ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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※今回の話はハリー視点となります。


第13章 ~監督生バッジ~

 

 裁判の数日後、日刊予言者新聞に掲載された記事を見た僕――ハリー・ポッターは思わず目を見開いた。

 

 

 

 ―――無断欠勤と記録の改ざんでインド出身の人狼女性を逮捕! 吸魂鬼の脱走を隠蔽か?

 

 

 

 「やっと真実が明るみに出たのか」と期待して新聞を手に取るも、読み進めるごとに失望が増していく。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 魔法省は先日、リトル・ウィジングで吸魂鬼が目撃された事件について、特別調査チームはアズカバン監視の職務についていた女性職員(27)のジェーティン・アガーカー容疑者を逮捕した。インド出身のアガーカー容疑者は登録済みの人狼で、任期付き職員として1992年から魔法省に雇用されていた。

 

 当局の調べに対し、アガーカー容疑者は「満月が近く、体調不良で欠席してしまった。記録を改ざんすればバレないと思った」と容疑を認めており、近く追訴される予定である。

 

 

 アズカバンの監視は監視員2人一組の2交代制で行われるものの、事件当時もう1名の正規職員は育休を取っていたため、アガーカー容疑者が1名で職務に当たっていた。

 

 魔法省のアンブリッジ上級次官は「二度とこのような事件が起こらないよう、監視体制と人事制度を見直す」と強調しており、また現在雇用中の人狼職員についても早期退職を促す方向で調整中だという。

 

 

 魔法省の発表を受けて世間では『反人狼法』への支持が高まっており、近くウィゼンガモットに吸魂鬼と人狼の監視を強化を目的とした規制法案が提出される見込みだ。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「こんなの嘘に決まってるわ!」

 

 

 ハーマイオニーが苛立った様子で叫んだ。

 

「きっとアンブリッジが責任を擦り付けたのよ!」

「しかし、証拠がない」

 

 ルーピンの声は苦々しげだったが、表情はどこか冷めていた。

 

 

「きっと、こうなった時のためにあらかじめスケープゴートを用意していたんだろう。汚れ仕事といえば人狼だからね」

 

 

 どこか自虐的な表情で呟くルーピン。

 

「どうにかして尻尾を掴むことは出来ないの?」

 

 トンクスの問いに、ルーピンは「難しいだろう」と首を横に振った。

 

「人狼の家庭というのは、往々にして貧困に苛まれている。加えて『反人狼法』が成立した現状では、今回の容疑者のような任期付き職員の仕事なんて吹けば簡単に飛ぶ」

 

 クビにされたらどの道、再就職なんて出来ない。だったら汚れ役を担う代わりに親兄弟といった家族の面倒をみてもらう方がマシだと考えてアンブリッジと取引した、というのがルーピンの推測だった。

 

「じゃあ、容疑者の家族は……」

「きっと今頃、アンブリッジとコネのある純血名家の系列企業に就職を斡旋してもらっていることだろう」

「反故にされるかもしれない、とは考えなかったんでしょうか?」

 

 イレイナが質問すると、シリウスが横から「それはない」と断言した。

 

「私のご両親はブラック家の地位を守ることにご執心でね。政敵を蹴落とすために、捨て駒とその家族にたっぷりと金貨を握らせるのが常套手段だった。小市民にとっては大金だが、両親にとっては所詮はした金だった」

 

 その程度の損得勘定ができないほどアンブリッジも馬鹿じゃないだろう、と吐き捨てるように言うシリウス。

 ハーマイオニーも苦虫を噛み潰したような表情になり、苛立たしげにぼやく。

 

「……魔法省はなんであんな奴を出世させたのかしら」

「性格はともかく、有能であることは間違いないからね」

 

 シリウスの横で新聞を読んでいたキングズリーが、顔をしかめながらそう評価した。 

 

「闇祓いになる前に魔法不適正使用取締局に配属されたことがあるんだが、最初の局長が異動になって次にその地位を引き継いだのがアンブリッジだった」

「どんな人だったんですか?」

 

 興味をもったのか、イレイナが質問するとキングズリーは何とも言えない表情をする。

 

「正直、仕事に関しては余計な口出しばかりしてきて邪魔でしかなかった。だが、局長としてのアンブリッジはそうした欠点を補って余りある能力が、ひとつだけあった」

「それは?」

 

 

「アンブリッジは……とにかく予算をとってくるのが上手い」

 

 

「「「「あー」」」」」

 

