ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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※今回の話には、一部残酷な表現や暴力的な描写が含まれています。本作品はそれらの行為を肯定するものではありませんが、そういった表現に対して不快感や不安を感じる方はご注意ください。


第42章 ~磔の呪文~

 

 

 

 最初に感じたのは、目の前が真っ白になる感覚でした。

 

 

 痛みで、何も考えられない――。

 

 

 第3の課題でクラムさんにかけられた「磔の呪文」がお遊びに思えるほど痛みが、気を失って死んだ方がマシだと感じるほどの痛みが、全身の隅々まで浸透していきます。

 

 痛い。

 

 苦しい。

 

 怖い。

 

 

 衝撃で頭が真っ白になり、本能が叫ぶままに苦しみ悶え絶叫します。痛くて苦しくて、何も考えられない。子供のように泣きじゃくって、涙がこぼれて止まらない。

 

 こうして泣き叫んでいる間にも、自分の骨は全て割れてしまって、肉もぜんぶ燃えているんじゃないか……そう錯覚するほどの、耐え難い痛み。

 

 

 一秒が永遠にも思えるほどの拷問の後、不意に痛みが引いていきました。

 

「ひ、ぁ……」

 

 情けないかすれ声をあげて見上げれば、そこには薄笑いを浮かべたヴォルデモートの姿が。

 

 

 ムーディ先生の言っていた通り、『磔の呪文』は術者が呪文を解除した瞬間に痛みが嘘のように消えていったのですが、却ってそれは「生殺与奪の権を全て握られている」という事実を植え付けられているようでもありました。

 

 

 それが悔しくて、腹立たしくて。

 

 でも、それ以上に恐ろしくて。

 

 

 私は何もできず、ヴォルデモートの命令でワームテールが私の杖を奪い取りに来た時も、ただ震えるがまま。

 

「ワームテール、小娘を俺様の近くに連れてくるのだ。その情けない顔がよく見えるようにな」

「かしこまりました、ご主人様」

 

「っ………!」

 

 無駄だと分かっていながら後退りしようとするも、恐怖に震えた体は全く言うことをききません。無抵抗のまま、ワームテールに腕を掴まれます。

 男性の中では小柄で筋肉も無い方なのに、その力はびっくりするほど強くて。怯えながらもがいて逃れようとしても、びくともしません。

 

「や…………っ」

 

 それでも無駄な抵抗を続けようとした私でしたが、やはり杖を奪われてしまえば15歳のやせっぽちの少女でしかなくて。

 

 

「なかなか良い顔になったが、もう少しだな」

「ひっ」

 

 

「クルーシオ-苦しめ!」

 

 

 再び、出し抜けに放たれた『磔の呪文』が私の全身を襲いました。

 

 体が焼けるような想像を絶する痛みが襲ってきて、脳がぐらぐらと揺れる。すると身体は痛覚を遮断しようとして全身の感覚が抜けていくも、高熱でも出したかのような痺れと悪寒、眩暈と吐き気に襲われる。

 

 痛みと頭がぼうっとなる感覚で抵抗していた力が抜けて行って、後は相手の思うがまま。いくら抵抗しても『磔の呪文』はちっとも弱くならなくて、ヴォルデモートの思うがままにいたぶられる。抵抗しても無駄だと思い知らされる。

 

 

 ――無理だ。絶対に敵わない。

 

 

 それを悟った瞬間、私の中で何かがガラガラと音を立てて、崩れていくような感覚がしました。

 

 

 魔法はおろか、取引も交渉も通用しない。コネや美貌だって、ここでは何の意味もなさない。さっきまであれほど私を持ち上げていたルシウスさんたちも、恐怖におののいて知らんぷりを決め込むばかり。

 

 

 ――私という存在は、こんなにも無力だったのかと。

 

 ――今まで頑張って努力してきた成果は、こんなにも脆いものだったのかと。

 

 

 少しばかり同年代より賢く生きているつもりでも、所詮は少し背伸びしているだけの子供に過ぎなくって。

 

