ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第46章 ~From Now On~

 

 ヴォルデモートの復活……それはきっと偉大な魔法使いであるダンブルドア校長にとっては容易く見通せるものでも、平凡な魔法使いに過ぎないファッジ大臣では確認することすら困難なのでしょう。

 

 けれど、凡人にも凡人なりにプライドはあるし、「自分の方が正しいのだから、黙って言うこと聞け」なんて上から目線で言われた暁には意固地にもなります。だって凡人ですし。

 

 もしヴォルデモート復活を認めることで支持率が上がるだとか、アズカバンから吸魂鬼を追い出すことで更なる権力が手に入れられたり、巨人と友好を結ぶことで莫大な利権が得られれば―――ファッジ大臣は喜んでダンブルドア校長の言う通りにするでしょう。

 

 ですが、現実はそうではありません。必要な政策を行って落選するのであれば、後ろ向きになるのも当然と言えば当然で、そこを正論で殴っても解決するどころか拗れるだけ。

 

 

 だからこそ、時には「噓も方便」といった必要悪が求められるのでして。

 

 

「大臣、シリウス・ブラックはアズカバンを襲撃する計画を立てていました。自分がアズカバンを脱獄したのと同じ方法で他の囚人たちを脱獄させて、新しい闇の軍隊を作ろうとしているのかもしれません」

 

 私が言うと、ファッジ大臣が「むむむ」と顔をしかめました。

 

「残念ながらアズカバンの吸魂鬼は、シリウス・ブラックの脱獄を防げませんでした。ダンブルドア校長の言うように吸魂鬼が裏切るというのは被害妄想にしても、吸魂鬼の警備を過信するのは禁物かと」

「ふむ……スクリムジョールの奴も似たようなことを言ってたな。この際、スクリムジョールの提案を通して恩を売――専門家の意見を尊重するのも悪くないかもしれん」

 

 こういう分かりやすく俗っぽい人、私は嫌いじゃありませんよ。

 

「巨人族についても大臣のお考え通り、過去の経緯から友好関係を築くのは難しいと思います。いくら我々が友好関係を築こうとしても、かつて敵対した以上は市民の反感は必至ですし、そもそも巨人族の側も私たち魔法族を信用しないでしょう」

 

 私の言葉に、ファッジ大臣はうんうんと頷きます。

 

「加えて、こちらが巨人族に与えられる贈り物や自由と権利にも限度があります。対して、ブラックは無制限の破壊と略奪という、より大きな報酬を巨人族に与えられます。巨人族にとってどちらが魅力に映るかは、言うまでもありません」

「全く、その通りだ」

「ですが、いやだからこそ――放置するわけにもいかないかと。魔法警察の特殊部隊を送って、巨人族の監視とブラック一味の接触を妨害するべきではないでしょうか」

 

 要するに巨人とヴォルデモートの同盟を防げばいいだけなので、なにもダンブルドア校長の言う通り友好関係まで結ぶ必要はありません。

 

「たしかに、巨人族の連中は油断ならんからな。巨人族に対する警戒を強化するという名目であれば、有権者の理解も得られるはず……」

「ええ、まったくです」

 

 私が頷くと、顎に手を当ててブツブツと呟きだすファッジ大臣。

 

「よし。なら、執行部のアメリア・ボーンズにかけあってみるか。スクリムジョールの提案ばかり通すと文句言われるし、巨人監視を理由に魔法警察に新しいポストを用意して、必要になる予算は赤字続きの狼人間援助室から歳出カットで捻出―」

 

 なんだか魔法省は魔法省で、派閥とか利権とか予算配分とか色々あって大変そうです。もっとも政治の本質は利害調整ですし、こういう派閥人事や予算配分案の話になると矢継ぎ早に対応案が出てくるあたり、もともとファッジ大臣の本質は平時向きの調整型リーダーなのでしょう。

 

 

 また、死喰い人についてもファッジ大臣はルシウスさんたちの無実を信じているようなので、それに則ったストーリーを提供しました。

 

「ブラックはこうも言っていました――あの人を裏切った連中に復讐してやる、と」

 

 そこで私はちらり、と端っこにいたカルカロフ校長を見ます。見るからに怯えて顔色の悪いカルカロフ校長の表情は、ファッジ大臣にそれが真実だと思い込ませるのに十分な効果を発揮しました。

 

「今や無罪が証明された元・死喰い人の全員に、身の危険が迫っています。魔法省は闇祓いか選りすぐりの魔法警察で彼らを保護しなければ、復讐に狂ったブラック一味にいつ闇討ちされるか分かりません」

