ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
翌日の金曜日を迎えると、いよいよクリスマス・ダンスパーティーに向けて学校中が騒がしくなり始めた。
「どうして女子って、いつも複数人で動くんだ?」
談話室で、数人の女子生徒がクスクス笑いながら僕――ハリー・ポッターを見つめて通り過ぎた後、ロンがうんざりしたように問いかけてきた。
僕も同感だと言おうとしたところで、フレッドとジョージが割り込んでくる。
「そりゃ、お前みたいなのに狙われないためだろうよ」
「群れからはぐれた個体を不意打ち、なんてハイエナみたいな姿勢じゃ、捕まるものも捕まらないぜ」
グリフィンドールなら勇気を出したまえよ、とジョージに言われてロンが動きを止めた。ちょうど一人で歩いている女子の姿はいないかと視線を彷徨わせていたところで、そんな弟を見てフレッドが呆れるように続ける。
「ともかく、急げよ兄弟。さもないと、いいのは全部とられちまうぞ」
「そういうフレッドは誰と行くんだよ?」
「アンジェリーナ」
フレッドは自然なノリでアンジェリーナを「おーい」と呼び、振り返った彼女に「俺とダンス行くかい?」と気軽に問いかけた。
暖炉の傍でアリシア・スピネットとしゃべっていたアンジェリーナは、品定めするようにフレッドを見つめた後、あっさり「いいわよ」とOKを出してまた会話に戻っていく。
「こんなもんだ。かーんたん」
「………」
「………」
そんなわけあるか。
たしかにフレッドとジョージは、クラムのような有名人でも、セドリックやフラーのような美形でもないけど、持ち前の明るさと社交性で女子にも人気がある。異性との関係において「面白い人」というのは強みだ。
ちなみに社交性・容姿・運動神経・成績・知名度、と全てのモテ要素をコンプリートしたイレイナは、ほとんど神の領域にいる。
「じゃあジョージは?」
聞かれたジョージは照れもせず、同じように暖炉の向こうに声をかけた。
「アリシア、俺と――」
「ごめん、彼氏できたから」
しかしジョージは落ち込むどころか、むしろ目を輝かせて。
「え、誰? 知ってる奴?」
「知ってると言えば、知ってる人だけど……」
アリシアは言いにくそうにしていたけど、アンジェリーナから「隠しても世間狭いし、いつかバレるっしょ」と身も蓋もないことを言われて重い口を開いた。
「あのね、スリザリンのキーパーやってる……」
「「マイルズ・ブレッチリーかよ!?」」
双子が大声で叫ぶと、生徒たちが瞬く間にアリシアに殺到した。
「マジっすかアリシア先輩!?」
「く~っ、禁断の恋愛!これは燃える!」
「ロミジュリってんなぁ、おい!」
ちなみに『ロミオとジュリエット』は1689年制定の『国際魔法機密保持法』以前の名作なので、魔法族でも割と普通に知っていたりする。
(それにしても、まさかアリシアがスリザリンの男子となんて……)
2つ年上でチェイサーのアリシアには、1年生の時からよく面倒を見てもらった。チーム最年少の僕にとっては頼れる先輩という感じだったから、彼氏がスリザリン生というのは実に複雑な気分だ。
例えるなら、そう……昔遊んでくれた近所のお姉さんが、急に地元のヤンキーと付き合い始めた――みたいな。
それはそうと、恋バナ好きなラベンダーやパーバティたちが矢継ぎ早に質問していく。
「もっと詳しく聞かせてください!」
「どっち!? どっちが告白したんですか!」
食い気味の後輩たちに気押されて、アリシアが語り始める。
「去年のクィディッチ優勝杯、私たちが勝ったでしょ? それでお祝いの後、会場にマフラーを忘れちゃって取りに行ったの。もう結構日も暮れてたんだけど……」
冷たい空気の中、マイルズ・ブレッチリーはひたすらブロックの練習をしてたらしい。
「あんまり真剣な顔で練習してるもんだから、なんか目が離せなくなっちゃって……そしたら、向こうにも気づかれちゃって」
――なに、バカにしにきたわけ?
