ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
クリスマス・ダンスパーティーが終わった次の月、職員室に行くために空き教室の前を通っていた僕――セドリック・ディゴリーは、部屋の中から聞こえてくる『イレイナ』という単語に思わず足を止めた。
どうやら空き教室で女子会が発生し、恋バナをツマミにかぼちゃジュースで一杯やってるらしい。
「えっ、えっ! それマジな話!?」
驚いたような声が一斉にあがる。イレイナと同学年のハッフルパフ女子の後輩たちだ。
「本当っすよ! これレイブンクローのパドマ情報なんですけど、もう秒読みで交際らしいって」
「うっそぉ!?」
エロイーズ・ミジョンがもってきた情報に、リーアンが派手なリアクションと共に疑問を呈する。部屋には他にも3人の女子がいて、グループの中心にいた亜麻色髪の小柄な少女、スーザン・ボーンズはエロイーズを擁護した。
「監督生のエステル先輩も見たって言ってたぞ。放課後ふたりでどっか行ったとか」
「セドリック先輩とイレイナが?」
「お付き合い?」
「わぁ、素敵~♡」
「あれ、私の時と反応が違う……?」
どうやらスーザンはエロイーズよりも信用されているらしく、噂話はあっさりと真実だということになってしまった。きっとハッフルパフ中に出回るまで、3日もかからないだろう。
(みんな、こういうの好きだなぁ)
クリスマスの後、イレイナとの関係は特に変化していない。裏を返せばペアを組んだ状態の距離感を維持しているということでもあって、一緒に食事したりだとか勉強したりすることもあるから、傍目にはそう見えるのかもしれない。
「―――おうおう、ようやくセドリックにも春が来たか」
横から聞こえてきた声に振りかえると、そこにいたのはスリザリンのマイルズ・ブレッチリーとレイブンクローのロジャー・デイビースだった。
2人ともクィディッチ選手で選択科目も同じこともあって、他寮の生徒にしてはそれなりに話すほうだ。というか、6年にもなると他寮にも友達がいるのは普通になるし、それはスリザリン生であっても例外ではない。
黒髪青目で耳に軟骨ピアスを開けているマイルズは、良く言えばフレンドリー、悪く言えば少し馴れ馴れしい。ロジャーはナチュラルパーマの金髪タレ目のイケメンで、クィディッチ・キャプテンでもある。そしてマイルズよりもチャラい。
「それで、実際もう付き合ってるの?」
付き合ってる、というロジャーの言葉に心臓が跳ねる。面と向かってはっきり聞かれると、なんだか気恥ずかしくなって誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべた。
「ただの噂だよ。今は2人とも代表選手だし、まずは対抗試合の課題に備えないと」
ロジャーは「ふぅん」と一旦は引き下がったものの、飽き足らなかったようで、今度はまた別方向から矛先を向けてくる。
「じゃあ、もし2人が本当に付き合ってないなら、まだ他の誰かが狙えるチャンスがあるってこと?」
他の誰か――その言葉に僕は思わず動きを止めてしまった。
(もしイレイナが他の誰かと付き合ったら……)
たぶん性格的にベタベタしたりだとか、相手に合わせて自分を変えてしまう、みたいなことは無い気がする。というか、そうあって欲しくない。
とはいえ、会えない時間は増えるだろう。彼氏でも同じ寮でも同じ学年でもない、異性の友人に使える時間なんて極めて限られている。
会えない時間が増えて、単なる知り合いに戻ってしまう。来年にはNEWT試験の勉強も控えているから、特に理由もなく一緒にいれる時間は随分と減るはずだ。再来年になれば僕はホグワーツを卒業して働き始め、学生のイレイナとの接点はさらに減っていく。
来年、あるいは2年後、イレイナの隣には誰がいるのだろうか。
「…………………………………」
「真面目か!」
思わず考え込んでしまった僕に、すかさずマイルズがバシッ!と肩を引っぱたいてツッコミを入れる。
「いくら何でも例え話に悩み過ぎだろ」
「それだけ本気ってことかもよ?」
けっこう鋭いロジャーの洞察に、思わず心臓が跳ねる。焦りが生まれて、顔を覗こうとするロジャーから反射的に顔を逸らした。
