ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
12月も半ばとなり、すっかりイギリス中が冷え込む中、私はホグワーツ特急でロンドンへと向かっていました。
「イレイナ、おかえり!」
キングズ・クロス駅のホームに降りるなり、お父さんがぱぁっと顔を輝かせて駆け寄ってきました。そのまま私を抱きしめ、頭を撫でてくれます。
「もう、あなたったら。これじゃ、どっちが子供かわからないわよ」
すぐ後ろでは、お母さんが苦笑していました。
「おかえりなさい、イレイナ」
「ただいま。お母さん、お父さん」
あたりはすっかり暗くなっていたので、その日はそのまま「姿くらまし」で家に帰ります。久しぶりの我が家に戻ると、まさに実家のような安心感。
つけっぱなしのテレビでは「寒さなんて関係ねぇ!」とばかりに、サッカーの中継が。ちょうどアーセナルのキーパーがシュートを防いだところで、興奮気味の解説が流れています。
台所にはグラタンを焼くオーブンの暖かな光、リビングに置かれたCDプレーヤーからは、お父さんが好きなジョン・デンバーの『カントリー・ロード』が流れていました。
これぞ、文明の利器というやつです。
魔法も楽しいですが、マグルの機械にはまた違った良さがあります。お母さんが夕食の準備をしている間、お父さんが紅茶を淹れてくれました。
「どうぞ、プリンセス」
「では、頂くとしましょう」
紅茶の国として名高いイギリスでも、最近ではティーバッグにドボンという家庭が少なくない中、お父さんは趣味が高じて軽く喫茶店レベルのクオリティに仕上がっています。
「それでプリンセス・イレイナ、学校はいかがでしょうか」
「楽しいですよ、セバスチャン」
2人でおどけながら、私はお父さんにホグワーツでの生活を話し始めました。
組み分けのこと、勉強のこと、クィディッチのこと。ハロウィンのトロール事件は、お父さんが聞いたら卒倒しかねないので、黙っておきました。
「そろそろ夕食が出来るから手伝ってね、イレイナにセバスチャン」
「ヴィクトリカまで……」
「どうしたんですか、セバスチャン」
その日、お父さんはセバスチャンと呼ばれ続けていました。料理は普通に美味しかったです。
ただ、実家に帰ってきて変わったことがあるとすれば―――。
「ヴィクトリカ、そろそろセバスチャンは勘弁してくれ……」
「えー、かわいいからいいじゃない」
「もう僕を名前で呼んでくれないのかい?」
「あら、ひょっとして拗ねてる?」
「………」
なんか距離感近くないですか?
(前からこんなでしたっけ? いや、もともと仲の良い夫婦だったとは思ってましたけど……)
とはいえ、まだ帰省初日。たまたま娘の帰省で、テンションが変な感じに上がってるだけという線も否定できません。しばらく様子を見ましょう。
そして迎えた翌日―――。
「ねぇ、あなた。白かベージュ、どっちが似合うと思う?」
近所のショッピングモールで、お母さんが服を選んでいます。とあるニットのカーディガンを買おうとしているようなのですが、カラーで決めかねている様子。
「両方とも似合うと思うけど」
「えー、ちゃんと考えて」
「そうだね……じゃあ、僕が決めていい?」
お母さんが頷くと、お父さんはそのまま手を挙げて店員を呼び留めます。
「すみませーん、このカーディガンを買いたいんですが」
「かしこまりました。ではお客様、どちらのカラーになされますか? どちらも奥様に似合うと思いますが」
今のやり取りが聞こえていたのでしょうか。店員もちょっと興味ありそうな顔でお父さんを見つめます。そしてお父さんの選択は―――。
「では間をとって、両方ともください」
「あ、あなた……?」
「どっちも君に似合うし、1つだけなんて選べないよ」
さも当然のように、素でにこっと笑って会計を済ませるお父さん。お母さんも心なしか、さっきより距離が近くなったような。
―――ぎゅっ。
あ、手つないだ。しかも恋人繋ぎ。うわー。
「た、大変仲のよろしいご両親ですね……」
「………」
苦笑いしている店員に後は任せ、ギリギリ関係者だと思われないぐらいに距離を取る私。まったく、私がホグワーツに行ってる間、二人の間に一体ナニが起こったのやら。
そりゃまぁ、男女が1つ屋根の下、約3か月。何も起きないはずがなく――。
……いえ、これ以上の妄想は止めましょう。
ホグワーツにいた間、両親の間に何があったのか、私は知りません。いえ、出来ればあまり知りたくはないというのが本音です。
**
こうして冬休みが明け、いよいよ新学期が始まりました。
