ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

111 / 163
※独自解釈・独自設定があります。苦手な方はご注意ください。


第37章 ~クラウチ氏の狂気~

  

 バーテミウス・クラウチ氏と直接お話しするのは初めてでしたが、少し一緒に歩いただけでパーシー・ウィーズリーさんがこの人を崇拝する理由がわかりました。

 

 短い銀髪の分け目は真っすぐで、口ひげは定規を当てて刈り込んだよう。スーツ姿の上からトレンチコートを完璧に着こなし、クラシックな山高帽を被り、靴もピカピカに磨き上げられています。

 

「そういえばパーシーさん、彼女さんとは大丈夫ですかね?」

「そう願いたいところだが、未来は誰にもわからない」

 

 クラウチ氏は抑揚のない声で告げました。

 

「私も長く生きているが、残念ながら人の心の機微には疎い方でね。パーシー・ウィーズリーにかけてやれた言葉と言えば、せいぜい“花束を買え”と“言い訳するな”の二言ぐらいだ」

 

 クラウチ氏は寂しそうに微笑みました。

 

「親しい人を失うのは、常に辛いものだ。生涯、傷が癒えることはない」

「………」

「だが、それでも人生は続いていく」

 

 静かでありながら、揺らぐことのない信念を感じる言葉。

 

 

「……それは、ご自身の経験則からの言葉でしょうか」

 

 私が遠慮がちに質問すると、クラウチ氏は「やはり知っていたか」とばかりに嘆息しました。

 

「そうだ。私も仕事ばかりかまけてきた側の人間だから、偉そうに言える立場ではないが……だからこそ、己の失敗は身に染みている。それを糧にして、次はもっと上手くやるしかない」

「後悔している……とは言わないんですね」

 

 少し生意気なことを言うと、クラウチ氏は「まさか」と引きつった笑みを浮かべて言いました。

 

「後悔はしておらん、と言うのがせめてもの強がりだ。私は短くないキャリアを通じて、魔法界に貢献したと自負している」

「……自分の息子をアズカバンに送ったことも?」

「無論だ。間違っていたとも思わない」

 

 動揺することもなく言い切った後、「だが」と落ち着いた声で続けるクラウチ氏。

 

 

「愚かな選択だった」

 

 

 私が続きを促すと、クラウチ氏は再び口を開きました。

 

「私は、人間という生き物をよく理解していなかった。だからこそ、アルバス・ダンブルドアとコーネリウス・ファッジに負けたのだ」

 

 クラウチ氏はそこで言葉を切り、私の顔を覗き込むように見てきました。

 

「私と、彼らの最大の違いが何か分かるかね?」

 

 私は首を横に振りました。政争の勝者と敗者であることは明白ですが、クラウチ氏の意図はもっと別のものでしょう。

 

 何よりクラウチ氏が「彼ら」とひとまとめにした、ダンブルドア校長とファッジ大臣……その二人にどんな共通点があるのか掴みかねていたのですが、クラウチ氏は回答は実に単純明快でした。

 

 

「ダンブルドアとファッジは、身内を依怙贔屓する。馬鹿正直にアズカバンに息子を放り込んだりしない」

 

 

 ファッジ大臣はともかく、ダンブルドア校長については納得できる話でした。もしダンブルドア校長がパーシー・ウィーズリーさんのように規則に忠実であれば、ハグリッドは今ごろアズカバンの中でしょうし。

 

 

「しかし、私は愚かにも公明正大であろうとした。ゆえに負けたのだ」

「身内贔屓をせずに公明正大であることが、愚かなことなのですか?」

 

 クラウチ氏の言葉は、やや理解に苦しむものでした。

 

 結果論から言えば、たしかにクラウチ氏は政争に敗れて失脚しています。ですが、むしろ「死喰い人でも自分の息子は例外」なんて露骨な贔屓をした方が反発が大きいのではないでしょうか。

 

 

 しかし私の反応はクラウチ氏にとって意外なものだったらしく、口元を「ほう」と歪めて値踏みするような視線になりました。

 

 

「不思議なこともあるものだ。スリザリン生ともあろう者が、身内贔屓に疑問を呈するとは」

 

 

 不意打ちのように放たれた言葉に、思わず返事に窮する私。

 

 言われてみれば、たしかに露骨な身内贔屓は本来スリザリンの特徴です。もちろんスリザリン寮内では「同胞愛」と綺麗に言い換えているのですが、本質は似たようなものなのかもしれません。

 