 

 カルカロフ校長はすぐに私の意図を察して、哀れっぽい声でファッジ大臣の前に跪きます。

 

「そ、その子の言っていることは本当だ! 前々からたまに脅迫状が届いて、殺すと脅されているんだ! 頼むファッジ、私を守ってくれ!」

 

 さすが元・死喰い人のカルカロフ校長が言うと説得力が違います。あと演技力も中々のもの。

 

「私だけではない! ルシウスやマクネア、エイブリーたちもきっと復讐される! かつてブラックは、ペティグリューと一緒にマグル20人を吹き飛ばした! 私は、私は……!」

 

 途中から演技に本物の恐怖が混ざるようになり、ファッジ大臣もカルカロフ校長の身に危険が迫っているということに嘘偽りがないと確信したようです。

 

 ファッジ大臣は泣き崩れるカルカロフを慰めるように、強い口調で言いました。

 

「分かった。魔法省は君を見捨てない。すぐに安全な隠れ家と、魔法警察特殊部隊を護衛につけよう」

「だ、だがルシウスたちは……」

「もちろん、全員にだ。魔法省は善良な市民を見捨てたりはしない。必ずブラックから護ってみせる」

 

 胸を張ってドン、と叩くファッジ大臣。多分きっと、ダンブルドアじゃなくて自分が頼られていることで自尊心が満たされ、ノリで「政府は国民を一人たりとも見捨てない(キリッ」みたいな政治家が一度は言ってみたいワードを口走ったんじゃないでしょうか。

 

 

 いずれにせよ「ヴォルデモート復活」という最悪の事態が否定され、私の話が所謂「常識」の範囲内に収まったことで、ファッジ大臣の姿勢もいくらか前向きなものへと変化していました。

 

 

 ――ヴォルデモートは復活していないが、息を潜めていたシリウス・ブラックがこちらの油断に付け込む形で、ヴォルデモート復活を騙って再び闇陣営を復活させようとしている。

 

 ――吸魂鬼の裏切りはなくとも、かつてアズカバンから脱獄したブラックならば、同じ方法で凶悪な囚人たちを集団脱獄させられるかもしれない。

 

 ――巨人と友好関係はナンセンスだが、ブラックが巨人に接触しようとする可能性は高く、監視が必要だ。

 

 

「大臣、このままブラックを放置しておけば、またワールドカップや今回のような惨事が発生しかねません。手をこまねいていれば、かえって魔法省の権威に傷がつきます」

 

 

 結局のところ、ファッジ大臣が一番気にしているのは支持率のことで、政治家としてはむしろ非常に真っ当なもの。

 支持率とは市民の声であり、市民の声を反映させるのが民主政治であれば、むしろ支持率を気にするのは原則に忠実です。

 

 もともとファッジ大臣はいわゆる「庶民派」で、穏健でバランスの取れた中道路線によって無党派層の支持を取り付けてきました。これがエリート層の支持が厚かったクラウチ氏や、岩盤支持層を有するダンブルドア校長であれば、長期的な利益のために短期的な反発を強引に押し切る事もできたでしょう。

 しかし、数は多くとも不安定な無党派層の支持を繋ぎ止めるには、常に目先の人気取りを優先せざるを得ません。

 

 

 ただでさえブラックの脱獄とワールドカップ騒ぎ、バーサ・ジョーキンズの失踪と三大魔法学校対抗試合での負傷事故とスキャンダルが続いてる中、証拠も無いのに「ヴォルデモートが復活した!」なんて騒いでもアンチに叩かれるだけ。

 

 ですが、シリウス・ブラックが未だ逃亡中というのは否定できない事実。そして前述の不祥事も事実……ということは、それを全部シリウスさんのせいにしてしまえば、全てがシンプルに収まります。

 

 

 ――ここ最近の事件すべての黒幕であるシリウス・ブラックさえ逮捕すれば、何もかも解決する。そうなれば、また以前のように平和な社会に戻れる、と。

 

 

 ブラック逮捕も決して楽な目標ではありませんが、見えない不安と戦うよりは目標がハッキリしている分だけ、人は冷静になれるもの。

 

 

「大臣、今こそ魔法省は総力をあげてシリウス・ブラックを逮捕すべき時です。私たち善良な市民が求めているのは、『強い魔法省』なのですから」

 

 

 唇を噛んで返事を待っていると、コーネリウス・ファッジ大臣が私の言葉を噛み締めるようにポツリと言いました。

 