 強力な『磔の呪文』を使われてしまえば、あっさりと物理的な痛みに屈して心まで折れてしまうような弱い人間だったんだって。

 

 

 そう、思い知らされたような気がして。

 

 

「う、ぐ……おね、がいします……」

 

 気づけば無意識に恥も外聞もなく、私は赤子のように泣き叫びながら、薄笑いを浮かべたヴォルデモート卿に懇願していました。

 

「お願いですから、もう……許してください………」

「声が小さくて聞こえないぞ、小娘」

 

 せせら笑うようなヴォルデモート卿の声に、私は激しく泣きじゃくりながら縋りつきました。

 

「お願いですから、どうか許してください……! すみません、ごめんなさい……!」

 

 無様だ、と自分でも思います。

 

 けれども、それ以上に怖くて恐ろしくて。熱を帯びた瞳からは、大粒の涙がとめどなくぽろぽろと。

 

 

「そこまで言うのなら、チャンスを与えよう。ヴォルデモート卿は寛大だ」

 

 震えあがる私に、ヴォルデモートは嗜虐的な笑みを浮かべました。

 

「俺様の傍へ来るのだ」

「はい……」

 

 もはや逆らう気力も起きず、ふらふらと操り人形のように動き出す私。

 

 痛い、怖い、死にたくない――。

 

 初めて実感する死の恐怖に、私はすっかり怯えきっていて。

 

 少しでもこの辛い状況が好転するなら、何を差し出したっていい。我慢できるほど自分は強くない。我慢したってどうせ勝てないし、苦しんでも無駄なんだって思い知らされたから――。

 

 

「ヴォルデモート卿は慈悲深い。忠誠の意を示す者には相応の褒美をとらせる。この者は今より、俺様の下僕となる光栄が与えられるのだ」

 

 私の恐怖心を味わうように、舌なめずりするヴォルデモート卿。

 

「左腕を出せ」

「そ、それは……」

 

 その言葉で私は、ヴォルデモートが何をしようとしているのか悟りました。

 

 闇の印――死喰い人であることの証である、髑髏と蛇をかたどったタトゥー。服従の証拠として、それを私の腕に刻み込む。

 

 

「俺様はお前のことを高く評価している。だからお前を殺さず、生かしてやっているばかりか、仲間に迎え入れるつもりなのだから」

「ひっ……」

 

 トム・リドル時代を思わせるように優しく、甘美な声で囁くヴォルデモート卿。生かされているだけでありがたい――そう思ってしまう程に、妖しく抗いがたい誘い。

 

 

「貴様は身の程を知らねばならぬ。たしかに役には立つが、別に替えが利かぬほどではない。貴様はいつだって徒党を組んで他人の功績の上に乗りかかり、自分を大きく見せていただけの小娘に過ぎぬ」

 

 

 突きつけられたのは、完璧な美少女という私の自己像が、いかにハリボテの虚像であったかということ。

 

 実際はヴォルデモートの言う通り、一人だけなら賢者の石に辿り着くことも、バジリスクを倒すこともできませんでした。

 巨大チェスを倒したのはロンで、たった一人でクィレル先生を倒したのはハリー。不死鳥のフォークスと組み分け帽子を寄越したのはダンブルドア校長で、グリフィンドールの剣だって私が抜いたわけではありません。

 

 クィディッチも上手い選手ではありますが、ハリーのように逆転をもたらす勝利を掴んだことはなく。

 

 GM社の発明品だって、実際に地道な研究や開発を重ねてたり、挨拶回りや飲み会といった信頼関係構築や打ち合わせ、クレーム対応やアフターケアなどは全て先輩たちやルーピン先生がやってくれて。私はただ、目立つプレゼンの場にいただけ。

 

 

 もちろん、私だって重要な役割を果たしたという自負はあります。ただ、絶対に替えが利かないほどのものかというと、そんなことはなく。

 

 

 

 自慢の灰色の髪を撫でながら、ヴォルデモート卿は嗜虐的な赤い瞳で私の顔を覗き込んで言いました

 

