ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
※独自解釈あり。苦手な方はご注意ください。
私――ハーマイオニー・グレンジャーにとっても、それは大きな賭けだった。
「ハリーの暴露動画を出すわよ。リータ・スキーターの新コンテンツで、“例のあの人”が復活した時のことを話すの」
「3本の箒」で計画を告げた時、ハリーとロンは信じられないものを見たような顔になった。2人で顔を見合わせ、心配そうな表情で再び私に向き直る。
「ハーマイオニー、今日はゆっくり休もっか」
「無理し過ぎると身体にも脳みそにも毒だぜ」
「お気遣いありがとう。でも、私はいたって健康だし正気よ」
きっかけは最近ホグワーツで流行っている「リール魔法新聞」という情報共有サービスだった。30秒ほどの短い魔法の写真と300文字ほどの短い記事を投稿すると、知り合い同士が互いに閲覧できる、というもの。
スキーターも日刊予言者新聞をクビになって大人しくしてるかと思いきや、フリージャーナリストに転身した挙句、いつの間にかこんなコンテンツまで開発していた。
ここまでしぶといと怒りを通り越して、逞しさに対して呆れと感心すら覚える。もともと「真実を報道する」より「売れる記事を書く」がリータの信条なので、案外ビジネスマンとして商才はあるのかもしれない。
(でも、私たちが求めてたのはこれなのよね……)
さっそく、ルーナに頼んで試しに『ザ・クィブラー』のチャンネルを開設してもらうと、さっそく「ファッジは小鬼をパイに入れて焼いた」みたいなトンデモ系の陰謀論動画なんかが大量に投稿され、大きな反響があった。
それはそれでどうなんだと思いつつ、去年の『屋敷しもべ妖精福祉振興協会』立ち上げ時にイレイナから受けたコンサルティングを思い出す。
――世の中は目立ってナンボです。悪名は無名に勝ると言うじゃないですか。
やっぱり納得はいかないが、結果的にうまくいったのも事実だ。
(ともあれ物は試しだから、やってみるしかないわね……!)
そんなわけで渋るハリー達を説得し、なんとか動画の投稿までこぎつけたところ――。
『これマジ?』
『聖マンゴでショック療法呪文のいいのを受けるべき』
『正直よくわからん』
『やっぱり真実を報道しない日刊予言者新聞はクソだな』
『こいつ頭おかしいだろ』
『ぜひ市民の目を覚ましてください!これからも応援します!』
『スキータグラム』のクィブラー・チャンネルに公開されたハリーの暴露動画は瞬く間に拡散し、大量のコメントやらフクロウ便がハリーの元へと寄せられた。
ついでに提供元の『ザ・クィブラー』の知名度まで上がり、思わぬ経済波及効果を生んだらしい。しかもルーナは大はしゃぎで、興奮のあまり目玉が飛び出さんばかりだった。
「ホントにありがとね! ザ・クィブラーがこんな売れたことは無いって、パパが驚いてた!」
そして話題が話題を呼び、気づけば逆にホグワーツでこの動画を見ていない人はいないんじゃないかというレベルにまで広まっていた。
**
その日の5年監督生会議でも、話題はハリーの動画の件で持ち切りだった。
「すごいや! ハリーのおかげで僕まで質問責めだ!」
目を輝かせるロンは、棚ぼた式とはいえ自分に注目が集まるのが嬉しくてたまらないといった様子だ。
「でも、アンブリッジは怒り心頭だよ~。おかげで、また教育令が増えた」
パドマ・パチルは、苦笑しながら「どうせ親衛隊の連中も
動画は瞬く間にアンブリッジの知るところとなり、すぐさま『教育令27号』が発令された。徹底的な取り締まりを図るために、尋問官親衛隊には生徒たちを抜き打ちチェックして、所持許可のない多機能両面鏡を没収するよう指示が出された。