 キングズリーの言葉に、大人たちとイレイナが一斉に遠い目になる。感情的には認めたくないけど、理性的には認めざるを得ない……といった表情だった。大人って汚いな、と僕は思った。

 

「結局のところ、私たちは役人だからな。予算が無いことには、市民の生活は守れない。そして予算をどれだけもぎ取れるかは、上層部にどれだけ顔が利くかにかかってくる。正直、今でも予算を減らされる度に思うよ。闇祓い局にあの女がいれば、って……」

「強い魔法使いなら闇祓い局に沢山いるけど、金の卵を産むガマガエルはいないもんねぇ」

 

 トンクスまで、自虐なのか悪口なのかよく分からない台詞を言い始めた。  

 

「ウィゼンガモットで予算配分の話をしてるとスクリムジョール局長はすぐ頭に血が上るし、ドーリッシュさんは口下手だし、シーラさんは口悪いし」

「マッドアイは?」

「論外でしょ」

 

 ばっさりと言ってから、僕の顔を見てトンクスが「不満そうだね」と苦笑した。

 

「まー、ハリーの言いたいことは分かるよ。私も昔はそうだったし。でもね、私、見ちゃったんだ……」

「何を?」

「魔法省の新人研修って部署ごとにやるんだけど、闇祓い局は森の中でキャンプなの」

 

 一応、サバイバル訓練だとかそういう理由らしい。食事も森の中の動物を捕まえてこい、みたいな感じでけっこう本格的だ。

 

「でも魔法警察特殊部隊のマーカス・フリントに聞いたら、“いくら地獄の特殊部隊ブートキャンプでも流石にベッドぐらいはありますし、メシも味はともかく量は出ますけど”って」

 

 ちなみに件のブートキャンプはドロップアウト率が3割と高いことで有名で、集団行動に慣れていて体力と筋力もある、フリントのような元クィディッチ選手は重宝されるとのこと。

 

「そんで国際協力部のパーシーに聞いたら、“ホテルに寝泊まりして、食事もビュッフェ形式でしたけど”って」

 

 驚きの格差社会がそこにはあったらしい。

 

「……今さらだけど、僕、パーシーがクラウチを尊敬してた理由が分かってきたかも」

「そうだよ。腹が減っては闇は祓えないもん」

 

 

 

 ***

 

 

 

 その後、部屋に戻ると教科書のリストが届いていた。

 

 一枚はいつものように9月1日に学期が始まるというお知らせ、もう一枚は新学期に必要な本が書いてあった。

 

 

「そういえば、今年の『闇の魔術に対する防衛術の先生は誰なんだろう?」

 

 ロンに話しかけてみたが、反応がない。

 

「どうかしたの?」

 

 手紙を持ったまま固まってるロンに近づくと、その手には赤と金色のバッジ、そして「グリフィンドールの新たな監督生には、ロナルド・ウィーズリーを任命する」と書かれた羊皮紙が握られていた。

 

 

「僕……君が本命だと思ってた」

 

 

 バッジにはライオンの上に大きな『P』の文字があって、たしか同じようなものがパーシーの胸にも付いていた。

 

 

「そう、良かったね」

 

 とりあえず笑顔になるように顔の筋肉を動かし、嬉しそうな声を吐き出したけれど、どこまで演技できたかは怪しい。

 

 自分でも、ここまで動揺するとは思っていなかった。

 

(正直、そこまで監督生の仕事に憧れてたわけじゃないけど……)

 

 仕事内容でいえば、クィディッチのキャプテンとかの方がよっぽど魅力的だ。

 

 とはいえ、自分でも不思議なことに、思ったより僕は名誉欲や周囲の目を気にする一面があったらしい。あるいは、徐々にそうした外面を気にするようになってきた、というべきか。

 

 ホグワーツという狭い世界ともなれば、事前に誰が監督生に選ばれるか大体の予想は付いているものだ。そして僕はグリフィンドールの最有力候補と周囲から見なされていただけに、そこから漏れるのはちょっと体裁が悪い。

 

 

 少なくとも、今トレローニーの占い学で「未来を予言しなさい」と言われたら、確実に点をとれる自信がある。

 

 ――近い将来、僕は少なくとも10回はこう聞かれると思います。“えっ、ハリーって監督生じゃないの!?”って。

 

 確実に当たる予言にトレローニーは何点くれるだろうか、などと考えていたら案の定、外の方が騒がしくなってハーマイオニーが部屋に入ってきた。

 

 

「ねぇ――どうだった!?」

 

 

