ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
闇祓い本部に入ると、書類の積まれたデスクやお尋ね者の人相書き、ロンドンの地図の貼られたクリップボードなどが目に入る。
デスクでは、数台のタイプライターが自動で文字を入力しているのが見えた。打ち込まれたメモは紙飛行機の形に折りたたまれ、別の人のデスクや部屋の外へと飛んでいく。
「省内連絡メモよ。昔はフクロウを使っていたけど糞だらけになるし、MACUSAのネズミ折り紙メモを参考に紙飛行機にしたの」
「タイプライターが無人で動いているのはなんですか?」
「あれはリモートワークしている職員ね。出張先から省内の誰かに連絡したい時にはフクロウを飛ばすより、変幻自在術で動くこのタイプライターを使って、省内連絡メモを飛ばす方が早いから」
最後が過去形になっていたのは、ところどころGM社製のオフォス用多機能両面鏡『Riddle 95』が導入されているからだ。
こちらはタイプライターのキーボードに多機能両面鏡のディスプレイがくっ付いたような形をしていて、マグルのパソコンに近い見た目をしている。手前のデスクに置かれたものは起動したまましばらく放置されていたのか、GM社のロゴが画面内でバウンドしていた。
しばらくすると、ヴィクトリカさんの古い知り合いだという闇祓いのシーラさんがやってきた。白いトレンチコートを着込んだ金髪ポニーテールの魔女で、何故かキセルをふかせている。
「イレイナも――おっ、ハリーも久しぶりじゃん!」
それから私の方を見て怪訝な顔になる。
「んん? どこかで会ったか?」
「いえ、初対面だと思うんですけど……」
急にナンパみたいな話を振られて戸惑っていると、シーラさんは「あっ」と手を叩いた。
「そうだ、思い出した! あんた、たしかハリーのガールフレンドだろ?」
「あれはスキーターの飛ばし記事で……」
「じゃあ、クラムの方か?」
「それも違います」
「なーんだ、つまんねぇの」
シーラさんはそう言って、「まっ、どうせそんな事だろうと思ったけどさ」と肩をすくめる。ゴシップを話半分に楽しむ野次馬以上でも以下でもないといった感じで、日刊予言者新聞の読者の大半はこういったタイプのサイレント・マジョリティなんだろう。
「そういえば、再雇用されたムーディさんは?」
ヴィクトリカさんが質問すると、シーラさんが空のデスクを指さす。
「海外出張だよ。ドーリッシュと一緒にグリンデルバルドの監察官になって、先週からノルウェーに派遣されてる。現地の闇祓いと連携しながら、巨人監視の任務って話だ」
巨人は呪文に対してかなりの耐性を持っているから、監視だとしても危険な任務であることに変わりはない。そのことを考慮して、少数精鋭チームが選ばれたとのことだった。
「でも、よくこの短期間でノルウェー魔法省が受け入れたわね。巨人監視はともかく、グリンデルバルドの受け入れにはもっと時間がかかるものだと思っていたけど」
「そこは国際魔法協力部のおかげだな。クラウチが休職する前に作ったコネを活かして、パーシー・ウィーズリーがうまく説得したって聞いてる。まさに期待の新人だな」
このまま順調に出世すれば最年少の部長もあり得るんじゃないか、と冗談めかしていうシーラさん。
「出世といえば、シーラ、貴女もやっと出世したのね」
「‟やっと”とか言うな?」
ヴィクトリカさんの言葉にそう言い返すシーラさんは、何とも言えない表情をしている。
「出世って言ってもなー、単に新人が増えたから年功序列で繰り上がっただけだし」
「けど、出世は出世じゃない?」
「まぁな。なんだかんだで給料は増えたからモチベも上がるし。椅子はボロいけど」