ところが、これが完全な悪手だった。
陰謀論というのは否定すればするほど、かえって「必死に否定するのが逆に怪しい」と循環論法的に確信を強めてしまうもの。
日刊予言者新聞やファッジ大臣が相次いで「ヴォルデモートは復活などしていない」と否定するも、水面下でひしめいていたメディアへの不信感や政権への不満に火がついてしまい、ハリーの発信した「ヴォルデモート復活説」は急速に支持を広げていく。
『また日刊予言者新聞の偏向報道か』
「もしハリーの話が本当なら、ファッジの辞任どころじゃ済まない大問題』
『都合悪くなるとすぐだんまりを決め込む日刊予言者新聞』
『最近ファッジのハリー叩きエグいな』
『これだけ不人気なのに魔法省は純血名家の顔色伺いばっか。市民のことなんて全然考える気ない』
間違いなく風向きは変わり始め、ハリーに対して追い風が吹くようになってきた。多機能両面鏡のコメントばかりでなく、フクロウ便でもハリーに手紙や寄付が届くようになり、逆にファッジ大臣の支持率は低下する一方だ。
(とはいえ……)
気が緩んでいたのか、つい心の声が口を突いて出てしまう。
「どうして皆、こう極端な方向にばかり思い切りが良いのかしら……」
すると反対側の席にいたマルフォイが怪訝な顔をして私の顔をじろじろ見た後、横にいたイレイナを軽く肘で小突く。
「……グレンジャーはどうしたんだ? アイツにとって都合の良い展開になったはずだろ?」
「本人に直接聞けばいいじゃないですか」
イレイナは呆れ顔で私の方に向き直り、首を少し傾けて「というわけなんですが、実際どうなんでしょうか?」と目で聞いてくる。
「都合いい展開なのはそうなんだけど……ここまでやれとは言ってないというか、これじゃ『週刊魔女』の時と一緒よ」
去年、私はリータ・スキーターの書いたゴシップ記事のせいで、言われのない誹謗中傷に遭った。その時、誹謗中傷を止めるべく報道規制に動いたのが、当時の魔法大臣上級次官――ドローレス・アンブリッジだったのだ。
さっそくアンブリッジはこの問題を大きく取り上げ、「腫れ草」を使った郵便テロで痛々しい姿になった私の写真は、ウィゼンガモット議会で効果的に使われた。
世論は一転してスキーターへのバッシングに向かい、彼女は日刊予言者新聞をクビになる。『週刊魔女』も廃刊となり、アンブリッジは賛成多数でフェイクニュース規制法を可決させた。
現在ではそれが政権批判の取り締まりに使われ、ファッジ体制の延命に繋がっているのは、本当に皮肉としか言いようがない。
「……あの時、私はただ誹謗中傷を止めて欲しかっただけで、別にスキーターを失業させたいとか『週刊魔女』を廃刊に追い込みたいとまでは思ってなかったのよ。無責任なゴシップやデマを広めるのは止めるべきだけど、検閲までするのはやり過ぎっていうか」
「でも、そのぐらいしないと何も変えられなかったんじゃない?」
口を挟んできたのは、それまで興味深そうに私たちを見守っていたアンソニー・ゴールドスタインだった。
金髪碧眼に透明感のある肌で、いかにもに優等生然とした雰囲気の美形だ。穏やかだけど所作や言動の節々に育ちの良さやスマートさが滲み出ていて、監督生同期の中ではイレイナの次ぐらいに頼りになる。
「どうしてそう思うの?」
「世論が君を叩いてるうちは、スキーターや週刊魔女が圧倒的優位だからね。わざわざ譲歩する理由が無い。で、君たちはアンブリッジを味方につけて形勢逆転を果たしたわけだけど、そうなると今度は逆に報道規制を進めたいアンブリッジに譲歩する理由が無くなる」
レイブンクローらしい冷静な分析だ。言われてみれば、たしかに必然だったのかもしれない。
「……やっぱり、アンブリッジを味方につけたのは間違ってたのかしら」
