ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
自由闊達な校風で知られるホグワーツの生徒は皆、創意工夫の精神に満ちております。
なにせ魔法界じゃ暖炉を壊そうが、壁にペンキをぶちまけようが、ポーチのコスメグッズをぐちゃぐちゃに散らかそうが、杖を一振りして「レパロ-直れ!」だの「スコージファイ-清めよ!」や「パック-詰めよ!」と唱えるだけで元通りなのですから。
というわけで失敗は成功の母とも言うように、とりあえず「やってみなはれ」の精神で気軽にチャレンジするのが魔法使いの卵たち。
マグル生まれも最初こそ「やだ、魔法族ってルーズ過ぎない……?」と驚くわけですが、卒業する頃には往々にして「やだ、マグルって神経質過ぎない……?」と華麗に手のひら返しするもの。朱に交わればなんとやらという事なのでしょう。
そんな状況もあり、少し前であれば双子のウィーズリーさんとリー・ジョーダンさんたちが1年生たちに試作品の悪戯グッズを配っていても、個人の自由と自己責任が尊重されていたのです。
「さぁさぁ皆さま、お馴染み『ズル休みスナックボックス』に新作だ!」
「この『気絶キャンディ』を一口食べれば仮病、授業をサボって退屈な時間から脱出しよう!」
名前の通り、キャンディを食べた1年生は一人ずつ、椅子に座ったままコトリと気を失ったり、床に滑り落ちたり、舌をだらりと出して椅子にもたれたりしていきます。
見物人の大多数も「ウケるw」と笑って大いに盛り上がっており、ジョージさんはその様子を観察しながら「この用量で十分に効くな」などと頷いておりました。
ところが、こういった状況を問題視したのが「闇の魔術に対する防衛術」新任教授にして「高等尋問官」たるドローレス・アンブリッジ先生。
「ご存じの通りホグワーツの秩序と風紀は著しく乱れており、さらに昨今では脱獄犯シリウス・ブラックによって“『例のあの人』が復活した”などという陰謀論が社会の不安を煽っていることから、危機管理体制の強化は急務となっております」
魔法省向けに私が用意したカバーストーリーを上手く利用して、「治安悪くなったから取り締まり強化するわ」と反対しづらい大義名分を掲げていきます。
「ホグワーツの教職員数はたったの18名、監督生もせいぜい24名ほどしかおらず、約1000人の生徒を取り締まるにはあまりに過少な人数です。生徒たちに安全で快適な生活を保障するには、人手不足の解消は欠かせません。よって、魔法省は新たに『尋問官親衛隊』を創設いたしました!」
魔法大臣上級次官を務めただけあって、行政手腕に関してはまさしくエリート官僚そのもの。性格が悪いからといって、頭まで悪いとは限りません。だから困るんですが、まぁそれはそれ。
というわけで新設された『尋問官親衛隊』ですが、公表された役職名簿を見ると――。
隊長:ドラコ・マルフォイ
副隊長:カシウス・ワリントン
隊長代理:パンジー・パーキンソン
副隊長代理:イレイナ・セレステリア
特別顧問:アーガス・フィルチ
作戦担当:セオドール・ノット
人事担当:レジーナ・ロウル
監査担当:ロウェナ・ロウル
事務担当:アルバート・サロウ
会計担当:エイドリアン・ピュシー
情報担当:グラハム・モンタギュー
広報担当:ハルカ・エンドウ
見事にスリザリン生がずらり。申し訳程度にハッフルパフのハルカ・エンドウ先輩がマイノリティ配慮枠として入っている以外は、どう見ても立派な身内優先人事でした。
そして私の肩書は副隊長代理という、誉れ高くもめちゃくちゃヒマな役職。監督生の仕事やダンブルドア軍団の訓練もありますし、面倒な仕事を増やしたいわけでもありません。
なので渡りに船といった感じではあるのですが、それでも最低限の仕事はしないといけないわけでして。
「あのー」
私はクリップボード片手に、気を失った1年生たちの記録をとっている双子に声をかけました。
「教育令25号により、こういった魔法を使用した精製物を尋問官の許可なく生徒に経口摂取させてはいけない決まりになりまして……」
「堅苦しいこと言うなよ。その理屈なら、熱操作系の呪文を使って市販のチョコを溶かして生チョコ作るのだって違法になるじゃんか」
