しかし、手薄になった松雲町へ忍び寄る影。
叢雲と卯月、そして、提督の絶望的な防衛線が始まろうとしていた。
耳慣れたサイレンで反射的に跳ね起きる。
「健太!」
枕元に常備してある非常持ち出し袋を引っ掴んで部屋を走り出ると、少し遅れてかあちゃんが廊下に走り出てきた。
「あんた、天野さんを連れて避難所へ行きな!」
「分かった!」
背中を叩く声を聞きながら、持ち出し袋を担いで階段を駆け上がり、襖を引き開ける。
「天野さん、逃げよう!」
何となく見慣れてきた座禅姿に叫ぶと、天野さんはパチっと目を開けてすっと立ち上がった。
全然慌てた様子もなくスタスタと歩いてきて、にっこりと笑う。
「さぁ、行きましょうか」
「あ、うん……」
(ほんと、わかってんのかなぁ?)
緊張感も焦りの欠片も無い姿に、つい妙な声が出た。
調子が狂う。
「健太、もう行くよ!」
「わかってるよ!」
階下からせき立てる声に叫び返し、天野さんの手を掴んで階下へ向かう。
「はい、これ持って!」
玄関の前に既に準備をしていたかあちゃんから荷物を押しつけられ、両手で抱えると、頭に防災ヘルメットがぽんと載せられた。
「いいね、いつもみたいに落ち着いて行くんだよ」
「うん」
「ポリマーバンドル系の類似素材ですね……一寸した飛散物対策でしょうか、人間は頭をぶつけたら死んでしまいますから、つけないよりは大分マシでしょウ」
天野さんは頷きながら、ヘルメットのあごひもを締めてくれる。
「これでずれませんね、女将さん、さぁ、シェルターで安全を確保しましょウ」
「ああ……そうだね、いくよ」
かあちゃんが一瞬、妙な顔をしてから歩き出した。
他の家からも、慌ただしく防災ヘルメットを被った人達が出てきて、静かに避難している。
たまにやる訓練の時と一緒だ。
村の避難所は、大戦中に掘られた防空壕を地下へ大きく掘り広げて、色々と丈夫に補強した地下室になっている。
入り口の丈夫な鉄扉を抜けて下り坂を下に降りると、もう一つ密閉できる扉があって、その先が避難所だ。
トイレと台所、それと食べ物とかの倉庫もあるので、村に何かあった時はここでしばらく暮らせるようになってる。
「簡素ですが効果的ですね、上部は硬度の高い岩盤の様ですから、地球の……余程大口径の艦載砲が直撃しない限りは充分耐えますね」
「まぁね、都会は知らねぇけど、この辺は村にはこういう避難所が必ず一つはあって、深海棲艦とか、津波とかが来た時はすぐに逃げ込める様になってんだ」
やたらときょろきょろしている天野さんに、ちょっと自慢してしまった。
この“避難所”は、子供達にとってはお気に入りの秘密基地みたいなもので、学校の行事でもいざという時の避難生活に慣れるという名目でお泊まり会をやるし、掃除当番で月イチ位は手入れする。
青年団の寄り合いっていう名前の呑み会もここでやったりするし、婦人会活動も割とここでやってるので、とかく、村のみんなが馴染みのある場所なのだ。
避難してきたみんなも、三々五々、座布団を引っ張り出して家族で纏まっている。
「奥に補強された空間がありますね……あれはなんですか?」
「ん?」
なんだか、さっきから天野さんのキャラがなんか違う気がする。
(こんなしゃべり方だったっけ?)