「そうは思わない。一介の学生が孤立無援で大手メディア相手に勝てるほど世の中は甘くないし、あのまま誹謗中傷が悪化してたら、君が鬱病や自殺に追い込まれる可能性だってあったんだし」
私の表情が曇ったのを見て、アンソニーが表情をやわらげる。
「あんまり気にし過ぎない方がいいよ。リータの近くには言論の自由を絶対視する人が集まって、アンブリッジの近くには言論を統制してプロパガンダに使いたい人が集まる。ファッジの近くには変化を嫌う人が集まって、ダンブルドアの近くには現状を嫌う人が集まる……もともと水と油なんだから、世論が変わる度に大きく揺れるのは仕方ないって」
私は溜息を吐いた。
「その点、イレイナはうまくバランスを取ろうとしてたわね。“例のあの人”が復活した時も、DAでマリエッタたちとひと悶着あった時も……」
「ええ。私の人望があればこそです」
強気な言葉とは裏腹に、イレイナは曖昧な表情を浮かべる。
聡明な彼女のことだ。傍目には多様な利害関係者の間を巧みに渡り歩いているように見えるけど、それが曲芸のように繊細なバランスの上に成り立っていることを、他でもない本人が一番理解しているだろう。
つまり、妥協路線や宥和政策そのものに賛成している人は、決して多くは無いのだ。
あくまで影響力のある人物――イレイナが融和に動いているから、今のところハリーもファッジもアンブリッジもマリエッタもマルフォイも暴走していないだけのこと。
良い意味で「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」が、辛うじて崩壊を防いでいる。
「無駄に争うよりマシだとは思うんだけどなぁ」
アーニー・マクミランが腕組みしながら首をひねると、アンソニーが苦笑する。
「そうだね。でもマシってのは“悪くない”だけで、“良い”とまでは言えない」
「どう違うんだ?」
「理性を働かせた、消極的な支持ってことだよ。感情が乗った、積極的な支持じゃない」
意外そうな顔でアーニーが質問する。
「驚いた。君もそうなのかい?」
「まぁね。頭じゃイレイナがアンブリッジとも上手くやってるのは得だと理解してるけど、本音はこうだ―――さっさとホグワーツをめちゃくちゃにして、とことんアンブリッジを困らせてやりたい。できれば辞任まで追い込んで、ついでにファッジも失脚してくれれば最高だ、ってね」
「っ」
なんとも甘美な誘惑だった。間違いなく、気分はスッキリする。
「だけど、実際にそれをやっちゃうと、魔法省職員の親がいるマリエッタ先輩とかまで、巻き込まれて苦労する羽目になる。マリエッタ先輩が困れば、親友のチョウ先輩も困る。チョウ先輩が困れば、結局は彼氏のハリーも困る。ハリーが困れば、親友のロンが困る。ロンが困れば、チェスクラブ仲間の僕も困る」
ロンが「ひえー」と口を大きく開いた。
「君、何かする度にそんな先のことまで連想ゲームしてるのかい? よく頭パンクしないな」
すかさずマルフォイが皮肉っぽく口の端を歪めて笑う。
「ウィーズリー、お前の想像力がティースプーン一杯分しかないからって、他人まで同じとは限らないぞ」
「あいにく、僕は口より手を動かす派なんだ。論より証拠ってね」
「つまり脊髄反射で動いてるというわけか」
「クラッブとゴイルに介護されてる奴に言われてもな」
「出た出た。また始まった」
ハンナ・アボットがくすくすと笑う。もはやロンとマルフォイの間で交わされる皮肉の応酬は、5年監督生の風物詩みたいなものだ。
「さっきのアンソニーの話だけど、私は別にそこまで嫌いじゃないかなぁ。アンブリッジ先生のやり方」
意外な発言が飛び出してきた。ふわふわした金髪を三つ編みにして、穏やかな性格のハンナはグリフィンドールにも多くの友人がいるけど、だからといって私たちのイエスマンというわけでは無いらしい。