 開口一番、想像通りの台詞を切り出したハーマイオニーは興奮気味で、後ろにいるドヤ顔のイレイナと一緒に封筒をヒラヒラさせている。

 

 まぁ、この二人は大本命だから、別に意外でも何でもない。むしろ選ばれない方がおかしいぐらいだ。

 

 

 どっちかというと驚いていたのは2人の方で、僕じゃなくてロンの手にある監督生バッジを見て唖然としていた。

 

「ロン!? でも、確かなの……? だって――」

 

 つい失礼な本音を言いかけてしまったのに気づき、慌てて口を噤むハーマイオニーにロンは挑むような表情になった。

 

「‟だって”、何だよ? 言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

 

 口をパクパクさせたハーマイオニーに代わって、イレイナがフォローに入った。

 

「ロンって、去年の成績何位でしたっけ?」

「学年で18位だ。140人中の」

「けっこう微妙……」

「微妙とか言うな。これでもグリフィンドール男子では1位だったんだぞ?」

「グリフィンドール男子の底が知れますね……」

 

 イレイナは隠しきれない小馬鹿にしたような表情を浮かべて、僕に向き直る。

 

「ハリーは?」

「ご、51位……」

 

 言ってて自分で恥ずかしくなってきた。

 

 一瞬だけ「ロンより、自分が本命なんじゃないか?」なんて思ったけど、こんなことなら去年ちゃんと試験受けておけば良かった。

 

「いや、ハリーは代表選手だったから仕方ないだろ」

 

 すかさずロンが擁護してくれたけど、イレイナは「ふっ」と得意げな顔になって。

 

「まぁ、私は代表選手で学年2位でしたけど」

「そこは1位じゃないんかい」

「なんですか、代表選手でも何でもない18位のウィーズリーさん」

 

 ロンとイレイナのマウント合戦が始まり、落ち着きを取り戻したハーマイオニーが「どうどう」と止めに入る。 

 

(でも、そうだよね……)

 

 つい面倒臭くなって「代表選手選抜による試験免除」という安易な手に飛びついた結果、一律で平均点+αの合格最低点を貰えたけど、先生たちもそこまで甘くはない。いや、むしろ免除されたのに中の上ぐらいの成績が貰えただけ、優しいと見るべきか。

 

 どっちにしろ、監督生として相応しい成績を残したとは言えない……そう考えると、モヤモヤした気持ちが少し晴れていくような気がした。

 

 

 それに、イレイナの煽りに対して、ロンはすぐに援護射撃してくれた。まだ完全に素直になれた訳じゃないけど、その事が何より嬉しかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その日の晩は、お祭り状態だった。

 

 

「まぁ! 信じられない! ロンが監督生なんて、とっても鼻が高いわ! 監督生だなんて――これで子供たち全員よ!」

「俺とフレッドはなんだよ、お隣さんかい?」

 

 不貞腐れたジョージのぼやきは、大喜びのウィーズリーおばさんの耳に入らないようだった。

 

 

 

 ともあれ、ウィーズリーおばさんは夏休み一番の上機嫌になり、晩餐も急きょ豪華な立食パーティーへと変更された。

 

「ビルとパーシーも来ますよ。2人にフクロウを送ったら、それは大喜びだったもの」

 

 祝いにはトンクスやムーディはもちろん、キングズリーやペネロピーもやって来た。意外なことにウィーズリーおばさんと一緒に料理の手伝いをしていたのは、ジェマ・ファーレイだった。

 

 おかげで、いつになく料理のバリエーションも多い。バッファローチキンにナチョス、アヒージョとガーリックシュリンプ、カルパッチョに田舎風パテ、ルーベンサンドからタラモサラダにエッグベネディクト……。

 

「ていうか、ファーレイ先輩ちょっと作り過ぎじゃないですか?」

「いいじゃん、お祝いなんだし」

「でも机とかゴチャゴチャしちゃいますし……」

「それがいいんだって。料理はドーン!って山盛りでドッサリ出した方が、育ち盛りの男の子はテンション上がるもんよ」

 

 小言を飄々と受け流すジェマに、ペネロピーも「女の子もいるからね?」とイレイナ側で加勢した。

 

「なんなら私、最近少しダイエットしてるんだけど」

「そうなの? なんで今さら?」

「手遅れみたいに言うなし」

 

 元監督生2人のかけ合いの横では、これまた何故かトンクスが肩を落としていた。

 

