プリンセス・アート・オンラインRe:Dive 作:日名森青戸
時は、丁度ラジラジ、カオリ、ユナ、ノーチラス。そしてクリスティーナがボス部屋を退避した時まで遡る。
スカルリーパーの討伐を無事に果たした攻略組。その全体の指揮を執り、全員生存討伐にに大きく貢献したプレイヤーの一人、ヒースクリフに鋭い刺突が襲い掛かる。
狙われた当人は完全に虚を突かれ、盾で防ぐ前に喉元に迫り――紫の障壁に止められた。
「キリト君、何を――!?」
慌てて駆け寄って来たアスナが言葉を失う。
紫色の障壁に書かれた文字。『Immortal Object』の表示が映し出されていた。
それはつまり――システム的不死。
「どういうことですか……団長」
攻略組全員の意図を代弁するようにアスナが問いかける。
「この男のHPゲージは、何があってもイエローまで落ちないよ。システムに保護されているからだよ」
ヒースクリフの代わりに、隣にいたキリトが答えた。
そして、今まで胸中で渦巻いていた疑問を吐き出す様に、静まり返った空間で推理を述べる。
「この世界に来てから、ずっと思っていたんだ。“アイツはどこで観察し、世界を調整しているんだろう”って。けど俺は、単純な心理を忘れていたよ。子供にだってわかることだ。『他人のやっているゲームを横から見ている時ほどつまらないものは無い』って。そうだろ?茅場明彦」
2年前、自分達をSAOに閉じ込め、命を落とすデスゲームのクリアを強制させた張本人。その名を挙げた途端、周囲のプレイヤーに衝撃が走る。
名指しされたヒースクリフはキリトに反論することなく、あくまで穏やかに返す。
「参考までに、どこで正体に気付いたのか教えてくれるかな?」
「最初に違和感を感じたのはあの決闘の時だ。最後の一瞬、アンタはあまりにも速過ぎたよ。最も、そこに気付いたもう一人は自動防御のスキルでもあるんじゃないかって勘ぐっていたらしい」
「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だったよ。君の威圧に押されてついオーバーアシストを使ってしまった……確かに私は茅場明彦だ。付け加えれば、第100層で君達を待つはずだった最終ボスでもある」
告げられた事実に、キリト以外の全員が息を呑んだ。目の前の最強プレイヤーの一角が実は解放の為に討つべき最終ボスであり、自分達を閉じこめた張本人でもあったのだから。
「悪趣味だな。最強プレイヤーが最悪のボスだなんて」
「中々のシナリオだと思っていたのだがね。キリト君。君は確か、ノゾミ君達と共に【十戒の寺院】に行ったことがあると言っていたね。その場所について疑問に思った事は無いかい?十戒――即ち十の悪を否定した十の戒め。それになぞらえているはずなのに何故――」
「8つしか入り口がなかったか、だろ。けどそれは誰かのミスでもなんでもない。最初から8つに設定されていた。違うか?」
「その通り。《二刀流》は全SAOプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王たる《神聖剣》を持つ私の前に立つ勇者の役割を担い、君達が準ユニークスキルと呼ぶ試練を突破した者が得たスキルは、試練を経てゆくゆくはユニークスキルを得て勇者の仲間という大役を任せられるはずだったのだが……攻略組にいたのはシズル君だけだった。正直想定外だったよ。これもMMORPGの醍醐味と言うものかもしれないな。私の予想をはるかに上回る、君の力も含めて」
感想を述べるようにつらつらと隠す事も無く述べるヒースクリフ。
「お前が……オまエGaあaァァァ……」
その時、シズルがヒースクリフの背後から立ち上がる。
端正な顔立ちをこれでもかと憎悪で歪ませ、しゅうしゅうと吐息を漏らす。
「それが【狂剣士】の最大出力か。流石シズル君、と言いたい所だが――」
「アあ亜ああAAAあ阿aaあ阿あァァァッッッッッッ!!!!」
「君には用は無い」
獣と化したシズルを見ることも無く、ウィドウを操作する。
シズルの頭上からコの字の鉄の杭がシズルを捕らえる。
「GAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