「ハンナ、貴女そんな風に思ってたの?」
「うん。ていうかアンブリッジ先生、ハッフルパフじゃ評判そこまで悪い訳でもないし」
「あんなに細かく口出しされたら、何をするにも迷惑じゃない?」
「そこはそうなんだけど」
同意するように頷いてから、ハンナは言葉を選ぶように言う。
「そもそもハッフルパフ生の大半って、そこまで“何かをしたい”って思ってないんだよ」
グリフィンドールであれば理想、レイブンクローであれば好奇心、スリザリンであれば野心を。それぞれ叶えたいと願い、目標に向かって努力する――そういうのが当たり前だと思っていた。
「私たちはさ、普通に授業受けて、普通にクラブ活動して、みんなで仲良く平和に過ごせれば、割とそれだけで満足なんだ。そこまで大きな夢とか叶えたい目標とか無いし、分をわきまえながら、やるべき事は着実にこなして、波風を立てずに定年まで暮らせたら、ささやかだけど充分に幸せっていうか」
ハンナは砂糖たっぷりのミルクティーを啜りながら続ける。
「もちろん努力とかチャレンジも大事だけど、普通の生活を壊すほど暴走されると周りが迷惑するし、そうならないようルールを決めて皆で守るべきだと思う……教育令に文句を言う人も多いけど、あれは進め方の問題で、方向性は間違ってないんじゃないかな」
そう言われると、なんだか耳が痛い。1年生の時の私が今の私を見たら、あまりの規則破りの多さに仰天するだろう。
逆に、ハッフルパフはアンブリッジに反感を抱いていても「ルールはルール」と割り切って、大人しく教育令に従う傾向がある。声の大きい人間にとってルールは枷だが、声の小さい人間にとっては傘だ。無法地帯よりは独裁の方がまだマシ、ということかもしれない。
「ハッフルパフには安定志向が強い人間が多いから、そうだろうとも」
どことなく小馬鹿にした口調で、マルフォイが口を挟む。
「そしてアンブリッジのお気に入りは、屋敷しもべ妖精みたいな美徳の持ち主だ。目上の決めたルールに従順で、勤勉に働き、無欲で下剋上される心配がない」
「え、贔屓してもらってるのにその言いぐさ?」
マルフォイはフンと鼻を鳴らした。
「あいにくだが、幸福な屋敷しもべ妖精で満足するような人間は、スリザリンにはいないんでね。それに、僕は名門マルフォイ家の将来を担う身だ。アンブリッジに使われるのではなく、使う側まで登りつめる義務がある」
マルフォイとハンナの違いは、そのままエリートと庶民の違いだった。社会にはどちらも不可欠だけど、両者は簡単には相容れない。
でも――。
(少し前のマルフォイだったら、すぐ逆ギレしてたはず。ハンナにしても不満を抱えたまま、本心を他寮生の前ではっきり言ったりはしなかった……)
まだ相互理解には程遠い。けれど、少しずつ風向きが変わっているのを、私は感じ始めていた。
**
風向きの変化は、他の生徒たちの間にも現れていた。
例えばマリエッタ・エッジコムの場合――。
「お願い! チョウにクィディッチの練習を再開させてあげたいの!」
親衛隊事務所で懇願するも、窓口で応対するカシウス・ワリントンはにべもない。
「ダメっつーか無理。アンブリッジがダメって言ってんだから、オレにはどうすることもできねーよ」
「そこをなんとか……」
「なんとかって?」
マリエッタは少し迷った末、紙きれにサッとペンを走らせ、周囲に見えないよう渡しながら言う。
「これぐらいでどう?」
手渡された紙きれを見て、ワリントンは「ほーう」と顎に手をやり。
「少々お待ちください。係の者に確認して参りますので」
とびっきりのスマイルで恭しくお辞儀をして、奥の方に引っ込んでいく。
なんか既視感があるような……?