出張でオフィスを空けがちなヒラに比べるとデスクワークの多い管理職は椅子の劣化が早い、みたいな闇祓い事情があるらしい。
「部下は何人?」
「4人だ。全員、魔法警察からの出向だけどな」
私が首を傾げたのを見て、シーラさんが説明してくれる。
「今年はディゴリー失踪事件とシリウス・ブラック追跡の件で、ファッジが魔法法執行部の採用枠を倍に増やしたんだけど、闇祓いは試験が厳しくて今年も新卒はゼロ。だから新規雇用は魔法警察の方で増やして、代わりに優秀な警官を一時的に闇祓いへ出向させたんだ」
なんというか、とても妥協的な人事計画だ。
どうやら魔法省はイレイナの主張通り、
闇祓いを増員して新人教育をするのではなく、魔法警察からの出向で対処という事からも、長期的な戦争になるというよりは一時的な騒乱で終わる可能性の方を強く意識している気がしないでもない。
もっともヴォルデモート復活の確固たる証拠が無い以上、腰の重いお役所とファッジがここまで動いただけでもマシな方なのかもしれないのだけれど。
働いている魔法警察からの出向組に再び視線を向けると、そのうちの一人で鼻の大きな東洋系の中年男性がシーラさんに近づいてくる。
「――シーラさん。昨日あったパブでの乱闘騒ぎの書類なんだけど、サインしてもらっていいかい?」
「ああ、了解だ。ありがとな、チャン警部」
チャン警部と呼ばれた職員はシーラさんが書類をチェックしている間、私たちの方に視線を向けてきて、ハリーの前で動きを止めた。
「ハリー・ポッター君だね?」
きょとんとしながら頷くハリーに、チャン警部は人懐っこい顔で微笑みかけた。
「警部のジャッキー・チャンだ。娘のチョウが世話になってるね」
あ、これヤバイ奴だ―――危険信号を察知したハリーは慌てて回れ右をしようとしものの、音速の「姿現し」で先回りしたチャン警部が逃げ道を塞ぎ、ハリーの前に立ちはだかる。
「娘から君の事は、色々と聞いてるよ」
表情は穏やかだが、目が笑っていない。身のこなしには隙が無く、ちょっとでもハリーが怪しい動きをしたら一瞬で取り押さえられるだろう。
闇祓い本部に得も言われぬ緊張感が漂い、他の闇祓いたちも心配あるいは興味深そうに2人に視線を向けた。
「一度は君に会って、直接話がしてみたかったんだ。ハリー、君はウチの娘と真剣に交際しているんだよね?」
笑顔の圧を受けたハリーは顔が引きつっていたけど、しっかりとチャン警部の顔を見て視線を合わせる。
「チョウのことは好きですけど、まだ交際はしていません」
「ほう?」
「何回かデートして、ちゃんとお互いの気持ちを確かめてから付き合いたいと思っています」
チャン警部はしばらくハリーをじっと見つめた後、真剣な表情を崩してクスッと笑顔で笑いかけた。
「そうか。なら、いいんだ!」
チャン警部の言葉を聞いて、ほっとしたように胸を撫でおろすハリー。後ほど本人から聞いた話では、第1の課題でホーンテールと戦う前ぐらい緊張したらしい。
「警部、今のはさすがに大人げなくはないか?」
シーラさんがからかうように言うと、チャン警部は恥ずかしそうに頬をかいた後、なぜか私の方を見た。
「そう言われるとそうなんだが……念のためということもあるだろ?」
「まぁ、気持ちは分かるよ。アンタの娘も可愛いけど、こっちの子も中々だしな。リータの記事が本当だって言われても、不思議に感じないぐらいには顔も良いし、仲も良さそうだ」
「シーラ、その辺にしておきなさい」
ヴィクトリアさんがやんわり窘めると、シーラさんが「冗談だって」と肩をすくめる。
「でも、もし遊びでチャン警部の娘をたぶらかしてたんなら、タダじゃ済まなかったと思うぜ。この人、こう見えて魔法警察四強の一人だから」
「四強……」
「ちなみに異名は“ドラゴン”だ。カッコいいよな」
ネーミングセンスは低学年男子かな?
