ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
――ホグワーツ高等尋問官。
週明けの日刊予言者新聞に大きく書かれていた見出しは、朝食を食べていた生徒たちの注意を大きく引くものでした。
「こんなこと、許せない……ホグワーツは学校であって、魔法省の出先機関じゃないのに! アンブリッジに、他の先生を監視する権限を与えるなんて許せないわ!」
グリフィンドール生のテーブルではハーマイオニーがぷんすか怒っており、私もモグモグとワッフルを食べていた手をとめ、朝刊に目を通します。
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魔法省、教育改革に乗り出す。
ドローレス・アンブリッジを初代高等尋問官に任命――。
魔法省は昨日、教育令第23号を制定し、ホグワーツ高等尋問官という新たな職位を設けた。
伝統的に純血名家を始めとする寄付によって支えられてきたホグワーツ魔法魔術学校であったが、近年では魔法省から多額の補助金が投入されるようになり、その使い道に注目が集まっている。
補助金の投入によってマグル生まれや人狼を始めとするマイノリティにも教育機会が広く提供されるようになった半面、納税者からは教育の質に対する不満の声があげられることも少なくない。
「これは教育水準の低下が叫ばれるホグワーツの問題に正面から取り組もうとする、魔法大臣の計画の第一歩です」とパイアス・シックネス補佐官は語った。
新たに設置されるホグワーツ高等尋問官は、コーポレート・ガバナンスの強化を目的とした内部監査のための役職だ。高等尋問官は同僚の教育者を査察する権利を持ち、然るべき基準を満たさないと判断した人物に対して是正勧告を行い、改善が見られない場合には停職・退職勧告に処す権利を有するという。
これまで教員の任命権と人事評価は校長に一任されていたが、高等尋問官が査察を行うことでホグワーツにも成果主義を導入し、学力向上と補助金の効率性を両立させるのが魔法省の狙いだ。
査定で高評価を得た教授には高い賃金と研究資金の配分、希望職種・業務への優先的な転属を与える一方、低評価だった場合には降格や減給といったペナルティが課され、解雇される可能性もある。
こうした新制度について、魔法大臣下級補佐官のシックネス氏はこう語っている。
「質の高い授業を行う教師と低レベルな授業しか行えない教師の待遇が同一であれば、頑張って授業するだけ無駄なので教師はやる気を失い、教育の質が低下するのは明白です。同時に質の低い授業しか行えない教師に市民の血税から給与を支払うこともまた、税金の無駄遣いと呼ぶべきものでしょう」
なお、初代高等尋問官には魔法省からホグワーツに出向中のドローレス・アンブリッジ教授が就任することとなった。また、将来的には更に専門性を高めた査察を行うべく、独立した監査法人に監査業務を委託する案も魔法省内で検討中だという。
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かくして、記事を読み終えたスリザリン生の反応はというと――。
「まぁ、仕方ないんじゃない?」
「なけなしのバイト代から引かれた税金がトレローニーとかハグリッドの給料に使われてるって考えると、ねぇ?」
「逆に私はお金払ってもいいから、ビンズ先生の魔法史をもっと面白い人にやって欲しい」
「マクゴナガルとかスネイプあたりはむしろ、もっと給料上げるべきだよな」
「ほんとそれ。じゃないと今の時代、イルヴァーモーニーとかに転職するかもだし」
意外と高等尋問官制度……というか教育改革に肯定的な意見は少なくありませんでした。というのも、割と現実的な理由がありまして。
「特に今年は