そして待つこと数分、奥で何やらごにょごにょ会話をした後、羊皮紙を持ってきた。
「ではお客様、こちらの書類に関係者のサインを記入して、後日改めて提出をお願いします。ただし、手続きの関係で申請代表者には親衛隊の者の名前を書かせていただく事となりますが、それでもよろしいでしょうか?」
スリザリンOBのアンブリッジが、スリザリン生に甘いのは周知の事実だ。申請書の代表者がスリザリン生だったり、決裁欄に親衛隊員のサインが押されていると――不思議なことに、大幅な修正が必要な場合でも丁寧に付箋で修正事項を書いてくれたり、なんなら尋問官親衛隊メンバーに参考用のリーフレットを配ってくれたりする。
「ふぅん」
マリエッタはパーマをかけた赤毛をくるっと器用に指先に巻き付け、探るような目になって。
「その場合、申請はいつ頃に通るの?」
「オレの知るところでは――直ちに、遅滞なく」
マリエッタは笑顔で手を差し出した。交渉は成立したようだ。
「じゃあカシウス、今後ともよろしく」
「かしこまりました」
「でもキャラ変わり過ぎてキモいから、口調は元に戻してくれない?」
「オーケー、おもしれー女だな。殴るのは最後にしてやる」
気づけば、いつの間にやら噂を聞きつけた生徒も真似をし始めるもの。自然とスリザリン生を名目上の代表として書類を提出するだとか、スリザリン生が1人もいないのに
――そんな中、グリフィンドールは割と意地を張っていた方だった。
けれど、時の流れというのは残酷だ。
「よく聞いてくれアリシア、私だって不本意なんだ」
グリフィンドールの談話室では、監督生のアリシア・スピネットがキャプテンのアンジェリーナと双子に詰め寄られていた。
「監督生の私に、袖の下を渡せって言うの!?」
「だってアリシア、スリザリンのマイルズ・ブレッチリーと付き合ってんじゃん」
「身内を通すと通さないじゃ、金額が倍以上違うんだよ。最悪、そもそも審査が通らないことだってあるし」
ケイティ・ベルが手をがしっと掴み、畳みかけるように泣き落としにかかる。
「お願い! せっかく去年は優勝杯を掴めたのに、手続きが遅れて練習不足で初戦敗退なんてしたら、私たち全員ウッドに殺されちゃう!」
「待ってよ、いったん落ち着こ? いくらウッドでもそこまでは――」
「しないと思ってるなら、今からフクロウ便送って確かめてみる?」
「………」
それでも監督生としての矜持と選手としての向上心、そして人としての良心の間で揺れ動くアリシア。
「こんなこと……もしマクゴナガルにバレたら、みんなタダで済むと思ってるの?」
もしこれが数年前であれば、アリシアの正論に対して反論できるグリフィンドール生はほとんどいなかったはずだ。
ところが良くも悪くも寮を超えた交流が増えたせいか、ハリーの思考回路は本人もそうとは知らず蛇色に染まっていた。
「つまり裏を返せばマクゴナガルに怒られるのが恐いだけで、練習したいとは思ってるんだよね? だったら……」
小声でひとりごちた後、ハリーは落ち着いた声で「ねぇ」とアリシアに声をかけた。
「残ってるのは、もう僕たちだけだよ。レイブンクローもハッフルパフも、とっくに練習を始めてるんだ」
実際、オリバー・ウッドの後任人事は難航していた。募集の手続き、募集の告知申請の手続き、試験会場使用許可の手続き、選手登録の手続き……何をするにも高等尋問官のハンコが必要なのだから。
「このままだと仮に時間をかけて正規の手続きで申請が通ったとしても、練習不足で絶対に負ける。きっとマクゴナガルだってそれは本望じゃないでしょ?」
