短い文で綴るエピソード集   作:沙希斗

1 / 21
変態の疑い以外は実話です。


変態途中の日常

 

 

 

 それは、ウグイスが谷渡りの練習を始めた頃の季節だった。

 暖かな良い天気で、日が少し陰り始めたのでそろそろ洗濯物を取り入れようかと洗濯ばさみを外していて、鋭い痛みが左手の掌に走ったのだ。

 

 私はしまった、と思った。

 恐らくムカデが潜んでいて咬まれたのだろうと。

 

 しかし掌を見るとそこにいたのは一cmか、それより少しあるぐらいの小さな黒い蜂だった。

 普通の蜂なら黄色系の体色に黒の縞だがこの蜂は黒に白の縞がある。

 この特徴はクロスズメバチに違いない。

 だが「彼女ら」は、獰猛で有名な「スズメバチ」とは名ばかりの非常に大人しい蜂である。

 向こうから襲って来るという事は巣にうっかり触ってしまった、という事でもなければ有り得ない。

 なので今回は、たまたま洗濯ばさみにとまっていたものを掴んでしまったがために刺されたのだと分かった。

 

 すぐに飛んで行った「彼女」に心で詫びつつ刺されたヶ所に目をやると、印のようにぽつりと赤い点が付いており、その周りが少しだけ腫れていた。

 見た目はそれだけなのだがとにかくずきずきと痛い。

 なので取り敢えず、痛みが引くまで水に付けて置いた。

 

 

 それ以上腫れもしなかったので大した事は無かろうとその後は何も処置をせずに放って置いた一週間後、何故か左足の指の間が無性に痒くなった。

 見ると皮が剥けている。

 それどころか日が経つにつれて痒みが足の裏にまで広がり、そこの皮も剥けるようになってきた。

 一応皮膚科に行ってみると、医者は指の間の皮膚表面をメスで軽くこそぎ取り、顕微鏡を覗いてこう言った。

 

「白癬菌ですね」

 

 つまり水虫である。

 興味があった私は無理を言って覗かせてもらったが、確かに透明な糸くずのようなものが見えた。

 ところが、処方された薬を塗っても一向に治る気配が無い。

 それどころかますます皮膚が剥けているような気がする。

 それも表面だけでなく、もっと深い所までいっているのではないかと思うような剥け方をしている。

 

 剥けたヶ所をよくよく観察してみると、黒くなっていた。

 恐る恐る触ってみると、皮膚にしては全く弾力が無く、硬かった。

 私はまるで甲殻のようだなと思った。

 

 甲殻みたいで黒い――!?

 

 そこで愕然としつつ、私は「彼女」に刺されて以来跡になっている、小さな印のような点を見た。

 

 

 

 あれから、私は変わらない日常生活を続けられてはいる。

 だが、足の裏は相変わらず無性に痒く、皮が剥け続けている。

 もう一度皮膚科に行くべきだろうか?

 それとも皮膚科を変えるべきだろうか?

 悶々としつつ、実は変態しているのではないかという不安が募る日々である。

 

 

 

 

 




「変態」という言葉は性的でいやらしい表現として使われる事が多いですが、本来は虫や甲殻類が羽化などで姿を変える、という意味です。
ちなみに蝶などのように蛹を経て成虫に変わる事を「完全変態」、トンボのように蛹にならずに幼虫から直接脱皮するなどして成虫に変わる事を「不完全変態」というそうです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。