「そりゃクビは可哀そうだと思うけどさ、こっちだって将来かかってんだし」
「試験の年にハズレ教師あたったせいで人生詰んだら、恨んでも恨み切れないもんな」
エリートの寮の名に恥じず、スリザリン生の多くは大手企業や高級官僚、あるいは癒者や弁護士といった知的専門職に就くことを目指しています。
となれば就活でもインターンでもOWL試験やNEWT試験の成績が重視されるのは当然であり、授業の質を改善しようという取り組みに反対する理由はありません。
「――問題は、アンブリッジにちゃんとした査察が出来るかどうかね」
気付くと、ユーフェミア・ロウル先輩が取り巻きを連れて近くまでやって来ていました。腕を組んで頬に手を当て、愉快そうに微笑んでいます。
「やっぱり、先輩もそう思います?」
「ええ。でも、しばらくは様子見でいいんじゃないかしら」
あっさりとした口ぶりのユフィ先輩は、それほど気にしている様子もなく。
「ダメだったらアンブリッジの責任問題になるわけだし、いざという時はOB・OG会を通じて行政訴訟を起こすまでよ。制度って、そうやって作っていくものでしょう?」
大陸法と違って英米法は訴訟中心主義をとっているため、法制度は判例の蓄積を通じて作り上げていくという方式。なので最初から100点満点を期待するのではなく、裁判を通じて少しずつ改善すればいい、という考え方になるわけです。
そんな事より、とユフィ先輩は腰に手をやりました。
「OWL試験の準備は進んでる? 今年は進路調査もあるから、大人になってから後悔しないよう、将来どうなりたいかよく考えなさい。ある程度決まってるならバイトするなりインターンするなりして、見識を深めておくといいわよ」
容赦なく現実を突き付けていくユフィ先輩。取り巻きの一人から「オカンか」というツッコミが入るも、先輩は背筋を伸ばしたまま私たちを見回します。
「どこの寮とは言いませんが、最近では陰謀論や学生運動に現を抜かす生徒も増えていると聞きます」
一斉にスリザリン生の視線がハリーとハーマイオニーに向き、ドラコが冷ややかな笑みを浮かべました。
「もちろん、純血主義も例外ではありません」
今度はドラコが真顔になりました。
「学生の本分はあくまで勉強よ。社会に関心を持つのは悪いことじゃないけど、5年生は卒業まで時間があるようで、案外あっという間だから」
ダフネたちが「ひーん」と情けない呻き声を上げる中、訝しげに口を挟んだのはドラコ・マルフォイでした。
「でも……その、万が一があったら?」
「どういうこと?」
眉をひそめたユフィ先輩に、「あくまで仮定の話ですけど」と前置きした上で質問するドラコ。
「万が一、ポッターの言う通りだとしたら? もちろん、そんなことは無いと思いますけど」
ユフィ先輩はこれ見よがしに溜息を吐きました。
「だとしても、よ。かつて“例のあの人”が台頭してた時、誰も働いてなかったと思う?」
「それは……」
「たしかに村の自警団に入ったり、休日に自衛の訓練をする人はいたでしょう。でも、いくら戦争といっても毎日戦ってるわけじゃないし、いつ終わるかもわからない」
ヴォルデモート卿が引き起こした内戦は1970年に正式に始まり、1981年まで11年にわたって続いたそうです。これほどの長期戦になれば、むしろどれだけ普段の生活を維持しながら長く戦い続けられるかが重要になってきます。
「戦争が終わったら終わったで、兵隊なんてすぐリストラされるものよ。だから社会復帰した時に仕事で役立つスキルなり学歴なりを持っておかないと、その後の人生を棒に振ることになる。その辺も含めて、よく考えておきなさい」
「……はい」
**
言うだけ言ってユフィ先輩が去った後、学年スケジュールを広げたダフネが憂鬱な表情でぼやきました。
「はぁ~、やだなー。進路とか考えたくない……」
