ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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※独自解釈・独自設定があるので、苦手な方はご注意ください。



第08章 ~魔法省~

   

 懲戒尋問の日、私――ハーマイオニー・グレンジャーは、目覚まし時計の音で目が覚めた。隣のベッドで寝ていたイレイナも同時に目覚めて、軽く朝の挨拶をしてから着替えを済ませる。

 

 そのあと、二人で化粧水やら乳液やらを持って化粧室まで歩いていき、モコモコの泡で洗顔をしてから順に顔から塗っていく。

 

「……そういえば、イレイナも朝のスキンケアするのね」

「私のこと何だと思ってるんですか」

「なんとなくイレイナって、そういうの必要なさそうなイメージあって」

「私、アイドルでも何でもないので、妙な幻想抱かれても困るんですが……」

 

 言われてみればその通りだけど、もしホグワーツの同学年にアイドルがいるとしたらイレイナかな、なんて思ってしまう。

 

「私から見れば、ハーマイオニーの方が意外ですけど」

「そうかしら?」

「1~2年の頃とか、“お洒落するヒマがあったら勉強した方が人生効率的!”みたいな雰囲気でしたし」

「そういう時代もあったわねぇ……」

 

 私の場合は『S.P.E.W.』活動のために覚えたのがキッカケで、ダンスパーティーでも好評だったから、なんだかんだで続けている。

 

(朝が早いと少し面倒だなとは思うけど……)

 

 隣のイレイナを見てると、なんか手を抜けない。メイクしなくたって可愛い子が、さらに可愛くなってるんだから、ちょっぴり対抗心も湧く。

 

 それに――。

 

「ちゃんとメイクやファッションの勉強したら、思ったより楽しかったのよね」

 

 もともと勉強は好きだ。新しい知識を学んで技術を身に着け、手応えを感じるのは楽しい。周りに褒められるのも、やっぱり嬉しい。

 

「あと見た目に気を遣うようになってから、心なしかスリザリン生から陰口を叩かれることも減ってきた気もするわ」

「まぁ、カワイイとカッコイイは正義ですから」

「……スリザリン生ってほんと現金よね」

「ブレない純血主義者だってちゃんといますよ。ルシアン・ボール先輩とかユリカ・ハネダさんとか」

「それはそれで困るんだけど」

 

 けど、入学当初に比べると環境はだいぶ変わったと思う。

 

 ノットやトレイシー・デイビスは普通に話しかけてくるようになったし、ダフネやミリセントからは女子会に誘われることもある。ブレーズ・ザビニも妙に優しいなと思ったら、学期末にしれっとナンパされた。昨晩は酔ったファーレイ先輩にまでナンパされた。なんでだ。 

 

 

「でも、周りが変わったのは単に見た目の問題だけではないと思います。ハーマイオニーの方も、前より周囲に興味を持つようになった気がしますし」

「え、私ってそんなに周りに興味なかった?」

 

 私が首を傾げると、イレイナは「じゃあ、ちょっと試しに質問しましょうか」と言った。

 

「ザビニとトレイシーが今誰と付き合ってるかわかります?」

「たしか、フェイ・ダンバーとハロルド・ディングルだったと思うけど」

 

 2人ともグリフィンドール6年で身内だからというのもあるけど、ラベンダーとパーバティが噂していて、ケイティ・ベルが事実だと教えてくれた。

 

「では、レイブンクローのパドマ・パチルさんが好きな歌手は?」

「『Mob』でしょう? あの子、隙あらばライブの話ばっかりしてるし」

「ちなみに『Mob』の曲って何か知ってます?」

「有名どころは『シレンシオ!』とか『アイアムレジェンド』とかだけど……最近だと『バラッド』もよく聞くわね」

 

「そういうことです」

 

 口の端を上げるイレイナを見て、「あっ」と声を漏らした。

 

「……言われてみれば昔の私って、そういう身の回りの話題に全然興味無かったかも」

 

 むしろ、正直くだらないとさえ思ってた。恋バナとか流行りの音楽だとか全部どうでもよかったし、それに一喜一憂してる人たちのことも理解できなくて、そもそも理解したいとも思わなかった。

 

 最近はその手の話も出来るようになってきたので、ラベンダーやパーバティとも距離がだいぶ縮んだ気がする。無関心だったクィディッチにも少し興味を持つようにしたら、アンジェリーナやアリシア達から話しかけられることも増えてきた。

 

 というか、冷静に考えたら『ルームメイトの女子たちより、彼氏でもない男子2人と毎日つるんでる女』って、世間的にはかなり遊び人に映ってたんじゃ……?

