ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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※途中からハリー視点


第11章 ~懲戒尋問~

          

 予定通りの時間になると、裁判が始まりました。

 

 

「懲戒尋問、8月12日開廷――未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令と国際魔法機密保持法の違反事件。被告人はハリー・ジェームズ・ポッター、住所はサレー州リトル・ウィジング、プリベット通り4番地」

 

 マダム・ボーンズが朗々と声を上げ、自動速記羽ペンが一言一句漏らさぬよう羊皮紙に記入していきます。

 

「尋問官はアメリア・スーザン・ボーンズ魔法執行部部長、ドローレス・ジェーン・アンブリッジ上級次官、法廷書記はパイアス・シックネス上級補佐官、被告側の弁護人はヴィクトリカ・セレステリア……」

 

 さらに机の上にある羊皮紙の束から一枚を抜くと、深呼吸してからゆっくりと読み上げました。

 

「罪状は以下の通り……被告人は以前に魔法省から同様の咎にて警告状を受け取っており、自らの行動が違法であると認識しながらも、意図的に8月2日21時頃、マグル居住地区において『守護霊の呪文』をマグルの面前で発動させた」

 

 これは1875年制定の『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』C項および『国際魔法機密保持法』第13条違反にあたる、と続けるマダム・ボーンズ。

 

「知っての通り、同法令のC項は1993年に一部の罰則規定が改正され、1995年7月より施行される。よって、容疑者の法令違反に対しては退校処分を適応すべし、というのが原告側の主張である」

 

 知らんがな……というツッコミは心の中に留めつつ、法令の不勉強をちょっとだけ恥じる私。法律っていつの間にか変わってて、しかもそういうところに限って公務員試験に出題されたり。

 

 

 

「被告人は3年前に違法に魔法を使った件で、魔法省から公式の警告を受け取った。相違ないか?」

「はい」

「17歳未満は、学校の外で魔法を使ってはならないと知っていたか?」

「はい」

「魔法使用の際、近くにマグルがいたことを認識していたか?」

「はい」

「そして被告人は8月2日の夜、守護霊を出現させたか?」

「はい」

「完全な有体の守護霊を創り出したのか?」

「はい」

 

 ハリーが答えると、周囲の魔法使いたちがざわめきました。どうやら15歳にもかかわらず、完全な有体の守護霊を出したことは驚きを以て受け止められたようです。

 

 ハーマイオニーが首を傾げました。

 

「ねぇイレイナ、今の質問って裁判に関係ある?」

「守護霊の呪文は難易度の高い呪文です。もしハリーが守護霊を出現させることが出来なければ、そもそも『マグルの前で守護霊を出現させた』という罪状そのものが立証できなくなります」

「なるほど」

 

 それから「なら証拠を出せ」とばかりに、マダム・ボーンズが守護霊を出すよう指示します。

 

 

「エクスペクト・パトローナム-守護霊よ来たれ!」

 

 

 2年前と違ってすっかり慣れた様子でハリーが唱えると、杖先から銀色の牡鹿が飛び出して法廷を端から端まで駆けていきました。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 僕――ハリー・ポッターの出した守護霊を見て、しばらく判事や傍聴人たちも興奮気味にざわついていたが、ファッジの隣にいた中年の魔女が「エヘン、エヘン!」と大きな咳払いをすると、波が引くように静かになっていった。

 

 

(まるで大きなガマガエルみたいだ……)

 

 

 ずんぐりして、丸い大きな目はやや飛び出し、全体的に顔に締まりが無い。ネームプレートを見ると、「上級次官 ドローレス・アンブリッジ」と書かれていた。

 

 マダム・ボーンズが佇まいを直し、低く響く声で言った。

 

「では、問題はなぜ被告人が去年に警告を受けているにもかかわらず、しかもマグルが近くにいると知りながら『守護霊の呪文』を行使したのかについてだが……弁護人からは驚くべき報告を受けている」

 

 聴衆の視線が一斉に注がれ、ヴィクトリカさんが優雅に立ち上がった。

 

 

「答えは単純です。守護霊を使わざるを得ない状況――吸魂鬼が、被告人とその同居人を襲ったからです」

 

 

 ざわめく法廷に向かって、ヴィクトリカさんは「当然でしょう?」という顔をして言った。

 

「守護霊を出すのがどれほど困難であるか、皆さまご存じの通りかと思われます。マグルに対して悪戯をする程度で、わざわざ『守護霊の呪文』を使うというのは理解に苦しみます」

「それは、そうだが……」

 