「率直に言って、私はそういったスリザリン的な気風を快く思っていない。むしろハッフルパフ的な公正さの方が好ましいと思っている。だが、同時に前者が愚かで後者が賢いなどと言うつもりはない」

 

 クラウチ氏の表情は皮肉げでした。

 

「人は遠くの他人には公明正大を望むが、近くの身内には依怙贔屓を望むものだ」

 

 最たる例のひとつが、かの有名なスリザリンの『純血主義』だと言います。

 

「純血しか誇るものがない無能なスリザリン生が、あのような思想にすがりつくのはある意味では当然と言えよう。だが、スリザリンでは有能な純血の魔法使いでさえ、無能な純血を有能なマグル生まれよりも優遇する」

 

 クラウチ氏の指摘は、私も不思議に思っていた点でした。スリザリンに入って4年が経ちますが、評価システムに関してはレイブンクローのような、能力主義・実力主義の学歴社会の方がシンプルで合理的に感じると言いますか。

 

 

 しかし、クラウチ氏はその“非合理性”こそが、別の意味で合理的なのだと言います。

 

 

「血筋による特別扱い、縁故主義に基づく依怙贔屓、自らに能がなくとも“純血である”というだけで存在を肯定され、優遇してもらえる……そんなスリザリンだからこそ、そこに揺るぎない忠誠心が生まれる」

 

 それこそがスリザリンの誇るべき同胞愛の正体なのだと、皮肉げに微笑むクラウチ氏。

 

 

「嗚呼、そうだとも。まさしく“愛”だよ」

 

 

 曰く――だからこそスリザリンではエリートでさえ、無能な純血を優秀なマグル生まれより重視するのだと。

 

 同胞愛がもたらす忠誠心はスリザリンを1つに団結させ、往々にして優秀な烏合の衆でしかないレイブンクローを駆逐する。純血名家を頂点とするピラミッド型の組織構造は、平等主義のハッフルパフや反骨心ゆえ上意下達のトップダウンを嫌うグリフィンドールに対し、指揮統制の面で優位に立つ。

 

 

 

「つまるところ“愛”とは、特別扱いのことだ」

 

 

 見ず知らずの他人より、家族なり恋人なり友人なり隣人を優先する……それはきっと善意に支えられた、人間の基本的な感情なのでしょう。

 

 

「だが、私には“愛”が、唾棄すべき二重規範(ダブルスタンダード)にしか映らなかった」

 

 

 ――愛という美名のもと、恣意的な評価基準で差別を正当化することは、ある種の偽善なのではないか。

 

 ――他人より身内を優先する“愛”こそが、純血主義を掲げる“例のあの人”の台頭を招いた元凶なのではないか。

 

 

 そもそも純血主義とは、単純化すれば魔法族という身内をマグルという余所者よりも優先する思想に他なりません。まず純血を愛し、次に半純血を愛し、次いでマグル生まれを愛し、最後にマグルといった風に。

 

 

「誰かを愛するからこそ、そうでない別の誰かは差別されてしまう。愛は差別に、差別は純血主義に、純血主義は闇の魔術に通じる」

 

 

 アルバス・ダンブルドアの掲げる“愛”とヴォルデモート卿の掲げる純血主義は、一見すると対照的に見えて、根は同じ穴のムジナなのではないか……クラウチ氏はそうした疑念を捨てきれませんでした。

 

「ゆえに私は、ダンブルドアを信じられなかった。魔法省が体現すべき正義は、特定の誰かを優先する類のものではなく、真に社会全体の共通善を追求するものでなければならない」

「法の下の平等、というわけですか」

「そうだ。たとえそれが実の息子であれ、罪を犯せば法の下で平等に裁かれるべきだと……かつて私は本気でそう信じていた」

 

 熱く語るクラウチ氏の言葉は、しかし――過去形でした。

 

 

「考えてみれば、当たり前の話だ。いざという時や本当に困った時、特別扱いや例外を認めてくれない……そんな相手は尊敬こそすれ、頼りにはするまい」

 

 

 公平で平等に接し、誰も特別扱いしない。それはつまり、誰も愛してはいないということ。だからこそ、誰にも愛されない。

 

 

「ダンブルドアは違った。そうだろう?」

 

 

 言いようのない軽蔑と羨望の入り混じった表情で問いかけるクラウチ氏に、私は小さく頷きました。

 

 例えばハグリッドがいくら迷惑を起こそうとも、ダンブルドア校長は徹底的に庇っています。さらにルーピン先生のために特別措置を取り計らい、ハリーのためにいくつもの規則を曲げていました。

