ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
※独自設定あり。苦手な方はご注意ください。
更に一週間たった後の魔法史の授業で、私――ミリセント・ブルストロードはどこか既視感のある会話をしていた。
「やばいね、またまた有名人じゃん」
今日はピンクベージュのキラキラしたネイルで掴まれたトレイシー・デイビスの多機能両面鏡から、グリフィンドール応援歌『ウィーズリーは我が王者』が流れてくる。
ウィーズリーは守れるぞ 万に一つも逃さぬぞ♪
だから歌うぞ、グリフィンドール ウィーズリーは我が王者♪
ウィーズリーは我が王者 ウィーズリーは我が王者♪
クアッフルをば止めたんだ ウィーズリーは我が王者♪
イレイナの目論見通りグリフィンドールチームは「ロンの士気を少しでも高める」「マルフォイにやられっぱなしで堪るか」と息巻いており、すぐさま公式チャンネルで新曲を投稿して発信強化に力を入れた。
(クィディッチの場外乱闘が人気合戦になるなんて、時代も変わったもんだなー)
これまでのホグワーツだったら、きっと決闘沙汰になっていたはずだ。
「けど、本当に流行らせちゃうとはね。歌詞だけ聞けば『ウィーズリー
トレイシーが感心したように言う。私も同感だったけど、イレイナはハンデをものともせず二匹目のドジョウを掴んだ。
「やっぱ、ダフネたちが歌ったのが大きかったよな」
イレイナの仕掛けは2段構えだった。
最初にグリフィンドール・チームの公式チャンネルから投稿された替え歌は、実際そこまで話題にならなかった。もちろんイレイナにとっては想定内の反応だ。それから一気にヒットまで持っていく仕掛けは、直後に投稿された別の『ショート魔法新聞』だ。
『ウィーズリーは我が王者【全力で歌ってみた】coverd by 吟遊詩人ビードルズ』
ドラコのアレンジがヒットした理由が歌詞なら、そこではなく演奏で勝負しようというのがイレイナの作戦だった。
「というわけで、ダフネ――できますか?」
「もちのロンさ!」
あっさり二つ返事で引き受けたダフネは、さっそく去年に結成した自分たちのバンド『吟遊詩人ビードルズ』のメンバーに話を持ちかけた。
元ネタはイギリス魔法界の古典的な寓話『吟遊詩人ビードルの物語』で、ミーハーなダフネにしては意外なセンスだ。
一応はリーダーも務めてるらしいから、ああ見えてスリザリンらしく大事な場面では堅実な選択肢を選ぶのかもしれない。
ちなみにメンバーはこんな感じの面子だ。
■ギター:アイコンは「長男」
・マンディ・ブルックルハースト(レイブンクロー)
■ベース:アイコンは「次男」
・アリス・ランコーン(グリフィンドール)
■ドラム:アイコンは「三男」
・サリー・アン・パークス(ハッフルパフ)
■キーボード:アイコンは「死」
・リリィ・ムーン(スリザリン)
●ボーカル:アイコンは「杖」
・スーザン・ボーンズ(ハッフルパフ)
●ラッパー:アイコンは「石」
・ダフネ・グリーングラス(スリザリン)
●ダンサー:アイコンは「マント」
・コーデリア・ギフォード(レイブンクロー)
バンドなのにアイドルっぽい構成なのは、他のグループとの差別化を図るために「歌って踊れる」をバンドのコンセプトにしたから――というのが表向きの理由だ。本音は「衣装とかメイクとか演出も可愛くして、皆からキャーキャー言われたい!」という身も蓋も無い理由で、ダフネらしいといえばらしい。
そのくせ、活動は無駄に本格的だ。音楽クラブはもちろん、演劇クラブには演出やメイクのアドバイス、服飾クラブには衣装の作製まで依頼し、スリザリンOB会から予算を取り付け、いち早く『スキータグラム』にも公式チャンネルを作って宣伝を兼ねた動画を次々に投稿、しまいには手芸クラブにメンバーグッズを依頼して、収益化まで図っている。
(あいつ人前で目立ちたがる割に、適性はめちゃくちゃ女子マネージャー寄りなんだよな)