溜息を吐き、隣で朝食を再開したドラコに声をかけます。
「こうやって将来の話してるとさ、なんか不安にならない?」
「まぁ、妙に焦るというか、急に残りの3年間が短く思えてくるのはあるかも」
「つーかさ、ぶっちゃけ卒業後の自分とかイメージできなくね?」
2人の会話にミリセントが食いつき、パンジーもシナモンロールをかじりながら肩をすくめました。
「みんなそうでしょ。どうせ大半は普通に会社で働くんでしょうけど」
「パンジーは行きたい会社とかある?」
「給料高くて休みが多くて仕事が楽で人間関係が良いところ?」
「そんな会社あるかなぁ……」
「あったとしても、試験の成績めちゃくちゃ良くないと内定取れないでしょ」
「ちょっとリリィ! 夢の無いこと言わないでよ~」
がっくりと肩を落として机に突っ伏すダフネ。
「いやだぁ……私の学校生活は永遠に続くんだ……そう、私は永遠の女子高生……」
現実逃避に走ったダフネに苦笑しながら、私は呑気にカフェオレを啜っていたザビニに声をかけました。
「さっきから余裕そうですけど、ザビニは進路決まってるんでしたっけ?」
「まだ確定じゃないけど、色んな国に行きたいから魔法省の国際魔法協力部かな。学力的に国際魔法使い連盟職員は厳しいだろうし」
やや意外な進路に、隣にいたソフィ・ローパーさんが目を丸くします。
「外国……てか、魔法省なんだ? リリィと一緒じゃん」
「マジ? ひょっとしてこれが運命の赤い糸ってヤツ?」
「うわ、今ちょっとガチで鳥肌立ったんですけど」
げんなりした顔で両腕を交差させ、二の腕を擦るリリィ・ムーンさん。
小柄ながら金髪ショートからのぞく耳にはピアスがバチバチに開いており、三白眼気味なブルーの瞳も相まってか、嫌そうな顔にはかなりの圧があります。
「てか、リリィってもうベルビィ先輩とは別れたの?」
「一応まだ続いてる」
「じゃあ遠距離になるん? 外国じゃ厳しくない?」
「その時は別れるしかないでしょ。そもそも卒業まで続いてるかも分かんないし」
「まーねー」
にわかにパンジーの顔に皺が寄ったところで、机に突っ伏していたダフネがガバッと顔を上げました。
「そういえば私、アンソニーの進路聞いてない!」
「――言ってないからね」
隣のレイブンクローのテーブルにまで聞こえていたらしく、途中から会話を聞いていたらしいアンソニーがひょこっと顔をこちらに向けました。
「あくまで今のところだけど、僕は
「どこ? 聖マンゴ?」
「いいや。ロウル魔法クリニック」
「あー、ユフィちゃんのとこか。整形癒とか?」
「そうそれ」
魔法界の有名な病院には聖マンゴ魔法疾患傷害病院がありますが、こちらはマグルでいうところの公立病院。主に重大な病気や怪我の治療を取り扱っており、基本的に市場任せな魔法界にしては珍しく診療報酬が定められ、イギリス魔法族であれば誰でも安価な医療サービスが受けられます。
対してロウル魔法クリニックは主に自由診療を取り扱う私立の病院グループで、特に人気なのが整形癒。伝統的には魔法族の長い寿命を反映したアンチエイジング系のニーズが多く、皮膚のたるみ、シワ、シミ、ほくろ、ぜい肉、そして薄毛などの治療がメインでしたが、近年では若者を中心に美容を目的とした整形癒療の人気も高まっています。
「そっかー。癒者でも、整形癒なら興味あるかも」
「あれ、ダフネって2年の進路相談で、癒者になりたいとか言ってませんでした?」
「あの時はそうだったけど、昔の話だからねー。3年も経てば色々と考えも変わるし、昔以上に現実も見なきゃだし」
軽い口ぶりとは裏腹に、ダフネは形の良い眉をひそめて。
「今だから言えるけど、2年の時はアストリアの持病を何とかしたいって思っててさ。それで“癒者になれば治せるかも”って安易に考えてたんだけど……当の本人はあんまり嬉しそうじゃなくて」