「ちゃんと謝礼金も払ってるし、契約書だってあるぜ!」
フレッドさんが口を尖らせ、ジョージさんは羊皮紙をヒラヒラさせました。
「いや、でも病気になる危険性とかがゼロとは……」
「ないない。ぜんぶ自分たちで実験済みだ。これは単に同じ反応か、バラつきをチェックしてるだけだって」
「そりゃゼロリスクってわけにはいかないけど、ちゃんと解毒剤だってあるんだ」
ジョーダンさんが紫色のキャンディを1年生の口に押し込むと、ほどなくして倒れていた1年生がゴソゴソと動き出しました。
「ローズ、リッチー、ユーアン、大丈夫かい?」
黒髪のハッフルパフ女子生徒が「たぶん……」と弱々しく答え、グリフィンドールの男子生徒2人は放心したような顔をしているようでした。
「たしかに今回のケースでは目立った外傷が無く、合意の上で契約書にサインもされているので、不適切ではあるが違法とまでは言えません。ですが、あくまでグレーゾーンなのでエスカレートするとですね……」
などと今後の予防も兼ねて念のため苦言を呈していると、悪い顔をしたフレッドさんが「まぁまぁ」などと言って肩をポンと叩くのです。
「俺たち、友達だよな? スリザリンは身内は大事にするんだろ?」
「私は優等生なので公私混同は避けるタイプでして……」
「それはそうと、アップルパイ食うか?」
フレッドさんは人差し指を口に添えて、すっと私のポケットに何やら小さな包みを突っ込んできました。
「………」
こいつら全然反省してねぇ……。
ホグワーツ監督生は学校の秩序を守り、そして尋問官親衛隊もまた高等尋問官を補佐して規則違反者を捕らえるのが本来の仕事です。ましてや、自ら規則違反をしたり、風紀を乱すなどあってはなりません。
「あのですね、いくら私でもこんなあからさまな賄賂なんて受け取れ――」
と口では言いつつ、「まぁ、金額によっては応相談……」とつい期待してしまうのが人の業とか原罪というものでしょう。
そして小包を開けると、入っていたのは銀紙に包まれた一切れのアップルパイ。せっかくなので美味しそうなアップルパイをもぐもぐと頬張り、甘いリンゴとバターの豊潤な風味が口の中を満たしていくのを堪能しつつ、銀紙を開くとこんなことが書かれておりました。
『兄弟、銅貨チョコ受け取ると良いことあるぜ!』
そして「もっと食うか?」と得意げな表情のジョージさんが渡してきたのは、可愛くラッピングされた銅貨チョコの袋詰め。見た目はもちろん重量までズッシリとした、まるで本物のクヌート銅貨のような――。
「しかし……私はホグワーツの公共の福祉のために身を粉にして働く身……やはり賄賂なんて」
ところがジョージさんは首を横に振り、にんまりと笑って言いました。
「何をおっしゃる。これは忙しい中、真面目に働いてるイレイナへの、俺たちからの心ばかりの景気づけだ」
「つまり賄賂では?」
「いいえ、これはチップですぞ」
――
なんと甘美な響きでしょう。そう、チップとは我らが英国が世界に誇る、偉大な伝統文化であります。
けちんぼの大陸の人と違って私たち英国人は紳士淑女の集まりなので、例えばホテルのスタッフが荷物を運んでくれたり、ウェイターが空になったお皿をすぐ下げて次のメニューを持ってきてくれた時には、心づけとして現金を渡す習慣があるのです。
一般的なチップの相場はサービス代の10%ほどですが、あくまで相手のホスピタリティに対する善意のねぎらいであるため、素晴らしいサービスをしてくれた時には100ポンドでも200ポンドでも支払っていいわけです。
「というわけだ。イレイナ、気にせず受け取ってくれ」
なるほど、ふむふむ。そうですか、チップであれば仕方ありませんね。先祖たちが大事に守ってきた英国文化は、歴史ある伝統として次世代にもしっかり継承しなければなりません。
「……いただきましょう」
つまり、これは不可抗力というものです。だって人間だもの。
◇◆◇
それから程なくして、尋問官親衛隊の業務は急増しました。少し前に発令された『教育令24号』により、ホグワーツの学生組織や集会はいったん全て解散となったからです。