 

 火のない所に煙は立たないとも言うし、しかも相手の一人は有名人のハリー・ポッターだ。個人的な恨みがあるからゴシップ記事にしたリータ・スキーターのことは許さないけど、こっちも少し脇が甘かったような気はしないでもない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そんな感じでイレイナと他愛もない話をしながら厨房まで降りると、既にヴィクトリカさんやルーピン先生、ウィーズリー夫妻が朝食をとっていた。

 

(あれ、ウィーズリーおばさんが厨房に……いない?)

 

 違和感を感じてよくよくテーブルを見ると、いつものマフィンやベーコンエッグ、オートミールにニシンの燻製といったウィーズリー家の定番料理ではなく、シリアルにドーナッツ、ワッフル、モンテ=クリスト・サンドイッチ、スモークサーモンとクリームチーズのベーグルサンド、アボカドトーストなんかが置かれていた。

 

 

「おはよう。2人は何食べる?」

 

 

 厨房から声をかけてきたのは、まさかのパーシーだった。

 

「えっ!? これ、全部パーシーが作ったの?」

「たまには親孝行しなきゃと思ってね」

 

 聞けば独り暮らしの中で自炊を覚えたらしく、彼女のペネロピー・クリアウォーターの好みに合わせた結果、段々と実家の古き良きイギリス料理からアメリカンなメニューになっていったらしい。

 

 なお、ウィーズリーおじさんは素直に「たまには普段と違う朝食も悪くないな!」と喜んでいたけど、ウィーズリーおばさんの方は少し複雑な表情で。

 

「……息子が家族以外の女に影響を受けて変わるって、こういう感じなのね……」

 

 母親は母親で「やっぱり、おふくろの味が一番安心するな~」的なことを息子に言って欲しい、みたいな親バカはあるらしい。

 

 

「では、私はベーグルサンドで」

「私はドーナッツをお願い」

 

 パーシーが魔法で料理を作ってくれてる間に、ペネロピーがドリップコーヒーを淹れてくれる。初めて飲むドリップコーヒーは思ったよりスッキリとした味わいで、苦さを気にしないで香りと味を楽しめるのに驚いた。

 

「私、ドリップコーヒーって初めてなんですけど、すごく美味しいです!」

 

 少しだけほろ苦くはあるけど、砂糖をたっぷりかけたドーナッツとの相性は抜群で、甘くて苦い幸福感と共に眠気が溶けるように消えていく。

 

「よかった~。イギリス魔法界だと紅茶派が圧倒的だから、同志が増えて嬉しいな」

「マグルのスーパーでも、イギリスは基本的にインスタントしか置いてないですもんね」

「わかる! ネッスルのオリジナルでしょ」

「あ、私の実家はゴールドブレンドでした」

「違いが分かる人だったか~」

「それが実はよく分かってなかったり……」

「にわかじゃん」

 

 しっかりオチまで付いたところで、2人でクスクスと笑いだしてしまう。こういったディープなマグル生まれトークが出来る相手はあんまりいないから、ペネロピーとはここ数日ですっかり打ち解けた。

 

 

「ネッスル? インスタントコーヒー?」

 

 話を聞いていたウィーズリーおじさんの頭に疑問符が浮かぶのを見て、ペネロピーが解説する。

 

「ネッスルはマグルの大手食品メーカーで、インスタントは……口で説明するより、直接見せた方が早いのでちょっと見ててください」

 

 そう言って杖を取り出し、「呼び寄せ呪文」でも使ってインスタントコーヒーを取り寄せるのかと思いきや。 

 

「グレイシアス‐氷河となれ」

 

 杖先から出た冷気がコーヒーを凍らせていき、カチカチになったところで「シッキタス‐旱魃」を唱えると、シューッと音を立てて氷から水分が抜けていく。最後に「レダクト‐粉々」と唱えると、粉末状になったフリーズドライのコーヒーが完成した。

 

「こんな感じで冷凍乾燥した粉末状のコーヒーのことです。ドリップだとコーヒーフィルターで抽出する手間があるけど、これならお湯に入れるだけで簡単にコーヒーが作れるんですよ」

「すばらしい! 驚くべき発想だ!」

 

 いつものようにマグルの発明を見て、興奮を抑えきれないウィーズリーおじさん。マグル生まれの私は逆に、魔法であっさりとリバースエンジニアリングできてしまう事の方に感心してしまった。

 

 

 **

 

 