「うぅ……世の中は不公平……あのルックスで元監督生で社長までやってて、どうして家事スキルまで……」

「ふふっ、女の子は元カレの数だけ得意料理のレパートリーが増えるんですよ♪」

「うーっわ、おまけにモテ自慢でマウントとりやがったこの女!?」

 

 煽りにブチ切れるトンクス。

 

「こちとら仕事一筋のバリキャリ独身貴族様だぞ! ジェマがエグい露出度のドレス着て金持ちイケメンと一緒に高級レストランから眺める夜景のキラキラ、いったい誰の残業が支えてると思っとるんじゃ―っ!」

「わっ、トンクス先輩が荒ぶり始めた!?」

「鎮まりたまえ、鎮まりたまえ~」

 

 絶叫しながら暴れるトンクスをペネロピーが取り押さえ、悪ノリしたジェマがネックレスの十字架を掲げて適当にお祓いしている。ジニーが耐えきれずに吹き出し、イレイナとハーマイオニーも薄ら笑いを隠せない。

 

 ……この大人たち、ひょっとして僕たちより精神年齢が低いのでは?

 

 そうこうしている内にトンクスは元監督生組に対抗すべく、矛先を年下へと向け始めた。

 

「イレイナとハーマイオニー……はどうせダンスパーティーに参加した裏切り者だからいいとして、ジニーはお姉さんの味方だよね!?」

「ごめん。去年の学期末から私、マイケル・コーナーと付き合ってるの」

「ブルータスお前もかーっ!?」

 

 トンクスの絶叫と共に、バタービールを飲んでいたウィーズリーおじさんが咽せ、ローブの胸にブーッと吹いていた。

 

 

 **

 

 

 やがて料理も完成し、みんなも飲み物をとると、放心状態のウィーズリーおじさんに代わってウィーズリーおばさんがゴブレットを掲げた。

 

 

「新しい監督生に!」

 

 

 ロンとハーマイオニー、そしてイレイナのために杯を上げて拍手する。

 

 

「「「「監督生就任、おめでとーー!!!」」」」

 

 

 乾杯の後に各々が食事を取りに動き出し、背後から再びトンクスの声が聞こえてくる。今日の髪は真っ赤なトマト色で、ジニーと並ぶと姉妹のようだった。

 

「私は監督生になったことなかったなー。スプラウト先生が“必要な資質が欠けてる”って」

「どんな?」

「お行儀よくする能力とか」

 

 ジニーが笑い、僕のすぐ脇にいたシリウスに話題を振る。

 

「シリウス、貴方はどう?」

「私が監督生に選ばれるはずがない。ジェームズと一緒に、いつも罰則ばかり受けていたからね」

 

 豪快に笑って、バタービールをぐいっとあおるシリウス。

 

「リーマスはいい子だったから、バッジを貰えた。だろ?」

「あの人事はダンブルドアの数少ない間違いだったと、私は今でも思っているよ。私ならジェームズたちを大人しくさせられるかもという期待は、言うまでもなく失敗に終わった」

 

 再びジニーが笑い、僕まで急に晴れ晴れとした気分に包まれた。

 

「父さんも監督生じゃなかったんだね」

 

「「まさか!」」 

 

 シリウスとルーピンの声が見事にハモり、ついに今まで微笑むべきかどうか迷っていたハーマイオニーまで噴き出した。

 

「我が友リーマス、もしジェームズが監督生に選ばれたらどうなっていたと思う?」

「間違いなく、リリーはキレて校長室まで乗り込んでいっただろうね。“校長、なんでよりにもよってこの人なんですか!?”って」

「母さんって学生時代そんなキャラだったの!?」

 

 お母さんについてはこれまで「明るくて優しい女性だった」的な話を聞かされてきたから、ちょっと意外だ。

 

「言われてみれば、ハリーに結婚前の2人の話はあまりしていなかったかもしれない」

 

 ルーピンが言う。

 

「まぁ、俗にいう犬猿の仲という関係だった」

「あるいは喧嘩するほど仲がいい、とも言う」

 

 2人の息はぴったりで、楽しそうなやり取りを見ている内に自分が笑顔になっていくのがわかった。この部屋にいる全員が、今までの倍ぐらい好きに感じられて、皿に料理を山盛りにしていく。

   

 料理を追加してから、顔を赤らめているジニー(たぶん、マイケルの事について根掘り葉掘り聞かれているのだろう)の元に戻ろうとすると、そこにイレイナとジェマの姿が無い事に気づいた。

 

 

「――ドラコたちは、“例のあの人”の復活に気づいているんでしょうか?」

 