それでもなおも足掻くシズルが杭を力づくで引き抜き起き上がり、再び襲い掛かる。
しかしそれより早く、地面から飛び出した鎖に身体を雁字搦めに拘束され、更にシズルのHPバーに雷マークのアイコンとブーツに下向きの矢印が合わさったアイコン、そして交差する鎖のアイコンが表示される。
「麻痺と、移動制限、それに拘束?」
キリトが呆ける間も無くヒースクリフが操作を続ける。
瞬く間にキリトとヒースクリフ以外の全員が麻痺でその場に倒れ伏した。
「大したものだよ。麻痺と移動デバフの状態異常に加えてオリハルコン製の鎖の拘束で漸く動きを封じられたのだから」
「どうするつもりだ?この場で全員殺して隠蔽する気か?」
「まさか。そんな気は毛頭ない。残念だが私は一足先に100層の【紅玉宮】にて、君達の訪れを待つことにするよ。ここまで育ててきた【血盟騎士団】そして攻略組プレイヤーの諸君をこの場で放り出すのは不本意だが、君達の力ならきっと辿り着けると信じているよ。そうそう、私に騙されたとからといってクリスティーナ君に怒りの矛先を向けるのは止めてくれよ?彼女は私が友人として招待しただけのことで、立場的には君達側の人間だからな」
そこでヒースクリフは「さて」と区切ると、十字剣を納めた十字盾を、黒曜石の床に突き立てた。
「キリト君。君には私の正体を看破した報酬を与えなければならない」
「報酬、だと?」
「チャンスをあげよう。今この場で私と戦うチャンスだ。無論、不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、生き残った全プレイヤーがゲームから解放される。どうかな?」
提示されたのは、破格とも呼べる報酬だった。
誰もが解放の為に100層と言う広大なゲームを攻略していき、死の恐怖を押し殺し、時に道半ばで死んでいった者もいた。
75層はクリスティーナの采配もあって攻略組全体の犠牲者はほぼゼロだったが、あと25層もの強大なボスに、減っていくであろう攻略組が、果たして敵うのだろうか。
散っていった仲間の最期の姿がキリトの脳裏をよぎった途端、ある言葉が沸き上がった。
――ふざけるな。
「……良いだろう、決着を着けよう」
「キリト君……!?どうして――」
必死に止めようとするアスナが、ハッとした表情を浮かべて言葉を中断した。
「――――――。死ぬつもりはない。勝ってこの世界を終わらせるだけだから」
そっとアスナを床に寝かせると、エリュシデータとダークリパルサーを抜いてヒースクリフと対峙するように立つ。
そして振り返ると、そこに倒れ伏したエギルとクラインを見て、最後の言葉を遺す様に述べる。
「エギル、今まで剣士クラスのサポートや、【ゴスペル・メルクリウス】に商売のイロハを教えてくれたこと、サンキューな。知ってたんだぜ、儲けの殆どを中層連中の育成につぎ込んでたんだろ」
「……!」
「クライン。あの時、お前を……置いていって悪かった」
「てっ……テメー、キリト!謝るんじゃねぇ!今謝るんじゃねぇよ!許さねぇぞ!向こうで飯の一つでも奢ってからじゃねぇと、許さねぇからな!」
「ああ。次は向こうで、な」
悲痛な悲鳴を上げるクラインにキリトは右手を上げて答える。
「シズルさん。向こうに帰ったら、ナオとリノによろしく言っといてくれ。特にリノには、あの時はすまなかったって……」
「ふざけないでよ……!そんなことで弟君も梨乃ちゃんも納得するわけないでしょ!!そんな遺言みたいなことを言って死ぬなんて許さない!今すぐこっちへ来て!どうせ殺されるなら、私の手で殺してやる!!」
【狂剣士】を解除されたものの、凄まじい怒りを爆発させて叫ぶ。
やがてキリトは寝そべった状態のアスナを見て、ヒースクリフに向き直る。
「頼みがある。もし俺が死んだら、しばらくでいいアスナが自殺できないようにしてくれ」
「……よかろう」
ヒースクリフはウィンドウを操作し、不死属性を解除。
十字盾から十字剣を引き抜き、キリトも二本の剣を構える。
(……そうだ。これはデュエルじゃない。単純な殺し合いだ……。そうだ……俺は、この男を……)
(――殺すッ!!)