 それからウィーズリーおじさんがマグルのことについてペネロピーにあれこれ質問し始めたので、少し離れた場所にあるソファへ移動すると、ジェマ・ファーレイ先輩がシリウスと一緒にハリーの髪の毛をいじっていた。

 

「う~ん、ハリーの髪質なら……」

 

 癖っ毛をどうか真っ直ぐにしようとしていたウィーズリーおばさんとは対照的に、2人はむしろ癖っ毛の特性を生かしたヘアアレンジをしているみたいだ。

 

「別に、ここまで気合入れなくても……」

 

「入れなくても大丈夫だろうが、念のためだ。第一印象は良い方がいい」

「そうそう。じっとしててくれれば、後はお姉さんがイイ感じにしてあげるから」

 

 正面に立ったファーレイ先輩がにっこりと笑いかけるも、椅子に座ったハリーの方は落ち着かない様子で視線をキョロキョロさせている。

 

 イレイナは言うまでもないけど、最近のスリザリン女子の例に漏れず、ファーレイ先輩もかなり整った顔立ちをしている。

 そのくせ服装の方はVネックのスウェットに、デニムのショートパンツと編み上げショートブーツ。ほっそりした脚線美が露わになるのはもちろん、白を基調としたオーバーサイズのロゴ入りスウェットは裾が短めのクロップド丈なので、へそピアスや引き締まった腹筋が見えて目のやり場に困る。

 

 

「なるほど……オーバーサイズにしておけば胸の線は出にくいですし、脚はがっつり肌見せすれば健康的な美しさを強調しつつ上半身とのギャップも狙えて、おへそや肩なんかでチラ見せするとセクシーさも……」

 

 恥ずかしがるハリーとは対照的に、いつの間にか近くまで来ていたイレイナは熱心にファーレイ先輩のファッションチェックをしていた。何が違うか詳しくは言わないが、ダフネやペネロピーのそれよりも参考になるらしい。

 

 実際、イレイナの服装も白いノースリーブのシャツブラウスに黒のミニスカート、ポインテッドトゥの履き口折り返しショートブーツだから、少し系統は似ているかもしれない。

 ただ、ブラウスがフリル付きだったりミニスカもプリーツミニだからか、ギャルっぽいファーレイ先輩に比べるとトラッドな雰囲気だ。

 

 

 ちなみにペネロピーは黒のモノトーンで統一された、膝上までのノースリーブワンピースとヒールサンダルという恰好。人によっては重たくなりそうなコーデだけど、ウェーブがかった金髪ロングと真っ白な肌のおかげで大人の女性らしい上品さが強調されている。

 

 そして私はシンプルにピンクボーダーのポロシャツとベージュのチノキュロットパンツ、グレーのキャンバスシューズ。私服は動きやすいボーイッシュなコーデが好きなので、色にピンクとかを取り入れてバランス調整するのが最近のマイブームだったりする。

 

 

 

 その間にもファーレイ先輩は杖を器用に操り、髪を少し濡らしてから熱風でブロー。牙つきゼラニウムから作られたワックスを馴染ませ、よく揉みこんでから無造作風にフワッと軽い質感になるようヘアセット。ヘアスプレーで形を整え、最後に眉毛を少しカットして微調整すると、バッチリと決まったイケメン風のハリーが出来上がった。

 

 しばらくするとトンクスとジニーもやってきて、ハリーを見るなり目を丸くした。

 

「うわっ! ハリーっぽいイケメンがいる!?」

「それを言うなら、イケメンっぽいハリーじゃない?」

 

「いやどっちもバカにしてるでしょ!?」

 

「全然! 普通にイイ感じだから!」

「むしろ毎日これでいいと思う!」

 

 発言はともかく、トンクスもジニーもイメチェンしたハリーを大いに気に入ったらしい。猛プッシュした挙句、シリウスから借りたメンズ向け香水まで付けようとして、ハリーは完全に面食らっていた。

 

「いや、香水はさすがに気合入れ過ぎっていうか……シリウスもそう思うでしょ?」

「どうかな。ちなみにジェームズは5年生ぐらいから毎日付けていた」

「そ、そうなんだ……」

 

 結局、ハリーは「物は試しっていうし、ちょっとやってみようかな」とあっさり手の平を返していた。

 

 

 

 そんな感じでハリーの身だしなみが整ったところで、ヴィクトリカさんが時計を見ながら言った。

 

「じゃあ、いきましょうか」

 

「「はい」」

 

 私とイレイナが頷くと、遅れて朝食を食べに来たロンが目を丸くする。

 

「君たちも行くの?」

 

