短い滞在を終えて立ち去る旅人を少年は見送る。
平穏をもたらし、姉を連れ帰ってくれた空人を。
答え合わせの時間。
少年は答えに近づいた。
とても近かった。
危険な程に。
変わってしまう程に。
~Side 健太:松雲町~
今日は良い天気だ。
冬は電柱ごとぐらぐらゆすり倒す位の海風も、今は垂れた電線を軽く揺らす程度のそよ風だ。
日中温かく過ごしやすい時節に、新鮮な潮の匂いを追加してくれる。
坂道を振り返ってみれば、午前の日差しを浴びた海原がきらきらと輝き、水平線から続く空は蒼く、気持ちのいい快晴。
視力の良い健太の目は、近海に浮いている漁船を数隻捉えていた。
絶好の散歩日和だ。
(まるで何も無かったみたいだ……)
深海棲艦の襲撃があった後、叢雲姉達は特に何事もなく帰って来た。
天野さんの言った通りに。
なんだか凄く疲れた顔をして抱きしめたくれた叢雲姉の体からは、潮と少し生臭い、鉄さびの臭いがした。
「あ、いけね」
がらがらいう音がいつの間にか遠くなっているのに気がつき、健太は振り返って、急ぎ足で天野へ追いつく。
さして背の高くない彼女には大きすぎるスーツケースを引きずっているのに、のんびり歩いたら置いていかれそうな程に足が速い。
村を出る前に結構な量のお土産物を買っていたので、ただでさえ重いはずなのだが。
「う~ん」
口から漏れたうなり声が聞こえたのか、天野さんがちらりとこっちを見る。
つば広の帽子から、切れ長の目が片方だけ覗く。
「ありがとうな」
声をかけると、彼女の足が止まる。
「礼を言われるような事をしたか?」
「何とかしてくれたんだろ、深海棲艦」
一瞬、きりりとした眉を寄せて、天野さんが何か呟いた。
(おるす?)
「……まぁ、そうだな、もののついでだ、気にすることはない」
(やっぱ、そんな事してないとは言わねぇのかぁ)
「ふむ……」
天野さんは又、何か呟いてから健太へ目をやると、不意に道路をはずれて歩き出す。
「バス停はそっちじゃないぜ」
以外と早い足に着いていくため、健太は慌てて小走りになる。
天野さんは背が高くないので、こんな獣道に毛が生えた様な藪を切り開いた道じゃ、下手に距離を離されると見失いかねない。
「“迎え”を待たせている、こっちで問題無い」
「ん~?」
道路から外れたそちらには家も無く、確か、わさわさに繁った竹林があるだけだ。
車を停めておく様な場所はない。
この道だって、タケノコ掘りと間引きをする為に辛うじて踏み固められてるが、住民も普段は通らない場所である。
当然、“迎え”なんて居る筈が無いのだが。
竹林まで来ても、立ち止まらずに天野さんはそのまま竹林へ入ってゆく。
一瞬、視界が揺らいだ感じがして瞬きすると、天野さんの姿が消えていた。
「え……どこだよ?」
急いで天野さんの後を追いかけ竹林に踏みこんだ健太は、手をつこうとした竹を突き抜けて前方へつんのめる。
勢い余って綺麗に前転した健太は、もさっ、と柔らかい地面を転がり、尻を何か硬いものに叩き詰ける羽目になった。
「いってぇ!……くねぇ?」
思い切り叫んで地面と見ると、よく繁っていた筈の竹は綺麗さっぱり無くなり、黄色くなった葉っぱの欠片みたいなものと、もさもさの糸みたいなものが降り積もっていた。
尻を打ち付けた割に痛くなったのは、積もったそれがクッションになったかららしい。
「なんだ……これ」
摘まんでみると、糸は細長くてフワフワしているが引っ張ってみると簡単には切れそうにない。
臭いを嗅いでみると、何となく嗅いだことのある臭いがする。
「竹?」
"糸"からは、真新しい竹割り箸みたいな臭いがした。
確かに竹を割ったり折ったりするとこういう繊維が出てくるが、普通に竹を切って長時間放置しても、こんな綺麗で長い糸状の状態にはならない筈だ。
というか、前に体験学習の時に見せられた竹繊維の加工画像だと、なんか、もっと、もこもこした綿状になっていた記憶がある。
「ていうか……キャンプ?」
顔を上げると、天野さんは椅子に座っていた。
竹がごそっと無くなった小さな広場の真ん中には、テーブルと二脚の椅子が置かれ、ちょっとした休憩スペースの様になっている。
「まぁ、そうだな、待合せ場所、兼、一時退避場所といった所だと思って良い」
天野さんはそう答えると、テーブルの上に置いてあったポットを持ち上げる。
「折角だ、お茶くらい出そう」
「あ、えっと……はい」
何となく断ろうかと思ったのだが、薄く笑って着席を進める天野さんの顔を見ていると、なにか、こう、断りにくいものを感じてしまい、椅子に腰を下ろす。
やけに細工が細い金属製のカップを持って匂いを嗅ぐと、なんだか、爽やかだけど嗅いだことのない香りが鼻の奥でしゅわっと弾ける。
口をつけてみると、ちょっとすっぱくて、なんか炭酸ぽい感じもする。
(でも、あったかくて……お茶だ、なんだこれ?)
