ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
※一部再構成
審判役のトンクスの判断で、決闘試合のルールは5セットマッチになった。つまり最大5回のうち、先に3回相手を全滅させた方の勝ち。
5セットマッチは魔法警察や闇祓いの模擬戦では一般的な形式らしく、敢えて長丁場にすることで総合的な戦闘力を見るのだという。特に後半は体力・気力ともに消耗してくるため、コンディションが低下した環境でも戦えるように訓練することで、実戦に耐えうる人材を育てる意味もあるらしい。
「はじめ!」
トンクスの声で試合が始まった途端、一気に部屋の温度が下がった気がした。ヒートアップしていた空気が、ひりひりと張りつめていく。
対峙するパーシーの顔からは感情が抜け落ちていき、能面のようなポーカーフェイスになった。対照的にジェマは始終笑顔で自然体のまま、こちらの攻撃を誘っているように隙だらけ。ペネロピーは一歩後ろに下がり、僕たちの動きを分析するようにグレーの目を細めている。
――最初に動いたのはロンだった。
「スラグラス・エルクト‐ナメクジくらえ!」
ロンの杖から緑色の光が噴出し、まっすぐに無防備だったジェマへと飛んでいく。正面にいるパーシーではなく、敢えて一番離れたところにいるジェマを狙うことで不意を突いた形だ。
『ナメクジげっぷの呪い』はロンの十八番で、呪いの中では『カース』と呼ばれる最も強力な部類に入る。長時間ナメクジを嘔吐し続けるというアホっぽい効果とは裏腹に、やられると肉体的にはもちろん精神的にも結構キツい。
ハーマイオニー曰く「純粋に相手を無力化するだけなら失神呪文の方が効果的」とのことだが、ロンは何故かこの呪文を気に入っていて、動きも素早く狙いも正確だ。
(これなら当たる……!)
ジェマが防御呪文を展開するよりロンの呪いが当たる方が早い―――そう思った、次の瞬間。
バシッ!
大きな音がして、ジェマの姿が宙に吸い込まれるようにして消失する。と、同時に背後から鋭い音が響いて影がさす。
「後ろ、ガラ空き」
短くそう呟く声が聞こえた次の瞬間、僕はとっさに地面に身を伏せていた。間髪入れずに「オブスキューロ‐目隠し」の呪文が頭上を飛んでいく。
「エクスペリアームズ‐武器よ去れ!」
間髪入れずに反撃するも、既に背後にジェマの姿は無かった。
(くそっ……『姿現し』……ッ!)
ハーマイオニーが叫んだ。
「気を付けて! ここはホグワーツじゃないから、正面だけに気を取られないで!」
『姿現し』を多用して神出鬼没に瞬間移動するジェマの戦法は、『姿現し防止呪文』のかけられていたホグワーツの決闘では見られなかったスタイルだ。
杖を抜く必要もなく、呪文を唱えることもない。道理で無防備だったわけだ。
バシッ!