 

 耳を澄ますと、廊下からイレイナの声が周囲のおしゃべりを潜り抜けて聞こえてくる。2人にバレないよう戸口まで移動し、爪楊枝で食べカスを除くフリをして耳をそばだてる。

 

「たぶん、知らされてないだろうね」

 

 ジェマが囁くように答えた。

 

「私がダンブルドアなら、来年度は死喰い人の子供全員に“開心術”をかけるよ。それが分からないほど、ルシウスさんたちもバカじゃないだろうし」

「敵を騙すにはまず味方から、というわけですか。どうりで慎重派のロウル先輩が呑気だったわけですね」

 

 盗み見は良くないと思いつつ、チラっと2人を見る。どちらも珍しく難しい顔をしていた。

 

「私もそれとなく古巣のノクターン横丁で探りを入れてみたけど、今のところ変わった様子はなかったかな」

 

 そう言って、ジェマが声のトーンを低める。

 

「正直……ここだけの話、私も段々と“例のあの人”が復活したって話が信じられなくなってきてる」

 

 ジェマの言葉に、爪楊枝を動かす手が止まった。

 

「音沙汰が無さ過ぎて、アンブリッジの“社会不安を煽ってファッジを失脚させようとするダンブルドアの狂言”って説の方が、まだ真実味があるように聞こえてくるよ。あるいはセドリックの失踪は何かの事故で、どっちも相手を蹴落とすために大袈裟に言ってるだけかも」

 

 ジェマはスリザリン生らしく、ダンブルドアもアンブリッジも信じていないようだった。ひょっとしたら、イレイナすら信じていないのかもしれない。

 

 

 どうもヴォルデモートはダンブルドアを警戒して活動を控えているらしく、これまで死喰い人による不審死のような事件は発生していない。それ自体は喜ばしいことだけど、こうも静か過ぎると逆に疑心暗鬼になる人も出てきてしまう。

 

 

「……先輩は、私を疑っているんですか?」

 

 あるいは、それがヴォルデモートの狙いなのかもしれない。実際に復活を見たのは僕とイレイナだけで、僕たちの証言とセドリックの失踪以外に証拠はないのだから。

 

「別に今に始まったことじゃないけどね。第一、シラフでも自分で自分のことがよく分からなくなる時だってあるし、こうしてる間にも『服従の呪文』にかけられたり、誰かに『愛の妙薬』を盛られてるかもしれない。何事も信じて疑え、だ」

「寂しい人ですね」

「そうだよ。だから時々、誰かに慰めて欲しくなるの」

 

 イレイナが「はぁ~」と溜息を吐く。

 

「そういうの、誰にでも言ってるといつか刺されますよ」

「私、イレイナになら刺されてもいいよ……♡」

「この人、無敵か」

 

 くすくすと笑うジェマとイレイナ。

 

 それはあまりにいつも通りで、平和なかけ合い。まるでヴォルデモートの復活なんて無かったかのような、束の間の穏やかな停滞。

 

「こんな時だというのに、私たちは呑気な会話をしてていいんでしょうか。ファーレイ先輩」

「こんな時だからこそ、私たちには呑気な会話が必要なんじゃないんでしょうか。イレイナ後輩」 

「珍しく深そうなこと言いましたね」

「おい」

 

 生意気な後輩の言葉にツッコミを入れ、ジェマが朗らかに笑う。

 

「でも、さっきの言葉は本気だよ。もしダンブルドアの言う通り“例のあの人”が復活してたと仮定して……イレイナはどうやって戦う気なの?」

「ひょっとして私、試されてます?」

「そりゃ、負けるか逃げるつもりの人間には賭けられないし」

 

 返事によっては距離を置くことも考える――暗にそう仄めかすジェマ。

 

「もちろん必勝の戦略なんてものは無いけど、かといって気合いだけで勝てる相手でもない。イレイナなりの考えを聞かせてよ」

「そうですね……」

 

 イレイナがすぅ、と息を吸い込んで口を開いた。 

 

 

 

「まずは素直に、自分が強くなるために勉強して鍛えます。でも私だけで“例のあの人”と一騎打ちしても勝てる自信は正直無いので、なるべく味方を多く増やしたいと思います。しっかりコミュニケーションをとって相手の言葉に耳を傾け、私の言葉にも耳を傾けてもらえるような信頼関係を作りたいです。その数が増えれば、その分だけ私たちは強くなります」

 

 

 