まずくはない、というか、ついそのまま何口かすする位美味しい。
「お茶菓子もあるぞ」
「あ、なんか、うまそう」
緑色っぽい金属の皿に、手のひらサイズのうすっぺらいワッフルみたいなものが載っている。
手に取ってみると、なんか、見た目より妙に重い。
よくよく見てみると、間に白っぽいクリームみたいなものが挟んであった。
食べると、クリームっぽい見た目の割に煎餅みたいに中身も硬い。
でも、口の中に入ると、なんか、溶けるように崩れていく感じがする。
(甘酸っぱい……良い匂いがする)
クリームだから甘いと思ったけど、ワッフルのとこは甘さ控えめで、代わりに凄く甘酸っぱい果物の味と匂いが鼻から抜けるほど強い。
「ん!」
お茶を飲むと、口の中に甘さが炸裂する。
砂糖を直接口に入れたみたいな甘さに滅茶苦茶驚いていると、天野さんが面白そうにこっちを見ていた。
「甘いだろ、vestan mossの亜種……まぁ、苔のお茶だが、Sunlight Threshconeから作ったクリームを口に入れた後に味わうと、酸っぱい味が凄く甘くなる、野生のはそのまま食べるにはえぐみが強いが」
「苔?……コーン、えっと、トウモロコシ???」
(いやいや……苔のお茶っていうか、トウモロコシからあんな甘酸っぱいものできねぇだろ!)
面喰らいながらも、又、お茶を飲む。
クリームが流されてきたのか、少し甘酸っぱさを感じる。
口の中の味がどうにも落ち着かないが、慣れればやみつきになるのかもしれない。
多分、百面相になっているこっちの事を面白がりながら、天野さんもお茶に口をつけて、お替わりを注いでくれた。
首と注ぎ口がやけにひょろ長いポットは薄緑色の金属で出来ていて、金色の縁取りと飾り、そしてなんか赤い宝石っぽいものがついている。
そう言えばカップも同じもので出来ている感じだ。
でも、手触りは冷たくないし熱くも無い。
中身のお茶は湯気が出る位温かいのに、温度が伝わってこない感じがする。
「何か、聞きたい事があるんじゃないかな?」
「ん……ああ」
耳に入った声で我に返ると、天野さんがカップの縁をなぞりながら、軽く身を乗り出していた。
取りあえず、握ったままだったカップとワッフルを置いて椅子に座り直す。
天野さんを送りに出てきた時には、流石にそんな変な事聞けねぇなぁ、と思っていたんだけれども、何となく、この変な空間に背中を押された様な気がした。
「んっと、昨日の事だけど、天野さんが何とかしてくれたんだよな?……本当に」
兄ちゃんは何も話してくれなかったけど、昨日はかなりヤバイ状態だった筈だ、何時もみたいに頭を撫でてくれた叢雲姉の手が幽かに震えていた気がする。
気のせいだったかも知れないけど。
でも、卯月だって、妙に静かだった。
あの、機分の悪くなるような重苦しい、腹の下になんか漬物石でもそっと置かれたような嫌な緊張感は、表現しづらいけど、明らかにおかしい。
結局、二人共無傷で帰って来たけど、何かがあった筈なんだ。
「成る程、君は艦娘でもない私が、完全編成の“水雷戦隊”を片付けたと確信しているのかな?」
「……完全編成の“水雷戦隊”なんて、関係者以外じゃ知らないんじゃないか、ていうか、兄ちゃんも、叢雲姉達もうちの中じゃ、昨日の夜の細かい事なんて話してなかったじゃん」
幾ら何でも露骨すぎる。
惚ける天野さんに、つい、ちょっと口を尖らせてしまったが、軽い微笑でかわされてしまう。
「ああ、アレは私が殲滅した」
思わず、普通にワッフルを落っことした。
(“私が”ってはっきり言ったよなぁ)
凄い眉を寄せて睨んじゃってる気がするが、天野さんの口の端はどんどん吊り上がってゆく。
もう完全に笑ってる。
腋と手のひらが急にじっとりしてきた。
なんだか、急に胃が重い。
「正確に言えば、別件で試したい事もあったから、ついでに君の姉さん達に手を貸しただけだ」
「天野さんは深海棲艦……じゃ、ないよな?」
