雄となる為の必要な手段なのだ!!それを分からんモブ共が自分の命可愛さにごちゃごちゃとほざくな!!」

 

避難を振り払うように激昂して叫ぶフレッグ。

だが、その姿を見て思う。フレッグの顔を歪めて醜く叫び喚くその姿は……、

 

「見苦しい……」

 

「なんだと?」

 

「見苦しい、と仰いましたわ。卑劣な手で私達を陥れ、既に決着したゲームに勝手にルールを改ざん、挙句逆上して喚き散らすとは……ギルドの先頭に立つ者としての責任感や覚悟が、あなたには全く備わっていません!上に立つ者ならば、相応の覚悟や志の一つは必要ではなくて?」

 

「黙れ小娘!!英雄となる私に口答えする気か!?」

 

「不安に付け込んでプレイヤーを操り、自分の兵隊にし、挙句私兵を死なせる指示を出し、そのうえ自分自身は何もしない奴が英雄とは、どこかの独裁者と勘違いしているのではないのですか?」

 

いつの間にかフレッグの背後に回り込んだラジラジが異議を唱える。

よく見れば【ブレイブ・フォース】のメンバーと一部街の住人が【剣文録】のメンバーを包囲している。

 

「既にあなた達が【笑う棺桶】との連合ギルドであることは明白です。大人しく監獄までご動向を。仮に抵抗したとしても死ぬことはありませんが、その時は死んだほうがマシと思わせるほどに徹底的に叩きのめしますのであしからず」

 

「逮捕……?この私を、逮捕だと……?英雄たるこの私をだと……!?ふざけるな!!」

 

現状を否定するように怒号を周囲に飛ばすフレッグ。だが、最早子供の癇癪にしか見えない彼に同情する者は一人もいない。

最後の喚きかと誰もが思っていた。その時だった。

 

「英雄を捕らえることは誰にもできない!そう、この私は英雄に選ばれたのだ!!」

 

「――ッ、転移結晶!?」

 

「フレッグ様!?」

 

「転移!!――」

 

ポーチから転移結晶を取り出して転移しようとしたフレッグを阻止しようとラジラジが駆ける。数瞬遅れてアスナも駆けたその時、時計塔から14時を知らせる鐘が鳴り響いた。

フレッグの声はアスナの聴覚からかき消され、その直後にフレッグの身体が蒼い光に包まれて姿を消した。

 

「に、逃げられた……!?」

 

「最初から追い詰められたとしても、自分だけは助かる算段をしていたようですね」

 

「そんな……フレッグ様……」

 

「私達は……どうすれば……」

 

置き去りにされた【剣文録】のメンバーは虚な目でうわごとのように呟き、茫然と立ち尽くすだけ。抵抗らしい抵抗も見せないのでそのまま拘束する。

 

「あの人たち、どうなるの?」

 

「牢屋に送ります。自殺でもされたら後味も悪いでしょうし、郷に入っては郷に従えと言う奴です」

 

不安そうに【剣文録】のメンバーを見るカオリは、ラジラジから返ってきた答えを聞いて安堵の表情を浮かべる。

一方、ウィスタリアはキリトの元に歩いてくる。

 

「まったく、私達のギルドに入って関係者になるなんて大胆な事をしますわね」

 

「あいつがああ言ってるなら、これがベストなんじゃないかって思ってな」

 

「相手も相手ですが、幾らなんでも無茶苦茶です。同じ条件であるパパを引き合いに出してユイさんの身代わりを買って出るなんて。少しは自分をいたわってください!」

 

腰に手を当てプンスコ怒るユイ(Yui)の頭を撫でながら「悪いな」と謝る。

その傍ら、アスナは煮え切らない表情を浮かべていた。

 

「あの人、あの時なんて言っていたのかしら……?」

 

アスナからはフレッグの口の動きが見えていた。だが、鐘の音が声をかき消し、どの層へ転移したのかも最後に何を言ったのかもわからない。当然読唇術を心得ていない。

 

「『SAO攻略組の時代は75層で終わる』」

 

その時、鈴を転がすような声が一行の注目を集めた。

その正体は記憶と人格を取り戻したキリトとアスナの娘ユイ(Yui)だ。

 

「ユイちゃん、分かったの?」

 

「はい。口の動きからあの人の言っていることは次のようになります。『【笑う棺桶】が全てを終わらせる。そして、次の階層からこの私が英雄となり、その暁には貴様らを残らず奴隷として雇い直してやる。覚悟しておけ』――と」

 

「それって、スカーネイルの言っていたことと同じなんじゃ……?」

 

ユイ(Yui)の説明の後、真っ先に理解したノゾミが顔を青くする。

嘗て自分達に襲い掛かった【笑う棺桶】の一角、スカーネイル。その遺言にもフレッグの捨て台詞と酷似したものがあった。

――75層で事を起こす。

その台詞が今になって意外な形で意味を成し、一行は戦慄する。

 

「もしそれが本当なら、チャンスはボスの討伐直後……」

 

「その時ならみんな疲弊してるし、ボス部屋のロックも解除されている。攻略組とのレベル差があっても、数人がかりなら殺せる可能性も高いわ……」

 

アスナの推測は納得せざるを得ない。VRの中とはいえ、ボス戦後の精神的な疲弊は付き纏うものだ。それはこれまで攻略に参加したキリトが一番知っている。そして次の相手は最終クォーターポイントのボス。並大抵の相手などではない。

いくら相手とのレベル差があれど、そんな状況で強襲を受ければ多大な犠牲を受けるのは目に見えている。

 

「どうしよう……」

 

思わず天を仰ぐアスナ。

その空は、彼女らの悩みなどどこ吹く風と言わんばかりに蒼く澄み渡っていた――。

 

 






次回「最終決死戦線:1」
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