 そういうことだったのか。こうして言葉にされると、僕にもイレイナの考えが分かってくる。ヴォルデモートを倒すのは、選ばれた一握りの英雄ではない。

 

 「普通の人びと」の団結こそが、ヴォルデモートを倒す鍵になるのだと――少なくとも、イレイナはそう考えている。

 

 

「ご大層な夢を語ってくれるじゃない」

 

 ジェマはふん、と鼻を鳴らした。

 

「夢とか理想を語るのは、グリフィンドールの専売特許だと思ってたんだけど」

「ええ。スリザリンらしくないことを言った自覚はあります」

「ほんとそれ。スリザリンのセールスポイントは現実主義だってのに」

 

 でも、とジェマがアンニュイな口調で続けた。  

 

 

「現実主義もスリザリンらしさも、何のためにあるんだって話だよね」

 

 

 それはまるで、自分に言い聞かせるように。

 

「イレイナの目指してるものは、下手したらダンブルドアが“例のあの人”と一騎打ちして勝つよりも難しいと思う。けど、それを実現させるために語ってくれた手段は、びっくりするぐらい平凡」

 

 たしかに「戦は数、数は力」的なイレイナのプランは、誰にでも考えつくようなものだ。ファッジでも、マルフォイでも、クラッブやゴイルにだって理解できるだろう。ダンブルドアのような天才も、ゲームチェンジャー的な古代魔法も必要ない。

 

 ただ、普通の人びとが普通の範疇で努力する。その積み重ねを、そのまま力にする。その力で、勝利を目指す。

 

 

「でもきっと、それこそサラザール・スリザリンが生徒に求めてたものなんだろうね。理想を空想で終わらせないために、どうやったら実現できるか考え続ける……ゴドリック・グリフィンドールがリーダーシップで味方を引っ張る司令官タイプを育てようとしたのなら、司令官の方針を実現させるための参謀タイプを育てようとしたのがサラザール・スリザリンじゃないかって、個人的には思ってる」

 

 言ってから真面目に語ってしまった事が恥ずかしくなったのか、ジェマはシリアスな空気を追い払うように「知らんけど」と最後に付け加えた。

 

 

「改めて口に出してみて、自分でも少し再整理できた気がします。呑気な話も含めて日常の些細な人との関りを大事にすることが、それを積み上げていくことが、最終的に大きな力になるんだって」

 

 イレイナの言葉に、ジェマが優しく微笑んだ。

 

「私も、こうして話せて良かったよ。イレイナが目指すところは難しいと思うけど、アプローチには納得できる。分のいい賭けだとは思わないけど、賭けてみる価値はありそうだ。面白そうだし」

「最後は適当ですね……」

「そりゃあ、軽い女がポリシーですから。真面目で意識高い私とか、考えただけでもゾッとするでしょ?」

「そんなこと言って、ファーレイ先輩なりに私のこと心配してくれたのはちゃんと分かってますよ。ありがとうございます」

 

 穏やかなイレイナの言葉に、照れを誤魔化そうとしてジェマが「やめてよー」と言いながら、ひらひらと自分の顔を手で仰ぐ。

 けど、イレイナはお構いなしだ。形勢逆転とばかりに意地悪くにんまりと笑って、追い打ちをかける。

 

「そういえば、さっきから妙に悪ぶってましたけど、本当に悪い人はもっと良い人感を出してくるものです。先輩もまだまだ詰めが甘いですね」

「いやー、お恥ずかしい」

 

 イレイナがひと言褒める度に、ジェマの頬には赤みが増し、「あー」とか「もー」みたいな呻き声が漏れる。弄ったり弄られるのは慣れていても、褒め殺しには弱いらしい。

 

 真面目な話の終わりに伴って廊下に充満し始めた女子女子した空気に、小声で「ご馳走様です」と呟いて僕はその場を離れた。

 




 原作でウィーズリーおばさんの「監督生! これで子供たち全員だわ!」に対してジョージが「俺とフレッドは何なんだよ。お隣さんかい?」って返したところ、何度読み返しても好き。


 親友だった頃のゴドリック・グリフィンドールとサラザール・スリザリンの関係って、指揮官と参謀みたいな関係だと個人的には思ってたり。
 大きなビジョンを掲げてリーダーシップで味方を引っ張るゴドリック・グリフィンドールと、それを現実的な作戦に落とし込むサラザール・スリザリンのコンビ……曹操と司馬懿みたいなイメージ?

 理想主義と現実主義って対立する概念というより、相互補完的な感じで噛み合った時が両方とも輝くのかなぁと。
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