 

「ふむ、『強い魔法省』か………」

 

 

 敢えて選挙で使えそうなキャッチフレーズを意識したところ、大臣的にはウケたようでした。言葉の響きって大事です。

 

 

 **

 

 

 ファッジ大臣が出ていった後、私はハリーに強い力で首根っこを掴まれました。

 

「ポッター!?」

 

 慌てて止めようとするマクゴナガル先生を、私は手で制止します。

 

「大丈夫です……ハリーには、私を殴る権利があります」

 

 そう、それだけの事をしたのです。

 

「イレイナ、君は――君はシリウスを――!」

 

 ハリーの瞳が怒りでカッと見開かれました。

 

「ファッジの目には何も見えてない! 真実を見ようともしなかった! そんな奴のために、君は……!」

 

「ハリー、やめなさい」

 

 今にも私に殴りかからんばかりのハリーを止めたのは、ダンブルドア校長でした。ハリーの肩にダンブルドアの手が置かれ、静かではありますが有無を言わせぬ口調で口を開きます。

 

「イレイナを離すのじゃ」

「ッ――!」

 

 ハリーは怒りをはらんだ瞳でダンブルドアを睨みつけ、渋々といった体で私の首元を掴んでいた手を緩めました。

 

 

 入れ替わりに、ダンブルドア校長が私の前に立ちました。

 

「イレイナ、ひとつ聞いてもいいかね?」

 

 半月型の眼鏡からのぞくブルーの瞳が、私を捉えます。

 

「どうして、目を瞑ろうとするコーネリウスをあそこまで庇うのじゃ?」

 

 非難めいた視線ではなく、そこには純粋な関心の色が浮かんでいて。

 

 

「私も、大臣と同じだからですよ」

 

 

 弱くて臆病で自分勝手、そのくせ欲深く見栄っ張りで無責任……いくら勉強がすごい出来てめちゃくちゃ美人だからって、その外面を剥がした後に残っているのは、ありきたりな俗物の一人に過ぎません。

 

「それに私は……ペティグリューさんとも一緒でした」

 

 ダンブルドア校長は予想通りスネイプ先生から話を聞いていたようで、小さく頷いて続きを促してきました。

 

「例のあの人に『磔の呪文』をかけられた時、私は怖くて何もできませんでした……怯えて泣いて、何も考えられなくなって……ただ脅されるがまま、目の前の恐怖から逃れようと、自分の保身ばかり考えて……ハリーやセドリックのように、勇敢になれませんでした」

 

 

 だからこそ、分かるのです。

 

 ヴォルデモートの復活を信じるまいと頭から拒否した、ファッジ大臣の気持ちが。

 

 

 

 その他大勢と同じように巨人を毛嫌いし、同様に「吸魂鬼がいるからアズカバンは安全」と思い込む。心地よい秩序だった今までの世界を愛し、それが崩壊するかもしれないという事実から目を逸らしたいと願う。

 

 ヴォルデモート卿の復活なんて被害妄想に陥ったハリーがでっちあげた嘘で、今までの平和な世界は何ひとつ変わっていないのだと。

 昨日まであった平穏な日々は今日も明日も変わらず、穏やかな毎日が永遠に続いていくのだと。

 

 そんな都合のいい幻想を信じたい――。

 都合の悪い現実から目を逸らしたい――。

 

 

 だって、真実と向き合うことは、とっても恐ろしいものだから。

 

 

 間違っているのは臆病な自分ではなくて、耳に痛い言葉を言ってくる相手の方で。いつか向き合わなければならないとしても、「まだ時期じゃない。時間はある」と思い込んで先延ばしにしたい。

 

 あるいは「それとこれは事情が違う。自分たちは彼らと違うのだから、誰も傷つかず痛みも伴わない方法がきっとある」と、都合の良い情報ばかりつまみ食いして現実逃避。

 

 そうやって目の前にある危機から目を逸らして、気づかないフリをしていれば、都合よく誰かが解決してくれるんじゃないか――なんて。

 

 

 そういう甘ったれた気持ちが、今なら何となく理解できるのです。

 

 

 だって、私もあの時、ずっと逃げ続けていたから。

 立ち向かう勇気なんてなくて、怯えることしかできなかったから。

 

 

 

 けれども。

 

 

 

 ――そんな私の為に、立ち上がってくれた人がいた。

 

 

 

 ボロボロになるまで、体を張ってくれたお馬鹿さん(ヒーロー)がいた。

 

 

 だから、ちょっとだけ。私も、その人に近づいてみたくなっちゃって。

 