いざ話してみたところ、困ったような表情を浮かべたアストリアさんに「気持ちはありがたく受け取りたいのですが……私だけの専属癒になるおつもりですか?」と返されてしまったそう。
「言われてみればその通りなんだけど、癒者になったらアストリア以外の患者も診なきゃダメだし、むしろそっちの方がメインじゃん? そう考えた時にそこまで癒者の仕事に興味あるかって言われたら微妙だし、学力的にもギリギリだし……」
尻すぼみになっていくダフネ。そんな彼女を見てアンソニーが首を傾げ、サラッとした金髪がはらりと顔にかかります。
「ていうか、家業は継がなくていいの? スリザリンの名家の子って、そういうの多いイメージあるけど」
私も少し気になったのですが、ダフネはあっけらかんとした表情で。
「最近はそうでもないかなー。家による感じ」
「君のところは?」
「一応“継ぎたい?”って聞かれたけど、あんまり興味ないって言ったら“じゃあ好きにしなさい”って」
「結構あっさりしてるね」
アンソニーが意外そうに言うも、ダフネはけろっとした表情で肩をすくめました。
「親は2人とも仕事人間だからね。実際、忙しいから放任主義になるのは仕方ないんだけど」
「寂しかったりはしない?」
「屋敷しもべ妖精のプリーチャーとバードが面倒みてくれるから、あんまり寂しくはないかなぁ。アストリアもいるし、親も家にいられる時は普通に構ってくれて、誕生日とかもちゃんと休み取ってくれるから」
少し意外だなと思う反面、納得できる部分もありました。
ポジティブな性格から、てっきりダフネは親に溺愛されて育ったものだとばかり思ってましたが、その割にはドラコのように純血主義に染まったりすることはなく、日常会話で家族の話を出すこともありませんでした。かといって、ノットやフリント先輩のように家族仲が悪いという話も聞きません。
「じゃあダフネって、屋敷しもべ妖精に育てられた感じですか?」
「うん。2人とも家族みたいなもんだよ」
聞けば今のダフネの性格は実の親というより、実際に身の回りの世話をしてくれた屋敷しもべ妖精の方に似たそうな。
「グリーングラス家ほどじゃないけど、ウチもそんな感じかな」
「多かれ少なかれ純血名家は皆そうでしょ。親は基本、共働きだし」
ファミリービジネスを抱えるブルストロード家やパーキンソン家でも、やはり家事育児は屋敷しもべ妖精がメインで担っており、親が参加するのは休日ぐらいとのこと。
(家事育児に関しては、ヴィクトリア朝の英国貴族社会みたいな感じなんですね)
二度の世界大戦による上流階級の没落によって今では王室ぐらいでしか聞きませんが、魔法界では純血名家が没落せずに生き残ったこと、屋敷しもべ妖精の多くが変わらず名家の家事育児といった仕事を望んだこともあって、未だにその伝統が残っているようでした。
「でも、ドラコの家はそこまで屋敷しもべ妖精に丸投げしてないイメージですけど……」
私が聞くと、ドラコはふんと鼻を鳴らして。
「僕の両親は働いてないからな」
ドヤ顔でのたまうドラコ。というのも「働かない」の意味が庶民と貴族では異なり、貴族では本人が働くブルジョワ資本家よりも不労所得だけで食っていけるジェントルマンの方が格上だと見なされるのです。
「昔はブラック家を筆頭に、ほとんどの家で不労所得がメインでファミリービジネスは副収入的な位置づけだったんだが」
ぼやくように呟くノット。
「なんで逆転したんですか?」
「内戦中のやらかしを見逃してもらう対価に、戦後復興の財源として魔法省に差し押さえられた」
めちゃくちゃ賄賂……じゃなくて司法取引でした。
「ちなみに提案したのはイレイナの母親らしいが」
「まぁ、結果的にはwin-winじゃないでしょうか」
あまり他の寮生の前では大っぴらに言えない感じで誤魔化したところで、パンジーが「そうなのよね」と口を挟みました。