僕の利き手と反対側に「姿現し」したジェマの失神呪文を、何とか「盾の呪文」で防ぐ。少し離れた場所にいたロンが武装解除術を放つも、再びバシッ!と音が響いて赤い閃光は虚しく空を切る。
と同時に、今度は斜め後ろから「インカーセラス‐縛れ」という詠唱と共に縄が飛んできて、回避が少しだけ間に合わず縄が足に絡みついた。
「このっ……! フィニート・インカーテム‐呪文よ、終われ!」
慌てて縄を消し去るも、既にジェマは別の呪文を唱えていた。
「コンファンダス‐錯乱せよ!」
「プロテゴ‐護れ!」
駆け寄ってきたハーマイオニーの「盾の呪文」に助けられる。けれど、それが致命的な隙になった。
僕がジェマに翻弄されてハーマイオニーがヘルプに入ったタイミングを狙って、残る2人がロンを狙い撃ちにしたのだ。
「ボンバーダ‐砕けよ!」
「プロテゴ‐護れ!」
「ステューピファイ‐失神せよ!」
ペネロピーの放った失神呪文を受けて、ロンがばたりと倒れる。どうにか正面にいたパーシーの呪文は防いだものの、側面からの失神呪文まで同時に防ぐことは出来なかったようだ。
結局、その後も3対2でジリジリと削られてしまう。ジェマが僕にピッタリと張り付いてマークしている間に、ハーマイオニーが2対1で挟み撃ちにあってロン同様に撃破。最後は3対1になって、あえなく物量で押し切られた。
**
「……次は死角を作らないよう、3人1組で固まりましょう。バラバラになったら、1人ずつ死角から攻撃されるわ」
ハーマイオニーが敗因を分析して、対抗策を練る。
神出鬼没の『姿現し』に対抗するには、現状そうするしかないだろう。単なる便利な移動魔法ぐらいにしかおもってなかったけど、その機動力を生かして四方八方から攻められると厄介過ぎる。
「にしても、あんなの反則だろ」
ロンがぼやくと、遠くからジェマがからかうように煽ってきた。
「ハンデ、いるー?」
「いらない!」
「いい返事だ」
既に先輩たちは決闘コートに戻っていて、準備万端のようだ。でも、同じ轍は二度と踏まない。
試合が再開されると、トンクスの「はじめ!」が言い終わるか終わらないかのギリギリで、3人同時に攻撃呪文を唱えた。
「エクスペリアームズ‐武器よ去れ!」
「スラグラス・エルクト‐ナメクジくらえ!」
「ラカーナム・インフラマーレイ‐服、燃えよ!」
それぞれが比較的得意な呪文を、威力や命中精度よりも素早さ重視で放つ。
すかさずパーシーとペネロピーは「盾の呪文」を展開し、あっさりと呪文を防いだ。ジェマに至っては、ひょいっと身をかがめるだけで攻撃を回避している。けれど、その程度はこっちだって織り込み済み。
「撃ち続けて!」
ハーマイオニーが叫び、再び呪文を連発する。3人で固まって死角を作らないようにしつつ、とにかく弾幕を張り続けて相手に反撃する隙を与えない……偽ムーディとの戦闘でマルフォイたちが使った戦法の応用だ。
もちろん弾幕を張り続けるだけで勝てるとは思っていない。とはいえ、動きを封じることができれば機動力のハンデは埋められるし、その隙に勝機を見出せるかもしれない。
けれど、そんな僕たちの淡い期待はあっさり打ち砕かれる。
「プロテゴ・マキシマ‐最大限の防御」
当たり前のようにパーシーが唱えたのは、『盾の呪文』の最上位版。たった1人で、あっさりと3人分の巨大な不可視の魔法障壁を展開してみせた。
「あんにゃろ……ッ!」
苦々しげに悪態を吐くロンに対し、パーシーはもったいぶって告げる。
「見たまえ。これが勉強を積み重ねた、12ふくろうの力だ」
多分それは関係ない。
真面目な話、12教科を全部パスすることと、個別の学問で『優・O(大いによろしい)』をとることは、ちょっと違う。
けれどパーシーに限って言えば、どうやら『闇の魔術に対する防衛術』の成績は『優・O』か『良・E(期待以上)』を修めているようだった。在学中に猛勉強して費やした時間と努力は、試験の成績となって昇華され、実技でも見劣りしていない。
何よりこれまで積み重ねてきた学歴が強い自負心となって、パーシーに揺るぎない自信を与えていた。それゆえ、ひとつひとつの動きや判断に迷いが無い。
だからこそ、なのだろう。パーシーの鉄壁の護りを信じて、ペネロピーは防御魔法はおろか回避の構えすら取らなかった。
「ヴェスパソーティア‐スズメバチ出でよ」
優雅に杖を振るうと、ブーンと羽音を立てて数匹のスズメバチが出現した。
(あれは……)
地味な呪文だが、これまでの戦いから油断はできない。僕たちは目配せして、互いの距離を詰める。一人だけ狙い撃ちされないようにするのと同時に、先頭の1人が『盾の呪文』を唱えれば後ろの2人も守れるようにするためだ。
(どう来る? このまま「オパグノ‐襲え」で僕たちを攻撃するか、あるいは第1の課題のイレイナみたいに巨大化させるのか……?)