活動再開には高等尋問官への届け出と承認が必要なのですが、アンブリッジ先生は露骨に古巣のスリザリン寮生の申請書だけを贔屓し、他寮のそれには何かと書類不備を理由にバサバサッと却下しております。
「あら、名前と日付の間にカンマがありませんわね。ちゃんと体裁を確認して再提出しなさい」
「“DADA”では分かりません。誤解を招かないよう、略称は使わず正式名称を使用すること」
「同一用語の表記がバラバラですわ。『1000』か『thousand』のどちらかに統一して」
「本当に記載要領を読みました? 本文はローマン体、タイトルはイタリック体にしろと書いてあるはずですが?」
なぁなぁで物事を済ませる魔法族にしては珍しく、丁寧な文書主義を重視するのがアンブリッジ流。マグル嫌いのくせに、マグルの官公庁に事務員として転職しても普通にやっていけそうな気がします。
「本文のフォントは0.15インチですが、注釈は0.12インチと決まっています。作り直してきなさい」
「文章が枠内からはみ出ています。罫線もきちんと定規で引いてください。以上、却下」
「基本がなってませんね。決済欄に寮監全員の承認が必要なのに、スネイプ先生のハンコが抜けています」
「先週末に書類様式が改正されたのをご存じない? それは残念ですがルールはルールですので、改訂前の様式で作っても受け取れません」
とまぁ、そんな感じで世の中をナメてる学生たちに、これでもかとお役所仕事の厳しさを突き付けていくアンブリッジ先生。
「ふえええ……もうやだあぁぁぁ……!」
「アンブリッジのバカヤロー!魔法省の税金ドロボー!」
「今こそ悪しきスリザリン独裁政権を打破し、労働者の手に権利を――」
当然ながらホグワーツ中に怨嗟の声が溢れ、教育令には下品な落書きが書かれるようになり、禁止されているはずのアンブリッジ先生や魔法省の悪口がそこかしこで囁かれ、ついには革命まがいの扇動まで発生するようになりました。
――その度に駆り出されるのは、尋問官親衛隊です。
「鎮まれー、鎮まれーい!」
監督生にも関わらずアンブリッジ批判をしていたアーニー・マクミランさんとハリー達3人組の前に、6年生のロウェナ・ロウル先輩が立ちはだかります。
「貴様ら、監督生の権威を笠に着て悪口を言いたい放題とは不届千万――この親衛隊バッジが目に入らぬか!」
いつもならここで観念した生徒たちが「はは~」と平伏するところなのですが、この日ばかりは状況が違いました。
「いや権威を笠に着てるのは先輩も一緒ですよね……?」
割と真っ当なことを言うアーニーに、ロンとハリーもうんうんと頷きます。ところがハーマイオニーの方はというと。
「もう我慢できないわ……!」
やりたい放題のアンブリッジ先生と、それを利用して更にやりたい放題やってる親衛隊員でしたが、人権意識の高い彼女がついに抵抗の声を上げたのです。
「黙りなさい! 私たちだって恐れ多くもダンブルドア校長から、ホグワーツ監督生に選ばれた身なのよ! 魔法省の使いっ走りじゃありません!」
威勢よく啖呵を切った彼女に、周囲の生徒たちも「よくぞ言ってくれた!」とばかりにやんやの大喝采。
「学問の自由に基づく学生自治権に基づき、親衛隊の横暴に抗議します! 親衛隊こそ魔法省の権威を笠に威張りちらし、伝統と格式あるホグワーツで乱暴狼藉を働くなんて言語道断!今回の件、直ちにダンブルドア校長に報告してホグワーツ理事会にかけあってみせますから、心しなさい!」
高等尋問官の権威に平伏するどころか、逆に親衛隊一行をホグワーツの治安を乱す者と断じて、正々堂々と返り討ちにしようとする往生際の悪さを見せたのです。
――まぁ、スリザリンOB・OGに牛耳られたホグワーツ理事会は何の役にも立たなかったんですが。
となると、生徒たちの立場も大きく2つに分かれます。1つは更に過激な抗議活動に走る者たちで、もう1つは先ほどのフレッドやジョージのように親衛隊に便宜を図ってもらおうとする者たち。
なにせ寮は違えど、もう5年も同じ学校で共同生活を送っているのです。それなりに他寮にも知り合いは増えますし、去年には三大魔法学校対抗試合やクリスマス・ダンスパーティーなんかもあって、ホグワーツ全体に融和的な雰囲気が見られるようになりました。