 難しい顔になったファッジは、隣にいるガマガエルのような魔女に何やら耳打ちされて、再び発言した。

 

「えー、なんだ……君を疑っているわけではないのだが――その、証言としては少し出来過ぎているのではないのかと、思わなくもない」

「と、言いますと?」

 

 ヴィクトリカさんが首を傾げると、ファッジは困ったような表情で顔をしかめた。

 

「つまりだな、なんというか……マグルには吸魂鬼の姿が見えない。そうなるとハリーの証言だけが唯一の手掛かりで、目撃者はいない。証言だけが証拠という状況は、被告人にとってあまりにも有利だ」

 

 ファッジが言い終わると、隣のガマガエル女がゾッとするような笑みを浮かべた。しかしヴィクトリカさんはその質問を予期していたようで、パチンと指を鳴らす。

 

「証人なら、連れてきています。召喚する権利を行使しても?」

「もちろんだ」

 

 

 マダム・ボーンズが頷き、法廷に入ってきたのはフィッグ婆さんだった。

 

 

 明らかに場違いな所に連れてこられて落ち着かない様子のフィッグ婆さんを、ボーンズ執行部長が片眼鏡越しにじっと見つめながら質問していく。

 

「姓名は?」

「アラベラ・ドーリーン・フィッグ」

「フィッグ? リトル・ウィンジングの?」

 

 マダム・ボーンズが質問し、フィッグおばさんが緊張した表情で頷いた。

 

「誰だね?」

「一昨年、ダンブルドアからモニタリングの要請を受けてハリー・ポッターの家をモニターしてきた人物だ」

 

 胡散臭そうな顔をするファッジに、マダム・ボーンズが答えた。

 

「記録にはスクイブとあるが、ダンブルドアの推薦で魔法事故惨事部からモニタリングの仕事を委託されている」

 

 そんな仕事があるんだとか、それ民間に委託していいのかとか、どうでもいい雑念を払ってファッジを見ると、受け取った書類を眺めていた。魔法事故惨事部はファッジの出身母体で、担当者の名前を確認すると眉を吊り上げた。

 

「担当は……パジェットの奴か。なら、問題あるまい。真面目が服を着て歩いているような女だ」

 

 どうやらスクイブであっても、信用できる知り合いが太鼓判を押したなら大丈夫だと判断したらしい。

 

 

 それからフィッグ婆さんが証言を行うと、徐々に判事たちの表情が硬くなっていく。フィッグ婆さんが退出した頃には、ファッジの顔は赤らみ、逆にマダム・ボーンズは青くなっていた。

 

「やや証言に曖昧なところはありましたが、おおむね吸魂鬼の特徴は捉えていた」

「だとしたらボーンズ、マズいことになるぞ……」

 

 ヒソヒソと2人で囁き合う。他の判事たちも深刻そうな顔で互いに顔を見合わせ、書記官のシックネスに至っては真っ青な顔になっていた。

 

 それは驚いているというより、恐れているような……。

 

 

「ドローレス、吸魂鬼の勤務記録を」

 

 ファッジはガマガエル魔女から書類を受け取り、マダム・ボーンズに渡した。彼女は書類にキスしかねない距離まで顔を近づけ、何枚かめくった後に疲れたような顔で首を横を振った。

 

「大臣、勤務記録には問題ありません。8月2日の夜間に、吸魂鬼がアズカバンの外へ出たという記録は無い」

「……なんということだ」

 

 ファッジが度肝を抜かれたような声を出した。

 

「しかし、それが真実なら――」

「調査委員会を開く必要になります」

「だが、真実でないなら……」

 

 魔法大臣が僕の方をじっと見る。まるで「お願いだから君のついたタチの悪い嘘であってくれ」と懇願するような顔だった。

 

 

 

「――よろしいでしょうか」

 

 

 再び、ヴィクトリカさんが手を上げた。

 

「もし必要であれば、この場で被告人に責任能力テストを受けさせた後、本人同意のもと被告人に『真実薬』の使用を提案します」

 

 ヴィクトリカさんの発言に、大勢の聴衆が息を呑んだ。ハーマイオニーやイレイナですら呆気にとられたような顔をして、マダム・ボーンズは眼鏡が鼻からずり落ちそうになった。

 

「真実薬? ヴィクトリカ、正気なのか?」

「多くの研究によって、真実薬の効果は実証されています。MACUSAでは1980年代から使用されており、もっとも効果的な手段としてマニュアルが作成されています」

 

 不安が顔に出ていたのだろう。真っ青になった僕の顔を見て、ヴィクトリカさんは慌てて付け加えた。

 