攻撃に備えていると、先輩は意外な呪文を唱えた。
「プライオア・インカンタート=――」
思わず眉をひそめる。あれはたしか、杖が最後に使った呪文を再現する『直前呪文』だ。
(でも、何故このタイミングで? スズメバチの数を増やしたいなら、呪文を連続で唱えた方が早いはず……)
頭に思い浮かんだ疑問に対する答えは、重ねて唱えられたペネロピーの一言だった。
「――ジェミニオ」
最後まで詠唱を終えると、後ろにいたハーマイオニーが息を呑む。
「うそ……!?」
まるで悪夢でも見ているかのようだった。不快なブーンという音と共に、ペネロピーの杖が連発花火の如く、煙のようなものを断続的に噴き出していく。もちろん煙のような生易しいものではなく、すべて魔法で作り出したスズメバチだ。
「『直前呪文』を『双子の呪文』で連続再生するだなんて……!」
ハーマイオニーが呻き声をあげている間にも、スズメバチの群れはどんどん増えていく。さすがにオリジナルの呪文よりは効果が低下するらしく、少し小型になっているものの、スズメバチが無尽蔵に複製されていく物量は脅威でしかない。
「くそっ―――ステューピファイ! エクスペリアームズ!」
たまらずロンが悲鳴を上げながら呪文を連射するも、ことごとくパーシーの防御呪文によって弾き返されてしまう。
そんな僕たちの様子を見かねたように、審判役のトンクスが声をかけてくる。
「焦る気持ちは分かるけど、それじゃ2人の思う壺だって。パーシーとペネロピーは典型的な重装甲・高火力のアウトレンジ型コンビだから、無駄に体力と気力を消耗するのはオススメしないよ」
「……っ」
ロンが悔しそうに舌打ちする。
たしかに、トンクスの助言は的を射ていた。鉄壁の護りをほこる壁役のパーシーに、複雑だが強力な呪文が得意らしいペネロピー。厄介な組み合わせだが、相手の解像度が上がったことで弱点も浮かび上がってくる。
(そういえばあの2人、僕たちの攻撃を防ぐばかりで、避けようとはしてなかった……)
たしかにパーシーの『盾の呪文』は強力だけど、命中精度より足止めを狙った僕たちの攻撃のいくつかは、簡単に避けられるものもあった。
実際、元チェイサーだというジェマの方は魔力の消耗を抑えるためか、回避できる攻撃はなるべく避けている。
何よりジェマが「姿あらわし」で攻撃してきた時も、残る2人は遠くから援護射撃をするだけで、その場からほとんど動こうとはしなかった。
やれば出来ないことはないのだろうけど、たぶん身体を動かすことにインドア派の元・主席コンビは苦手意識を持っている。
(だったら……!)