 

 だからこそ救われた本人はもちろん、マクゴナガル先生やシリウスさん、ロンやハーマイオニーもダンブルドア校長に忠誠を尽くすのでしょう。

 

 

 あのハグリッドですら見捨てなかった、ダンブルドア校長ならば。

 あのルーピン先生に味方してくれる、ダンブルドア校長であれば。

 あのハリーをあそこまで助けてくれる、ダンブルドア校長だったら。

 

 

 自分が危ない目にあった時も、きっと――。

 

 

 

「それが、私とダンブルドアの差だった。結局のところ、私は裸の王様だったのだ」

 

 

 クラウチ氏は、実の息子でさえアズカバン送りにしました。その公平無私な姿勢に畏敬の念を持つ人は大勢いましたが、同時に誰もがこう考えました。

 

 

 ――いざという時、クラウチはきっと自分を見捨てるのだろう。どれだけ彼に忠誠を尽くそうと、公明正大で公平公正かつ平等に、その他大勢と同じように扱われるのだろう。

 

 

 そんなクラウチ氏には、最後まで真の意味での味方や友人はできませんでした。魔法法執行部長という孤独な玉座も、ひとたび土台が揺らげばあっけなく崩れてゆく……。

 

 

 

「それでも貴方は後悔していないと、そう言うのですね?」

「ああ」

 

 即答でした。

 

「もちろん、あの後に何度も自問自答したよ。だが、何度“もし”を想像しても、結論は変わらなかった。私の息子は、アズカバンに送られるべき罪人だった」

 

 かつて「執行部の首切り役人」「鉄血クラウチ」「機械仕掛けの剃刀」など様々な仇名で呼ばれた老紳士は、どこか遠い目をしながら言いました。

 

「政治家が背負っているのは、家族の命だけではない。当時の私は、数百、数千、数万という魔法界の命を背負っていた。妻と息子だけのヒーローではいられない……」

 

 目の前にいる老紳士の若かりし頃、それがどんな苦難の時代であったかは想像するしかありません。パニックと混乱の中、毎週のように人が行方不明になって、拷問されたり、誰かの家に「闇の印」が打ち上げられる……。

 

 

「君は疑問に思ったことはないかね? なぜ力ある多くの魔法使いが、ああも英雄的に戦って死んでいったのかと。不利になったら“姿くらまし”という便利な魔法で逃げるという手もあったはずだというのに」

「それは……」

 

 思い当たる理由は、ひとつしかありません。

 

「家族を見捨てられなかった……もしくは、人質にとられて逃げられなかった」

 

 「その通りだ」とゆっくりと頷くクラウチ氏。

 

「悪辣だが、実に有効な手だ。当初、魔法省は死喰い人に対して数的優位に立っていたが、ダンブルドアの言うところの“愛”によって常に後手に回っていた」

 

 内戦で劣勢な側が家族を人質に取るのは、マグルの内戦でもよく使われる手法です。

 

 最近だと南米の麻薬戦争なんかが有名で、最新式の装備と豊富な人員を揃えた政府軍がなかなか手出しできない背景には、手を出すと報復として家族が惨たらしく殺されてしまうから、といった事情があったり。

 

 

「だから私はこう考えた――私益よりも公益を追求すべき公務員が、愛によってそれを損ねるなどあってはならない。強大な力を持つ“例のあの人”に対抗するには、各々が自分自身よりも社会全体に奉仕するという強い倫理観を持つしかないと」

 

 クラウチ氏がとった手法は「目には目を、歯には歯を」という苛烈な強硬手段でした。

 

「たとえ家族を人質に取られようとも、私は職務の遂行を優先するよう徹底した。耐えきれず内通した職員がいれば、即座にアズカバンに送った」

 

 兵士たる者が恐れるべきは、敵より上官である――魔法省が崩壊寸前でも何とか持ちこたえられていたのは、クラウチ氏が持ち込んだ鉄の規律抜きには語れないでしょう。

  

 

「私は大勢の部下に、正義のために自分と家族を犠牲にするよう強いた。大勢の支持者に、個人の幸福よりも社会全体に奉仕するように求めた」

 

 

 であればこそ――。

 

 

「自分の息子だけを例外にするなど、できるはずもない。それは私が正義のために殉じることを命じた、大勢の部下に対する裏切りだ。私を支持してくれた、何千何万という市民に対する冒涜だ」

 