**
せっかくの機会なのでチャン警部が去っていった後、私はシーラさんに少し気になったことを聞いてみることにした。
「そういえば、闇祓いって全員で何人ぐらいいるんです?」
「んー、闇祓いの方はざっと60人ってところだ。意外と多いだろ?」
シーラさんはくすっと笑い、続けて説明してくれた。
「魔法省の中でも魔法法執行部は大所帯で、魔法省職員の半分近くを抱えてる。数でいえば執行部職員は800人ぐらいで、制服組(武官)と背広組(文官)の比率は3:1ぐらいだな」
そういえばシリウスに教えてもらった『不死鳥の騎士団』の創立時メンバーは、たしか25人ほどだった。シリウスの話だと、最盛期の死喰い人はその20倍ほどいたというから、当時はかなり厳しい戦いだったのだろう。
「さすがに当時は内戦状態だったから今の倍ぐらいは動員してたみたいだけど、逆に言うと平時はそんなに増やせないんだよな。そもそも今だって、マグルに比べると警察が多すぎるぐらいだし」
たしかにイギリスのマグル人口が5800万に対して軍隊と警察がそれぞれ20万人ぐらいなので、同じ比率を当てはめるとイギリスに魔法族は12万ぐらいいることになるけど……。
「イギリス魔法族って、どのぐらいいるんですか?」
「ざっと2万1000人ってところだ。イギリス魔法界の人口になると、もう7000人ぐらい増えるけど」
ちなみに、その内訳は小鬼が2000人ほどで最大グループを占め、残りはスクイブとマグル移民(魔法族の配偶者かつ魔法界の住民票を持つマグル)、屋敷しもべ妖精、人狼、吸血鬼、ケンタウロス、鬼婆、ヴィーラ、ハーフリング(亜人と人間の混血)などが、それぞれ200~500人ほどいるという。
ハリーも興味をそそられたのか、シーラさんに質問していた。
「魔法警察って、全員ロンドンにいるの?」
「まさか。執行部のうち本省勤務は3割ぐらいで、大半は地方の駐在所での現地採用だ。闇祓いと特殊部隊は全員、本省勤務だけどな」
シーラさんが続けて解説してくれる。
「魔法警察は執行部のうち制服組の通称で、基本は地方の駐在所でパトロールしながら事件や事故が起こらないように予防するんだけど、発生してしまった事故には本部の特殊部隊が対応する。具体的には、ヒットウィザード達だ」
「ヒットウィザードって、闇祓いとは違うの?」
「マグル風に言えばFBIが闇祓いで、SWATがヒットウィザードってところだ。違いはなんとなく分かるだろ?」
シーラさんの言葉に、ハリーと一緒に頷く。
前者だと犯罪捜査・情報収集・犯罪予防をメインとする特別捜査官で、後者になると凶悪犯の制圧・人質救出・狙撃をメインとする警察特殊部隊になる。
「もし就職先として考えてるなら、組織の気風の違いも知っておいた方がいい。マジで全然違うから」
闇祓いの特徴は個人主義と現場主義で、早い話が少数精鋭。様々な状況に1人で対処することが求められる一方、結果さえ出せば命令・規則違反も大目に見られる自由な一面もある。
対してヒットウィザードは集団主義的な部分が強く、組織力と規律を重視している。チームワークとコミュニケーション能力、上下関係が重んじられ、命令・規則違反はどんな理由があっても許されないが、その分だけ役割分担と責任範囲は明確だ。
「寮でいえば、グリフィンドールとレイブンクローは闇祓い向き、スリザリンとハッフルパフはヒットウィザード向き……と言いたいところだけど、何年か働いてれば組織の気風に染まるもんだから気にしないでいい」
「たしかに7年以上勤めていれば、ホグワーツの寮生活より長くなりますもんね」
「そうそう。あたしも今じゃ別部署のグリフィンドールOBより、同期のスリザリンOBとの方が気が合うぐらいだし」
そんな話をしていると、イレイナが「そういえば」と口を開いた。
「シーラさん、さっきファッジ大臣が執行部を増員したって言ってましたけど……どのぐらい増やしたんですか?」
「80人ってとこだ。平均すると毎年40人ぐらい新規雇用してるから、今年はその倍」
「もう少し増やせたり出来ません?」
「無理だな。これ以上は教育が追い付かないし、予算も無い」
身も蓋も無いけど、正論だった。未熟な素人警官を数だけ揃えてもカカシにしかならないだろうし、予算も簡単に捻出できるものでは無いだろう。
けれど、魔法省も『不死鳥の騎士団』の倍ぐらいの警官を新しく増員した、というのは悪いニュースでは無かった。
「あの……シーラさん達は、やはり騎士団に入る気は無いんですか?」
