ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
「………」
そっち方向に行っちゃいましたかー。
「この前の一件でハッキリした。今のダンブルドアは、非常に危うい」
それは大臣ご自身なのではと思いつつ、権力者に忖度して話を先に促します。
「これまでのダンブルドアは、あくまで裏方に徹していた。魔法省が助言を求めて、初めて専門家として意見していた。あんな風に、巨人と同盟を結べだとか無茶な命令を頭ごなしにする人ではなかった。あれではまるで……」
そこでファッジ大臣は言葉を切り、残っていたクランベリーナを一気飲みしてから再び口を開きました。
「あれではまるで、ダンブルドア自身が“例のあの人”になろうとしているようにしか見えん」
ファッジ大臣の瞳に宿っていたのは、恐れの色でした。
「それは流石に言い過ぎなのでは……? ダンブルドア校長はかねてから権力の座を欲してないと言ってますし、実際に権力を握ってませんが」
「いいや、だからこそだ。無私無欲の理想家ほど恐ろしいものはない」
考えてみたまえ、と指を立てる大臣。
「金や地位といった見返りを求めず、ただ大義や理想の為に殉じる……たしかに言葉だけ聞けば理想の政治家かもしれない」
「ええ」
「だが、裏を返せば交渉の余地が無い、ということだ」
すぐに思い浮かんだのは、去年に会ったバーテミウス・クラウチ・シニアさんでした。
「清廉潔白な人間は、いくら利権をチラつかせても全然首を縦に振らない。どれだけ頭を下げようが功名心をくすぐろうが、一切妥協しようとしない。欲が無いから、理想の為に周囲を犠牲にすることに全く躊躇いがない」
事実、信念の人であったクラウチさんの場合、内戦に勝つために死喰い人に対する「禁じられた呪文」の使用を合法化し、息子ですらアズカバンに放り込みました。
あるいは、本心からヴォルデモート卿に心酔していたベラトリックスさんたちもまた、狂信的なテロリズムに走ってロングボトム夫妻を廃人にしています。
対して、俗物のルシウスさんはヴォルデモート消失後はあっさり手の平を返して司法取引に応じ、同じく小物のファッジ大臣らも戦後復興の資金援助と引き換えに実質的な恩赦を与えています。
イギリス魔法界の再建にどちらの側が貢献したのかは、言うまでもないでしょう。
「ダンブルドアの言葉を思い出してみたまえ。巨人と手を結べ、アズカバンから吸魂鬼を追い出せ。無理難題ばかりだ」
「それは……まぁ」
脳裏に蘇ったのは、去年の記憶――。
『コーネリウス、貴方がすることはヴォルデモート復活の事実を認め、アズカバンを吸魂鬼から解き放ち、巨人に使者を送る事じゃ。そうすれば大臣職に留まろうが追われようが、貴方は歴代魔法大臣の中でもっとも勇敢で偉大な大臣として名を残すじゃろう』
ファッジ大臣は真顔で言いました。
「そんなこと、無理に決まってる」
「どうしてですか?」
「大人の事情があるからだ」
大人の事情……。
いやまぁ、そうなんでしょうね。大人って汚いですもんね。子供には正論ばっか言って黙らせるくせに、自分の事になると平気でダブスタ使いますもんね。
ただ、私もまた監督生になって後輩を指導したり、DAをまとめたり、GM社名誉会長としてたまに偉い人として振舞ったりと、少しずつ大人の世界に首を突っ込んでいます。
そうなると気づいてしまう訳ですよ。世の中は理不尽なことばっかりで、でも人をまとめたりプロジェクトを進めるためには、いったん脇に置かないと却って不都合なことも多いのだと。
「魔法省内の主要派閥について、君も聞いた事ぐらいはあるだろう?」
ファッジ大臣の問いに、私は小さく頷きました。現在の魔法省は大きく5つの派閥に分かれており、それぞれの主張やウィゼンガモットの議席占有率はこんな感じ。
アンブリッジ派(15%)
・非魔法族に対して厳格な管理、隔離して権利は制限
シックネス派(25%)
・非魔法族はスキルに応じて管理、ハイレベル人材であれば権利は平等
ファッジ派(35%)
・非魔法族の魔法族への文化的同化を強制、同化すれば権利は平等
ボーンズ派(10%)
・非魔法族と魔法族の権利は平等、ただし格差是正措置は認めない
スクリムジョール派(15%)