打開策はシンプルだ。なんとか距離を縮めて、相手の苦手な接近戦に持ち込めばいい。
「ロン、行こう!」
「よっしゃ!」
そのまま2人で一緒にダッと駆け出す。
「ハーマイオニーは援護をお願い!」
「わかったわ!」
僕たちの狙いに向こうも気づき、ジェマが妨害しようと「全身金縛り術」を放つ。それをジャンプして回避すると、背後からハーマイオニーの声が聞こえた。
「ネビュラス‐霧よ!」
ハーマイオニーの杖から勢いよく白い霧が噴き出し、先輩たちの周囲を包んだ。僕たちの視界も邪魔されるけど、スズメバチの羽音を頼りに距離を縮めていく。
距離さえ詰められれば、向こうもフレンドリーファイアを恐れてスズメバチをけしかけられなくなるはず――。
「ヴェンタス‐吹き飛べ!」
パーシーの声と共に、霧が一挙に晴れていく。こちらの動きを読んで、すぐに対応してきた。
――けれど、ペネロピーはもう目の前だ。
「オパグノ‐襲え!」
ペネロピーが唱えると同時に、ロンが呪文を放つ。
「インセンディオ‐燃えよ!」
瞬間、向かってきたスズメバチの群れの先頭が焼かれていく。残ったスズメバチの群れは物量を生かして側面から回り込もうとするも、そのせいで自然と正面に穴が空いた。このチャンスを逃す理由は無い。
「エクスペリアームズ‐武器よ去れ!」
正面にいたペネロピーに向かって、武装解除呪文の赤い閃光が飛んでいく。
「わっ」
ペネロピーの手から杖が離れると同時に、術者の命令が一時解除され、スズメバチの群れが動きを止める。これ幸いとばかりに、ロンが杖を振り回してスズメバチの群れを燃やしていく。
そしてペネロピーの杖はくるくると宙を舞い、僕の手元へ――。
「アクシオ‐杖よ、来い!」
側面からジェマの声が聞こえ、「しまった」と思った時には、時既に遅し。
「あっぶな~」
ペネロピーの杖はジェマの手に移っていた。
「だったら――」
せめてペネロピーだけでも無力化しようと杖を振り上げるも、まるでこちらの思考を先読みするかのようにバシッ!バシッ!という音が連続的に鳴り響いたかと思うと、目の前からペネロピーの姿は消えていた。
(付き添い姿あらわし……!?)
続けて3回目のバシッ!という音と共に、ジェマたちがパーシーの傍に現れたかと思えば、4回目の「付き添い姿あらわし」で3人同時に距離をとられてしまう。
――これで再び、状況は振り出しだ。
「嘘だろ……? あそこから仕切り直しされるのかよ……!」
ロンがぼやき、僕も一緒に悪態を吐きたい気持ちになった。
辛うじてスズメバチの大群はロンが焼き尽くしたものの、どうしても気力・体力の低下は避けられない。勝利を目前にしてちゃぶ台返しされたのだから、その分だけ余計に気落ちする。
向こうも、次は僕たちの接近を許すような真似はしないだろう。
再び呪文の撃ち合いになれば、パーシーの鉄壁の防御魔法が僕たちの前に立ちはだかる。
固まって防御に徹すると、高火力の魔法を得意とするペネロピーに押し潰されてしまう。
接近戦に持ち込もうにも、ジェマの「姿現し」で自在に配置転換されてゲームリセット。
重装甲・高火力のパーシー&ペネロピーのペアに、ジェマの高機動力が加われば、走・攻・防の3要素が全て揃う。
僕たちも今まで3人で何度か戦ってきたから連携は取れている方だけれど、向こうはそれに加えて役割分担が明確で、チームプレーが機能的なのだ。僕たち3人が連携の上手いチェイサーだとすれば、向こうはキーパー、ビーター、チェイサーの3役が揃っている感じ。
(くそっ……!)
上から目線で子供扱いされた時はムカついたけれど、実際に戦ってみて分かった。元・監督生なだけあって、たしかに3人ともめちゃくちゃ強い。
**
そして決闘が再開されると、再びペネロピーの範囲攻撃魔法が猛威を振るう。
「メテオロジンクス・トニトルソ-雷落ちよ!」
詠唱と共にどこからともなく雷雲が立ち込め、次々に雷を落としていく。さすがに死にはしないだろうけど、直撃を受ければ失神は免れないはず。
(まずい、面で制圧されて追い詰められてる……)
恐らく、1対1だったらここまで苦戦しなかっただろう。ペネロピーの得意とする複製呪文や範囲攻撃魔法は強力な反面、複雑な詠唱に時間を要したりインターバルが長い傾向がある。典型的な後衛タイプだ。
そんな彼女を支えるのが、前衛で壁役を担うパーシーだ。
こちらの攻撃をことごとく弾き返す『盾の呪文』に手を焼いていると、ハーマイオニーが近くに来るよう目で合図した。何か作戦があるのだろうか。
「ロンはパーシーを消耗させて。『盾の呪文』は色々な攻撃魔法を防ぐ便利な呪文だけど、その汎用性の高さから消耗も激しいはず」
ちなみに便利な魔法にもかかわらず『盾の呪文』の習得率が低い背景の1つには、呪文展開時の消耗が激しいため、回避行動をとった方が効率的だという理由もあるらしい。
「ハリーはジェマの妨害をお願い」
「君は?」
「ペネロピーを倒すわ。いいアイデアを思いついたの」
そう言うなり、ハーマイオニーは杖を天井に向けて叫んだ。
「インフラマーレイ=エンゴージオ‐炎よ、肥大せよ!」
杖先から飛び出した火の玉が、みるみるうちに肥大化して火山弾のようになった。火の玉は正面に展開されたパーシーの魔法障壁を飛び越え、ペネロピーの頭上に到達する。
(曲射で『盾の呪文』を回避する気だ……!)