「あれ」
「へぇ」
顔が赤くなっているのを自覚すると、マイルズとロジャーが顔を見合わせて面白そうに笑う。
「なるほど。そっかそっかー、そーゆーことかー」
「これはもう、どう見てもね」
やけに嬉しそうだ。
「じゃあ、質問を変えようか。正直なところ――イレイナのこと好き?」
「ロジャー!?」
もはや取り繕う気もない直球の質問に、思わず裏返った声を出してしまう。そのまま口をパクパクさせていると、ロジャーはクスッと笑った。
「図星過ぎるでしょ。顔、真っ赤だし」
「いや……まあ、うーん……そういうことかな」
ここまで来てごまかしたり嘘をついたりするのも意味がないと思って、素直に認める。顔が熱くてどうにかなりそうだ。
「しっかし、セドリックが女の子を好きにねぇ」
マイルズがうんうん、と頷きながら口にガムを放り込む。
「つっても、今さら驚きはしないけどさ。なんていうか、まぁ、普通に良い感じ」
「だね。正直、お似合いだと思う」
「そう、なんだ……?」
さっきの後輩たちと違って、恋愛慣れしている2人の反応は落ち着いたものだった。
「でも、あれだな。イレイナも変わってるからさ、恋愛してるイメージがわかない」
「やっぱり、君もそう思う?」
「そりゃイレイナだしな」
実は裏ですごい意識している、みたいな乙女チックなイベントは特にないようだ。もっとも、そっちの方が彼女らしい気はする。
「イレイナってさ、ああ見えてそれっぽいイベントに興味ある気はするんだよ。ショッピングだとかプレゼントだとか、箒に二人乗りとか泊まりの旅行とかさ……」
ただ、とマイルズが続ける。
「今のところ単なる体験以上の何かを感じたりだとか、感じたいって思ってる印象は無いんだよな。純粋に好奇心が強いっていうか」
さすが同じチームで一緒にプレーしているだけあって、よく見ているなと感心した。
たしかにホグズミードで買い物して、ランチをして、記念写真をとって。
ダンスパーティーではパートナーとして踊って、歌って、沢山おしゃべりして。
――どちらも、信じられないほど綺麗だった。
たぶん一生、記憶の中からは消えてくれない。
――けれど、彼女の方はどうだろうか。
この先もずっと、僕のことを覚えていてくれるだろうか。
**
ぼんやりとした意識の中、僕の思考を現実に戻したのはイレイナの悲鳴だった。
(イレイナ……?)
ふらふらと助けに行こうとするも、思考とは裏腹に身体がいうことを聞かない。よくよく見れば縄で縛られていて、何があったかを思い出す。
(そうだ……僕は、怪しげな小太りの中年男に失神呪文をかけられて……)
情けないことに、防ぐ間もなく気絶させられてしまった。相手もそのまま放置しておくほど不用心ではなかったらしく、倒れた僕に「インカーセラス‐縛れ」をかけてからハリーを趣味の悪い死神の像に縛り付け、見せしめのためにイレイナに「磔の呪文」をかけたのだ。
「――お願いですから、どうか許してください……! すみません、ごめんなさい……!」
あまりの痛みに泣きじゃくりながら、悲鳴をあげるイレイナ。けれどヴォルデモートはそんな彼女をあざ笑うように嬲り、何度も拷問を加えていく。ついにはイレイナの方も恐怖と痛みに耐えかねえて、懇願するようにヴォルデモートに屈し始めた。
「俺様の褒美に感謝するがいい。ここにいる死喰い人の中では、貴様が最年少だ。嬉しかろう?」
「う、嬉しいです……ご主人様……」
目の前で繰り広げられる醜悪な構図に、思わず全身の毛が逆立つ。圧倒的な強者が一方的に弱者を蹂躙し、されど弱者は逆らうことはせず、むしろ逆に媚を売って強者の機嫌をとる。生存戦略としてみるなら、イレイナの行動は実に正しい。
けれど、許せないことがひとつだけ。
「……けて」
視界の端に移ったのは、絶望の表情を浮かべたイレイナの姿。
違う、彼女はそんな風に虐げられていい子じゃない。
もっと明るくて、お茶目で、眩しく輝いて。
いつも僕たちを照らしてくれる太陽みたいな。
――たくさんの、笑顔を作り出してくれる人なんだ。
そんな彼女が、否定されていいはずがない。
理不尽な暴力なんかに、負けていいはずがない。
だから、僕は――。
(考えろ、考えるんだ……!)