 

 こんな俗っぽい私だけれども、肯定してくれた人に応えたい。みっともなくたって、ヒーローになれなくたって。

 俗物は俗物なりに、そこそこ頑張ればどうにかなるんだぞ?って証明してみたくなっちゃったから。

 

 

「たしかにダンブルドア校長の言ってることは正しくて、ファッジ大臣の態度は間違っているのかもしれません。けれど、間違ってしまう弱さをもった人たちにも、居場所があっていいのではないでしょうか?」

 

 仮にファッジ大臣が凡愚だとして、ダンブルドア校長が正しいのだとしても。

 

 

「そんなファッジ大臣すら説得できないようじゃ、魔法界に住む人々の支持を得る事なんてできません」

 

 

 私の言葉に、ダンブルドア校長が黙り込みました。

 

「もちろん、ファッジ大臣が正しいとは思いません。ですが、間違っているからといって頭を押さえ続けていれば、いつかきっと痛いしっぺ返しがくるかもしれません……ピーター・ペティグリューさんのように」

 

 シリウスさんとジェームズさんは、友人のために命を懸けることもいとわない、勇敢で高潔な人でした。対してペティグリューさんは我が身可愛さに友人を売り、その罪と向き合うことを恐れて逃げ続けた、卑劣で臆病な人間です。

 

 どちらが正しくて、どちらが間違っているのか、言うまでもないでしょう。

 

 

「ですが、正しい側に居場所がなければ――人は間違った側に居座らざるを得ません」

 

 

 常に正しい意見を通すということは、間違った意見を言った人をその度に否定していくということ。

 

 

 もちろん有能な官僚、真面目な政治家、勤勉な市民が常に報われる社会は理想的なのでしょう。愚かで、不真面目で、怠け者な人が常に幅を利かせる社会はきっと悪なのでしょう。

 

 けれども、私はこうも思うのです。

 

 

 ――その中間があってもいいのでは、と。

 

 

 正しくはないけれど、悪いとも言い切れない人たち。

 

 能力はないけど人に優しくできたり、優秀だけど怠け者だったり、傲慢だけど身内には優しかったり……善と悪の間を行ったり来たりしている、白と黒の狭間で漂う灰色の存在は。

 

 正しく生きたい、と願いつつも実際には酒にタバコやギャンブルなんかに逃げて。でも、ふとした時に「やっぱり健康に悪いからやめよう」と禁酒や禁煙をしてダイエットなんかを始めてみて。それでも結局は長続きしなくて、なんか「今日は頑張ったから」みたいに適当な理由を付けて再開しちゃったり。

 

 そんな感じで「正しいこと」と「間違ったこと」を繰り返しながら、流れに乗ったり逆らったりしながら、なんだかんだで生きてる。

 善人なのか悪人なのか、有能なのか無能なのか、甲乙つけがたい微妙な人たちが集まって、妥協と挑戦を繰り返しながら生きていく。

 

 

「人間の本性は追い詰められた時に出る……それは真実なのかもしれません。ですが、裏を返せば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のも人間なのですよ」

 

 

 偽善者は善人のまま、見掛け倒しは見たまま、馬脚を露さずに目先の危機をやり過ごす。

 

 

 だけど、そうやって嘘を吐き続けている内に、いつか嘘が本当になればいいな。偽善を続けている内に、いつか本物の善人になれればいいな――なんて。

 

 

 もう、人の素晴らしさだけを見て期待するほど子供じゃないけれど。

 まだ、人の愚かさだけを見て絶望するほど枯れたわけでもないから。

 

 

「校長先生は先ほど、ファッジ大臣に二者択一を迫りました。‟もっとも勇敢で偉大な大臣”として名を遺すか、‟再建してきた世界をヴォルデモート卿が破壊するのを傍観しただけの大臣”として悪名を残すか、いずれかだと」

 

 ダンブルドア校長が頷きました。

 

「ですが私は、 その中間でも良いと思います。あるいは、偉大さと暗愚さが同居していたり、両方の間を行き来していても」

 

 英雄としてでもなく、愚か者としてでもなく。それほど有能とは言えずとも、無能という程でもなかった。ある政策では後世まで続く優れたレガシーを残せたけれども、別の政策では逆に負債を積み上げてしまった。特定の支持層からは熱狂的に支持されたけど、別の支持層からは激しく批判される……そんな「普通の大臣」で良いのではないのかと。

 