けれど、狙いが甘い。
曲射弾道は障害物を回避できるメリットがあるけど、その分だけ狙いが難しくなる。事実、火の玉はペネロピーの頭上を越えて――。
「サーカムロータ‐回れ!」
重ね掛けされた呪文の効果で、火の玉が90度反転する。マグルの物理学的にはあり得ない軌道を描いて、火の玉はペネロピーの頭上に落下した。
「きゃっ!?」
ペネロピーも「どうせ外れるだろう」と思っていたらしく、急に軌道を変えた火の玉への対応が遅れる。白いニットの上に羽織ったピンクベージュのガウンコートに火が付き、雷を落としていた『気象呪い』が消えていく。
「ペニー、アウト!」
トンクスの判定でペネロピーが脱落する。「この服、高かったのに……」と嘆く先輩に心の中で謝罪し、僕たちは反転攻勢に出た。
**
「今度はこっちの番だ!」
1回戦目とは逆の構図に、ロンが威勢よく叫ぶ。
「ハーマイオニーはジェマのマークを頼む! パーシーは僕とハリーが挟み撃ちで倒す!」
無意識だろうけど、チェスで鍛えているせいか、ロンは何となく試合運びが上手い。実際、ハーマイオニーをぶつけられたジェマは嫌そうな顔をしていた。
「考えたな」
僕たちの攻撃を防ぎながら、パーシーが批評する。
「ジェマは相手の弱点を攻めながら、翻弄して裏をかくのが得意だ。その点、冷静で隙のないハーマイオニーなら、多彩なフェイントにも的確に対処できる。もちろん地力の差があるとはいえ、相応の時間は稼げるだろう」
その間に、僕たち2人でパーシーを倒すのだ。防御に徹しても2対1なら消耗も激しいはずだし、攻撃に転じれば素直に挟み撃ちで倒せる。僕かロンとどちらかが相討ちになっても、数の優位は最後まで覆らない。
「ミンブルウィンブル‐舌もつれ!」
「ティティランドー‐くすぐり呪い!」
2人で呪文を次々に浴びせていくも、パーシーはフンと鼻を鳴らした。
「舐められたものだ。もし僕が純粋な盾役で反撃できないと勘違いしているなら、訂正してあげよう」
始終ポーカーフェイスだった顔に不敵な笑みが浮かび、パーシーは円を描くように杖を振るう。
「プロテゴ・リフレクシオ‐反射の護りよ」
すると、目の前で不思議なことが起きた。
僕たちの呪文が『盾の呪文』の防御被膜に触れた途端、わずかに動きを止めたかと思うと―――ビリヤードのボールが壁に当たって反対方向に跳ね返るように、術者の僕たちに向かって反射されたのだ。
「うわっ!?」
慌てて2人で別方向にジャンプして避けるも、着地に失敗して尻餅をついてしまう。そのぐらい、パーシーの呪文は僕たちの攻撃を自動的かつ正確に反射していた。
「なんだよ、あれ……」
ロンが茫然と呟くと、パーシーが何でもないように返した。
「初歩的な呪文の組み合わせだよ、ロン。『盾の呪文』に、『減衰呪文』と『逆詰め呪文』の2つの効果を付与したんだ」
怪訝な顔をする僕たちに、パーシーが解説していく。
「君たちの攻撃が僕の『盾の呪文』に当たると同時に、『アレスト・モメンタム‐動きよ、止まれ』の効果で被弾時の衝撃が減衰する。減衰して停止した攻撃呪文は、ある意味では『盾の呪文』に“詰められた”状態も同然だ。そこに『ワディワジ‐逆詰め』の効果が発動すると、呪文は術者の元へと跳ね返っていく」
ふと3年生の時、鍵穴にガムを詰めていたピーブスに、ルーピンが『逆詰め呪文』を使って鼻の穴にガムを詰め返していた様子が思い浮ぶ。