「もちろん、最終的にはハリー君の考え次第よ。プライバシーには配慮して質問項目はここで作成するし、尋問官は項目に無い質問はしない。真実薬の服用も、強要でないことと心神喪失状態でないことを証明するために法廷で責任能力テストを受けて、同意書にサインしてからになるわ」

 

 アメリカでは、実際にそれで冤罪を主張した被告が無罪になったケースもあったらしい。

 

「ハリー君、嘘なんかじゃないんでしょ?」

「もちろんです!」

 

 なんか薬を使われるのはモヤッとするけど、それで冤罪が晴れるなら……と思っていたところに、思わぬところから援護射撃が来た。

 

 

 

「エヘン、エヘン――よろしいでしょうか?」

 

 

 大げさな咳払いと共に立ち上がったのは、例のアンブリッジという魔女だった。

 

「ドローレス、なんだね?」

 

 ファッジが問うと、アンブリッジは軽く微笑んで法廷を見回した。

 

「大臣、そして法廷の皆さん。今の被告人の発言、そして弁護人の提案をお聞きになったでしょう? 」

 

 アンブリッジは太い首をぐるん、と回して僕の方を向いて安心させるようにニターッと笑う。思わず背筋が寒くなった。

 

「弁護人が『真実薬』を使うよう主張し、それに同意するような被告人が嘘の証言をするはずありません! 違いませんか?」

 

 先ほどまでとは打って変わって、唐突に僕を擁護するような論調に違和感を感じたものの、援護射撃をしてくれる分にはありがたい。

 少し焦るような口調になっているのが、気になると言えば気になるけど……。

 

「しかしドローレス、本件は君が問題視したのではなかったのかね?」

 

 ファッジが怪訝な顔で聞くと、アンブリッジはわざとらしく項垂れた。

 

「ええ、ですが杞憂だったようです。なにせ本物のハリー・ポッターと会ったことが無かったもので……ですが、実際に今日この場に出席して確信しましたわ!少なくとも、この少年に悪意があって警告を破ったわけではないのでしょう」

 

 ここで、少しアンブリッジの口調が変化した。

 

「私が問題視したのは、以前に警告を受けていたのにも関わらず、確信犯的にこの子が警告を無視した場合、将来に更なるトラブルを起こすのではないかという危惧です」

 

 ですが、とアンブリッジは続ける。

 

「たとえリトル・ウィンジングに現れたのが本物の吸魂鬼であれ、 ()()()()()()()()()()、本人に悪意が無いのであれば――単なる過失として再度の警告に留めるべきであると判断しました」

「つまり、訴えを取り下げると?」

「ええ。我が国においてはまだプライバシーや人道上と倫理的な観点から『真実薬』の使用は一般的ではありません。そこまでの必要はないかと」

 

 マダム・ボーンズが眉をひそめた。

 

「退学処分の申請も取り消すということか?」

「故意にマグルの前で呪文を使えば騒乱罪を適応しての退学を検討しておりましたが、そうでない場合には過失として処理し、賠償義務についても免責するべきでしょう」

 

 態度をガラッと変えたアンブリッジに、ファッジも困惑気味にもごもごと口を動かす。

 

「吸魂鬼の件はどうする?」

「魔法大臣室の直属委員会として、特別プロジェクトチームを立ち上げます。アズカバンにおける外部監査の強化を検討する必要があるかと」

 

 発言が終わると、ファッジは肩をすくめてマダム・ボーンズに顔を向けた。彼女はしばらくアンブリッジを見つめていたが、ややあって溜息と共に口を開いた。

 

「では、評決をとりましょう。被告人を無罪放免とすることに賛成の者は?」

 

 全員の手が上がり、数え終わる前にマダム・ボーンズが「結構」と告げ、小槌を叩いた。

 

 

「賛成多数により、被告人は無罪! 本日はこれにて閉廷とする!」

  

 

 

 ***

 

 

 

「良かった! もちろん、貴方を有罪に出来るはずなかったんだけど……少し不安だったから安心したわ!」

「ハリー君、お疲れ様」

 

 にっこり笑ってそう言ったハーマイオニーと対照的に、ヴィクトリカさんは微妙な表情をしていた。

 

「とりあえず冤罪は晴らしたところだけど……これから忙しくなるわね」

「どういうこと?」

 

 

「調査委員会の報告次第では、アズカバンの看守たちをクビにする必要があるってこと」

 

「え」

 

 

 今さら気づいたの……?