「だから昔と違って、今じゃ“家を継ぐ”って言っても相応に経営能力が求められるし、コネ就職は出来てもコネ出世は難しいし」
「じゃあ、パーキンソン家も?」
私が聞くと、パンジーは「継がせる気は無いって」とハッキリ答えました。
「アタシはむしろバリバリ働くの嫌だから、ファミリービジネス継いで緩く生きていきたいんだけどね。親には“お前は経営者の器じゃない”ってバッサリ」
「それはまた……」
「あ、でも別に恨んでるとかは無いわよ。実際、勉強サボってたのは私が悪いし、かといってノットみたいに無理やり勉強漬けの日々を強いられたわけでも無いし」
聞けばパンジーの祖父母はノット父のように厳格なタイプだったらしく、それゆえ親は「娘に自分のような苦労はさせたくない」とパンジーの意志をかなり尊重してくれていたそうな。
「だからこうなったのは自業自得だし、納得はしてる。けど、それはそうと面倒臭い気持ちに変わりは無いのよね」
そう言ってパンジーは軽く杖を振り、鞄から職業紹介のパンフレットを引っ張り出しました。グリンゴッツに魔法省、外資系……純血名家の子供にも職業選択の自由が増えてきたとはいえ、あくまで嫌な仕事に就かなくても良いだけで、好きな仕事に就けるとは限りません。
ふむふむと頷き、少し質問する相手を変えてみます。
「ドラコはどうするんですか?」
「家を継ぐに決まってるだろう。マルフォイ家の跡取りは僕一人しかいないんだから」
自分の代で聖28一族を代表する名門マルフォイ家を途切れさせるわけにはいかない、と誇らしげに胸を張るドラコ。親の期待や一族の義務に応えることを当然と受け止め、むしろ誉れとする在り方はまさに貴族の鑑でしょう。
「ノットは?」
「親父に“実家を継げ”って言われてるから、実家だけは継がない」
塩顔で無表情クールキャラっぽい見た目の割に、なかなかロックなことをのたまうノット。同じ聖28一族の嫡男とはいえ、ドラコとはえらい違いです。
「そのぐらい吹っ切れれば、私も楽なんだけどなぁ……」
まだ反抗期が続いてるらしいノットに、ミリセントが少し羨ましそうにぼやきます。昔は少々ガサツな所もあったものの、最近は段々と年頃の女の子っぽい振る舞いも板についてきたようで、珍しくしおらしい反応。
「ミリセントも家を継ぎたくない感じですか?」
「まぁ、ね」
歯切れの悪い答え。黙って先を促すと、どこか居心地悪そうに再び口を開きました。
「といっても、イレイナやアンソニーみたいに他にやりたい事があるわけでもないし、ノットほど親に逆らいたいわけでもないんだよ」
ただ、と続けるミリセント。
「単純に家業に興味が無くて。けど、それじゃ理由として弱いっていうか……親が家を継がせようとしてるのも、私の為を思っての事だってのも分かってる。だから……」
彼女が何を気にしているのか、なんとなく分かってきました。
「やりたくない事はハッキリしてるのに、やりたい事がハッキリしてないから、首を横に振ることも縦に振ることも出来ない、と」
学生のうちから、明確な将来像が決まっている人は決して多いわけではありません。しかし、将来の夢が分からないからといって、何の疑問もなく親や大人たちの言う事が「正しい」と思えるほど、単純な子供だった時代は過ぎてしまって。
もちろんノット家のように過干渉する親もいれば、ダフネの親のように完全な放任主義の家庭もありますが、ミリセントの場合はそれほど極端でも無く。だからこそ今まで育ててもらった恩を考えれれば、反発しつつも決別するほどの決心はつかないというジレンマ。
(中々、ままならないものですね……)
ヴォルデモート卿の復活に比べれば、取るに足らない悩みかもしれません。けれども、確かにミリセント・ブルストロードという一人の少女の人生がかかっているのです。