「俺様の褒美に感謝するがいい。ここにいる死喰い人の中では、貴様が最年少だ。嬉しかろう?」

「ぁ………」

 

 そんなの、嬉しいわけがない。

 

 嫌だ、逃げたい、今すぐこの場から逃げ出したい――。

 

 

 それなのに。

 

 

「う、嬉しいです……()()()()……」

 

 

 私に出来た事といえば、涙と汗と鼻水でぐしゃぐしゃに汚れた顔で、少しでも嬉しそうに見えるよう、精一杯微笑んで見せることだけ。

 

 

 ――ヴォルデモートを怒らせたら、また『磔の呪文』にかけられる。

 

 

 勝てないと分かって、逃げられないと分かって。でも今すぐ死を選べるほど、強い心も信念もなくて。

 

 

 ――思い出したのは、ホグワーツ入学よりも前の自分。

 

 

 大人たちがまるで山のように大きく見えた頃のこと。

 

 

 軽い大人の平手打ちですら、いとも簡単に吹っ飛ばされる。

 家の外に放り出されたら、一日も経たず衰弱してしまう。

 部屋に閉じ込められたら、少し高い窓にすら手が届かない。

 

 

 あの頃の子供たちは、大人よりもずっと計算高くて。

 

 

 身の危険を感じた時、逃げられない時、どうしたらいいのか? 不思議なことに、本能的に答えが分かっているのです。

 

 単純な事でした。考えるまでもありません。

 

 

 ()()()()()()()()()。ただ、それだけ――。

 

 

 どうしたら、目の前にいる絶対的な存在を喜ばせることができるだろうか。どうやったら、自分は気に入ってもらえるだろうか。

 

 

 膝を折り、許しを請い、どんな要求であれ言われた通りにする。親しい人を拷問しろと言われれば笑顔でその通りにして、身体を差し出せと言われたら自分から嬉しそうに服を脱ぐ。

 

 憎いはずの相手(ヴォルデモート)に媚を売る……戦ってもどうせ勝てないのであれば、余計な抵抗をみせても逆効果なだけ。怒らせて睨まれるより、気に入られた方がずっと楽。

 

 もちろんワームテールに見せたような慈悲は見せかけだろうけど、それでも忠実な下僕に慈悲を見せるフリぐらいはしてくれる。

 どうせ逆らっても無意味で、最終的に相手の思い通りにするしかないのなら――いっそ自分から媚を売って愛玩される方が、まだ怖い目や痛い目に遭わなくて済む。

 

 だから大人しく言う事を聞いて、相手を悦ばせ、媚を売り、ずるく、計算高く、要領よく、狡猾に、必死にやり過ごす……。

 

 

 そんな小狡い選択肢を咄嗟に取ってしまった、自分がたまらなく気持ち悪くて、どうしようもなく嫌になって――。

 

 

 それなのに。

 

 

「ヴォルデモート卿に嘘は通じない」

 

 再び冷たい声が墓地に響きました。

 

「これほどの栄誉を与えてやろうというのに、まだ心の底から喜べないとはな。嘆かわしい……」

 

 不意に視線が私から死喰い人たちに向けられ、ルシウスさん達が居心地悪そうに震えました。ヴォルデモートは満足したように残酷な笑いを浮かべ、言葉を続けてます。

 

「そうとも、この娘だけではない……大勢の純血名家が中立などという日和見の態度をとり、甘い汁だけを啜ろうとした。俺様が敗北した場合に備えて、密かに魔法省やダンブルドアと交渉の窓口を持ち続けていた者も少なくあるまい」

 

 今やルシウスさんを始めとする死喰い人たちの顔は真っ青で、ようやく私もヴォルデモートが私をこの場に引っ張り出した理由に気づきました。

 

 

(だから、私の名前をゴブレットに―――)

 

 

 ヴォルデモートの言葉通り、アズカバンに収監された凶悪犯たちと違って、ここにいる死喰い人たちの大部分は勝ち馬に乗ろうとしているだけ。心の底から忠誠を誓っているわけではありません。

 

 