 

 

 ぶっちゃけると、正直な感想がそれだった。個人的に何度か襲われてるし、ダンブルドアだって事あるごとに主張している。

 

 

「というか、逆に今までなんで魔法省はあの連中を放置してたんですか?」

 

 

 ずっと気になっていたことを聞くと、ヴィクトリカさんは「少し、昔話をしましょうか」と返した。

 

 

「昔々、あるところにエクリジスという闇の魔法使いがおりました。彼は闇祓い達の追跡から逃れるため、北海の孤島を要塞化し、さらに隠蔽の結界を張って闇の魔術の研究に没頭しておりました」

 

 その要塞の名はアズカバン、魔法界における恐怖の象徴だ。

 

「どの地図にもない孤島の周辺は昼間でも深い霧に包まれ、そうと知らず迷い込んだマグルの船員たちは道に迷ったり嵐に遭遇してしまったそうです。彼らは絶望のさなか、暗闇の中から微かに漏れる仄暗い光を頼りに、一人、また一人とアズカバンへ誘い込まれていきました」

 

 しかし、そこで彼らを待ち受けていた運命は、更なる絶望だった。

 

「彼らは闇の魔術の実験台にされ、残虐な拷問や悪夢のような人体実験の犠牲となっていきました。そうして積み上げられた数多の屍の果てに、ついにエクリジスは究極の闇の生き物を生み出すことに成功します」

 

 最も暗く、最も穢れた場所に蔓延り、凋落と絶望の中に栄え、平和や希望、幸福を辺りの空気から吸い取る最悪の生命体………吸魂鬼(ディメンター)だ。

 

 

「ある時、島にかけられていた隠蔽の結界が解け、魔法省は突如として北海に現れた孤島の存在に気づきました。すぐさま調査隊が送られ、酸鼻をきわめる要塞の奥で発見したのは――無数に蔓延した吸魂鬼たちの存在でした」

「え、エクリジスは……その、どうなったの?」

 

 青い顔をしたハーマイオニーが質問すると、ヴィクトリカさんは妖艶な微笑みを浮かべた。

 

「島で発見されたエクリジスの手記からは、長年の孤独と狂気の実験を続けるうちに、自らも蝕まれて正気を失っていく様子が克明に記されているわ。でも、不思議なことに彼の遺体は今日にいたるまで見つかってはいないの」

「それって……」

「ええ。恐らく、彼らの仲間にされてしまったのでしょう」

 

 不意に、2年前にルーピンが言っていた言葉が思い浮かんだ。

 

 

 ―――やろうと思えば、吸魂鬼は相手を貪り続けて、終いには彼ら自身と同じ状態にしてしまうことが出来る……魂の抜け殻にね。

 

 

 そして血の気の引いたハーマイオニーとイレイナに向かって、ヴィクトリカさんはその後の顛末を語る。

 

 

「1718年に就任したダモクレス・ロウル大臣はアズカバンを監獄として利用することを思いつき、吸魂鬼たちと取引して看守としての仕事を与えました」

 

 それが今に続くアズカバン体制、というわけだ。

 

「もちろん、当初から反対の声は少なくありませんでした。1733年に就任したエルドリッチ・ディゴリー大臣はアズカバンを訪問し、囚人たちの絶望と狂気を目の当たりにして、改革を行おうとしました」

 

 

 しかし、改革は大勢の反対で立ち消えになったという。

 

 

「理由は3点あるわ。まず1点目はコストの問題」

 

 

 堅牢な要塞であるアズカバンをそのまま監獄化すれば、当時ヘブリディーズ諸島に建設予定だった監獄の建設費用が浮く。さらに看守として吸魂鬼を働かせれば、魔法使いの看守を雇うコストも削減できる。

 

 監獄の維持コストが浮けば、その分だけ税金が安くなる。減税で市民も大喜び、というわけだ。

 

 

 

「2つ目の理由は、吸魂鬼の駆除が困難だということ」

 

 こちらは、さっきの理由よりは納得できる。守護霊の呪文を扱える魔法使いの数は少なく、しかも守護霊はあくまで“追い払う”だけで吸魂鬼そのものを地上から消滅させられるわけではない。

 

「アズカバンから吸魂鬼を追い出せば、彼らがエサを求めてイギリス中の魔法使いやマグルを襲い出すことは想像に難くないわ。それを防ぐためには、ブリテン島全土に魔法警官を張り付けるしかない。イギリス魔法界は、吸魂鬼との終わりなき戦いを強いられる」

 

 つまりね、と続けるヴィクトリカさん。 

 

 