当の本人は「私、飽きっぽいから何でも広く浅くなんだよね~」なんて謙遜してるけど、普通にマネージャーどころかプロデューサーとしての才能が片鱗を見せている。
――才能。
ふと、そこで多機能両面鏡を開いてみる。実は昨日に今回の件とは関係なく、普通に趣味で自作した曲も完成していた。我ながら、今までで一番良い出来だったと思う。
再生回数を確認してみる。昨日から12回増えていて、総再生数は37回だ。
(まっ、こんなもんだろ)
自分でもよく出来たと思うだけあって、心なしか普段より再生数は多い。コメントも好意的なものばかりだ。
けれど――。
魔法史の授業が終わって廊下を歩いていると、鼻歌を歌いながら散歩しているルーナ・ラブグッドとすれ違う。ふんふーんと楽しそうにリズムをとっているのは、例の『ウィーズリーは我が王者』だった。
**
放課後、いったん荷物を置きに寝室に戻ると、そのままベッドにダイブする。
「今日も一日疲れた、ぞっ!」
目を閉じても、気づけば頭の中で『ウィーズリーこそ我が王者』と『ウィーズリーは我が王者』が再生される。ドラコも、イレイナも、ダフネも。私が越えられなかった壁を、みんな軽々と越え過ぎだ。
(やっぱり才能の差なのかな……)
自分がゼロから作った曲はせいぜい数十人にしか聞いてもらえなかったのに、悪趣味な歌詞を付けただけのドラコや、タイミングよくポジティブな内容の替え歌を作っただけのイレイナ、それをカバーしただけのダフネの投稿の方が、その何百倍も多くの人の印象に残っている。
私が2~3週間かけて生み出した創作より、友人たちが1週間でアレンジしたものの方が、世の中にとっては価値があるのだろうか。
音楽の投稿を続けているのは、自分にとってささやかな自己表現だった。誰かと勝負するつもりなんて無かったし、それで承認欲求を拗らせてしまった後輩のマファルダなんかを見て「ああはなりたくないな」って思ってたはずなのに。
もちろん再生数が伸びれば嬉しいし、好意的なコメントをもらえればモチベに繋がる。けれど、『ウィーズリーこそ我が王者』がヒットした頃から、気づけば再生数やコメント数に一喜一憂している自分がいた。
無意識に多機能両面鏡に手を伸ばしかけて、結局そのままポケットに戻す。さっき確認してから大して時間も経ってないのに、自分はいったい何を求めているんだろう。
「……メンヘラかよ、私は」
◇◆◇
憂鬱な気分が抜けきらないまま談話室に戻ると、なぜかダフネたちがエプロン姿になっていた。セオドール・ノットまでが同じ格好になって、私を見つけるなりキュートなデザインのエプロンを渡してくる。
「こちら、ブルストロードシェフのものになります。どうぞ」
渡されたエプロンの真ん中には、ソフトクリームよろしくコーンの上でぐるぐる巻きになったジト目の不格好な蛇が鎮座していた。
一応こいつはスリザリン寮公式チャンネルのマスコットで、名前は『スリザりん』とかいうらしい。ちなみに原案者はアストリア・グリーングラスだ。
「しかし、ノットのエプロン姿とか新鮮だな……」
「ありがとう」
別に褒めてはいない。とはいえ、ポジティブな勘違いなら敢えて訂正する必要もないだろう。
「てか、みんな何してんの?」
「グリフィンドール戦に向けた前祝いらしい」
「勝ってもないのに祝うんか」
「今年の寮長はお祭り好きだからな」
ノットが視線を横にやると、寮長のジェイク・ファーレイ先輩が爽やかな笑顔を振りまきながらノンアルカクテルを配っているのが目に入る。あくまで前祝いなので形式ばったものというより、簡単な立食パーティー形式のようだ。
だったら何でエプロンなんか……と思ったところで、ブレーズ・ザビニから肩を叩かれる。
「よっ! ミリセントもこっち来いよ! ダフネが手料理作るってさ!」
「なんじゃそりゃ」
まぁダフネのことだし、大して深い考えがあるわけでもなさそうだ。手を引かれるがままに付いていくと、談話室の端っこに簡単なキッチンコーナーが出来ていて、コック帽を被ったダフネが腕組みしているのが見える。