そんなこともあってか、アンブリッジ先生の教育令ラッシュに対して、尋問官親衛隊には多くの問い合わせが寄せられるようになっていきます。早い話が警官や弁護士になった途端、親戚が次々にトラブル相談を持ち込んで来る、みたいなものでしょうか。
「あのぅ、スフィンクス・クラブの再結成をお願いしたいんですけど……」
「クラブ活動再開の申請ですね、お待ちくださーい」
かくして尋問官親衛隊の事務室には、次から次へと依頼人が長蛇の列をなして並ぶようになりました。
「クィディッチ・チームの備品購入に関する書類ですが、これでいいでしょうか?」
「そうですね……あ、ここ間違えやすいんですけど、支出総額は年度末ではなくて年末で一旦区切ってください」
「すみませーん、番号札13番の方!」
「はーい」
「お待たせしました。備品登録の確認が済みましたので、よろしければサインの前にチップを……」
「――おいデリック、6階の大教室を明後日にレイブンクロー7年が勉強会用に借りる件だが、ちゃんとアンブリッジの決裁とったか?」
「ちょい待ち……やっべ、忘れてた。今すぐ聞きに行くわ」
「ったく、今月で2度目だぞ。次からは忘れんなよ」
「了解っす! サロウの兄貴!」
「うるせぇ早く仕事しろ」
知らない人が見れば「どこのお役所?」と勘違いしてしまいそうな光景が、そこには広がっていました。
**
「どうしてこうなった……」
何故か頭を抱えるドラコでしたが、隣にいるノットは満足そうに頷いており。
「安心しろ。全て計画通りだ」
「どこがだよ」
「これより
「人の話を聞け。あと作戦名は他にもっと良い名前あっただろ」
しかし、ノットは自信満々といった表情で羊皮紙を何枚か掴んでドラコの前に突き出します。
「よく見ろ。あらゆる組織、団体、グループ、クラブの代表には全てスリザリン生の名前が書かれている」
アンブリッジ先生の教育令ラッシュは留まることを知らず、比例して書類仕事は際限なく増えていくばかり。そのくせ枝葉末節には厳しいため、だったらその道の専門家――尋問官親衛隊に委託した方が早いじゃんと生徒たちが考えるのは自然な流れ。
徐々にホグワーツ中の事務作業が親衛隊にアウトソーシングされるようになり、気づけば立派な官僚機構の出来上がり。その頂点に立つ親衛隊は、今や監督生に匹敵するホグワーツのエリート集団です。
もちろん最終的な意思決定権はアンブリッジ先生が握っており、親衛隊はあくまでその補助機関に過ぎません。となれば、きっとアンブリッジ先生はこう考えたことでしょう。
(増えた仕事は全て親衛隊に丸投げすれば、無限に教育令を乱発して高等尋問官の権力を強化できるのでは……?)
当然、調子ぶっこいて仕事を増やしてはアウトソーシングしまくります。
しかし、アンブリッジ先生といえども人の子である以上、膨大な書類仕事の全てを掌握することは出来ません。乱発された教育令は複雑に絡み合い、もはや当の本人ですら全貌は把握できなくなる始末。
次第に実権は実働部隊である親衛隊の方に移っていき、ドラコやノットたち親衛隊幹部が教育令に口出しする事も増えてくるのです。つまるところ、実質的な体制内クーデター……兵士や秘密警察を使って市民を弾圧していた独裁者が、いつの間にやら軍隊や内務省に生殺与奪の権を握られてしまうように。
それこそが、自称天才軍師たるセオドール・ノットの狙いでした。
「ここに、我が策は完成した―――全ての権力を親衛隊に」
こうしてアンブリッジ先生の権力強化を支える背後で少しずつ実権を奪っていったノット達でしたが、世の中は因果応報なもの。
アンブリッジ先生が権力の肥大化と共に増え続ける仕事を1人では回し切れず、次々に尋問官親衛隊へと丸投げしたように。
ドラコたち親衛隊幹部もまた、増える一方の仕事をどうやって捌いていたのかというと――。
一見するとマトモそうなことを言いながら、しれっと独裁体制成立に利用するアンブリッジ。
そのアンブリッジに乗っかって甘い汁を吸いながら、ちゃっかり実権を掌握する尋問官親衛隊。
イレイナさんの弱点(お金)に付け込み、当然のように賄賂を渡す双子。
イレイナさん「これはチップです……誰が何と言おうがチップなのです……」
駄目だこのホグワーツ……早く何とかしないと