「せっかくの機会ですしね。今年は進路指導もありますし、見ておいて損はないかと」

「良かったらロンもどう? いい社会科見学になると思うわ」

 

「あー、僕はその……まだ宿題が終わってないから……」

 

 モゴモゴとバツが悪そうに言いながらワッフルにかぶりつくロンを見て、ウィーズリーおばさんはやれやれと首を振った。

 

「この子も、もう少し真面目に将来を考えて欲しいものだわ……」

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 マグルの地下鉄や自動券売機を慣れた様子で歩くヴィクトリカさんに付いていくと、赤い古ぼけた電話ボックスにたどり着く。電話ボックスに入ってダイヤルを回すと、落ち着いた女性の声が流れてきた。

 

『――魔法省へようこそ。お名前とご用件をおっしゃってください』

「弁護士のヴィクトリカ・セレステリアです。懲戒尋問に出廷するハリー・ポッターの弁護、および傍聴人2名の付き添いで来ました」

『――ありがとうございます。外来の方はバッジをお取りになり、ローブの胸にお付けください」

 

 カタカタと音がして、コイン返却口からは『ハリー・ポッター 懲戒尋問裁判』と書かれたバッジが出てくる。そして電話ボックスの床がガタガタ揺れたかと思うと、ゆっくりと地面に潜り始めた。

 

(魔法省が地下にあるっていうのは知っていたけど、こういう感じなのね……)

 

 到着した電話ボックスの外は豪華なホールになっていて、黒っぽい木の床はピカピカに磨き上げられていた。黒い木の腰板で覆われた壁には金張りの暖炉が幾つも設置されていて、大勢の魔法使いたちが出勤したり移動したりしてる。

 

 守衛室で持ち物検査を終えてから黄金のゲートをくぐると、少なくとも20基のエレベーターが並ぶ小ゲートに出た。エレベーターは扉に格子のある古いタイプで、全員で乗り込むとチェーンをガチャガチャ鳴らしながら昇り始めていく。

 

 

『――2階、魔法法執行部でございます。魔法不適正使用取締局、闇祓い本部、ウィゼンガモット最高裁事務局はこちらでお降りください』

 

 

「ここで降りるわよ」

 

 ヴィクトリカさんに続いてエレベーターを降りると、日の差し込む窓がたくさん並んだ廊下に出た。

 

「ねぇ、ハーマイオニー……ここってまだ地下だよね?」

「窓に魔法がかけてあるのよ。魔法ビル管理部が天気を決めてるらしいわ」

 

 ハリーの質問に答えると、ヴィクトリカさんがちょっとした近況を教えてくれた。

 

「この間は賃上げ要求があって、2か月もハリケーンが続いていたの」

「魔法界にもストライキってあるんですね」

 

 ちなみに英国政府だとストライキ中の公共サービスは軍隊が代行することになっているけど、軍隊のない魔法省では魔法法執行部が代行するらしく、この部署だけはストライキ権が認められていないらしい。

 

 

「そういえば」

 

 廊下を歩いている間、私は気になったことをイレイナに聞いてみた。

 

「さっきエレベーターでアナウンスを聞いてて思ったのだけれど……魔法界の省庁って、こんなに少なくても大丈夫なの?」

 

 マグルの省庁ならどの国にもある大蔵省や商務省、国防省や司法省、開発省に農務省、労働省から保険省、教育省まで存在しない。あるのは運輸省、外務省、内務省に相当する魔法運輸部と国際魔法協力部、魔法法執行部ぐらいだろうか。

 

「だって魔法使いですから」

 

 イレイナの返事はあっさりしたものだった。

 

「魔法が使えれば、大抵のことは1人でも何とかできますからね。逆に魔法族からみれば、マグルの政府は市民生活に何でもかんでも首を突っ込み過ぎって印象です」

 

 なんか保守党の政治家が言ってそうなことを言い出した。

 

「一応、魔法省の中にもマグル式の福祉国家を主張する派閥があるんですが、メンバーの多くが親戚にマグルを持つグリフィンドール出身者ばかりなので、寮の色をとって主流派から“アカ”って蔑称で呼ばれてたりします」 

 

「最初にその蔑称で呼び始めた人、めちゃくちゃマグルに詳しいじゃない」

「詳しいことと親近感を持つことは別問題ですよ」

 

 そう言われるとウィーズリーおじさんはマグルに好意的だけど知識はかなり怪しいし、逆にハリーは知り合いのマグルにロクな人がいなかったせいで知識はあっても苦手意識を持っている節がある。

 

 