恐る恐る聞いてみると、天野さんは緩く握った拳を顎に当てて、軽く首を傾げる。
「そうだな……私は“深海棲艦”ではない、だが、答えを言う前に……君の見解を聞かせてくれないか?」
気がつくと、手の甲の上から天野さんの手のひらが重ねられていた。
ひんやりと柔らかい感触に、ぞくり、とした。
どきどきじゃない、ぞくり、だ。
腹の底にでっかい氷の塊がめきめきとできあがる。
『ガキンチョ、取って喰ったりは……してもいいか?』
不意に近くで、本当に凄く近くで声が聞こえた。
いつの間にか、テーブルの上に人が座っている。
白い髪の毛に、変わった眼鏡。
眼鏡の奥の瞳は銀色に光り、そこから目線が離せない。
それは、もう一人の天野さんだった。
『良くないにきまってんだろ!なんだ、何だよ?……これ?』
『はっきり“言える”じゃねぇか……おもしれぇ』
ニヤリと笑った“ソレ”が手を伸ばしてくる。
直感的に分かった。
(コレは、この世……この“世界”の生き物じゃない)
「う、宇宙人!?」
思わずアホなセリフが口から噴き出る。
“深海棲艦”なんて謎生物が暴れ回ってるこの世の中でも、“宇宙人”なんてのは怪しいオカルト雑誌の住民だ。
自分でも、なんでそんな頓狂な言葉が口をついたのか分からない。
『正解だ』
笑いを含んだような声は、何故か頭の後ろから響いてくる。
「うちの子に何をしてくれてるのかしら?」
不意に響いた声が、頭の中の声をかき消す。
「叢雲姉!」
いつの間にか隣に叢雲姉が立っていた。
厳しい顔で天野さんを睨みながら、軽く髪の毛を払うと、笹の葉がはらはらと落ちる。
叢雲姉のいつも綺麗に整えられているふわふわの白髪が乱れて、竹の葉っぱがまだあちこちについていた。
そう言えば、足下に積もっていた竹の繊維が結構派手に飛び散っている
多分、遠くから、凄く遠くから“跳んで”きたっぽい。
「え、なんで……叢雲姉が???」
「アンタが呼んだんでしょ、“聞こえた”わよ、だから急いで来たんだけど……それにしても、随分勝手に弄ってくれたわね」
広場を軽く見回した叢雲姉の声に若干呆れた感じが混じってる。
「まぁ、怒られる前にこっそり“戻して”帰るつもりだったんだが……その前に少し、彼とお茶でもしたくなってな」
天野さんは澄ました顔でお茶を一口啜ってみせた。
「いでっ」
「何が目的?……ていうか、うちの子に手を出したら承知しないわよ」
襟首を引っ掴まれて、座ったまんま真後ろに引っこ抜かれ、吹っ飛んだ背中が何か柔らかい物にぼよん、とぶち当たって急停止する。
「っとい!」
ぱっと受け止められて、地面に優しく降ろされると、頭をぐりぐりと荒っぽく撫で回された。
見上げると天龍さんが笑っている。
右腋には、げっそりした顔の保兄ぃが抱えられて……と思ったら、地面にそのまんま落とされた。
「おい!」
「へへっ、やっぱただもんじゃなかったか」
保兄ぃの抗議を無視して、天龍さんは何処からともなくでっかい刀を取り出して、肩に担ぐ。
戦闘で使うのは見た事無いけど、前に電柱位ある木を片手持ちで、すぱっと叩ききってたのは知ってる。
「ここに来た目的自体はもう済んでいる、“初泳ぎ”は充分堪能できた……やはり、実際にやってみるのが一番だな」
天野さんは薄かった笑いを少し深くしながら、カップを置いた。
「ここの海の、賑やかな所にも触れられたし……君達との触れ合いも大変興味深かった、有望そうな少年にも出会えた」
天野さんの視線を、さっ、と立ち位置を変えた叢雲姉が遮る。
「ふー、一寸、よく分かってねぇんだが……アンタが昨日の夜の件に関わってるって事であってるよな?」
保兄ぃは、相当無茶な運ばれ方をしたらしく、腰を押さえたまま中腰で天野さんを指さしている。
「ああ、そうだ」
「だったら、ちょっくら海保とか、大本営の連中に説明とかしてくれっと有り難いんだけど……すげぇ、説明しづらくてしょうがねぇ、というか、そのまんま喋っても信用して貰えるか怪しいもんだ」
なんか、難しそうな話になってきた。
