ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
「――それとも、そこの小娘に縋ってみるか?」
じろり、とそこで初めてヴォルデモートが正面から私を見据えました。
「あぁ、ワームテールともう一人のしもべから話は聞いているぞ? セレステリアの娘よ」
必死に目を逸らしていても、めちゃくちゃ視線を感じます。そろそろ、すっとぼけるのも限界かもしれません。なので、私は表情筋を調整して「舐められない程度に強がり、かつ警戒されない程度に震える」といった顔で向き直りました。
まぁ、実際にはめちゃくちゃ怖かったので、普通に強がるだけで演技は十分だったのですが。
案の定、ヴォルデモートは満足したようで、嘲笑の中に好奇心の色が見てとれました。興味を持ってくれている内は、いきなり『死の呪文』で殺されることも無さそうなので、とりあえずは一安心?といったところでしょうか。
「そう、セレステリアだ。お前たちの中には世話になった者も多いだろう」
ルシウス・マルフォイさんを始め、大勢の死喰い人が居心地悪そうに縮こまります。それを見て、ペティグリューさんだけが「ざまぁw」みたいな得意げな顔になっていました。
ヴォルデモートはギラギラと輝く赤い瞳で私を見据えました。
「貴様は他の2人と違って、我が高貴なる先祖であるサラザール・スリザリンの寮へと組み分けされた。俺様の下僕となる資格は十分にある」
それに、とヴォルデモートが愉快そうに告げました。
「ワームテールが面白い情報を持ってきた」
ヴォルデモートが杖をひと振りすると、虚空から半透明のヴェールのようなものが現れ、そこに何か映像が映し出されました。
――そういえば、このイノベーティブな製品の名前を、まだ発表していませんでしたね。
なんだか見覚えのある美少女が映っています。
―――その名は、『Riddle 94』!
はてさて、調子に乗って『リドルの日記』やら『組み分け帽子』の技術を応用した挙句、「謎なぞ」を意味する「Riddle」を製品名にしてしまった先輩たちの口車に乗せられて一枚かんでしまい、ご本人様を前にして大ピンチに陥っている魔女がいます。彼女はいったい誰か。
そう、私なのでした……。
「「「「………」」」」
なんとも言えない、沈黙が墓場を支配しました。
特に哀れなのはルシウス・マルフォイさんで、もう今にも倒れそうなぐらい顔が青くなっており、隣のエイブリーさんが「具合でも悪いのか?」みたいな目でチラチラ見ています。
「お前たちの中には、これが何か知っている者も少なくないはずだ。そうだろう? ノット」
視線を向けられたノット父は恭しく片膝をつき、顔を上げました。
「もちろんです。我々はこれを開発したゼネラル・マギティクス社に多額の出資を行い、持ち株比率はセレステリア・ホールディングスとグリンゴッツ銀行に次ぐ3位。数々の技術提携や業務委託、さらに特許のクロスライセンスをはじめ、社外取締役には我が社からも――」
「よくやった、ノット」
面倒くさそうに会話を遮ると、ノットは「ありがたき幸せ……」と媚を売って引き下がりました。
実際、スタートアップ企業であるGM社が急拡大した背景には、こうした純血名家コミュニティとの人的ネットワークも無視できません。コネがあれば信用面でかなり有利になるため、新興企業であっても多額の資金調達が可能になる他、業務提携をする際の機密保持契約でも話は早く済みます。
例えばGM社内でクリアウォーター先輩が技術的な問題に突き当たると、すぐファーレイ先輩がノット社にいる同期にフクロウ便を送って「ねぇ、こんな魔術コンポーネントが欲しいんだけど、作れる?」と聞けば、すぐに返事が来て早ければその日のうちに打ち合わせが始まるのです。
仮に「いや、ウチじゃ無理」みたいな返事だったとしても、「けど、ノクターン横丁に詳しい職人がいて、実家と付き合いがあるから個人的に紹介できるよ」といったように、スリザリン人脈による非公式の情報交換はしばしば個別企業の壁を超えることも(だからこそ、マグル生まれのようなヨソ者をコミュニティの内側に入れることには消極的で、しばしば排除しがちなのですが)。
さらに新興ベンチャーのGM社では『防呪チョッキ』や『多機能両面鏡』、『ドローン・スニッチ』といった主力商品のヒットに生産拡大が追い付かないという問題が生じたため、生産・組み立て部門を大手企業であるノット社などに業務委託するというファブレス方式を多用しました。
技術力に優れる老舗のノット社に製造を丸投げすることにより、GM社は製品の製品の企画・設計・開発に特化することができ、矢継ぎ早に品質の高い新製品を投入することが可能となるのです。
もちろん水平分業では提携先との信頼関係が重要となるので、ここでもスリザリン寮で培ってきた人脈と信用が重要になることは言うまでもありません。
「俺様は優秀な人間を高く評価する。もちろん貴様が一人で作ったわけではないとはいえ、その歳の魔女にしては飛びぬけた実績だ」
しばしの静寂を置いて、ヴォルデモート卿が告げました。
「イレイナ・セレステリアよ、俺様の下へ来るのだ。我が下僕となれ」
**
「えっと……」
曖昧な愛想笑いを浮かべつつ、私は思考を巡らせました。
(やはり、そう来ましたか……)
ヴォルデモート卿の提案ですが、それほど予想外なものではありません。ハリー達と違ってスリザリンですし、純血寄りクォーターなのでギリギリ許容範囲内。そして私個人の戦績はもちろんのこと、アメリカ魔法議会に強い影響力を持つ実家のセレステリア財閥やGM社とのパイプも魅力的なのでしょう。