大きく息を吸い込み、必死に脳を回転させる。そして――方法を思いついた次の瞬間には、身体がひとりでに動いていた。
縛られた状態でなんとか体勢を立て直して、意識をイレイナに集中させる。
そして――。
バシッ!という大きな音と共に、僕はイレイナの前に『姿現し』をした。
**
「イレイナ!」
目の前に現れたセドリックは、私が何か言うより早く叫びました。
「僕に掴まって!」
「は、はいっ!」
反射的にセドリックの背中に飛びつくと、その場で自分が回転するのを感じました。直後に視覚と聴覚を喪失し、次の瞬間には地面の上にドサッと倒れこむのが分かりました。
目を開けると周囲は墓石に囲まれており、墓地の少し離れた場所に姿現ししたようです。
「イレイナ、大丈夫!?」
「はいっ! あと『姿現し』出来たんですね!」
「覚えたての切り札だ!」
白い歯を見せて笑うセドリック。
言われてみれば、私より2つ年上のセドリックはちょうど『姿現し』練習コースの受講をしているか、早ければ合格している時期です。ホグワーツ城と違って『姿現し』を防ぐ魔法もかかっていませんし、『姿現し』は呪文を唱えたり杖を振る必要もありません。
「ディフィンド‐裂けよ!」
セドリックの縄を切ると、少し離れた場所でヴォルデモートが叫ぶ声が聞こえてきました。
「余計な奴は殺せ!」
慌てて死喰い人の集団が動き始めますが、私とセドリックが呪文を唱える方が先でした。
「コンフリンゴ‐爆発せよ!」
「ボンバーダ‐粉砕せよ!」
同時に放たれた爆発呪文は墓場の墓石を吹き飛ばし、煙と混乱をまき散らしました。死喰い人は完全にパニック状態となり、怒り狂ったヴォルデモートは杖から緑色の閃光を次々と放ちます。
ところが闇雲に放たれる「死の呪文」によって、かえって死喰い人の集団は大混乱に。ルシウスさんが「落ち着け!その場に伏せろ!」と統率を取り戻そうとするも、逃げ惑う死喰い人たちは聞く耳を持ちません。
「とにかく、急いでハリーを助けて移動キーのところまで逃げよう」
さっそく走り出そうとするセドリックでしたが、慌ててその首根っこを掴んで墓石の陰に隠れます。
「待ってください。こういう時は念のため、出会い頭の狙撃を警戒して安全確認をしないと」
「どうやるんだい?」
「こうします――エポキシマイズ‐くっつけ!」
ポケットから取り出した多面鏡を杖に接着させ、墓石から杖を伸ばします。こうすれば鏡の反射から曲がり角の先を確認できますし、あわよくば復活したヴォルデモートの証拠写真も……。
バキッ!
「やっぱり別の手を考えましょう!」
無言呪文で連射されるアバダケダブラが直撃し、無残に破壊される多面鏡。もし何も考えず墓石から飛び出していれば、犠牲になっていたのは私たちの方です。
「鏡が破壊される前に、ハリーの位置は確認できた!?」
「ここから20メートル先にある、悪趣味な死神の像に縛られていました!」
私が答えると、セドリックは「よし」と頷きました。
「だったら………ネビュラス-霧よ!」
セドリックが唱えると杖先からシューッと霧が噴出し、瞬く間に黒い靄が辺り一帯を月明かりから隠します。
(なるほど。後は、このまま霧に紛れてハリーのところへ……)
そう思った、次の瞬間でした。
「ヴェンタス-吹き飛べ!」
ヴォルデモート卿が杖をひと振りすると、猛烈な突風が吹いてセドリックの霧を一瞬で晴らします。そればかりか突風は私達を吹き飛ばし、死喰い人たちまで巻き添えを食らって吹っ飛ばされました。
「動くな!」
少しでも動けば、その方向へヴォルデモートの「死の呪文」が放たれる。死喰い人達も震えて大人しくなり、こうなっては私とセドリックも動きようがありません。
「っ……!」
今度こそ万事急す。唇を噛み締め、覚悟を決めた――その時。
「僕のことも――」
私の爆発呪文で半壊した、トム・リドルの墓石の陰から声がしました。
「忘れるなよ!」
その声に驚いてヴォルデモートが振り返ると、爆発の余波で破壊された墓石から解放されたハリーが落とした杖を握りしめ、既に呪文を唱えていました。