「マイルズ、すごい顔で睨みつけてきて普通に怖かったんだけど……すごく、苦しそうだった。そしたら、なんか独りぼっちで泣いてるように見えてきて」
私もハッフルパフ戦で負けた時を思い出しちゃってさ、と続けるアリシア。
「同じ選手だから、なんとなく分かるんだ。あの試合で、もうちょっと自分が早く反応出来てればとか、もっと最初から全力出してたらとか、そういうの」
アリシアの言葉に、双子とアンジェリーナ、そしてケイティが目を伏せた。僕もまた、去年のハッフルパフ戦で負けた悔しさを思い出して唇を嚙む。
「すっごく悔しかったんだろうなぁ……悔しがれるぐらい、たくさん頑張ってきたんだなぁって」
そんなに感情移入しなくても、と思う人もいるかもしれない。けれど、僕にはすんなりと共感できた。
たしかに去年のクィディッチ優勝杯で勝ったのは僕たちだけど、本当に紙一重の勝利だった。もちろんイレイナやマルフォイが粘って追い上げたというのはあるけど、その場の勢いで危うくなるほど僕たちだって柔な鍛え方はしていない。
だからこそ、分かってしまう。スリザリン・チームがちゃんと食らいつくだけの実力を身に付けていたことも、そのためにどれだけの練習を重ねてきたのかも。
――僕たちと、同じように。
「たぶん、マイルズのことを好きって思ったのは、あの時なんだ」
そのまま舌打ちして帰ろうとしたマイルズを、アリシアは考えるよりも先に呼び止めていたという。
――練習、やめないでよ。
悔しいなら、諦めないで。みっともなく、足掻こうよ。
勝てるようになるまで、練習しようよ。
――私も、付き合うから。
ラベンダーたち女子生徒は胸を抑えて、すっかり夢見心地で聞き入ってる。僕も思わず、胸の奥がじんわりと熱くなる。
この人、すごい青春してるなー。めちゃくちゃ恋愛してるなー。
(いつか、僕もチョウと……)
想像しただけで顔が火照ってきて、慌ててアリシアの話に意識を向ける。
その後、アリシアとマイルズは自主練の後に話すようになり(ちなみにマイルズは最初“何だこの女……”って思ったらしい)、休みの日の練習終わりにランチに誘われて、一緒にホグズミードに行ったりするようになったのだとか。
やがてスポーツだけでなく、人間関係の悩みや好きな音楽バンドの話なんかもするようになり、食事の後に買い物したり、一緒に箒に乗って湖の周りを飛んだりと、健全デートを続けたという。
「それでね、そのまま夏休みに入っちゃって会えなくなったんだけど……その」
「気づいたら、その人のことばっか考えちゃったんですね!」
「ふくろう便出すかどうかで悩む奴だ」
「わかる! わかるぞぅ! それもう恋なんだよなぁ!」
ラベンダー、ケイティ、リー・ジョーダンがテンション高めに反応して場を盛り上げ、アリシアは耳まで真っ赤になりながらも満更でもなさそうだ。みんなワイワイと楽しげで、恋愛トークに花を咲かせている。
「ていうか、前から思ってたんだけど――スリザリン男子ってさ、たまにめちゃくちゃイケメン紛れてるよね?」
しまいにはここぞとばかりにケイティ・ベルがぶっちゃけると、最初に飛び込んだペンギンに続くかのように「実は私も~」などと秘めていた本音が次々に暴露されていく。
「エイドリアン・ピュシーとか良くない?」
「あ、アタシも気になってた! スリザリン男子、やっぱり育ちが良いの多いよね」
「ねー。傍から見ててもすごい自然にリードしてくれるし、気配りできるし、オシャレだし」
「あと食事の時、ナイフとフォークの使い方めっちゃ優雅」
「マルフォイもさ、去年の試合の時とかカッコ良くなかった?」
「普段は子供っぽいけど、私、そういうギャップに弱いんだよねぇ」
急にライバルが増えたことにグリフィンドール男性陣が戸惑う中、不意にロンが声をかけてきた。
「ハリー」
顔に焦りをにじませて、ロンは難攻不落の要塞にでも攻め入るかのように言った。
「……我々も歯を食いしばって、やらねばならぬ。残るはトロール2匹、じゃ困る。僕たちもフレッドの言う通り、今すぐ行動すべきだ」
**
けれど、その日は休憩時間も昼食時間、そして授業前でさえ――チョウは友達に囲まれていた。一人でいる事なんてあるのか?というぐらいに。
(どうしよう……あとはトイレに入る直前に待ち伏せするぐらいしか――)
焦りと不安から犯罪スレスレの暴挙すら真面目に検討し始め、ついに夕食時間が来てしまった。ロンの方も収穫は無かったらしく、二人して憂鬱な面持ちで席に着く。
「……シェーマスはラベンダーと一緒に行くらしい」