とりあえず相手の狙いが分かれば、交渉としては十分にやりやすくなります。
「そうですね、とても魅力的な提案だと思います」
緊張のあまり上擦りそうになる声を押さえ、ゆったりと落ち着いて見えるよう話す私。
「ここにいる死喰い人の皆さんのご子弟とは、日頃から親しくさせて頂いておりますし、今後も仲良くしたいと思ってます」
私は微笑みながら、ルシウスさん達を見回しました。さすがにお母さんに恩があるだけあって、皆さん一様にこくこくと頷いて、話を合わせてくれます。
「皆さんと親しくお付き合いしたいというのは、私個人としての考えでもありますし、GM社の重役たちも同意してくれると考えています。そもそもGM社がここまで急成長できたのは、死喰い人の皆さんの資金・技術・人材の援助あってこそなのですから」
まだ安心はできません。だから使えるモノは何でも使う……GM社の話を持ち出すと、ヴォルデモートの唇の端がめくれ上がりました。
「賢い女は話が早くていい。俺様の見込んだとおりだ」
「恐縮です」
あくまで慎重に、それでいて礼儀正しく。私が感謝するように会釈すると、ヴォルデモート卿は続きを促しました。
「勿体はよい。なにか提案があるのだろう?」
「さすがは闇の帝王、まさにその通りです!」
ここが勝負所だ、と私ははやる鼓動を押さえて慎重に言葉を選びます。
「GM社はもちろんのこと、私の実家であるセレステリア家も金融を生業としております。闇の帝王の復活を知れば、必ずや味方に付くでしょう」
「ほう?」
再び、ヴォルデモートが面白そうな顔になりました。
「俺様が間違っていなければ、前回の戦いでは一族揃ってアメリカに亡命していたと記憶しているが?」
「ええ、それは否定しません。ですが、前回とは状況が違います」
まず、前回と違ってヴォルデモートの復活をまだ私たち以外は知らないこと、仮にダンブルドア校長あたりが気づいたとしても事なかれ主義的なファッジ大臣たちは動こうとしないだろうこと、そしてルシウスさんたち元・死喰い人が魔法省に深く食い込んでいること――。
私が力説すると、ヴォルデモートは満足そうに頷きました。死喰い人たちもうんうんと頷き、ルシウスさんも「お主もワルよのぅ」みたいな悪い顔になって一歩前に踏み出しました。
「我が君、GM社の技術力とセレステリア家の財力および政治力は、必ずや強力な助けとなるでしょう」
ルシウスさんを皮切りに、ノットやクラッブとゴイルのお父さん、マクネアさんなんかも口々に賛成の意を示します。
「GM社とセレステリア家が加わるとなれば百人力です」
「その通りです」
「私もそう思います」
「我々と違って前科もないので、まさにうってつけかと」
私も不敵な悪い笑顔を浮かべて、「いえいえ、お代官様ほどではございませぬよ」「ふっふっふ」「わっはっは」みたいな空気が漂い始めました。
これはいけそうです。あと一歩じゃないでしょうか。
「つまり前回と違って、私たちは魔法省の不意を突くことが非常に容易な状況にあります。魔法省はそもそも危機を認識しておらず、仮に訴える者がいても無視するでしょう」
ですから、と私は続けました。
「もし私が真実をGM社の重役会議とアメリカのセレステリア本家に届ければ、必ずや揃って闇の帝王支持に動くでしょう。僭越ながら、その橋渡し役を務めさせて頂ければ――」
「もうよい」
いい感じに和気あいあいとしてきた悪巧みの流れをぶった切ったのは、ヴォルデモートの一声でした。
「ヴォルデモート卿に嘘は通じない」
それはゾッとするほど冷たい声でした。
「その小賢しい頭で何を考えているのか、俺様には全てお見通しだぞ」
「そんな、滅相もございません。私は……」
「黙れ」
ヴォルデモートの口から放たれた言葉は、取引なんていう生易しいものではなく、一方的な命令でした。
「誤解があるようだ。小娘、俺様はこういったのだ――
そう、
提案ではなく、一方的な命令。つまるところ私の意見など求めておらず、求めるのはイエスかノーかのみ。もちろん後者は即、死に繋がります。
「そうだとも、俺様にはお前の考えが手に取るようにわかるぞ……こう思っているのだろう? 自分ならうまくやれる、いつものように舌先三寸でうまく丸め込んで、のらりくらりと躱して危険をやり過ごせる……」
冷え切った声で囁くように告げられた瞬間、心臓が氷で締め付けられたかのように縮まりました。
「図星のようだな、小娘。ああ、たしかに貴様はそれなりに頭も回るのだろう。だが、そういった人間は何人も見てきた……例えばこのワームテールのように、な」
ヴォルデモートのギラギラと輝く赤い瞳に凄まれ、私は蛇に睨まれた蛙のように固まることしかできませんでした。全身の血の気が引いて、心臓が芯まで凍り付いていくような感覚……脳が危険信号を発して心臓はドクドクと不安で早鐘を打っているというのに、まるで金縛りにあったかのように動けない――。
「ヴォルデモート卿を出し抜こうなどと、思い上がりも甚だしい。だが、俺様はそういった手合いによく効く薬を知っている」
ヴォルデモートの唇のない口がめくれ上がり、杖をゆっくりと撫でながら言いました。
「必要なのは、『罰』だ。自らの思い上がりを悔いるがいい」
そして次の瞬間、恐ろしい声で「禁じられた呪文」が唱えられました。
「クルーシオ-苦しめ!」
次回、「イ レ イ ナ わ か ら せ」。