「でも、言われてみれば魔法族って魔法で出来ることが多いから、マグルほどの公共サービスは必要ないのかもしれないわね」

「むしろ公共サービスは最低限でいいから税金を減らしてくれ、みたいな意見の方が主流です」

 

 逆に労働党の『ゆりかごから墓場まで』という有名なスローガンを聞くと、大抵の魔法使いは「えっ、ディストピア小説とかのネタじゃなくて、ガチな話なの?」と軽く引くらしい。

 

 けれど、同時に納得感をも覚える。マグル生まれや人狼、屋敷しもべ妖精に対して世間が冷淡なのも、そもそも自己責任の世論が強いからなのだろう。

 

「さすがに無政府主義まで主張してる魔法使いは少ないですけど、マグルから身を隠せれば後は最低限の治安や裁判機能があれば充分というのが伝統で、公共サービスの拡大については“税金泥棒を増やすだけ”って世論が主流ですね」

 

「そういえば、今さらだけど魔法界にも税金ってあるのかしら? さっきのアナウンスには、マグルでいうところの大蔵省が無かったように聞こえたけど……」

「魔法省が年度ごとの予算案を作成して、実際の徴収は『英国魔法徴税請負公社』に委託しています」

 

 民営化が徹底してる……。マーガレット・サッチャーが聞いたら泣いて喜びそうだ。

 

 ただ、マグルと違って政府の徴税部門を民営化したのではなく、昔ながらの徴税請負人制度を現代風に法整備した結果、法人化したのだという話だった。

 

 さすがに最近は少しずつ公共サービスも増えているらしいけど、いきなり魔法省が提供するのではなくて、まずはイングランド銀行や年金機構、道路公団のような『特殊法人』として運営するところから始めるのが多いという。

 

「徴税って割と重要な部門だと思うんだけど、公営化しなくて大丈夫なの?」

「マグルだって、インフラ整備・維持なんかは重要な公共サービスでも基本的に民間に委託してるじゃないですか」

「成程、そういう感覚なのね」

 

 その気になれば自治体内部にインフラ建設・メンテナンス部門を作って専門の職員を雇う事も出来なくはないけど、民間の専門業者に委託した方が効率的だと考えられている。

 さっきの『英国魔法徴税請負公社』をマグル風に例えるなら、“税務のゼネコン”といったところか。

 

 歴史的な話をすればマグルの徴税請負人もそういう存在だったらしいし、将来は分からない。魔法界がマグル化して徴税請負公社が魔法歳入庁になるのかもしれないし、逆にマグルが魔法族化して歳入庁が民営化されるかもしれない。

 

 

「でも、民営化が徹底してる割には変な部署が多いわよね」

「そこは妥協の産物といいますか」

 

 重要な部署ほど議論が紛糾して結局そのまま現状維持、逆に重要じゃない部署の方が変化がスムーズみたいな話らしい。

 

「とはいえ、組織再編なんて政権交代の度によくあることですし、何年後かには変わっててもおかしくはないですよ」

「それもそうね」

 

 アメリカなんかでは国会で法制化しないと省庁再編が出来ないけれど、イギリスでは首相の権限なので割と自由に再編できる。そこは魔法界でも一緒のようだ。

 

 

 

 

 なんて話をしながら角を曲がり、樫材のどっしりした両開きの扉を過ぎると、小部屋で仕切られた広い場所に出た。手前の小部屋には表札がかかっていて、『闇祓い本部』と書かれている。

 

「シーラにも挨拶しなきゃね」

 

 ヴィクトリカさんはそう言って、来客用ベルを鳴らした。

 




5巻から魔法界の描写が増えてくるので、世界観考察と独自設定が増えがち……でも考えるの楽しい……。


魔法使いは1人で出来ることが多いから、マグルに比べると「大きな政府」よりも「小さな政府」の方が支持を集めそうなイメージあります。

35歳・魔法族「自己防衛、魔法省なんかアテにしちゃダメ」

英国魔法徴税請負公社
 早い話が「税務のゼネコン」。昔の公務員は能力よりも忠誠心で選ばれる傾向があったので、近代ぐらいまではプロの業者である徴税請負人に委託した方が効率的に税金を集められたとか。有名な化学者のラボアジエは徴税請負人が本職だったらしく、実際エリートの職業だったそう。
 今でもインフラ関係の公共事業は「専門の公務員を抱えるより、民間の専門業者に委託した方が効率的」と考えられていますし、魔法界に徴税部門がない理由はそうした徴税請負制度が残った結果という解釈しました。
 
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