「エクスペリアームス-武器よ去れ!」
慌ててヴォルデモートが反応するも、時すでに遅し。完全に不意を突いた、ハリーの武装解除呪文が迫り、とっさに回避行動をとるヴォルデモート。
「優勝杯のところまで走るんだ!」
僅かな隙をついて、3人で走り出します。墓場を全力疾走し、ほぼ同時に優勝杯に触れました。移動キーが発動し、そのまま3人の体が回転し、墓場が遠くなっていく……。
そして、そして――――。
なんて。
そう全てがうまく行くはずありません。
もし、物語のように都合よくハッピーエンドに向かって突き進んでいければ、どれほど嬉しかったことでしょう。3人で無事にホグワーツに帰れたら、どれだけ良かったかと心の底から思います。
もし、世界があと少しだけ優しければ。私たちに、あと少しの幸運があれば。
私とセドリックはもっと沢山のお話をして、一緒にホグズミードでデートして、いつか本当の恋人みたいになって。ひょっとしたら、そのまま結婚までして幸せに暮らしたかもしれません。
けれど、そうはなりませんでした。
相手は闇の帝王、史上最強にして最悪の魔法使い――かつてイギリス魔法界を暗黒の時代に突き落とし、未だに名前を呼ぶことすら憚られる恐怖の存在……ヴォルデモート卿なのです。
たしかに「姿現し」で不意を突いて逃げるところまでは、なんとか成功しました。それから私の爆発呪文で吹き飛んだ墓石がハリーを拘束していた像を直撃し、崩れた像からハリーが脱出したところも。
けれど、ハリーが武装解除呪文を唱えるより早く、ヴォルデモートの杖から緑の閃光が放たれました。ハリーはクィディッチで鍛えた反射神経でそれを回避し、墓石の隙間を縫うようにして移動します。
「ハリー、こっちだ!」
セドリックが手を振ると、ハリーは私たちが隠れている墓石に転がり込んできました。
「2人とも、良かった! 無事だったんだね!」
無事ではないのですが、それはさておき再会を喜ぶ私たち。
「急いで移動キーのところへ!」
もはや一刻の猶予もありません。私たちは走り出しました。墓石に隠れて死喰い人たちの呪文をよけながら、ジグザグに移動していると、ヴォルデモートが恐ろしい声で叫びました。
「ピエルトータム・レヴィオーソ‐すべての石よ、浮かべ!」
周囲にあった墓石が次々と、まるで風船のように空中に浮かび上りました。
「奴らを『失神』させろ!」
ヴォルデモートが叫び、死喰い人たちの杖から次々と赤い閃光が放たれます。
「プロテゴ‐護れ!」
とっさにセドリックが「盾の呪文」で不可視の盾を展開し、失神呪文を無力化します。しかし、ヴォルデモートが杖を一振りすると、空中に浮かんでいた墓石が隕石群のように私たちに向かって投擲されました。
「くっ…………プロテゴ・マキシマ‐最大の防御!」
さらに強力な「盾の呪文」を展開し、次々に落下してくる墓石から私たちを守るセドリック。私とハリーも「盾の呪文」で加勢しようとしたところで、遠くに再び緑の閃光が煌めきました。
「アバダ ケダブラ!」
一瞬のことでした。
緑の閃光はまるで「盾の呪文」なんて存在しないように易々と不可視の盾を貫通し、私たちの前で仁王立ちになっていたセドリックの胸元を直撃しました。そのまま糸の切れた人形のように身体がバランスを失い、どさっと地面に重い物が落ちる音が聞こえて。
「セドリック!?」
足元で大の字になって倒れたセドリックは、もう私の声には答えてくれませんでした。虚ろに見開かれた灰色の瞳も、少し驚いたように半開きになった口元も。どれだけ呼びかけても、ぴくりとも反応しません。
まるで自分が世界から切り離されたような気持ちになって、周囲の喧騒が遠ざかっていく。隣でハリーが叫んでいる声も、まるでノイズがかかったように耳には届かなくて。
信じられない。受け入れられない―――けれど、そんな感傷に浸る時間すら与えてくれず。