「あれは、漁協の地下司令部……」
というか、昼間はもっと落ち着いてた気がする。
何となく少し後ろに下がると、外からドタドタという足音が聞こえてきた。
「兄ちゃん、ねぇ」
振り向いて、むすっ、と口を引き結んだ保兄ぃに姉ちゃん達の事を聞こうとしたけど、頭にぐいっと手を置かれただけで、奥の田澤団長の方へ行ってしまった。
顔も見ずに行ってしまう。
不意に、舌の奥がさーっと、冷たくなった。
何かがいつもと違う。
保兄ぃの顔つきとか態度とか、一言も喋らない団長。
(みんな黙ってる)
避難所が静かすぎる。
うろうろしようとしてはたかれるヤツが絶対に一人二人、他に小声で喋るヤツはもっと居る筈だ。
今は、居ない。
なにか、マズイ事になってる。
今更ながらにそう感じた。
体がやけに冷え、息が詰まる。
すーっ、と気が遠くなって……気がついたら、座り込んでいた。
なんだか、背中と尻の下が妙に生暖かい気がする。
まさか、漏らしちまったのかと思って立とうとすると、しっかり押さえ込まれてて立てない。
「急に立ってはいけません、“立ちくらみ”を起こした様です」
声は頭の上から降ってきた。
天野さんに膝の上で抱きかかえられている事に気がついて、余計に焦ったけど、全然動けない。
(うちのかーちゃんより、力つぇえな……なんか、良い匂いすっけど)
かーちゃんは、婦人会のおかみさん連中と、調理場の方で何か作っているらしい。
恥ずかしいのが消えると、さっきの嫌な予感が背筋をぞぞぞと這い上がってくる。
「……姉ちゃん、大丈夫だよな?」
「問題ありません」
口の中で呟いた独り言にいきなり返事されて、一瞬、黙ってしまった。
いつの間にか撫でる様な形で頭に回っている右手で首が回らない。
「敵は軽量艦と揚陸艇で大型艦は居ない様です、少々数は多いようですが、片付くのは時間の問題でしょう」
耳に滑り込んだ小さな声に、“ほんと?”、と思うより、“なんで?”、と最初に思う。
天野さんの声には、言い聞かせる様な大人の声じゃなくて、まるで、何か面白い秘密を打ち明けるような。
それは、俺たちの、悪ガキ仲間の囁きみたいに聞こえた。
きっと、今の天野さんは昼間みたいな顔をしていない。
「今夜のあなたたちは本当に運がいいです……あなたのお姉さん達は大きな戦果を上げるし、そして、今夜、ここはとても、とても安全です、ウミトチガッテナ」
又、頭に回った腕の締め付けが強くなった気がする。
みんながいる中、他の連中と同じように大人に甘やかされながら、声も出せずに、止まっていた筈の冷汗がもう一度あふれ出す。
「あんた、誰だ?」
~Side Operator:松雲町沖合~
『思ったより興味深いものを見つけたかも知れませんねオペレータ、Ordisも先が楽しみになってキマシタよ!』
『……Ordis、“粗相”はしていないだろうな?』
Ordisの声が妙に踊っている気がする。
これは何か、碌でもない事を考えているのは間違い無い。
普段なら放っておく所だが、今は例の“スペクター”を操縦させている。
自分と瓜二つの顔をしたあれが、村人達の前でどんな珍奇な言動をさせられているか想像すると、流石に顔を顰めてしまう。
貌のないWarframeでそれが確認出来るかは分からないが。
『オペレータがお目覚めになってから片時も離れずにお仕えしているOrdisは、オペレータの事でいつも頭が一杯です、そんなOrdisが操るスペクターを見破れる人間などいる筈がありません!』
『そうであると願いたいな……』
前傾姿勢の“YARELI”が風を裂き、千々に乱れた風がフリルを背後へ吹き流す。
海面からほど近い高さを高速滑走する“Merulina”の背後には、波打つ噴水のような水柱が長い痕跡を残されている。