「それは……そうかもだけど」
オリーブ色をしたアリシアの瞳が揺れ動くのを見て、さっと目配せする
「(いけ、ハリー! あと一歩で落とせるぞ……!)」
「(もうちょい……もう一押し!)」
ハリーは綺麗な緑の瞳に悲しそうな色を滲ませ、僅かに上目遣いになるようにアリシアと視線を合わせた。
「僕、マクゴナガル先生を悲せませたくない」
「う……」
言葉に詰まるアリシアに、さらにハリーはダメ押しの一言。
「アリシアだって、今年で卒業なんでしょ? 監督生の仕事があるのに、毎朝一番早く起きてチームのために練習してたの、僕も見てたから」
なんだかんだ最後に人の心を動かすのは、本当の意味で嘘偽りのない気持ちだ。打算もあるけど、お世話になった先輩にちゃんと恩返ししたいという気持ちも、きっと8割ぐらいはあったのだろう。
後はただ、それを言葉にすればいいだけ――。
「だから、さ」
フレッドとジョージ、アンジェリーナ、そして最後にアリシアを見て。
「今年も、みんなで優勝杯を取ろうよ。そして最後には、4人とも笑顔で卒業して欲しいな」
にかっと白い歯を見せて微笑むハリー。
「……っ」
これまで可愛がってきた後輩から真っすぐな気持ちをぶつけられ、ついにアリシアも感極まったように目元を押さえる。つられてアンジェリーナまですずっと鼻をすすり、フレッドは照れたようにそっぽを向いて、ジョージの耳は真っ赤になっていた。
最後は皆で円陣を組んで「グリフィンドール、ふぁいとぉ~!」と拳を突きあげる流れまで、100点満点のお約束だ。
そして唐突に青春映画を見せつけられたグリフィンドール生は最初こそ好奇の目で見ていたものの、円陣を組む頃には一緒になって「おー!」と叫ぶ始末だった。
「ちくしょー! この主人公どもめ!」
「アオい! アオハルが爆発し過ぎてる!」
「でも好き! そういうの、もっと頂戴!」
「私も死ぬまでにあーいうの1回は経験したい!」
「まだ間に合うよ!今から頑張ろ!」
◇◆◇
「――みたいな流れだったそうです」
後日、その場にいたシェーマスさんから聞いた経緯を私が話し終えると、スネイプ先生は大きな溜息を吐いておられました。
「いや、その展開はおかしい……」
大広間では、まるで記念式典か何かのように、
式典の場には新キーパーに選出されたロン・ウィーズリーさんもおり、さっそくザカリアス・スミスさんたち評論好きの野次馬からあることないこと値踏みされるという、新人選手の洗礼を受けています。
「吾輩が若い頃なら、陸と海がひっくり返ってもグリフィンドールが賄賂を贈ってスリザリンが便宜を図るなど……」
ちなみにこの歴史的な和解写真をハリーがシリウスさんに送ったところ、「今の時代じゃお互いに呪いをかけあったりしないのか……」と似たような感想が返ってきたとのこと。
しかし、だからこそ。
「先生」
まるで幻でも見ているような表情で茫然としているスネイプ先生に対して。私はこう言うのです。
「世の中というものは、変わっていくものですよ」
良い方向にだけでも、悪い方向にだけでもなく。きっと、その両方へと。
個人的に、ハッフルパフが「劣等生の寮」と呼ばれる理由として、野心やエゴの弱さが良い方にも悪い方にも発揮されてるんじゃないかなと思ってたりします。
小市民的な気質というか、良くも悪くも「将来の夢は安定した公務員、都会より地元志向、与えられた仕事は真面目にこなして協調性もあるけど、出世とかキャリアアップとか人脈作りにはあんまり興味が無くて、投資より貯蓄」みたいな。