面白いとはいえ用途が限定され過ぎる呪文だと思っていたけど、こんな使い方もあるのか。
もちろんアイデアを実用に耐えうる状態に持っていくのは、口で言うほど簡単じゃないはずだ。呪文の強度や魔力の配分バランスなど、様々な要素を試行錯誤しながら細かく調整しなければならない。
それでもアイデア倒れにならずオリジナル呪文を完成させることが出来たのは、パーシーが言っていたように日頃の勉強の賜物なのだろう。
隣にいたロンも同じことを思ったらしく。
「……やばいな、12ふくろう。僕がマクゴナガルだったら、今のでグリフィンドールに100点ぐらいあげちゃうかも」
「残念だが、君の不真面目な態度で10点減点だ」
「ひどッ!? スネイプかよ!?」
返事は辛辣だったが、パーシーの表情が少しだけ緩んだ気がした。ペネロピーとトンクスは思いっきり吹き出しているし、ハーマイオニーとジェマは決闘中なのに俯いてくっくと肩を揺らしている。
(……まったく、ロンはこれだから)
少しだけ身体と気持ちが軽くなったのを感じて、僕は再び杖を構えた。
**
どうにかペネロピーを撃破したものの、先輩たちに焦った様子は見られなかった。
「エクスパルソ・トリア‐3連爆破!」
すぐさまジェマの杖から、爆破呪文が3発ずつ、小刻みに放たれる。とっさに回避すると、意外にも追撃する代わりに『姿現し』で僕とロンの間に切り込んだ。
――チャンスだ。
「ロン、今だ!」
「わかってる!」
パーシーをハーマイオニーに任せ、ジェマに攻撃を集中する。
けれど、スリザリンの元・監督生は最初からそれを予想していたかのように、最小限の動きでスルッと避けてしまう。
「焦って狙いが雑になってるよ。シュートチャンスは確実に決めないと」
内心を見透かしたような物言いに、思わず唇を噛む。
少し慎重に狙いを定めると、今度は「判断が遅い」という真逆のセリフと共に攻撃呪文が飛んで来る。俊敏な重心移動と軽快なフットワークで巧みに僕たちの攻撃を回避し、順番にどちらかの相手をすることで、まるで数的不利を感じさせない。
「“生き残った男の子”の本気がその程度? 嘘でしょ?」
スリザリンの元・監督生は『姿現し』で縦横無尽に飛び回り、一方的に攻撃呪文の雨を降らせていく。ほっそりしているのに驚くほど体幹が鍛えられていて、跳ね回っていても元チェイサーらしく狙いは正確だ。
――気味が悪い。
とっさに思い浮かんだ感想がそれだった。
軽薄な煽りや目まぐるしい機動で惑わされそうになるけれど、薄く微笑むグリーンの瞳はゾッとするほど無機質で、獲物を解体する昆虫のように冷たい。
実際、手数の多さを重視したジェマの攻撃は、時間が経つごとにどんどん嫌がるポイントを的確に突くように変化してきた。こちらの攻撃を柔らかく受け流しながら行動パターンを解析し、威嚇と牽制を織り交ぜながら精密なカウンターで防御をすり抜けていく感じ。
たまらず『盾の呪文』を全方位展開すると、ジェマはそれを待っていたかのように杖を振り上げた。
「レペロ・イニミカム=インフラマーレイ‐炎よ、敵を避けよ」
芝居がかった仕草で杖を横薙ぎに払うと、あらかじめ地面に油でも塗られていたように炎の壁が燃え広がる。
「ハリー!」
炎の向こう側で、僕と引き離されたロンが叫ぶ。
――やられた。
これで数の差は3対2から、1対1×2へと向こうが逆転。