「次は貴様たちの番だ。今度こそ、俺様が直々にトドメを刺す……喜ぶがいい、決闘をしてやろう」
再び周囲の音が聞こえるようになった私の耳に入って来たのは、ハリーをあざ笑うヴォルデモートの声でした。
「儀式の次第には従わねばならぬ……ダンブルドアはお前に礼儀を守ってほしかろう……」
唇のない口でにやりと笑うヴォルデモートを、ハリーは毅然とした顔で睨みつけていました。
「さぁ、ハリー……互いにお辞儀を―――」
「エクスペリアームス!」
ハリーの杖から赤い閃光が勢いよく飛び出しました。無視されたヴォルデモートは驚愕に目を見開くも、ハリーの呪文が到達する寸前に「アバダ ケダブラ!」と叫びました。
2つの閃光が空中でぶつかり合うのを見て、私はとっさに「まずい」と思いました。
「死の呪文」に反対呪文はなく、「盾の呪文」をはじめとして、あらゆる防御呪文を貫通します。このままでは押し負けるのはハリーの方……。
ところが、目の前で不思議な事が起こりました。
ぶつかり合った2つの呪文から眩い金色の光が輝き始め、2人の杖を結んだのです。どちらの杖も震え始め、ハリーとヴォルデモートは空中に浮きあがっていました。
死食い人たちが口々に叫ぶ中、やがてハリーとヴォルデモートが緩やかに地面に着地すると、さらに光が無数に分裂して二人はドーム状の光の籠ですっぽりと覆われます。
「手を出すな!」
ヴォルデモートは光の糸を断ち切ろうともがき、対してハリーは光の糸を離すまいと震える杖を必死に握りしめます。すると美しい旋律と共に、2本の杖の間に幾つもの大きな光の玉が現れ、2人の間で滑り始めました。
(あれは、不死鳥の歌……)
2年前、「秘密の部屋」で聞いた希望の調べ。これまでの人生で聞いた中で、もっとも美しく、歓喜に満ちた響き。
数秒が数分にも思える幻想的な光景の中、ついに光の玉がゆっくりとハリーからヴォルデモートの杖の方へ向かって動き出していきます。
初めてヴォルデモートの顔に本物の驚愕の色が映り、その杖は苦痛の悲鳴をあげるように甲高い音を放ち、杖先から何か大きな影のようなものが現れました。
まず頭部、次に胴体、そして腕……おぼろげな濃い灰色の影には、見覚えがありました。
「セドリック……」
まるで狭いトンネルを抜け出してきたように全身を現したセドリックのゴーストは、私を見て微笑みました。
「イレイナ」
その声は遠くから聞こえて、反響しているようでした。やがて杖が再び苦痛の叫びをあげると、またもや杖先から別のゴーストが次々に現れていきます。ですが、私の視線はずっとセドリックに注がれていました。
「ごめん……なさい」
思わず、無責任な言葉が口からこぼれていました。
「私が、私が……もっと早く動いていれば! もっと強かったら……!」
そうだったら、セドリックは。
「死なずに済んで……3人とも、助かったのに……!」
また泣きそうになる私に、セドリックは優しく言いました。
「かもしれない。けれど、そうはならなかった」
「でも……」
「セドリック・ディゴリーは死んだ」
ハッキリと、真実を突きつけるセドリック。
「だからもう、僕の物語はここでお終いなんだ」
ずしり、とセドリックの言葉が重く、深く胸に刻まれていく。
「だけど、君はそうじゃない。君はまだ生きている。まだ立てる。また歩き出せる」
「でも、でも……!」
セドリックはもう生きられないのに。もう立つことも、歩くことも出来ないのに。
まだまだ将来やりたいことだって、叶えたい夢だって、沢山あったはずなのに。
けれど、首を横に振る私に、セドリックは困ったような表情を浮かべて。
「だったら、君が卒業するまでの3年間をくれないか?」
一筋の涙が頬を伝う熱を感じながら、私は小さく頷きました。それを見たセドリックは「よし」と頷いて、とても優しく哀しい表情を浮かべて。
「僕はこれから――――君に呪いをかける」
そうして、セドリックの口から言葉が紡がれました。
「自暴自棄になってはいけない」
「現実逃避も認めない」