・非魔法族に対する格差是正措置を推進、非魔法族の文化も尊重
現状のファッジ政権を支えているのはファッジ派とシックネス派ですが、ここ最近は支持率が低空飛行。なんとか過半数は押さえているものの、党議拘束が弱いウィゼンガモットではしばしば造反議員が出るため、油断はできません。
「例のあの人もダンブルドアも、極論ばかり言う点では同じ穴のニフラーだ。マグル生まれは皆アズカバン送りにしろだとかというのは狂気の沙汰だが、かといって吸魂鬼を駆逐して巨人や人狼と仲良くしろというのもまた極論だ」
ダンブルドア校長の提案はどれもウィゼンガモットで紛糾するような議題ばかりですし、議会が停滞して「決められない政治」に陥ってしまえば結局そのツケは庶民に回ってきます。
「だから、最近ではダンブルドア校長とは距離をとられたのですか」
「そうだ。ダンブルドア支持者は私が権力に味をしめて反ダンブルドアに転向したなどと嘯いているが、私は何も変わっていない。変わったのはダンブルドアの方だ」
昔のダンブルドアはあそこまで過激では無かった、と溜息を吐く魔法大臣。
「人狼を保護者に隠して教員にする、半巨人を教師にして危険な魔法生物の誕生を黙認する、アズカバンから吸魂鬼を追放しろ、巨人と同盟を結べ……このまま放置しておけば、次は“屋敷しもべ妖精に給料を払え”とか“巨人をイギリスに住ませろ”とか主張しかねん」
ダンブルドア校長を慕っている知り合いが2人ほど脳裏をよぎり、私は苦笑いを浮かべました。
「私だって純血主義や人狼差別、巨人への偏見なんかが存在しない社会が理想だというのは理解している。だが、上から目線で理想を押し付け、付いていけない人間を時代遅れだと切り捨てるのは独裁者のやり方だ。それでは“例のあの人”と変わらんよ」
「過激な主張は何であれ反対する、というのが大臣のスタンスでしたね」
ファッジ大臣は「政治は戦争じゃないからな」と頷いて、ジョッキに残っていたクランベリーナを一気飲みします。
「誰々が悪いと言って糾弾するのは気分がスッキリするが、どんな人間にも家族や友人がいる。徹底的に痛めつけたら本人はもちろん、その周囲の恨みも買う」
「報復の連鎖がエスカレートすれば社会は回らなくなる、と」
「そうだ。だから、どこかで線引きをする必要がある。たとえダブルスタンダードだと批判されようとも」
「……大臣は、そういう世の中を肯定するのですか?」
私の言葉に、ファッジ大臣は「ああ」と皮肉げな笑みを浮かべました。
「だから潔癖で沸点の低い人間ほど、魔法省より“例のあの人”やダンブルドアを支持したがる。徹底的な差別か、徹底的な平等か……話の筋だけは通っているからな」
「けれど、論理的であれば極論でも許されるわけでは無い、と」
「世の中なんて、理不尽とダブルスタンダードばかりだよ」
思い当たる節はいくらでもあります。
マグル生まれ差別には眉をひそめるけど、内心マグルのことは小馬鹿にする。屋敷しもべ妖精の待遇改善には熱心でも、スクイブのそれには無関心。選手に選ばれたのはズルだと叩いていたくせに、試合で勝てばヒーロー扱い。フェイクニュースを流すメディアには憤るが、ファクトチェックは全て他人任せ――。
もちろん、正しくは無いでしょう。自分の事ばかりで、決して理想的な生き方ではありません。
ただ、そういう人達が一部の特殊な人なのかと言われれば、むしろ逆なのではないかとも思うのです。
間違いを犯し、目先の事で頭がいっぱいで、周囲の声に流されがち。そんな「普通の人間」をその度に逮捕していけば、いずれ私たち全員がアズカバンで生活するしかなくなってしまいます。
「正しくあろうとする者ほど、他人の間違いを許せない。賢くあろうとする者ほど、他人の愚かさを許せない。強くあろうとする者ほど、他人の弱さを許せない……正解しか選べない社会というのは、ひどく生きづらい世の中だと思うがね」
たしかにクラウチ・シニアさんのように、常に正しくあろうとして己を律せるような強い人間もいます。
しかし、同じように正しい生き方を求められた息子は闇落ちしてしまいました。ふくろう試験でオール・優をとるほどの優等生だったにも関わらず、厳格な父親への反発という誰にでも起こり得る理由で。
濁りのない透明な水の中では、限られた魚や虫しか生きられません。生き物というのは、きれい過ぎるとかえって生き辛くなるように出来ているのでしょう。