 老紳士の顔に一瞬だけ誇らしさが浮かび、すぐに陰が落ちました。気づけば太陽は沈みかけ、禁じられた森の方からは冷たい風が流れてきました。

 

 

「では、貴方は……息子を愛してはいなかったのでしょうか?」 

 

 しばしの沈黙の後にそう質問すると、クラウチ氏は寂しそうに微笑みました。

 

「愛してはいたが、妻のようには愛せなかった……しかし、それを悔いた事はない。愛する者の存在は、政治家としての私を機能不全にする」

 

 清廉潔白な政治家であるために、私人としての感情を封印する……息子を愛せなかった(特別扱いできなかった)としても、それはむしろ公人として正しい姿であると。

 もし妻のように息子を愛してしまえば、死喰い人に付け入る隙を与えるだけだと。

 

「父親か政治家かどちらかを選ばなければならなくなった時、私は犯罪者の息子を庇えるほど愛情深い父親にはなれなかった。公人として正しく法治に則り、息子に司法の裁きを受けさせた」

 

 過ちを避けるために己を律し、理で情を封じる。すべては為すべきことを為し、正しく与えられた役割を果たすために。

 

 最後まで孤高の政治家であり続けたクラウチ氏は、それゆえ誰にも理解されず、また本人も理解を求めませんでした。

 

 

 ――ゆえに。

 

 

「政治の世界において、一寸先は闇だ。私の失脚を目論んでいた者たちは、息子の死を利用して一斉に反撃に出た」

 

 

 ――息子が非行に走ったのは、クラウチが仕事ばかりで家族を蔑ろにしたからだ。家族が可哀想だ。

 

 

「スキーターの記事が中傷で終わるのは毎度のことだが、ルシウス・マルフォイとコーネリウス・ファッジはそれをうまく権力闘争に利用した」

 

 死喰い人だろうと家族がいる、幼い子供に罪はない……そう言えば、死喰い人への同情も生まれます。当事者であるルシウスさん達はもちろん、経済復興を優先して「闇陣営狩り」を終わらせたいファッジ大臣ら穏健派も、元・死喰い人への恩赦を正当化できるでしょう。ダンブルドアも“愛”を持ち出されれば、強くは出られません。

 

 もともと強硬手段で多方面から恨みを買っていたこともあり、政治バランスは一気にファッジ優位に傾いたと言います。

 

 

「最後まで慕ってくれた部下の中には、今からでも父親らしい声明を出して沈静化を図ってはどうか、と助言してくれた者もいた」

 

 しかし、クラウチ氏は頑なにそれを拒んだと言います。

 

「息子が廃人に追い込んだロングボトム夫妻は、もっとも勇敢で信頼できる部下たちだった。一家には年老いた祖母と幼い赤ん坊だけが残された……」

 

 残された遺族の事を思えば、「加害者にも情状酌量の余地があった」などと、口が裂けても言えるはずもありませんでした。

 

 

「私の息子はアズカバンに送られ、そこで死んだ。だが、もし生きていたとしても、私は息子があそこを出ることを望まないだろう……」

「仮に恩赦が出ても、ですか?」

「そうなれば屋敷の座敷牢に閉じ込めてでも、罪を償わせるつもりだ」

 

 自らの半生を語り終えたクラウチ氏は一気に数十歳も老け込んだようにも見え、黒い瞳には深い憂いが浮かんでいました。

 

 

 まだまだ気になることは沢山ありましたが、それ以上の話を聞き出すことは出来ませんでした。ちょうどそこで、木陰からぬっと別の人影が現れたからです。

 

 

 

「――セレステリア、こんなところで何をしている?」

 

 

 

 怪訝な顔をしながら登場したのは、“マッドアイ”ことアラスター・ムーディ先生でした。

          




 体調不良でしばらく投稿できず失礼いたしました・・・(汗)。


 ダンブルドアが割と身内の不祥事(ハグリッド周りとか)を庇ってるのに対して、クラウチ・シニアは実の息子でも(当初は)犯罪者として処罰してるあたり、政治家としてはむしろ首尾一貫してるような気もするんですが、身内をあっさり切り捨てるような公平な人間は尊敬されてもいざという時には人が付いて来ないのかなぁと。


 ジュニア「父は人の心がわからない」


 本作のクラウチ・シニアは潔癖なハッフルパフ志向だけど、気質的にはグリフィンドールの理想主義とレイブンクローの孤高さが混じっている……みたいなイメージです。


 ちなみに息子をアズカバンからこっそり脱獄させた件についてどう考えているのか、詳細はまた別の話で。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。