(けど、こっちだって無理に1対1で戦ってやる道理はない)
幸い、パーシーと戦っているハーマイオニーとは合流できる。
踵を返して走り出そうとした、その時。
「へぇ、
小馬鹿にしたような口調で、ジェマがせせら笑う。
「グリフィンドールも変わったねー。ようやく勇気と無謀の違いが分かるようになってきたみたいだ」
耳を貸してはいけない……理性がそう呼び掛けるのに、身体はまるで『服従の呪文』にでもかけられたように言うことを聞かない。気づけば、背を向けていたはずの相手を睨みつけていた。
足の止まった僕に、ジェマは緑色の瞳を細めて、嘲るように続ける。
「あれ、今のは良い意味で言ったんだけどな。だって負けを認められるのも、ある意味また別の勇気じゃない? 弱い自分じゃ、強い奴には勝てない。だから逃げる。少なくとも生きてさえいれば、美味しい物も食べられるし、枕を高くして眠ることだって――――」
そこまでが限界だった。
世界が急に狭まって、無音になった気がした。目の前にいる憎たらしい相手を傷つけて、小奇麗な顔を涙でぐしゃぐしゃにしてやりたい……そんな衝動に駆られて大声で叫ぶ。
「エクスペリアームズ‐武器よ去れ!」
感情が昂ぶり、額の傷痕に焼けるような痛みが走る。けれど、込み上げてくる激しい怒りに比べれば、痛みなんて大したことはない。
(何も知らないくせに……!)
僕だって本当は、セドリックを置いて逃げたくなんてなかった。
ダーズリー家にいる時は、美味しい食事なんて口に出来なかった。
毎晩悪夢にうなされて、汗びっしょりで何度も夜中に目が覚めた。
「デパルソ‐退け!」
「インペディメンタ‐妨害せよ!」
八つ当たりのように、呪文を大声で叫びながら何度もジェマにぶつける。
けれど、現実は映画やドラマとは違って。
怒りと激情に身を任せたら攻撃力アップなんてことはなく、大振りな攻撃はかえって相手に隙を与えてしまい――。
「ペトリフィカス・トタルス‐石になれ」
カウンターで放たれた全身金縛り術を避ける間もなく、被弾すると同時に全身が硬直していく。
「ハリー、アウト!」
そして僕が地面に倒れる音と、審判のトンクスが叫ぶ声が重なった。
1話でまとめるつもりだったのに、思いのほか決闘シーンが長くなってしまったので分割しました(汗)。
参考:RPG風にした監督生パーティーのクラス(職業)とロール(役割)イメージ
パーシー・ウィーズリー
・わかりやすいファイター(戦士)系統のタンク(盾役)。『主席(Head Boy)』ならぬ『石頭(Humungous Bighead)』の強度は伊達じゃない。グリフィンドール生なので、正々堂々と敵を正面から迎え撃つイメージ。
ペネロピー・クリアウォーター
・典型的なソーサラー(魔術師)系統の遠距離アタッカー。紙装甲&低機動力で脆いけど、範囲攻撃可能な火力はヒットすれば圧倒的。レイブンクロー生なので、一歩引いてアウトレンジ攻撃するイメージ。
ジェマ・ファーレイ
・いわゆるシーフ(盗賊)系統で、攻撃と防御は平凡だけどスピード・回避が高めな汎用サポーター。戦場全体を俯瞰しての、多彩な後方支援が厄介。スリザリン生なので、フェイントや搦め手を多用するイメージ。
今話ではあくまで決闘試合のため得意分野に役割分担してるだけなので、もちろんその気になれば3人ともどんな役割でも一通りはこなせます。