“叢雲”達が戦闘している海域まで到着するのにさしてかからないだろう。
『Braid、“深海棲艦”のタイプは?』
『アー、ソウダナ、駆逐は“イ級”と“ロ級”ダカラ、多分、大シタ事ナイ、軽巡は“ト級”カ……光ル奴ダト、危ナイナ、最近、“ト級”はフツーノ奴アンマリ見ナイシナ……マァ、数ダケデモ、“艦娘”の駆逐艦2隻ジャ勝テナイト思ウゾ』
“光ル奴”というのは、“Braid”が提供した情報にあった“オーラ”というやつだろう。
特定の個体や、歴戦個体は“艦娘”や“深海棲艦”に目視可能な輝きを纏う様になり、ある程度危険度の区別が付くようになるらしい。
“Braid”曰く、“艦娘”は“オーラ”を出さないので、見た目だけだとヤバさが分かりづらくて怖い、らしい。
『ア、2隻クッ付イテルノハ“揚陸艦”ダゾ、中身ハ、多分、陸上攻撃換装サレタ“PTボート”ダカラ、上陸サセルト、村ハ更地ニスルシ、見ツケタ人間ハ普通ニ殺スゾ』
『分かった、何となく、Fomorian船の事を思い出すな……』
グリニアの“Vay Hek”が作り出した、最強クラスのFomorian船、“Balor Fomorian”。
度々、コーパスやTennoの集会場を蹂躙破壊する為に持ち出されたが、その都度、Tenno達によって企みは打破されている。
(今はTenno1人で充分だろう)
『“Stain”、玩具の準備はいいか?』
『お、いくかぁ!出すのかっ!待てんわ!射出するぞぉ~!』
追尾してきていた“ランディングクラフト”が揺らめきながら姿を現し、頭上を追い越してゆく。
殆ど徹夜明けで深夜ノリを引きずったままの“Stain”は、作品のお披露目が待ちきれなかったらしい。
『“Gerridae”発進!』
『相変わらずだな……面白い』
到着時間はもう少し縮められそうだ。
~Side 叢雲・卯月:松雲町沖合~
“提督”と“艦娘”の超能力じみた精神的な繋がり、“内線”。
それで行われる情報共有は、ほぼ思考速度と同様、精神的な連携に長けた“提督”と“艦娘”達であれば、それは更に短縮される。
数に勝り、犠牲を厭わない“深海棲艦”に対して、“提督”と“艦娘”が互角に戦う為の重要なアドバンテージだ。
『直撃、至近弾、くるわよ!』
『ハズレ、あ、あたったぴょん!あいたぁ!』
『いでぇ!馬鹿、集中切らすな!こっちまで痛ぇだろ』
保と叢雲達の“内線”に卯月の悲鳴と痛みがフラッシュの様に浮かび上がる。
既に火を噴いている駆逐イ級が一瞬、持ち上がった様な挙動を見せた後、内部から激しく爆発した。
『え、煙突に穴、あながあいたぴょん!』
『中に跳び込んだ訳じゃないんだから、しにゃしないわ!』
『痛いもんは痛いんだぴょん!』
残念ながら、痛みも共有される情報の一つだ。
叱責する叢雲も既に無傷ではない。
『足止めんな!……くそ、これ以上、護衛釣ってるヒマねぇな、港まで着いちまうぞ』
『司令官(あんた)が焦ってどうすんのよ、ここからが私達の本番よ!』
軽巡一隻、駆逐五隻、揚陸艦二隻。
既に、駆逐艦を一隻撃沈し、もう一隻も動きが鈍い。
だが、他の敵は戦列を崩さず、港へ向けて一目散に戦域を離れてゆく。
『司令官、近接雷撃をかけるわ』
『あ、あぶないぴょん!』
『まだ、数が多過ぎんだろが!』
幾ら“艦娘”の海戦に費やす時間が、時から分、分から秒へ短縮されているとは言え、それなりの時間はかかる。 しかも、クリーンヒットをそれなりの数当てなければならない砲戦だけでは、決着がつかぬ事は多々あるのだ。
『時間がない……あんたが言った通りよ、ちまちま撃ち合ってる暇なんてないの、でも、雷撃なら、一発、綺麗に当てれば終わるわ』
『い、一発当てる間に、100発飛んでくるぴょん!』
『戦場じゃ、怯んだ奴から死ぬのよ、思い切って突っ込めば、それだけ撃たれる時間は減るわ』