「僕たちだって、いざという時は『嘆きのマートル』がいるさ」
投げやりに軽口を叩きつつ、チョウを探してレイブンクローのテーブルを見つめていると、不意にレイブンクロー男子の一団がスリザリンのテーブルに突撃していく様子が目に入った。
「――あれ、セレステリアさん今はいないんだ?」
最初に口を開いたのは、金髪で長身のアンソニー・ゴールドスタイン。
飄々とした爽やかな雰囲気で、よく学年成績ナンバー3の座をスリザリンのセオドール・ノットと争っている。セドリックを体育会系から文化系にしたような線の細い男子で、ルックスも悪く無い。
「イレイナなら、4連敗中のノットに泣きつかれて仲人やってるとこだよ」
ほら、とダフネはハッフルパフのテーブルを指さす。イレイナはセドリックと向き合うように座っていて、隣にはそれぞれセオドール・ノットと1つ年上のハッフルパフ監督生、エステル・ロストルフさんがいた。
イレイナが何かを言ってセドリックが反応し、そこにエステルさんが食いつき、それをイレイナがノットに振ると、エステルさんが感心したように相槌を打つ。
「それでタイムマーナ―が……」
「たしかにねー。時間魔法は――」
ノットは挙動不審が一周回って饒舌に話し続けていて、エステルさんはニコニコしながら上手に相槌を打っていた。そしてイレイナとセドリックも適度に弄ったり話題を変えたりして、自然に会話を引き出している。
あの2人、誰に対してもそうだけど、話術スキルもすごい高いな……。
話題が時間魔法というのは意味不明だけど、なぜかエステルさんがすごい興味を示しているようで、会話が盛り上がっているようだ。
「なになに? アンソニー君、ひょっとしてイレイナ狙い? 打倒セドリック・ディゴリー的な?」
すかさずダフネ・グリーングラスが茶化し、アンソニーが「そこまで無謀じゃないよ」と苦笑で返すと、ミリセント・ブルストロードがニヤッと口の端を上げる。
「そうか? 決闘で勝てばワンチャンあるかもじゃん」
「代表選手と戦うのは御免願いたいね。医務室でクリスマスを迎えるつもりは無いよ」
アンソニーがすかした顔で答えると、ミリセントが「だなっ!」と小さく噴き出す。隣にいたパンジーは首を傾げた。
「あれ、あんた達そんな仲良かったっけ?」
「私はクィディッチ同好会で何度か試合したことあるけど……ダフネはなんか接点あった?」
「特にないよ? でもミリセントの友達なら、友達の友達は友達でしょ?」
ダフネのコミュ力強者の理論に、パンジーは「ふぅん」と興味なさげに返す。
最近はスリザリン生でも寮の垣根を気にしないダフネのような生徒が増えてきて、パンジーのような生徒も前ほど壁を作らなくなってきている。ここ数年で色々なイベントがあったせいか、入学当初に比べて徐々にホグワーツ全体が仲良くなってきた感じだ。
「んじゃ、とりまよろしく」
ミリセントが拳を構えるとアンソニーもそれに応じ、「こちらこそ」と当然のようにグータッチ。
「グリーングラスさんも、よろしくね」
「ダフネでいいよ! 私もアンソニーって名前で呼びたいし――ていうか、前からイケメンだと思ってたんだ!」
クラムの時と同じ手口で、ぐいぐいと距離を詰めるダフネ。物理的にも近い。
「じゃあ、僕もダフネって呼ぶよ」
笑顔で「よろしくー!」と握手して腕をぶんぶん振り回すダフネを見て、異性の体によく自然と触れるな……などと思っていると、アンソニーの方も当り前のように手を握り返していて謎の敗北感を感じる。
「グリーングラス、いいよな……」
「分かる。めっちゃ好き」
レイブンクロー男子たちのナンパを眺めていたのは僕だけではなく、隣の席ではディーンとシェーマスが羨ましそうな顔で眺めていた。
「なぁシェーマス、お前はイレイナとダフネどっちが好み?」
「どっちも。男子は全員そうでしょ。2人とも4年のアイドルじゃん」
「だよな。イレイナは高嶺の花っぽいのに意外と話しやすいし……ダフネはなんつーか」
「めちゃくちゃナイスバディ」
「それ」
あったま悪そうな会話に、ロンまで加わった。
「でもスタイルなら、フラーも中々だよな。ホグワーツじゃ、ああいう女の子は作れない」
「そういやドラゴン戦の時、フラーのスカート燃えたじゃん? あの時チラッと見えた太もも、超エロくなかった?」
女子に聞かれたら箒でぶん殴られそうなことを言い合うロンとシェーマスたち。女子もそうだけど、男子も段々と「寮と学校の違いも大事だけど、やっぱり可愛い子の前じゃ些細な問題だよね!」という欲望を隠そうとしなくなってきた。