いつものメンツで再会を祝いつつ、それぞれが買ってきたお土産を渡したり、休暇中にあったことについて雑談したり。
もちろん、我が家の事情も例外ではありません。
うっかり口を滑らせたが最後、年頃のスリザリン女子に根掘り葉掘り聞かれ、私は渋々両親のツーショット写真を見せる羽目に。魔法がかかった写真なので動きながら始終イチャイチャしていますが、このクリスマスで悟りの境地に達した私の心はさざ波のように穏やかです。
「イレイナママ若っ! なにこれ芸能人?」
「目がえっちだね」
「これは余裕で抱けるわ」
お母さんの写真を見て、パンジー、ダフネ、ミリセントがそれぞれ驚きの声を上げていました。
そんな感じで最初の方こそ穏やかであったものの、試験が近づくにつれて大量の課題が出されるように。
徐々に図書館に通い詰める生徒が増え始め、そうなると今度は逆に図書館が密になって、また各々が空いてる教室やら談話室やらに分散し、徐々に均衡状態へと調整されていきます。
ちなみに私はクリスマスで必死に覚えた防音呪文を使い、寝室を完璧な防音空間へと仕上げました。なんで私が覚えてるのかについては、パンジーたちも察してくれたらしく、それ以上は聞かれませんでした。
「なんじゃこりゃ? 意味わからん……」
カーペットの上に寝っ転がったミリセントが、魔法薬学の教科書を放り投げます。地道に理論を整理して考えれば確実に点数がとれるのですが、細かい作業が苦手だと苦労する学問です。
諦めて体のストレッチを始めたミリセントの横では、弱り切ったパンジーがダフネに助けを求めていました。
「ダフネお願い、ここ教えて」
「オッケー」
しかし、パンジーはどうしてダフネに聞くのでしょう。ここは普通、スリザリンで一番賢い私に教えを乞うべき場面ではないでしょうか。
「前から気になっていたのですが、何故いつも私ではなくてダフネに?」
「だってイレイナ、 聞いたら ‟こんな簡単な問題も分からないなんて、この人いったい今まで何して生きてきたんでしょう?” みたいな目で露骨に見下してくるじゃん」
「まぁ、否定はしませんが」
本当に。今まで何して生きてきたら、試験勉強ごときで苦労するんでしょう。
「……あんたマジでホントそういうとこ」
「だがそこがいい?」
「ダフネ、その理屈はおかしい」
ちなみに現状、ルームメイトの成績はといいますと、私とダフネの優秀組、パンジーとミリセントの残念組という二極化した格差社会が生まれております。
ちょっと意外だったのはダフネで、普段のアホっぽい言動とは裏腹に、ちゃっかり成績は上の下をキープ。まず丸暗記から入って模範解答ごと覚え、あとは解法パターンの量で勝負する物量作戦です。
理解するにはまず暗記からという形から入るダフネ流、初見問題が来ると厳しい部分はあるものの、試験対策に特化した勉強法としては合理的といえるでしょう。
「さて、私も1位を維持するために、まずは自分の勉強を完璧にしないと」
目指せ、打倒ハーマイオニー・グレンジャー。
「‟自称”1位でしょうが。この前も天文学の小テストで負けたくせに」
「いいですかパンジー、今までの私は世を忍ぶ仮の姿。本気を出せば学年1位などいつでも取れるのです」
「はよ本気出せ。あと全く世を忍べてないから」
「まぁ、そう焦らず」
そう、勝機がないわけではありません。
あれはたしか、3日ほど前のこと―――。
「ねぇイレイナ、ニコラス・フラメルについて何か知ってたりしないかしら?」
図書館で本を探していると、たまたまハリー達と一緒に勉強にきていたハーマイオニーから声をかけられたのです。
「ニコラス・フラメル? なに学のテスト範囲でしたっけ?」
「ううん、試験は関係ないの。ただ、私が個人的に興味があって……」
ハーマイオニー、余裕しゃくしゃくですね。試験勉強に皆が追われる中、さすがと言えるでしょう。ですが、その慢心が命取りになるのです。
「たしか近世の錬金術関係の本で見たような……見ていないような」
ここまで言えば、ハーマイオニーなら後は自分で探して何とかなるでしょう。ニコラス・フラメルといえば、近世の錬金術分野では超有名人ですし。カリオストロ、サン・ジェルマン、パラケルスス、ロジャー・ベーコン、ジョン・ディーの次ぐらいには出てくるんじゃないでしょうか。
「錬金術……錬金術ね。探してみるわ! ありがとう!」
嬉しそうに錬金術の棚へ向かうハーマイオニーを見送り、彼女が慢心している今こそ学年成績トップ奪還のチャンスだと私は期待に胸を膨らませるのでした。
イレイナ父「ヒトツダケナンテエラベナイヨー」
イレイナ母以上に謎が多いイレイナ父。アニメだとひたすら何か食べてるイメージしかない件