(揚陸艦さえ排除できるまで保てば……)
言葉にしない思いも、零れて溶けた。
『ぅゅ~……うーちゃん、死にたくない、死にたくないぴょん!もっと、美味しいもの食べて、お酒呑んで、遊んで暮らしたい!』
意識で炸裂した叫びが消えぬ内に、既に叢雲と卯月は陣形を組み、縦ならびで増速している。
『でも、行くんかよ……いや!行け!行ってくれ!行くぜ!』
保が叫ぶ。
『そうよ、“司令官”艦隊の指揮を執るのなら、命令しなさい!』
『撃ぅてぇ~、撃ぅ~てぇ~い!』
それが、姉妹に死ねと命じる事でも。
両舷全速は“艦娘”の本体である“艤装”と、仮初めの“擬体”全てを激しく震わせ、人間が感じる“息切れ”という感覚を思い起こさせる。
手負いのロ級の砲撃が際どく頭上を掠め、巻き上がった水柱が危険な程、叢雲達の体を傾斜させた。
バランスを取ろうとする足先から背骨、そして“擬体”。
“海を掴んでいる”全身を軋ませながら、両舷全速を維持。
『ぷっぷくぷぅ~!ぷっぷくぷぅ~!ぷっぷくぷぅ~!』
『撃ちすぎ!弾切れになっぞ!』
叢雲の先を走る卯月が、狙いをつけるのもそこそこに、砲を撃ちまくる。
景気づけだろうが、どうせ、両舷全速状態での砲撃など、当たる訳が無い。
が、一発、敵艦隊の鼻面に炸裂した至近弾が、艦隊の陣形を散り散りにした。
『いよっし!今だぜ!』
『よーし!やったわ』
必死にバランスを取り戻そうと足掻く深海棲艦がぐんぐん大きくなる。
叢雲が効かない舵を切り、よたよたと増速しようとする揚陸艦の横っ腹を目指して卯月の後ろから滑り出ると、かなり近い所で爆発が響き、左腕に激痛が走った。
『遅いわ!海の底に、消えろっ!』
叢雲の四連装魚雷発射管からするりと、魚雷が滑り出る、揚陸艦の土手っ腹目指して進む酸素魚雷の航跡は見えない。 護衛対象の間に割り込む駆逐艦の下で水面が盛り上がり、一隻、二隻と、盛り上がった水面に合わせて、くの字に伸び上がって動きを止める。
そして、揚陸艦の一隻を低い水柱がへし折り、中身をぼろぼろと海面に溢れさせ、炎を吹く。
『逃がしはしない!』
健在なもう一隻の揚陸艦へ砲を向けた時、叢雲の左腕を激痛が襲った。
骨が砕け散る感触と衝撃に瞑った半分の視界に、深海棲艦の横貌が一杯に広がる。
そして、形容しがたい感覚を遺して、左腕が消えた。
『っ…!』
反射的に右手の杖を突き出すと、アンテナの先が、逃げ去る駆逐艦の目玉を抉る。
『駄目だ!逃げろ!』
『ここで、諦められないでしょ!卯月ぃ!』
『見えないぴょーん、どこ、どこ、ぴょん!』
艤装に残された砲を撃ちながらじりじりと進む叢雲は、左の二の腕に突き刺さった三日月の髪飾りに気がつき、ようやく卯月が視力を失っている事を理解した。
叢雲も卯月も余りに損傷を受けすぎて“内線”の統制が全く取れなくなっている。
『私の目を使いなさい!』
“艦娘”は“擬体”の光学視力を失っても、“艤装”の電探がある。
“艤装”に乗り込んだ、“妖精さん”達の目視観測がある。
“内線”越しに、僚艦の感覚だって頼れる。
人としての感覚器官を失っても、継戦可能だ。
負けた訳じゃない!
よろめきながら、呻きながら増速する叢雲達の周囲に次々に水柱が盛り上がる。
護衛の軽巡と駆逐艦が戻ってきていた。
距離を保った集中砲火。
船足を削ぐ意図で降り注いだそれは視界を塞ぎ、出足を払い、行く手を遮った。
『ぅあっちゃぁ……あたたた……いったぁい!』
『くっそ!』
(健太……)
To Be Countinued...
と言う訳で、戦闘が始まりました。
Tennoの出番は次回になります。
ああ、NightWave、全然タスクできてないや……
そういえば、艦これもイベント始まっちゃうんですよね。
時間が……