ちなみにその間、レイブンクロー男子たちはスマートに「共通の知人」という鉄板ネタ――案の定、スネイプのダンス相手が誰かという話題で盛り上がった――から会話を広げ、デートスポットの話題からカフェのクリスマス・フェアの話へと発展したところで、マイケル・コーナーが切り出した。
パーマがかかった黒髪を肩まで伸ばしていて、顔立ちは整ってるけどアンニュイな雰囲気や目つきが悪く、ちょっと冷たい感じで好みが別れる男子だ。
「そういえばマダム・パディフットの喫茶店で出してる、スフレパンケーキもう食べた?」
「あー、それ私も気になってた! てか、マイケル君そういうの好きなの? ちょっと意外なんだけど」
「うっせ」
ダフネがけらけらと笑い、今度はマイケルにかわって茶髪で温和なテリー・ブートが口を開いた。
「こう見えてマイケル、けっこうスイーツ好きなんだよね。何度かマウンテン・タワーパフェにも挑戦してるし」
ミリセントが興味津々で反応した。
「勝敗は?」
「マイケルの4連敗」
「だっさw」
爆笑するミリセントにマイケルは「ほっとけ!」と寸止めパンチをして、急速に距離を縮めていく。そのまま連係プレーで会話を途切れさせることなく続け、盛り上がったところでダフネがカフェデートのお誘いを匂わせた。
「でも『三本の箒』でやってる期間限定バタービールも気になるんだよね~」
「じゃあ、ついでにそっちも行かない?」
「アンソニー君、ご馳走様です」
「てへっ♡」みたいな効果音がしそうなウィンクと同時に、両手を前で合わせてお願いポーズをするダフネ・グリーングラス。アンソニーたちの下心を見抜いた上で、ちゃっかり奢ってもらう気満々な辺りは、実にスリザリンらしい狡猾さだ。
「え、待ってお財布との相談がまだ」
「イレイナに借りればいいじゃん」
「それ一生首が回らなくなる奴」
「だねー」
茶化すように答えたアンソニーにダフネがクスクス笑い、ミリセントとパンジーの方を振り向いて「行ってみる?」と尋ねる。
「行く行く」
「私はパス。ドラコと予定あるから」
「おっけ」
パンジーが参加しないとなると、一人分だけ女子の方が少なくなる。だが、すぐにダフネは少し離れたハッフルパフのテーブルにいた、金髪おさげのハンナ・アボットに声をかけた。
「ハンナー!」
ダフネがぶんぶんと腕を振る。呼ばれたハンナ・アボットは戸惑った風だったが、一緒にお茶をしていたスーザン・ボーンズを連れてやって来た。
「私?」
「そ。ねぇ、週末みんなでホグズミードどう?」
ハンナはしばらく迷ったような顔になってから、スーザンの方を見て再びダフネに視線を戻す。
「その、週末はスーザンとランチするつもりで……」
「じゃあスーザンも一緒に行こうよ! ね?」
ぱぁっと目を輝かせて、ハンナの手を取るダフネ。
「代金はマイケル君が奢るって言ってるから!」
「言ってねぇよ」
「ね、ね、お願い! 一緒に行こ!」
笑顔の押しが強い……これがコミュ力お化けか。
「すっ、スーザンはどう思う?」
「私は普通に興味あるな」
「スーザンがそう言うなら……」
女子2名確保しましたっ、とダフネが再びレイブンクロー男子トリオに向き直る。
「ってわけで、タダ飯もう2名追加でよろしくねっ☆」
「いや、タダじゃねぇし……」
ぼやきつつも、マイケル・コーナーの顔は満更でもなさそうだった。頭数が揃って、1人だけあぶれる心配が無くなったからなのだろう。後は、よっぽどやらかさなければ、適度なタイミングでダンスパーティーに誘えるはず。
(そういう手もあるのか……)
なるほどな、と少し感心してしまう。いきなり気になる人に話しかけるのではなく、共通の友人なり知人を通して紹介してもらうのは、確かにうまいやり方かもしれない。紹介された方も、そっちの方が安心できるだろう。
(そっか。なら、僕もチョウと共通の知り合いを通して……)
そこまで考えて、ふと気づく。冷静になって思い返すと、あんまりレイブンクローに知り合いがいなかった。
(セドリックはあんまりチョウと会わせたくないし、イレイナは……)
普通に接点ありそうだ。
ちょっと話が長くなってしまったので分割します(汗)
本作のハリーはイレイナさんと仲良くなってスリザリンへの態度が和らいだのと、スリザリン側も7年連続優勝杯を獲得したり代表選手を出したことで「闇の魔法使いの寮」という側面よりも「エリートの寮」としての側面が強調されつつあり、グリフィンドール寮生たちの評価も変わりつつある感じです。
後はまぁ、単に恋愛全開の思春期の少年少女たちにとっては「好きな子>>寮の違い」というだけの気はしないでもない。