思い切って質問してみると、シーラさんの表情が少し固いものになる。シーラさんは言葉を選ぶような短い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「無いな」
それは明確な否定だった。
「闇祓いは、ダンブルドア校長の私兵じゃないからな」
私兵……というのは少しキツい言葉だけれど、あながち間違いでも無い。トンクスやマッド・アイ、キングズリーさんのような闇祓いが騎士団に加入するというのは、マグルでいえば現役軍人が有名人の組織した自警団に同時に籍を置くようなものだ。
「もちろんリーダーとしてはファッジより、ダンブルドアの方が強いし頭も良いから適任だとは思ってるけどさ。だったらダンブルドアが直接、不信任でも突き付けてファッジを辞任させて、自分が魔法大臣に立候補すればいいんだ」
「ですが、ダンブルドア校長は自分が権力と名声に弱いからと……」
「ああ。そういう人間は少なくないし、自覚があって自分の弱さを認められるのは大したもんだ」
けれど人格とは別問題だ、とシーラさんは言う。
「知っての通り魔法省にはロクでもない部分は多いし、ファッジも頼りない部分はあるけどさ……一応、あれでも選挙で選ばれた魔法界のリーダーなんだよ。ダンブルドアの方が優秀だからって、立場とか手続きを無視していい訳じゃないだろ?」
(立場と手続き、か……)
ヴォルデモートを倒すという目的だけを考えれば、鈍いファッジ大臣にあれこれ配慮するより、ダンブルドア校長に従って動いた方が早いだろう。
けれど、統治機構に治安維持能力が無いからといって有力者が勝手に自警団を作って警察の代わりをするようになれば、社会から法の支配と秩序は急速に失われていく。歴史的に国家が分裂するのは、大抵このパターンだ。
(きっと、だからイレイナやヴィクトリカさんも『騎士団』に深入りしないのね……)
あくまで「魔法省と協力する」という、イレイナたちの行動指針の理由が少し、分かった気がした。
恐らくダンブルドア本人もそうすることの矛盾を分かっていて、多少の引け目を感じてはいる。ファッジに色々と譲歩しているのは、もしかするとそういう理由もあるのかもしれない。
逆にシーラさんたちとしても「騎士団」を公認は出来ないけど、魔法省に協力する姿勢を見せている限りは黙認する、ということで妥協しているのだろう。
きっと、こういうのが大人の世界……あるいは政治の世界と呼ばれるもの。世の中を白と黒じゃなくて、白と薄い灰色、濃い灰色、黒といったグラデーションで見ている。
(難しそうだけど、でも……)
面白そう――。
不謹慎かもしれないけれど、ついそう思ってしまう自分がいることに気づく。複雑で頭を悩ませるような問題を解くのは、なんだかんだで楽しい。
「……ハーマイオニー、どうかしましたか?」
ひょい、とイレイナが藍色の瞳で私を覗き込んでいた。
「なんか微妙に顔がニヤけているように見えたんですけど」
「え、ほんと?」
しまった。顔に出ていたみたい。
一瞬、そんなことない――と否定しようとして、でもやっぱり。
「そうね、今の話でちょっと将来の進路が固まったかも」
「闇祓いになるんですか?」
「いいえ」
ゆっくりと首を振って。
「それより、もっと上よ」
ファンタビ1作目に出てきたMACUSAの魔法で動く自動タイププライター、出番少ないけど妙に好き。
ジャッキー・チャン
本作オリジナルのキャラクター。チョウ・チャンの父親で、魔法警察で刑事をしている。香港の出身で、かつては国際魔法使い連盟の下にある国際魔法警察に勤務していた。魔法警察では「ドラゴン」の異名を持ち、四強の一人。
イギリス魔法界の人口について。
・1995年のイギリスの10~14歳人口が3641092人、15~19歳人口が3405315人で、合計7046407人。
・ホグワーツ生徒にあたる11~17歳の人口はその7/10の493245人
・ホグワーツの生徒数が1000人なので、11~18歳の人口比は魔法族:マグル=1:4932485
・1995年のイギリスの人口が57943472人なので、単純計算で1000×(57943472/4932485)=11747人
・ただし1995年のイギリスの平均寿命が76.84歳で魔法族は137歳と9カ月(137.75)なので、11747×(137.75/76.84)=21059≒2.1万人ぐらい?
不死鳥の騎士団、ダンブルドアが組織してたから正義の組織みたいになってますけど、一歩間違えれば白色テログループな気がしないでもない。