「ダンブルドアも、“例のあの人”も、あるいはクラウチも、特別な人間だという点では変わりがない。ああいう特別な人間が目指すものは結局のところ、特別な人間による、特別な人間のための政治だ」
評判の良くないファッジ大臣ですが、こうして話を聞くと大臣なりに苦労してるんだなーとか、そういう考え方もあるんだなーとか、色々と見えてくるものがあります。
というか、普通に考えたら魔法大臣になるほどの人間が本物の無能なはずがありません。むしろエリートであるはずのファッジ大臣でさえ無能に見えてしまうぐらい、ダンブルドア校長やヴォルデモート卿の方が人間離れしているんじゃないでしょうか。
「世の中の大部分は、特別な能力なんて持たない、ごく普通の人間だ。普通の人々の、普通の生活が社会を作っている。私も凡人だが、それでも大勢の普通の人々に支えられて、ここまで来た」
きっと、先ほどのカーマイケルさんのような人たちのために、ファッジ大臣は政治家を志したのでしょう。世界を救うを方法を議論する前に、まずは目の前に落ちてるゴミを拾う……。
「もし去年、私がダンブルドアの言う通りにしていたら、日刊予言者新聞は間違いなく『大臣ご乱心』的な記事を書いていた。支持率は急落し、ウィゼンガモットの判事たちも一斉に
きっと私は大臣の椅子から蹴り落されていただろう、とファッジ大臣の瞳が冷たく光りました。
「にもかかわらず、ダンブルドアが失うものは何もない。口だけ動かして、自分の手は一切汚さず、私がすべてのリスクを背負う……だが、魔法大臣はホグワーツ校長のメッセンジャーボーイじゃない」
大臣の顔には「安全地帯から揚げ足取りしてるだけの人間は気楽でいいよなー」という不満がありありと見えました。
「私とて大臣を目指した以上、やりたい政策だってある。投票してくれた有権者を満足させる責任もある。資金援助をしてくれた後援者の望みを叶える義理もある。いくらダンブルドアの頼みだろうと、裏切ることはできない」
今まで見たことの無い強めの語気に、たじろぐ私。ファッジ大臣は無表情のまま淡々と言葉を続けました。
「どうしても巨人と同盟を結び、アズカバンから吸魂鬼を駆逐し、例のあの人が復活したのが真実だと言い張りたいのなら――ダンブルドア自身が、次期魔法大臣候補に名乗りを挙げればいい。もし合法的な選挙でダンブルドアが首相に選ばれれば、その時は私とて潔く身を引く覚悟だ」
自分を支えてくれた、有権者の期待は裏切れない。文句あるなら自分が矢面に立ってやってみろ。できないなら無責任に文句ばっかり言うな……それがコーネリウス・ファッジという、ごく「普通の魔法大臣」でした。
**
「では、大臣はこれからどうするんですか」
「政治家らしく、ルールの中で戦うよ。支持者と仲間を増やし、合法的に権力を強化して、君の言ったような『強い魔法省』を作る」
「ダンブルドア校長は?」
ファッジ大臣は小さく深呼吸してから答えました。
「ダンブルドアにも言論の自由はある。だが、魔法界には法がある。自分の主張が通らないからといって、合法的な選挙で選ばれた魔法大臣を否定するのは反逆だ」
ルールの中で、手続きを守って、正しく戦う。外野が無責任に口だけ出すのは自由だが、最後に決断するのは責任を負う立場である内野の人間であるべきだ。
手続きを守らせるのがお役人の仕事なので、そのお役所のトップとしては実に模範的な回答です。
(そもそも魔法大臣って独裁者じゃありませんしね。もし仮にダンブルドア校長が魔法大臣になったところで、どの道ヴォルデモート復活の証拠が無い以上は「逃亡犯シリウス・ブラック逮捕に全力を挙げる」レベルが民主主義的にも限界なんじゃないんでしょうか……)
などと物憂げに溜息を吐いていると。
「――そこでだ、イレイナ」
何がそこでなのか分かりませんが、とりあえず「はぁ」と答えるとファッジ大臣は何やら思案するように髭に手をやりました。
「ダンブルドアに頼れない以上、魔法省は自立するための有能な人材を探している」
まるでそれが当然の選択肢であるかのように、ファッジ大臣はさらりと切り込みました。
「君、魔法省に来る気は無いかね?」
「えっ」