「復讐に囚われるのもダメだ」
静かな声音で、けれど力強く。セドリックは言いました。
「顔をあげて、前を向くんだ。立ち上がって、先へと進むんだ。僕にはもう、出来ない事だから」
微笑むセドリックを直視できず、私は俯きました。涙を堪え、呻くように呟きました。
「……やっぱり『炎のゴブレット』は間違っていませんでしたね。貴方という人は本当に、どこまでいっても勇士です」
「僕だけじゃない。イレイナだって勇士だよ」
「ですが、私の選出は……」
その先を言う前に、セドリックは首を振って。
「君がいたから、僕は本物の勇士になれたんだ」
誇らしげに胸を張り、セドリックは私に言いました。
「だから、きっと大丈夫。君はこれから、もっと輝ける。みんなが憧れて、思わず付いていきたくなるような、そんなヒーローになれる」
「また……失敗するかもしれません」
「それでいいんだ」
思わず顔を上げると、セドリックは私の瞳を見つめて。
「君はきっと、これから何度も傷つくと思う。何度も間違えて、何度も失敗する。けれど、君はそこから多くを学べる。一度も傷ついたり間違えたことのない人よりも、ずっと沢山のことを」
語りかけるセドリックの声は、どこまでも暖かく。
「壁にぶつかる度に、君は何度だって立ち上がって――最後には必ず、みんなを笑顔にしてくれる。僕はそう信じている」
にっこりと笑うセドリック。
「世の中にはきっと、色んなヒーローがいるんだと思う。ダンブルドアみたいに正しい人がいて、ハリーみたいに勇敢な人がいて、僕たちよりも強い人だって沢山いて」
でもね、とセドリックは続けました。
「僕が好きになった子は、みんなに光を与えてくれるんだよ」
飛びっきりの笑顔でそう言われて、思わず自分の頬が少しだけ緩むのが分かりました。
「君に特別な力や才能があるから、託すんじゃない。君が僕を勇士にしてくれたから、信じているんだ」
その強く気高い姿を、私だけは忘れてはいけないと―――そう強く誓って。
「イレイナ、もう時間がない! 早く移動キーのところへ行かないと!」
再び、周囲の音が聞こえてきました。ハリーと顔を見合わせ、小さく頷きます。それから最後にもう一回だけ、セドリックと目を合わせます。
もう大丈夫、と伝えるように。
あなたがいてくれたから、と伝わるように。
「走れ、イレイナ!」
セドリックが移動キーを指さして叫びました。
「立ち止まるな! 全速力で駆け抜けろ! 必ず、ホグワーツに帰るんだ!」
「はい!」
笑顔で答えて、私はハリーと共に駆け出しました。
呪いと瓦礫をかわしながら、為すべきことに全身全霊を傾けて駆け抜けます。セドリックの遺体を振り返ることはせず、ただ優勝杯に向かって一直線に。
「アクシオ!」
ハリーが杖を向けて叫ぶと、優勝杯がスッと浮かんで飛んできました。2人同時に、それを掴みます。移動キーが作動し、ヴォルデモートの怒りの叫び声が聞こえたと同時に、へその裏側がぐいと引っ張られるのを感じました。
やがて移動キーは時間と空間の狭間へと押し込まれ、風と色の渦の中へと消えていきました。
つよつよお辞儀さま(お辞儀させられなかったけど)
ちなみにハリーの強制お辞儀キャンセル武装解除術は、2年の時の決闘クラブでイレイナさんと戦った経験が生かされています。
補足として、セドリックは「失神呪文」の直撃を受けていたり、「姿現し」はまだ仮免状態なので何度も連発できる状態ではなかったり、イレイナさんも「磔の呪文」で痛めつけられてたので、万全の状態ではありませんでした。
もし万全の状態で、かつフェリックス・フェリシスでも飲んでいれば、中盤のイレイナさんが望んだような展開もあったかもしれません。
オリジナル呪文「ピエルトータム・レヴィオーソ‐すべての石よ、浮かべ」
ホグワーツ・レガシーに出てくる「レヴィオーソ」の範囲攻撃版。これにみんな大好きマクゴナガル先生の「ピエルトータム・ロコモーター」から「すべての石よ」を意味する「ピエルトータム」を組み合わせました。