「アズカバンは囚人を閉じ込める監獄である以上に、吸魂鬼を閉じ込める監獄でもあるのよ」

 

 

 

 思いもよらなかった言葉に、ハッと息をのむ。 

 

 吸魂鬼を完全に滅ぼす方法はまだ見つかっておらず、守護霊の呪文を使える人材を大量に育成し、彼らにイギリス全土を警備させようとすれば莫大なコストがかかる。

 それならいっそ、一か所に集めて生贄を与えて懐柔した方が安上がりだし、吸魂鬼の恐怖で犯罪も抑止できる。理想的な最善ではないが、現実的な次善の策ではないか。

 

 結局、そういった理由もあってアズカバン改革案は見送られたという。

 

 

 

「そして最後に3点目の理由として、アズカバンの実績があげられるわ」

 

 アズカバン存続派の主張通り、吸魂鬼は300年にわたって看守の役目を忠実に果たしていた。シリウスが脱獄するまで1人の脱獄者も出しておらず、吸魂鬼への恐怖は魔法界における犯罪抑止に貢献していた側面は無視できないと。

 

 

「だけど、ダンブルドアはこう言ってた」

 

 ――吸魂鬼はいつまでも魔法省に忠誠を尽くしたりしない。ヴォルデモートの一声で、たちまち闇の陣営と手を組むだろう。

 

 

「昔からそういう懸念はあったわ。でも、それを裏付ける証拠は無かった。現に“例のあの人”の全盛期、吸魂鬼たちは忠実に看守の職務を果たしていたでしょ?」

 

 吸魂鬼が離反したという証拠が無い以上、ダンブルドアの言葉であっても被害妄想と受け取るのは当然の反応だ、という事らしい。

 

 

「実際に離反された証拠が出た時には手遅れだと思うけど……」

 

 僕が呟くと、ヴィクトリカさんは苦笑した。

 

「そこは私も含めて、行き過ぎた現実主義を反省しなきゃいけないわね」

 

 「ね?」とヴィクトリカさんがイレイナを見る。少しバツの悪そうな顔をしたイレイナは、残念無念観念といった表情を浮かべて。

 

「どうしても『論より証拠』を重視すると、前例主義に陥ると言いますか……」

「君、そういうところ急にスリザリンになるよね……」

 

 思い返すと、普段のユニークさとは裏腹に重要な場面でイレイナが下す判断は、意外と無難なものが多い。

 

 1年生の時もクィレルの陰謀を被害妄想扱いしてきたし、ロックハートの時は職務経歴書に則って夜逃げを黙認、3年目にルーピンが脱狼薬を飲み忘れた時はまずスネイプに相談、4年目の対抗試合も課題の裏をかくというよりはパワー系の呪文で結構正面からゴリ押ししてた。

 

 

 

「でも、ハリー君が吸魂鬼に襲われたのが事実であれば、話は変わってくる。吸魂鬼を魔法省がコントロールできない、となればアズカバン存続派の前提条件が覆されるから」

 

 マージおばさんを膨らませた時と魔法省の対応が全く違うのも、そういう理由だったらしい。

 

「今回の懲戒尋問も表向きはハリー君の裁判ということになっているけど、裏の目的はアズカバンの今後を審議する諮問会議よ。だから、ボーンズ執行部長も敢えて『大法廷』を開催して50人のウィゼンガモット判事たちを揃えたの」

 

 最初は単なるファッジの嫌がらせだと思っていたけど、実際には色々な思惑が動いているようだった。

 

 

「さて、あとは判事たちがどう動くかかしらね」

  




エクリジス「かゆ……うま」

 吸魂鬼は滅ぼす方法が不明なので、襲撃から警備するコストが膨大になる。それならいっそ、生贄を与えて懐柔するのも必要悪、ってのはスリザリンっぽいやり方かなぁと(ダモクレス・ロウル大臣は家系的にスリザリンっぽい)。

 中国やローマでも遊牧民や異民族を懐柔して国境警備にあたらせる、みたいな政策は伝統的によく行われてきましたし、「信用できんだろ」「じゃあ戦争したら一網打尽に出来るのかよ」って言い争いもずっとあって、たぶんケースバイケースだから難しい……。


 アズカバン解体派のダンブルドアに対するファッジの言い分として「だって吸魂鬼は第1次魔法戦争の時も反乱起こさなかったじゃん」はお役所的には当然の判断かなと。
 イレイナさんとヴィクトリカさんも4巻までは同意見だったけど、ハリーが襲撃された件を受けて手の平返し中な感じです。
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