偉い人から直々のヘッドハンティング。傍目には羨ましい状況なのでしょうが、実際に当事者になってみると面倒この上ありません。
全然タイプじゃない純血名家の御曹司に告白された時ぐらい、断ったら何されるか分からない上にそれを周囲に理解してもらえない面倒臭さがプンプンします。
「……と、とりあえず前向きに検討します」
日和った私の返事に大臣は「それ、絶対にご縁無い感じじゃないかね……?」と呆れ顔になるも、すぐに表情を切り替えました。
「魔法警察にいるフリントから、旅人志望だと聞いた。1人で旅をするのも結構だが、国際魔法協力部という立場なら外交特権も付いてくる。悪い話ではないと思うが」
海外には危険な魔法界も沢山あるからな、と肩をすくめる大臣。魔法界と一口に言っても地域によって文化も慣習も全然違うので、たしかに身の安全という点では外交官の身分はうってつけです。
「……」
困りました。ちゃんと私のニーズも踏まえてメリットまで提示されてしまうと、断った時のデメリットと天秤にかけて首を横に振るのがますます難しくなります。
「まぁ、今はまだ色々と悩む時期だろうし、ゆっくり検討してみるといい。それから、もし何かしらの推薦状が必要なら気軽に言ってくれ。その時は私が一筆書こう」
それからファッジ大臣はテーブルの上にあった紙ナプキンを取り、万年筆で何やら書き込んでいきます。
「もう少し話したいところだが、あいにく夕方からユーゴスラビアの魔法大臣との打ち合わせが入っていてね。私が具体的にどうダンブルドアに対抗するか気になるなら、これを君の母上に渡すといい」
私を手招きして、ローブのポケットに紙ナプキンをスッと入れる大臣。
「ちなみに面会相手は私ではない。ヴィクトリカの古い知り合いで、私とは……まぁ、政治的な同盟相手と言ったところか。とにかく、よく母上と相談しなさい」
めちゃくちゃ気になることを言ってから、ファッジ大臣は「いい返事を待っているよ」と笑顔で私の分のお代を置いていきます。それから帽子を被り直し、コートを翻して店を出ていきました。
私が茫然と眺める中、どこからともなく現れた人影がその背中に付き従い、人混みに紛れたかと思えば、次の瞬間には消えておりました。
ファッジ大臣が帰った後、渡された紙ナプキンをゆっくりと広げると。
『闇祓い局第13課 応対はガウェイン・ロバーズまで』
聞いたことのない部署名に首を捻る私。同時に、グッと好奇心がもたげてくるのを感じます。
ここまでけしかけられて、行かないという選択肢はありませんでした。
◇◆◇
そんなこともあって「クリスマス休暇中にお母さんに相談してみましょうか」などと考えながらホグワーツに戻ると、こっちはこっちで思いもよらぬ事件が起きておりました。
「昨晩、アーサー・ウィーズリーが襲われた」
クリスマスまであと少しという日の朝、スネイプ先生に呼ばれて開口一番そう伝えられたのです。
「だ、大丈夫なんですか?」
「今は聖マンゴで安静にしている。命に別状は無い」
とりあえずホッと胸を撫で下ろす私に、スネイプ先生はこう言いました。
「そして襲撃犯だが――ポッターが言うには、巨大な蛇だったそうだ」
「蛇?」
私は首を傾げました。
「おかしいですね。普通はこの時期、もう冬眠してるはずなんですが」
「……セレステリア、君が魔法生物学をしっかり履修していることは分かったが、問題はそこではない」
なんだか溜息を吐かれました。
「問題は、なぜポッターがそのことを知っているのかだ」
「あ」
言葉を整理するように一瞬の間をおいてから、スネイプ先生は静かに言いました。
「なんでも本人が言うには――“自分が蛇の中にいて見ていた”と」
魔法界、たぶん本編より前からヴォルデモート復活を主張するお辞儀アノンとかいたんじゃないかなと思ってます。
そうなるとファッジ的には「ついにダンブルドアまで染まってしまったか……」「泡沫陰謀論者と違ってダンブルドアは影響力も大きいから、社会不安が広がる前に潰さないと」みたいに映ってた可能性もあるんじゃないかと。
あとダンブルドアが「自分は権力に弱い人間」と自戒して魔法大臣の推薦を断り続けたのは高潔ではあると思いますが、ファッジからしたら「選挙で勝ったわけでもないのに、なんで上から目線で魔法省を思い通りに動かせると思ってんの?」ってなるのも分からんでもない。