しばらくするとマイクを持ったイレイナが出てきて、司会者よろしく解説が始まった。
「では、グリフィンドール戦の前祝と、『ウィーズリーこそ我が王者』そして『ウィーズリーは我が王者』が全英チャートにランクインしたお祝いを兼ねまして、こちらのダフネシェフから皆さんに賄いがあります」
そういうことらしい。
(まぁ、小腹もへってきたし、みんな楽しそうだからいっか……)
そんなわけで私もダフネシェフへの拍手に加わる。鳴り終わったタイミングを見計らって、ダフネが楽しそうに口を開いた。
「お待たせしました! 本日のスペシャリテは―――たらたらたらっ、たたんっ! ヤンソン・フレステルセです!」
なんかオシャレな名前だ。聞いたことない外国っぽい料理が出てくると、それだけで雰囲気ある。
「こちらはスウェーデンの伝統的な家庭料理で、“ヤンソンさんの誘惑”って意味なんですよ~」
「なかなか不思議な名前ですね」
「でしょ? 由来は諸説ありますが、ベジタリアンのヤンソンさんでも誘惑に勝てないぐらい美味いとか、料理上手のヤンソンさんがこれで気になる男性を誘惑したとか、色々な説があるんです」
イレイナの質問にダフネが解説しながら、なんか料理番組みたいなノリで作業を進めていく。
「作り方はいたって簡単です。まず、ジャガイモを少し茹でます」
「ふむふむ」
「次にタマネギを炒めます」
「はい」
「続いてバターを塗ったオーブン皿にジャガイモとタマネギを入れて、アンチョビを散らして塩コショウをふりかけます」
「なるほど」
「それから生クリームを回し入れ、チーズとパン粉をかけます」
「わかりました」
「最後にアルミホイルで覆って、オーブンに入れて30分ぐらい焼くと完成です!」
ぱちぱち~♪と自分で自分に拍手するダフネに、イレイナは「おお~」と感心したような声を漏らしてから。
「これ、要するにアンチョビのポテトグラタンですね」
「まぁね」
相変わらず身も蓋も無いコメントをするイレイナだったけど、ダフネは気にした素振りもない。
「でもさ、こっちのがオシャレでカワイイじゃん」
「違うのネーミングだけじゃないですか」
「ネーミング変えただけでオシャレでカワイイ感じになるなら、そっちのが絶対に得じゃん」
中身があるようでないようなダフネの謎理論に、イレイナは「そうでしょうか……?」みたいな表情を浮かべている。
「じゃあさ、もしイレイナがレストランでも開いた時のこと考えてみて」
「はぁ」
「お店の看板メニューに『アンチョビのポテトグラタン』って書いてあるのと『ヤンソン・フレステルセ ~スウェーデンの伝統家庭料理風~』って書いてあるの、どっちが売れると思う?」
「ダフネ、あなた天才ですか……!?」
あまりにしょーもない例え話でイレイナが論破されたのを見て、横で聞いていたパンジーが思わず「ぶっ」と吹き出す。つられてブレーズまで「ぶはっ」と堪え切れなくなり、クラッブたちも肩を揺らして笑い始める。
「これ、絶対ウマい奴……!」
「どう見てもカロリーモンスターだけどな」
「その背徳感がたまらないんじゃん」
ゴイルが料理をガン見しながら涎を拭く傍では、ドラコとトレイシーがどうでもいい会話をしている。
「でも私、今ちょうど糖質制限してて……」
「待ってる間ヒマそうだからケーキ持ってきたんだけど、ソフィも食べる?」
「じゃあ、そっちの大きい方で」
「糖質制限どこいった」
ソフィが持ってきたケーキを前に即オチしたリリィを見て、思わず私までツッコミを入れてしまう。美味しい料理を食べることは幸せだけど、それを友人たちと囲むのは最高の贅沢だ。
この中身のない会話をして過ごす時間には、私の好きなホグワーツの全てが詰まっている。
**
そうして料理が焼きあがるのを待っている間、ダフネはオーブンの前で楽しそうに鼻歌を歌い始めた。
「ふーんふん、ふーんふふーん♪」
なんの気なしに紡がれたメロディに、ざわりと鳥肌が立つ。