「頑張れる範囲内で、ベストを尽くしてくれればいい。無理はしなくてもいいけど、歩みを止めることだけはしないで欲しいかなって」

 

 だから、都合の良い提案ばかりした。耳に心地よい言葉ばかりを並べた。

 

 

 

「剣が真実だというのならば、嘘は鞘です。無闇やたらに振り回して人を傷つけないために、嘘で真実を包んでいるのです。そういう嘘の扱い方だって、存在しているのです」

 

 

 

 嘘も方便――リータさんはそれを私利私欲のために使いましたが、他人のために使うことだって、きっと出来るはず。

 

「どれだけゆっくりな歩みでも、折れることなく続けていけば、いつか偽物が本物になって――きっと最後には笑顔で笑える日が来るんじゃないかって、そう思うんです」

 

 昨日より今日はちょこっとだけ、今日より明日は少しだけ――良い方向へ。色んな妥協の中で、けれども止まることなく、より良き未来を目指して。

 

 そうやって、魔法界は再建してきたのです。大勢の元・死喰い人を黙認して、ハリーを英雄として祭り上げ、純血主義や屋敷しもべ妖精といった問題から目を逸らし、バラマキと人気取りと問題の先送りで、臭い物に蓋をしながら騙し騙し復興していく……。

 

 それは、決して大手を振って賞賛出来るものではないのかもしれません。

 

 けれども、たしかにこの14年間は平和な時代でした。気になるあの子が振り向いてくれないだとか、給料が安いだとか、そんな日常に一喜一憂できる、普通の日々を謳歌できたのです。

 そういった平凡で当たり前の世界を愛し、守り続けていきたい、とファッジ大臣のような普通の人々が思うのもおかしな話ではありません。

 

 だから、少しずつ。理想と現実の折り合いを付けながら、一歩ずつ歩いていく。ゆっくりとでも、歩き続けていく。歩みを止めなければ、いつか、きっと。

 

 

「そうすれば、いつかきっと私にもセドリックと同じ世界が見える……そんな気がするんです」

 

 

 私のヒーローはもういない。けれども、それでも――。

 

 

 セドリックのことを思い出すと、枯れたはずの涙がまた少しだけ溢れてきました。悲しくて、痛いはずの記憶――それなのに。

 

 

 彼が残してくれた温もりは、まだこんなにも優しい熱を帯びていて。

 

 

 絶望に屈さず、人の人たる矜持を守り抜き、何度だって足掻いて立ち上がる。己の在り方を命果てるまで貫き通した勇士の目には、どんな世界が見えていたのでしょうか。

 その彼が最後に辿り着いた景色を見たいと望むのなら、前を向かねばなりません。進まなければ、たどり着くことはできないのです。 

 

 

 

『壁にぶつかる度に、君は何度だって立ち上がって――最後には必ず、みんなを笑顔にしてくれる』

 

 

 セドリックは、そう信じてくれました。

 

 

 私もまた、歩いてゆけると。

 

 

 

 ――だから、私は。

 

 

 

 

「イレイナ、君は……」

 

 ダンブルドア校長の青い瞳が、わずかに見開かれました。

 

 

「君はもう、()()()()()のじゃな」

 

 

 そうなのかも知れません。

 

 ヴォルデモートの復活なんて知りたくも無かったけど。知ってしまったから。

 

 

 ――もう、知らないフリは出来ない。

 

 

 だったら、覚悟を決めろ。

 

 

「はい」

 

 私はきっぱりと頷きました。

 

 

 この先、どうなるか分からないけれど。

 

 もっと強くなれるように、二度と負けないように。

 今はとにかく、自分を信じてベストを尽せ。

 

 

 ――答えはきっと、その先にある。

  





「剣が真実だというのならば、嘘は鞘です。無闇やたらに振り回して人を傷つけないために、嘘で真実を包んでいるのです」

 ――魔女の旅々2巻8章「正直者の国」より――


 今話のイレイナとダンブルドアのやりとりは、『秘密の部屋』編の最終話の対談を踏まえたものになっていて、ダンブルドア的にも色々と思うところはあった感じです。


 これにて「炎のゴブレット」編は完結です!

 4巻はイベントが盛沢山で、当初は40話ぐらいにしようと思ってたのに結構伸びてしまったのですが、最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
 
 いつも感想をくださる方、および誤字報告をくださる方、また「ここすき」をくださる方に、改めてお礼を申し上げます! 執筆を進める上で、とても励みになっております!

 次回から「不死鳥の騎士団」編ですが、引き続き楽しんで頂けるよう頑張りたいと思います! 
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