床を蹴って肉薄し、突きを繰り出す。
十字盾で阻み、突きを放つ。
寸での所で躱し、反撃にヒースクリフの右脇腹目掛け二刀流の連撃を浴びせる。
それも盾で防ぎ、そのまま踏み込み押し付ける様に盾を突き出す。
盾を喰らって軽く後退したものの、鋭い突進で背後に周り首を狙うも、くるりと180度回転するとそのまま盾でこれも防ぐ。
ソードスキルは全て茅場がデザインし、その動きのモデルになったのだ。全ての連続技の軌道は《二刀流》を含め全て熟知している。
つまり、キリトは事実上ソードスキルを制限された状態で戦わなければならないと言う事に他ならない。
先程とは打って変わってヒースクリフの防御力に真正面から挑むかの如く矢鱈に剣を叩きつけるように振るってくる。
「……ぐううぅぅぅッッッ!!!」
痺れを切らしたかの如く二刀流スキル最大の剣技《ジ・イクリプス》を放つ。
27連撃もの斬撃を叩き込む大技だ。
その瞬間、茅場の口角が上がったように見えた。
それでもキリトは止まらない。システムによって発動したスキルは止められない。
上下左右から繰り出される斬撃の嵐を、まるで他敷いたこと無いと言わんばかりに的確に十字盾で防ぐ。
最後の一撃でダークリパルサーに亀裂が走り、キリトの身体が硬直する。
「――さらばだ」
その一言と共に、ヒースクリフは硬直したキリトの身体を斬り裂いた。
HPバーが尽き、キリトのアバターがポリゴン片となって爆散した――。
「キリトッ……!」
「嘘だろ、おい……!?」
爆散したポリゴンにクラインとエギルを筆頭に目を瞠っていた。
静まり返った空間で、ヒースクリフは十字剣を十字盾に納め、100層へ向かわんとウィンドウを開く。
操作し、【紅玉宮】まで転移しようとしたその時、ふと指を止めた。
(何故、彼はあの時《ジ・イクリプス》を繰り出した?ソードスキルを熟知していて、己の技量だけで戦わなければならない事は彼も気付いているはずだ。単発のソードスキルであれば、彼の反射神経ならあの攻撃は防げたはず。私の正体を見破っておきながら、あの行動は浅はかだ。私の防御力がいかに強力かは彼も知っているはず。幾ら《二刀流》最大の大技と魔剣クラス2本といえど私のガードを崩すのは不可能……)
そして、何かに気付いたヒースクリフは周囲を見渡す。
倒れ伏したプレイヤーは今も麻痺状態が続き、動けそうにない。
(この状況を察して予め麻痺の状態異常を回復し、キリト君を囮に襲うのかと思っていたが……違うのか?)
そう結論付けたのも束の間、パキンと何かが砕ける音が耳を打った。
(今のは――!?)
音の出所を探そうとした時、目の前で光が収束していくのを目撃する。
集まった光は人の姿を形作っていく。
誰もその光景に目を奪われる中、光が収まっていく。その中から先程死んだばかりのキリトが、立ち尽くした状態で現れた。
信じられない光景に誰もが呆然とする中、ヒースクリフだけはどこか落胆したような様子で息を吐く。
「……その手段のどこに勝機があると思ったのか知らないが、残念だよキリト君。『還魂の聖晶石』は確かにアバターが消滅した10秒間以内に、そのプレイヤーの名を呼べば1度だけ復活することができる。だが、死からの生還と言うのは極度の失神に等しい。誰かに叩き起こしてもらえればという甘い夢でも見ていたのかね?」
すらりと十字剣を抜き、意識の無いキリトの首に刃を添える。
「オイやべぇぞキリト!早く起きろ!」
「キリト、ぼさっとすんじゃねぇ!」
「キリト君!」
「無駄だ。身体を揺さぶられるならまだしも、呼びかける程度では起きないよ。――さて、復活して早々ですまないが、君にはもう一度、今度こそ死んでもらうよ」
必死の呼びかけを一蹴し、ヒースクリフは振り抜く一撃でキリトの首を撥ねる――
直前に、黒い剣に阻まれた。
「――……っ!?」
信じられない光景に追い討ちをかける様に黒い剣が無防備になったヒースクリフの胸を貫いた。
この場において、誰よりも驚いたのはヒースクリフ自身だろう。
意識の無いはずの勇者に改めて止めを刺そうとした時、その
「まさか……これほどとは……」
一番驚いた当人は、まるで湧き上がる笑いを堪えているのか、それとも動揺を必死に隠そうと取り繕っているのかのような表情を浮かべ、ポリゴン片となって爆散した――。
次回「幕引き」