 多くの名家は婚姻によって結ばれており、「純血」という血族ネットワークはいつの時代でも、彼らが常に勝者の側に立つために利用されてきました。

 

 ヴォルデモートが勝利すれば死喰い人寄り名家が中立の立場をとった名家の利用価値を説いて擁護に回り、逆にダンブルドアが勝利すれば中立の名家が死喰い人寄りの名家を擁護をする……戦争の裏でズブズブの関係を維持し続けてきたからこそ、純血名家は英国魔法界で長らく支配階級として君臨してきたのです。

 

 そういった日和見主義・機会主義の象徴とも呼べる存在が、中立を表明して戦火を逃れつつ、戦後に大勢の死喰い人を無罪にしてきた私のお母さん――ヴィクトリカ・セレステリアでした。

 

 

 つまりは、見せしめと踏み絵………敗北に備えて保険をかけることも、日和って中立を保つことも許さない。完全なる忠誠か、さもなくば死か。

 

 目の前にいる死喰い人に決断を迫って退路を断ち、パーキンソン家やグリーングラス家のような中立の純血名家に対してメッセージを放つ――それこそが私の名前をゴブレットに入れ、この墓地まで連れてきた目的なのでしょう。

 

 

 

「さて、お前たちの忠誠心を試すとしよう」

 

 

 ヴォルデモートがルシウスさんを手招きし、私に杖を向けるように指示しました。

 

「狡猾なる我が友よ……何をすべきか、分かっているな?」

 

 仮面の裏に隠れたルシウスさんの表情は見えず、奇妙なほどしっかりとした動きで、ゆっくりとローブから杖が抜かれていきます。

 

 

 その後ろではヴォルデモートが「次は誰だ?」と値踏みするような視線を送っており、慌てて杖を抜く者もいれば、躊躇いがちに杖を抜く者も、諦めたように機械的な動作で杖を抜く者もいました。ですが、誰もが杖を抜きました。

 

 

 ここにお前の味方はいない――そんな事実を、改めて突き付けられて。

 

(でも、そうなりますよね……)

 

 誰だって、自分の身が可愛い。目の前の少女よりも大事な家族や友人だっているし、ここで自分がやらなくたって他の誰かが『磔の呪文』をかけるだろう。逆らっても、圧倒的な暴力の前で理不尽にねじ伏せられるだけ。

 

 であれば、抗うだけ無駄なこと。気が進まなくても、仕方ないと割り切るしかない。一時の感情や義憤を理性で抑えて、ままならない現実と折り合いをつけて生きていく。

 

 それがきっと大人の対応というもので、恐らく私が彼らの立場でもそうしたでしょう。

 

 

 ――だというのに。

 

 

 

「……て」

 

 

 無意識に呟かれた声は、消え入りそうなほど小さくて。

 

 

「たすけて」

 

 

 虫の良い願いだというのは分かっている。

 自分勝手な我儘だというのも分かってる。

 

 こんなに弱くてズルくて情けなくて。

 なのに助けてもらおうだなんて、虫がいいにも程がある。

 

 

 それでも。

 

 

 ――誰か、私を助けてよ。

 

 

 

 掠れるほど小さく、祈りのように呟かれた言葉に。

 

 

 

「――大丈夫だよ」

 

 

 答える、声があった。

 

 

 

「僕がいる」

 

 

 バシッ!という大きな音と共に、目の前に現れる大きな背中。

 

 

「あ……」

 

 

 その人は、来てくれた。

 

 

「ごめん、遅くなった」

 

 

 それはまるで、おとぎ話に出てくる勇者みたいに。

 

 

 辛い時、悲しい時、苦しい時、諦めてしまいそうな時に。

 どこからともなく現れて、助けてくれる正義のヒーロー。

 

 

 ――セドリック・ディゴリーが、そこに立っていた。

 




闇の帝王「おじさんはねぇ、君みたいな可愛いねぇ、子の悶絶顔が大好きなんだよ!!」

セドリックがどうやってヒーロームーヴしたかの詳細は次話で。
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