それを思えば、軽く流すわけにもいきませんでした。
「ちなみにトレイシーは? 将来とか決まってる?」
不意にミリセントが話の矛先を変えると、手鏡で目元チェックをしていたトレイシー・デイビスさんは「うーん」とブラシでアイシャドウを微調整しながら答えました。
「いくつか興味のある仕事はあるけど、まだ決め手には欠けてる感じ」
だから、とメイク道具をポーチに入れてトレイシーが向き直りました。
「ユフィ先輩も言ってたけど、バイトとかインターンしながら決めようかなって。今年の夏も一応、ダイアゴン横丁の合同企業説明会に行ってきたし、クリスマスには魔法省のインターンに申し込むつもり」
男好きでチャラい性格ながら、抜け目なく将来の準備も着々と進めている様子。意外といえば意外ですし、らしいと言えばらしい気もします。
そんなトレイシーの回答に、「え」とショックを受けたような顔になるミリセントとダフネ。
「マジで?」
「私たち、まだ5年生なのに……もう説明会とかインターン行ってるの?」
「これぐらい、別に普通じゃない?」
「今年は進路相談もあるし」
「むしろスリザリンに入る最大のメリットって就職関連のサポートが充実してるとこだから、利用しないと損じゃん」
トレイシー、リリィ、ソフィの発言に、「ぐはッ」と精神的ダメージを受けて倒れる純血名家2人組。この辺の意識は一応お嬢様のダフネたちより、野心の強い半純血組の方がしっかりしているようでした。
「はぁ~……とりま、職業体験だと思ってバイトでも探すか」
「私も、今年のクリスマスは企業説明会とインターン行ってみようかな」
「それがいいと思いますよ。具体的なイメージが出来ていた方が、選ぶにしても諦めるにしても現実的に考えられると思いますし」
私の言葉にダフネは「そうだね」と微笑んだ後、と少し複雑そうな表情を浮かべて。
「でも……こういう話をするのって、ちょっと寂しいよね」
今は当たり前のように毎日顔を合わせていますが、卒業すれば新しい人間関係も出来るでしょう。新しい職場で、人によっては新しい土地で、新しい仲間や同僚と毎日一緒に仕事をすることになります。
「私たち純血名家はなんだかんだ社交パーティーとかで会う機会はあるんだろうけど、イレイナみたいに旅に出ちゃったり、ブレーズみたいに外国で働く場合は、会う機会も理由も減ってくるんだろうなぁって」
言われて、他の生徒たちも似たような感傷を抱いたようで。
「だよね。会う理由みたいなのがないと、どうしても職場が人間関係の基本になっちゃうし」
「フクロウ便とか両面鏡で連絡はとれても、理由なく一緒にメシ食ったり、中身のない会話を延々とするわけにはいかんもんな」
「けど、もう準備しないといけない年なのよね……私たち」
「それは……たしかに、少し寂しいですね」
だからこそ、だったのかもしれません。
将来に向けて準備しないといけないと思いつつ、また私はヴォルデモートの対策をしないといけないと思いつつ、やっぱり今のうちにホグワーツでの思い出を沢山作っておきたくて。
「――ねぇイレイナ、今度ちょっと皆でホッグズ・ヘッドに集まれない?」
そんな風に言ってきたハーマイオニーの誘いに、つい首を縦に振ってしまったのでした。
高等尋問官というか教師の査察制度それ自体は、これまでのホグワーツの不祥事を見れば当然の措置な気がしないでもない。
グリーングラス家の屋敷しもべ妖精ズ
①プリーチャー
・信心深い。オムレツに卵は2つ、牛乳は混ぜない主義
②ネドリー
・太い。メガネかけてる。優秀だが勤務態度は悪い。
純血名家といっても千差万別、けれど進路の悩みは似たり寄ったり……エリートは親が色々とお膳立てしてくれるけど、その分だけプレッシャーも感じるし、教育熱心な親が良かれと思って教育虐待をしてしまうパターンも少なくないイメージ。