……あの曲は、まさか。
「懐かしいな、それ」
ドラコがひょい、と顔を出してきた。
「小さい頃、ミリセントがよく歌ってた鼻歌だろう?」
「そうそう。なんか急に歌いたくなって」
和やかなドラコとダフネの会話に、心臓がどくどくと早鐘を打つ。カラカラになった口の中を舌で湿らせてから、私は恐る恐る口を開いた。
「2人とも、ずっと覚えてたの?」
「うん?」
「その、今の曲」
ダフネはあっさり「うん」と頷き、ドラコは眉をひそめて逆に聞き返してきた。
「逆に君は忘れてたのか?」
「いや、覚えてたけど」
ホグワーツに入るより昔の小さかった頃、意味もなくお気に入りの鼻歌を何度も口ずさんでいた。最近は付き合いもあって流行りのアーティストの歌がほとんどだけど、なんだかんだで自分が生み出した作品なのだ。忘れたことなんて一度も無い。
ただ、自分以外の誰かが覚えてるなんて思っても無かった。
「よくそんなの覚えてたな。投稿もしてなかったのに」
「いやぁ、なんか妙に耳に残ってて」
「他にもっと覚えるべきことあったろ。記憶力の無駄遣い過ぎるわ」
「そうでもないよ」
やけにキッパリと断言するダフネに、またしても言葉に詰まってしまう。
「ドラコもそう思うでしょ?」
「ああ。昔からの友達のことなら、いくら覚えてても損はないさ」
パンジーと付き合うようになってから歯の浮くような言葉を使うのに慣れたのか、それとも天然なのか。こっ恥ずかしい台詞をあっけらかんと言うドラコに、私は「はぁ~」と大きな溜息を吐いて目を伏せる。
まいったな、と頭の中で誰かが囁いたような気がした。
どういうわけか唇の端がニヤけるのが止まらない。ずっと心の奥に重くのしかかっていたモヤモヤが、さぁっと波が引くように晴れていく。心なしか、身体まで軽い。
これはもう、認めざるを得ないだろう。
(……私、普通に嫉妬してたんだなぁ)
自分が努力した結果を、軽々と飛び越えていく友人たちに。文武両道なイレイナはもちろん、空気を作るのが上手いドラコや、明るくて意外と多芸なダフネにも。
本当は手放しで友達の成功を喜びたいけど、どこかでコンプレックスを感じてもいる。そういうドロッとした感情が自分にもあるのは、認めたくないけど否定はできない。
(だけど、それ以上に私はきっと――みんなのことが好き)
結局のところ、はじめから嫌いになれるはずがなかったのだ。
ドラコもダフネも私のことを大切な幼馴染だと思っていて、私だって同じように思っている。たぶんパンジーやノット、クラッブとゴイルもそうだし、イレイナだってそうだ。トレイシーやソフィとリリィだって、きっとこれからそうなれる。
それが分かった今、いつまでもウジウジ悩んでいるほど、ミリセント・ブルストロードはちっぽけなプライドを拗らせちゃいない。
「――なぁ、ドラコ」
ふっと表情を緩めて、私は声をかけた。
「これまで試合でポッターより先にスニッチ掴めたことって、まだ無かったよな?」
「待て、僕この流れで煽られるのか?」
今のは少し意地悪だったかもしれない。さっと頬を紅潮させながらも平静さをキープしようとするドラコに、私はニヤリと微笑んで。
「だから、次の試合は目いっぱい応援する。今度こそ、ドラコが先にスニッチを掴めるように」
ドラコは驚いたよう目を見開いた後、すぐにいつもの気取った笑顔に戻る。そして、自信たっぷりの悪い顔でこう宣言した。
「あぁ。次の試合はスリザリンの――僕たちの、勝ちだ」
かくして――。
翌日に迎えたグリフィンドール戦で、ドラコ・マルフォイとスリザリンチームは盛大に敗北した。
……ダメだこりゃ。
というわけで初期から登場してるイレイナの友人、ミリセント・ブルストロードのお話でした。
物語を動かすのはハリーやイレイナといった特別な人達たちですが、その周りにいる人にもそれぞれの日常があって、大きな事件はないけど小さな悩みがあったり、単純に好き嫌いじゃ割り切れない感情なんかもあるんだろうなぁと。