「そこはそのまま話す方がお勧めだな、海を浚えば状況を補強する残骸も出てくるだろう?」
「面倒くせぇなぁ、アンタが“証言”してくれた方が簡単じゃねぇか?……後ろ暗ぇとこが無けりゃだけどな」
天龍さんが、なんだかちょっと煽るような口調で返す。
「もう少しゆっくり話していたい所だが、次の仕事があるのでな」
「ま、そうなるよな」
ようやく息が整ったらしく、保兄ぃが顔を上げた。
「取り敢えず、まず、礼を言っとく……ありがとうございます、うちの連中と村を助けてくれて」
と思ったら、又、すぐに下がった。
「あ~、そりゃ、筋だよな……俺からも礼を言っとくぜ、ありがとよ、留守してる時に母港が無くなってるとか最悪だからな」
保兄ぃのお礼に、天龍さんが少しまじめな声で乗っかる。
(“母港が無くなる”って、やっぱり、危なかったんだなぁ)
「……そうだな、素直に礼は受け取っておくとしよう」
天野さんは手首を軽く持ち上げて目を落とし、腕時計の時間を確認する。
「時間か」
「ああ、そう言や一個だけ」
椅子から立ち上がった天野さんに、保兄ぃが声をかけた。
「何かな?」
「まぁ、もう“宇宙人”でも別に良いんだけどよ、ぶっちゃけ、あんたは“何者”なんだ?」
「“何者”か……」
空を見上げた後、保兄ぃに眼を戻した天野さんは、ものすごく引き締まった顔、知ってる言葉じゃ、“厳粛”って言うのがぴったり来る表情になっていた。
「我等は“Tenno”、銀河の深淵、Voidの深奥より産まれ出で、かつてオロキンを打ち倒し者、圧制者の悪夢なり」
天野さんの言葉に合わせる様に足下の竹繊維が蠢き、何かの形を作り出す。
それは、真ん中が大きくて、左右が斜めに小さく伸びた幾重もの波紋。
その真ん中に静かに立ってるだけなのに、口を開く事ができない何かがあった。
叢雲姉の背が少しこわばり、肩に置かれた天龍さんの手に力が籠もる。
正直痛い。
「お、おう……」
そして、保兄ぃは全然締まらない。
なんか、一寸恥ずかしい。
(ん……)
ざわり、ざわりと竹がさざめき、影が差した。
「うわぁ~」
空を見上げたおいらの口から、保兄ぃの事を全然笑えない声が漏れる。
いつの間にか、竹林の上にオタマジャクシかカブトガニみたいな何かが浮かんでたのだ。
三角形のさきっちょ側からまるでSFの放射ビームみたいな何かが出て、天野さんのトランクがふわりと浮かび上がり、そのままぴたりと吸いつく。
「この場は、このままにして、茶器も進呈しよう、この星では“少し珍しい素材”だから証拠の足しになるだろう」
(て言うか、お茶もお菓子も、この世の物とは思えない味だったんだけど……)
何だか今更ながらに腹の調子が心配になってきた。
「では、お暇しよう」
次の瞬間、おいらは本当に目を疑った。
天野さんが、一瞬で姿を消したかと思うと、浮いてる物体の底に貼りついていたのだ。
手を下ろしてなくて、万歳してれば、まんまでかい凧に貼りついた忍者みたいである。
貼りついてすぐ、底面が回転して天野さんを収容する。
「おいおい、忍者屋敷かよ」
天龍さんの呆れた様な声に思わず頷いてしまった。
どんでん返しの仕掛けまでついているとは、ますます忍者じみている。
(宇宙人だから、宇宙忍者か~)
そんなことを考えてる間に、宇宙忍者の宇宙船は滑る様に上昇し、空に溶けてしまった。
「ったく、オレ達は水上艦だぜ、宇宙戦争なら大和んとこ行けよなぁ」
現実感のない光景にため息をついた天龍さんの肩に、保兄ぃが真顔で手を乗せる。
「知ってっか?最近は、雪風とか、磯波、村雨も宇宙戦争やってんだぜ」
「なんつー世の中だよ」
To Be Countinued...
お久しぶりです。
エピローグ的なエピソードをお届けします。
Tennoの気まぐれで健太君は少々怖い思いをしてしまった様ですが……
Tennoの休暇(?)もようやく終わり、次の作戦行動が始まりますが、次は幕間のエピソードになる予定です。